戦闘員の車はかなり乗り心地が悪かった。地面が公道と違って凸凹した砂利道だからというのもあるが丈夫な車だと思っている佐藤の運転が荒かったのも原因であろう。
「いっでぇ……」
大きく縦揺れした時にマルスは後頭部を強く打って涙目になって頭を抑える。
「シートベルトしないからでしょ? 全く……」
呆れ顔で香織がカチャンとマルスの体を縛るような器具をつけた。これのおかげで頭を打つようなことはもうなくなったのだがマルスは「拷問されるみたいだなぁ……」と落ち着くことができない。ガッシリと固定される感覚はあの天界での拷問と同じ、どこか爪や足先がむず痒くなるがマルスは「むぅ……」と耐える。
ズダダダン、と音を立てて走る車はかなりのスピードで森林地帯を駆け抜けている。シートベルトというのをしていても車内はかなり揺れていた。悠人は必死に目をつぶっているし、蓮はいつも通りに頬杖をついて外の景色を見ている。
「佐藤さん、こんな運転荒いのかよ……」
「しゃあねぇだろ、隼人? ストレスたまってるんだよ」
「パイセン……」
お前の方がストレス溜まってるだろ? と全員が突っ込みたくなるような表情でため息をつくパイセン。彼はこの班の中で1番の苦労人なのだ。漢の中の漢のような渋い顔をするパイセンの肩をサーシャがポンポンと叩く。
「ストレス溜まってるんだったら手合わせに付き合ってあげるよ〜?」
「うっせ、サーシャ。お前の手合わせは全部ストレス発散だろうが。俺への解消は全くねぇよ」
「何よ、手合わせの後のご飯は美味しいでしょ?」
「俺の金で食う飯は美味いよな!」
「まぁまぁ、二人とも……」
慎也が間に入ることでパイセンとサーシャはハッとしてお互い視線を逸らせて黙り込む。慎也も大変そうだ……、マルスは知らないフリを続けた。正直言ってサーシャと関わるとロクなことにならないと悟っている。魔性の女とまではいかないが何かしらで面倒そうだ。
森林地帯を抜けて公道に入った時にはスピードも緩やかになり、乗り心地がものすごく良くなった。今までずっと震えていた太ももが少し痛むぐらい。よほど運転が荒かったことを思い知らされたマルス達は思い思いのため息をつき始める。この人間界に来てからマルスはため息が多い。一筋縄でいかないのが人生観、こんなところで知りたくもなかった。
「やっと森林地帯を抜けたか……」
東島は目をあけて腕を組む。そんなことを言っていると研究所に到着したのだった。事務局の時のようなガレージに止めて全員、車から出る。運転席からにこやかな表情で出てきて大きく伸びを決めた佐藤は東島に話しかけた。
「早く着いたでしょ?」
「佐藤さん、運転荒すぎです」
「ハハハ! 悠人君は酔いやすいのかな?」
「ハァ……」
マルスは「なんだ、ウワバミではないのか」と内心ホッとしていた。
佐藤を先頭に研究所へと入っていく。この前はここで小谷松と遭遇したが今回はいないことにマルスはホッとした。そして「見惚れるのもいいけど、しっかり着いてきてね」と一言残した後に歩き始める。
階段を登ってから長い廊下を渡り、薄い青色かがった廊下を歩いていると窓ガラスのようなものが見えてきた。歩きながら覗くと一つ下の階の様子が見える仕様となっており、魔獣の素材から魔装を作っている最中だった。
様々な機械を行使しながら魔装を製造する研究員を見ながらマルスは人間の科学力を知った。概念だけを与えられると自分たちに必要なものを生み出すことができるこの種族、人間。進化とは凄まじいものだな……、とマルスは感嘆した。
「ここだよ」
佐藤が指差すとそこには関係者以外立ち入り禁止、といった表記がされたドアが見えた。あまりに予想外な展開に東島班の班員はたじろぐ。大きく広い闘技場というわけでもなく、ただの部屋に通じるドアが目的地だったのだから当然だ。
「ここで戦闘演習が?」
「見ればわかるよ」
カードキーを挿し込んでドアのロックを外す、ガチャリと扉を開いた先にあったのは巨大なコンピュータだった。タンクのような中核部分に様々なコードが繋がれており、そのコードは天井の頭部のようなコンピュータ部分に繋がれていた。部屋の大部分を占めるそれにマルス達はピクッと止まる。
「佐藤さん、これは……?」
「これは仮想空間生成装置、魔装を使った本格演習をするために作られた装置だよ」
「バ、バーチャル……?」
「あぁ、バーチャル空間と言った方がいいかな。君たちにわかるようにいうとゲームの世界に入る感じ」
「フルダイブシステムってことですか?」
「そう! さすがパイセン君」
指をパチンと鳴らして笑顔になる佐藤。
「え……、つまり……どういうことだ?」
対するマルスは全くわからない。一人でオドオドしていると佐藤は「そうだね……」と言って説明を始める。
「夢みたいなものだよ、リアルな夢。この機械は君にリアルな夢を体感させることができるんだ」
「意識の中で動き回る……ということか?」
「その認識で間違い無いね」
聞けばこの装置、様々な条件や環境を打ち込めばその仮想空間を生成することができるのだそう。一度討伐したデータを入力すればその魔獣も完全に再現できるとのこと。
「そして、この機械と繋がっているコードを辿れば……あれにたどり着くわけだ」
仮想空間生成装置に繋がるコードを目で追っていくとガラスを隔てて向こう側にカプセルのような物が見える。こちらは人が一人、入れる大きさで円柱形をした装置でそれが沢山並んでいる。マルス達がその機械に近づくと佐藤はまた説明を開始。
「さっきのはバーチャル空間を作る装置だけど、これはその世界に行くための装置、仮想空間感覚共有装置だよ」
「これはそのバーチャル空間にいくための装置……」
パイセンはすぐに理解しており、周りは流石だな……といった顔つきでパイセンを見る。
「この装置の中に入ると肉体は睡眠状態になって、感覚だけがバーチャル空間内の擬似肉体に接続されるんだ。感覚の再現度は99.8%、魔装は別枠のカプセルで転送されるよ」
マルスはさっきの話を整理していた。
仮想空間生成装置は様々な環境や魔獣を設定してバーチャル空間を作る装置、そしてこの仮想空間感覚共有装置はそのバーチャル空間に行くための装置。つまり本体である肉体を傷つけることなく、本格的な戦闘演習が可能になるということである。よく考えたものだ……、マルスは冷や汗を垂らしながら人間の発展具合に感心した。ここまでくると怖いくらいだ。
「じゃあ書類にあった戦闘演習って……」
東島が書類を佐藤に見せながら話しかけると佐藤はニカっと笑った。
「その通り! バーチャル空間を使った戦闘員同士のトーナメント、その名も仮想大規模戦闘演習!」
かなり生き生きとした態度で説明をする佐藤。こちらは集合部屋で確認したルールを繰り返しているだけなのでマルスはパスした。このバーチャル空間内だったら思う存分戦えるわけである。バーチャル空間内の擬似肉体が再起不能か死亡した時には肉体が覚醒する。なので何の問題もない。
「仮想大規模戦闘演習は三年に一度しかしないんだ。君達の班の結成はちょうどこの前のが終わった時だから……初めてってことだよね」
「あ、そうですね」
「まぁ、だからこうやって説明してるんだけど。でもレイシェルさんも無理するねぇ」
「無理……ですか?」
東島が聞き返すと佐藤は少し顔を曇らせる。顎をクイクイと指で掻きながら「うぅん」と声を漏らした。どこか不満げな様子であることが伝わってくる。
「ほら、この前も亜人が襲いかかってきたでしょ? そんなご時世なのにこんな演習をする必要があるのかなって……。まぁ、亜人と戦ったのは君たちだけだからね」
「あぁ……、はい」
「まぁ、この演習は序列決めに最大の影響力を持ってるんだ。いい結果残してみんなを見返してやれよ!」
ガッツポーズをとってニカっと笑う佐藤にマルス達の熱意は燃え始める。面白そうだな、マルスはこの演習が少し楽しみになっていた。そんな、熱意にこもって熱く仲間同士で語り合う東島班を見ている佐藤の目はどこかデロリとした視線だった。
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