「俺たちからの……?」
「あぁ、始まりは新人である君が入隊する前からだったんだ」
研究所所長、小谷松は前々から温めていたある野望があったのだ。それは彼の所長職が決まった時からもう出発していた。いずれ戦闘員の所長へと就任し、極東の上に立つ。馬鹿げた夢だが彼は本気でそう思っているらしい。
「事務局の所長へとなるには本部からの派遣……それ以外にも1つだけ方法があってね。それは……」
「……現所長と入れ替える……」
香織が挟み込むように口を開いた。大和田はその通りと頷く。所長の汚職や役目を下ろされた場合は研究所の所長が事務局への所長に就任することが多いのだ。特に魔獣が活性化してるこのご時世ならば。理由としては本部から派遣する間は誰が治めるのか? という課題を払拭するためである。すぐに統治できる人間を決めなければならない。
「本部はヨーロッパだからね。すぐには決めれない」
「小谷松はそのシステムを利用して地位をあげようと思ったのか? もし小谷松が事務局所長になればお前が研究所の所長に……」
「あぁ、それは違う」
この場合、元研究所所長は信頼できる研究員を研究所所長にし、新たに支部派遣の研究班などをそう入れ替えする必要がある。大和田は副所長との肩書きがあるがその実態は魔装の製造研究をしている研究員の指示をする現場監督のような位置らしい。大和田は元から小谷松の考えには否定的であったため、小谷松も彼を嫌っていたのだ。
そんな小谷松が考えた計画こそが魔獣を人間の兵器へと変える改造種製造計画だったのだ。これによって世界初の魔獣兵器を製作し、レイシェルの役目を取ろうとした。魔獣兵器による班を制作して魔獣討伐に革命を起こす事で地位向上を狙ったのである。考えてみると馬鹿げた話ではあるが合理的でもある。本来は人間の敵となるはずの魔獣を従えて兵器へと作り替えることができれば戦闘員の必要がなくなる。序列の低い班は解体されるのであろう。
「そういう方向で計画は着々と進められていたんだ。私は何回も反対の申し出を行った。そうなんだけど小谷松は一向に私のいうことを聞かなくてね。もし、その兵器が暴走して人間の敵になってしまえばひとたまりもないからね。結果、小谷松は私を地下のこの研究室に移したわけだ」
エレベーターがゆっくりと開いた先にあったのは薄暗い通路であり、その廊下には「1番倉庫」と書かれた看板が見られる。この地下は魔獣の死骸が冷凍保存されており、やってくるのは魔獣製造のために死骸を取りに来る研究員だけ。大和田はその倉庫の近くにある一室にマルスと香織を招き入れたのだ。
「ここが私の研究室だ。一応、『魔獣における効率的な魔装製造の研究』としてここに送り込まれてるんだけど……言ってしまえば窓際だ」
研究室のライトをつけるといくつかのガラスケースの中に小さなロボットアームや台が並んだスペースと書籍やカセットのようなものが積まれた棚がある。大和田はその隣の仮眠室へ行ってから少し立つと新しい白衣に着替えており、先ほどの匂いは消えていた。補給液を飲んでおり、水分も回復したらしい。研究室の真ん中にある席に座ってコンピュータを起動させる。
「……で、小谷松の研究は世界でもされてない前代未聞の研究だ。魔獣を使った実験はあまりにも危険すぎるからね。でもいいサンプルがあったんだよ。それが君たちが送ったこの魔石だ」
写真データに写されたのは剥がれたように割れた緑色の人間大の大きさの魔石。それを見たマルスと香織はハッとした。
「エリスちゃんの……魔石?」
「そう、あの樹人族の女の子の魔石だ。この魔石が特殊でね。どんな魔獣にもよく馴染むんだ。遺伝子におけるショックを受けない。改造魔獣の核はこれに決定したんだよ」
「大和田、ようは改造魔獣っていうのはその魔石を核としたなんなんだ?」
「その魔石を核に、機械と異なる魔獣の部位を掛け合わせたサイボーグ兵器ってところかな。こういう珍しい魔石は東島班がよく研究所に送ってくれていたそうだ。気にしなくてもいい。悪いのは小谷松だからね?」
「……それは分かってる」
そのような経緯で誕生した改造魔獣の使い道だったのだが本来は班を作り……と回りくどい過程を踏まないといけなかった。だがそんな小谷松は運が良かった。亜人襲撃によるレグノス班壊滅と稲田班半壊が起きたのだ。これにより、レイシェルは退職寸前にまで追い込まれたのだ。小谷松はレイシェルを退職に追い込むように動くようになる。前から小谷松の研究に好意的だった佐藤をレイシェルの監視役に仕立てて絶好の機会を待っていたのだ。
「でも……小谷松も甘い。研究に夢中になりすぎて私の存在をほぼ忘れてたよ」
その間、大和田自身はこの部屋のコンピュータを使って改造魔獣が完成間近なことを知った。こんなものが完成するととんでもない事態になる。戦闘員や研究員の社会的な地位にも影響するかもしれなかった大和田は地下の回線を利用して研究データを入手。それをレイシェルに横流しにしたのだ。
「このコンピュータは回線が独立してるからね。私も知識はあるから時間はかかったけど入手に成功したんだ。ここは人も滅多に来ないから対処も楽だった。レイシェル様に届け出たのがついこの前。ついでに改造魔獣の研究以外をしている研究員にもそれとなく流しておいた」
大和田の企てもこれで完了したかのように見えたがその時になんと小谷松が地下の研究室にやってきたのだ。平生を装って大和田は相手したそうだが小谷松は伊達でも研究所所長。大和田の企てはバレており、彼はなんらかの方法で気を失ってしまい、目が覚めると暗い中に閉じ込められ、身動きも取れなかった。
「まさかドラム缶だなんて……。その間に亜人が襲撃しにきてたのも知らなかったよ」
マルスは今まで聞いた話を整理する。小谷松の真の目的は地位向上。そのためには邪魔なレイシェルを排除する。それのために作られていたのが改造魔獣。だがしかし、魔石や亜人襲撃によって研究も大いにシフトチェンジ。おそらく小谷松は自分にとって邪魔な研究員はドラム缶送りにしているはずだ。そうなるとあの時助けれなかったのは非常に罪が重い。
「それともう一つ、さっき彼女の魔装が使えなかったのはおそらく小谷松の魔装が原因だ」
「小谷松さんの?」
「恐ろしい力だよ。スイッチ1つであらかじめ埋め込んだ因子がその機械や道具を使えなくする。それが彼の魔装さ。一種のウイルスだ。研究所で作られた魔装にはこれが仕込まれてたのさ。上位適合の魔装はほんのちょっとだけ身体能力だけが上がる。能力は完全停止に加えて人間離れした動きはとれないから不利なんだけど。まぁ、専用のスイッチがないとなんの害もないものだけどね」
強制機能停止因子、それが小谷松の魔装だそうだ。どちらかといえば対魔獣装備ではない気がするが出どころは魔装と一緒なので魔装扱い。マルスは戦闘服を受け取った際のデロリとした視線の意味を理解できてスカッとする。通信機や魔装が使えない理由もこれで解決。
「でも君の魔装は問題なく起動した。もしかして研究所で作られてない?」
「俺のは急に生まれた魔装だ。そう考えている」
もう1人の自分が宿っているとは言い難い。マルスはそれで誤魔化した。とりあえずそこはそれで乗り切り、コンピュータを使ってレイシェルと通信することに。レイシェルは迫り来るように応答した。
「っ!? 誰だ!」
「レイシェル。マルスだ」
「……マルス? お前か?」
「あぁ、現在は研究所地下の大和田のコンピュータを借りて通信している」
「今はどうなっているんだ?」
マルスはレイシェルに事細かく内情を説明した。悠人達と分かれて自分と香織は研究員救出のために潜入すると偶然大和田を見つけたことや通信機が使えないので悠人達や中央部を目指していたサーシャ達の行方は分からないと。それと改造魔獣の存在を確認して一戦交えたこと。もしかしたら悠人達も改造魔獣と戦っているかもしれないと言うこと。戦闘になっていると魔装が使えないので最悪死者も出るということ。
「すまない……。もっと前から話しておけばよかった。亜人はもうこの研究所にはいないんだ」
「そんな気がしていたぞ。レイシェル、俺らへの新しい任務はあるか?」
「ただいまは援軍が研究所に向かっている。その援軍に東島達を任せよう。援軍達の魔装は本部製だ。因子はない」
レイシェルはレイシェルでなんとかして通信機を起動させて地上の東島達に現状起きていることやこの研究所の真実を話したということ。東島達は今、援軍が来るまで研究所の中で身を潜めているらしい。
「そうか……。俺と香織は何をすればいい」
「それは……」
レイシェルは黙り込む。理想としては地下研究所から改造魔獣を探し当てて撃破するのと小谷松や裏切り者の研究員達を捕らえることだ。危険の方が大きい任務。これ以上部下を危険な目に合わせるべきでもないのは事実だ。
「レイシェル、聞こえるか?」
「あぁ……。地上は援軍と共に力を合わせれれば撃破はできる。援軍にはこのことを全て伝えきっているからな」
「止めるべき敵は目の前にいる。一般人を守る代表が俺たちだ。それに俺は魔装が使える。さっき改造魔獣とまともに戦闘できた。……俺は大丈夫だぞ」
マルスにだって守りたいものはある。身勝手な人間のエゴで生まれた改造魔獣。これらを放っておくと戦闘員にも、一般市民にも危険が及ぶのだ。もし改造魔獣の牙が一般市民に向けられるとさらに悲劇が舞い降りるのだ。それは避けなくてはならない。知ってしまったのなら立ち向かわなくてはならないのだ。
「マルス、一瀬……新しい任務だ。もし改造魔獣を見かけたら一体残らず始末しろ。それと裏切り者のクズどもを必ず生かしておいてくれ。小谷松は特にだ。彼らには裁きをくださなくては……」
いつも通りのレイシェルだ。戦闘員である以上、戦闘員としての覚悟や仕事を全うしないといけない。マルスと香織は頷いた。そして通信を一旦切る。
「大和田、地下から攻めるぞ。小谷松はどこにいると思う?」
「地下にシェルターがあるんだ。まずはそこを攻めよう」
マルス達は急ぎ足でシェルターに向かって行ったのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!