戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

ビャクヤ・ツーラン-2

公開日時: 2021年5月4日(火) 19:02
文字数:7,060

 火ではなかった。稲田の胸部を貫いたのは高濃度に圧縮された風の弾丸。小次郎の突風を限界までに縮めてビャクヤはさっきのレグノスの要領で発射したのだ。何故稲田を狙った? と聞かれるとビャクヤはおそらく「わからない」と答えるであろう。それくらい、この一撃にかける思考は必要最低限だったからである。人間が驚く表情をもう一度見たいという願望の現れかもしれないが……。


 ビャクヤはマルス達と昔の自分だと思って相手していた。若いからこその純粋な刃で立ち向かう。まだ世界のことをよくわかってないにもかかわらず、誰かの盾になりたいなんか抜かして偏った正義感を持っている。ビャクヤはこの正義が嫌いだった。その正義のせいでビャクヤの先生は命を落とした。多数の人間に囲まれて嬲り殺されてしまったのだ。あの時の自分は何もできていない。若さ故の恐怖や自分が思い描いていた世界が頭の中でガラガラと音を立てて崩壊していくようだった。それくらい、あの人魔大戦はビャクヤにとっていわゆるトラウマのような感情を残すような出来事だったのである。


 この目の前の人間二人にも同じように見えた。今まで一緒にいたであろう仲間を殺されてその怒りを元に剣を振るう。ベイルが相手していたであろうこの二人はビャクヤは中々強いと判断した。変幻自在な黒の剣に氷を身に纏う青の刀。ビャクヤが強いと認識したということは能力の対象になったのも同義。徐々に感情に揺さぶられて剣筋が鈍るこの二人を見てもう少し遊んでやろうと思ったのである。かつての自分のトラウマを奴らにも味合わせてやろう、これが亜人の復讐だ、ザマアミロとビャクヤは刀から実験も兼ねて飛び道具を発射させた。そんなビャクヤの思いなんてつゆ知らず、マルスと悠人は急いで倒れた稲田に近づいた。胸部を撃ち抜かれており、出血が激しい。悠人の冷却もこれだけ傷が大きいと不可能だった。それでも冷却して血を止めようとする悠人に「待て……」と声がかかる。


 稲田だった、喋ることには凄まじい苦痛を感じるらしく咳き込みながら話しかける。


「き、聞いてくれ……」


「それ以上喋るな! 命を早めるだけだぞ……?」


「俺た……ちやレグノス達は……あいつに殺された……」


 血と一緒に涙を垂らす稲田。流石のマルスも「お前……」と反論するのをグッとやめてしまう。悠人は「稲田さん……」としか答えることができなかった。


「戦友や……班員は……あいつが殺したんだ……。楽しそうにな……」


 それはマルス達も分かっている。死体に狐が群がっていたり、体の一部がなかったり血を吸われて萎んだ死体などまさに悪夢のような光景が広がっていたんだから。さっきの光景を思い出して歯痒い顔をする悠人。そんな悠人に稲田は「東島……」と話しかけた。


「奴は……出血すると能力を失う……。小次郎を……あいつを解放してやってくれ……。お前のその刀が有ればできるはずだ……」


 咳き込んだ中には消化管からの出血からか、茶色の血を吹き出しながら稲田は咳き込んだもう限界である。悠人もマルスも何にも施しようのない稲田を見ることしかできない。マルスは心の中に今まで感じたことのない感情が生まれるのを知った。その感情を制御していると稲田はフッと笑う。


「演習の時……お前の副班長には悪いことしたって謝ってくれ……。新人も……エリーが世話になった。お前達は……もう立派な戦闘員さ……」


 全身から冷や汗を垂らしているマルス達にコツコツと近づく足音が。ビャクヤだ。「ククク……」と気持ちの悪い笑みを浮かべながら近づいたビャクヤは拳に風を纏わせて悠人とマルスのミゾに叩き込んだ。めり込むように突きつけられた拳の一撃に唾を吐いて二人も倒れ込む。そして力なく倒れる稲田の頭を掴んでズルズルと引っ張るように引き離してからビャクヤは話しかけた。


「感動的でいいセリフだ。だが、無意味でもある」


 稲田の首筋に牙を剥けながらビャクヤはチラチラとマルスと悠人に視線を合わせる。どんな反応をするかが少し楽しみであったのだ。ミゾの一撃が腹に響くマルスと悠人は「稲田さん……!」とやっと反応することができた。あまりにも静かでビャクヤの接近に気が付かなかったのは自分達の完全な負けだと悟る。そしてビャクヤはその鋭い歯で稲田の首筋を噛みちぎった。


「ガァア……ウゥ……」


 もう叫ぶ力も残ってないのか稲田の苦痛の声は非常に小さなものだった。ジュルジュルジュル! と血を啜る音が聞こえたマルスと悠人は「テメェ……!」となんとか立ち上がる。そして二人で一斉にビャクヤに斬りかかりに行ったのだがビャクヤは血を吸われて萎んでいく稲田を盾にしながらマルスと悠人を迎撃する。そして小次郎の突風に完全に得た稲田の電撃を混ぜ込んで吹き飛ばした。


 身体中に渡る電撃の苦痛に呑まれながらマルスと悠人は吹き飛ばされる。さっきの微粒な電気とは程遠い、完全なる稲光のような電流にマルスと悠人は本当に手に負えないということを悟る。稲田の息はすでにコト切れており、萎んだ彼の死体はビャクヤが適当にほっぽりだして舌舐めづりをしていた。そして理想だった力を得たビャクヤは歓喜の声を上げる。


「これが……これこそが我が望んだ力だ! 我は貴様達を大いに越えることに成功した! 這いつくばって消えるがいい、人間!!」


 稲田が行っていた電撃強化を終えたビャクヤは全身にスパークが撒き散らされるようになり、一瞬でマルスの懐に近づいたと思うとさっき殴ったミゾを今度は膝蹴りで追い討ちする。脳天まで揺れたマルスの脳はその苦痛になんとか耐えたが桁違いの威力だったためにフリーズしてしまう。


「グゥウウウ!!」


「マルス!!」


 後ろから悠人が斬りかかりに行くとビャクヤは突風を発動させて悠人を少し吹き飛ばし、身動きが取れなくなったところを太刀でバッサリと斬りかかった。全身に氷を纏うことで防御を図ったがその氷は太刀の一閃で砕け散り、胸をまた斬られてしまう。幸い刃は浅かったので体が両断されることはなかったが以前として凄まじい苦痛だった。


「お前……許さねぇぞ……!」


 それでもなを立ち上がろうとするマルス達。マルスにとってある感情が生まれており、それは必ず守り抜くという自分が剣を振るう理由だった。戦闘員として戦う意味は演習で分かったのだがマルスにとって人間として生きるか神として生きるかのどちらかで大いに迷っている。しかし、稲田班や安藤班、レグノス班達を見てマルスは徐々に人間であることに惹かれていったのだ。


 人間は確かに弱い。一人じゃあ何にもできないので仲間を組んで団結する。そうであるのに孤立のものを馬鹿にするという愚かな一面もある。それが人魔大戦の悲劇を生んだ。だがしかし、この亜人がしてることは何か? 復讐と言っているがマルスはただ楽しんでるだけと思えたのだ。


 命を奪うというこの行為を楽しんでいる。先生とうるさいが彼の先生はこんなことを教える馬鹿な者だったのか? と思ってしまった。その答えは分からないがビャクヤにはなくて自分たちには確実に備わっている物をマルスは見つけることができたのだ。マルスはゆっくりと立ち上がって距離を取ったビャクヤに話しかける。


「ちょっといいか、きつねさん」


 不思議そうな顔をするビャクヤは興味深げにマルスの話を聞いた。


「元々バカにされていた人から認められた時に嬉しくて笑顔になった時ってあるか? 誰かに頑張れって言われて辛い仕事でも頑張れた時ってあるか? 尊敬する……尊敬する人が目の前で死んで涙を流したことって……あるか……?」


 マルスの目からは涙が流れていた。この世界に降りて初めて流した涙である。マルスは性格上、泣くという行為をほとんどしたことがないのだが今回は別だった。レグノス班や稲田班の一部の犠牲者は死ぬべき存在ではなかった。マルスは自分から言うことはできないがもっと戦闘員としての何かを教えて欲しかった。それくらいに素晴らしい人達だったのである。初めは自分たちのことを「負け組」とバカにしていても試合が終われば「俺たちの分まで頑張ってくれ」と笑顔で言ってくれた稲田や素直に負けを認めて気のいい笑顔を向けながら「これからはよろしくな」と言ってくれたレグノス。どれもいい人達ばかりなのだ。マルスはこんな人間として生きたいとずっと思っていた。それなのに……、マルスの涙はさらに流れる。


「まぁ……ねぇよなぁ……?」


 ヘッと笑いながらマルスは地面に落ちている自分の剣をグッと握った。すると……あの演習の時から正体が分かっていないあの謎のギミック。剣身から赤色の亀裂が割れてそこから赤黒いモヤが発生するあの現象が起きる。ビャクヤはその現象を確認んした途端、少し能力の出が悪くなった気がしたが気にしなかった。それよりもこのマルスという人物の話がよく分からないことしかわかってない。


「何が言いたい」


 ビャクヤが問うと赤黒いモヤの中で雫を垂らすマルスの目線が突き刺さる。


「何故……何故貴様は分からん……。何故知ろうとしない……。何故己に負ける……! 何故殺す……! 何故想いを背負うことができない!! 愚者め、貴様の恩師は殺すことを教えたか!!」


 稲田や双葉、その前のレグノスやギーナの能力を持っていたとしてもその思いは知らない。ただ、先生という存在を言い訳にして殺しを楽しんでいたことを言われてビャクヤはグッと押し黙って太刀を振るった。ふるわれた太刀から電気が発射されて光の刃としてマルスに襲い掛かる。


「貴様に何が分かる……!! 先生は殺された……! 我の里の仲間達は皮を剥がれて競売に出された……! 狐人族キュウビだけではない……! 全ての亜人は貴様ら人間に住処を、名誉を、生き様を奪われた。もう我が失いものは何もない……! それがなんだ!! 我は貴様らがオメオメと生きる様子をキワで見ればいいとでも抜かすのか……? 我とて傲慢ではない。もう名誉も何もいらない。弱き正義は不要なり……それだけだ……! それを貴様らは……!」


 次第に自分の話になっていることをマルスは察してこの亜人はもう救えない存在であることを思い知った。この亜人に情け容赦はしない。バカは死ぬまで直らない。キッと剣を構えてビャクヤに向き直る。彼の恩師がここまで悪い奴だとは思わない。彼の恩師は殺された、世界に、そしてマルス自身に……。マルスも吐き気がするほどの罪の意識に囚われながらモヤを発生させる。


 マルスに襲い掛かる無数の光の刃。マルスはそれらを剣を振るって斬った。モヤと共に光の刃を斬って一撃をかき消した。ありえない行為を目の前で行ったマルスにビャクヤと悠人は驚く。「バカな!?」と驚くビャクヤにマルスは「やっぱりな」とこのモヤを完全に理解した。初めて使ったのが演習の二回戦、エリーと戦闘した時。彼女の無効化する大楯を斬り裂いた。そして決勝で八剣玲華の振動波を無効にし、頰に傷を残す。そして今回はビャクヤの電撃を正面から斬り裂いた。マルスは理解する。これが黒戦剣ソウルキャリバーの第二の能力、それは能力による現象を斬るという能力だった。


 能力によって行われた攻撃を斬ることができる。普通ならこんなことできやしないがマルスのこの剣なら朝飯前だった。そういうことなら優吾の精神弾を斬ることもできるんであろう。サーシャの激流も斬り裂いて無効化できるはずだ。間違えてはならないのはあくまでも斬るだけであって無効化ではないところ。


 そんなマルスを見ながら悠人も何ができるか考える。レグノスに続いて稲田も死んだ。これで目の前で大事な人を二回も失ってしまい、悠人も悔しい。マルスの叫びもよくわかった。そして稲田の最後の言葉「もう立派な戦闘員だ」このことを聞いた時に一瞬だけ悠人の中で何かが吹っ切れた。悠人はマルスの横に立って夜叉を鞘に収める。そして二つ目の赤い刀に手を置いてそれを思いっきり引き抜いた。引き抜かれた刀、獄火爪ごっかそうは夜叉とは真逆の真紅の輝きを見せる。そして悠人の周囲を熱波で覆い始めた。これが目的ではない。いずれタイムリミットがやってくる。刀を持つ右腕が火傷を進行させるのを感じた悠人はグッと苦痛に堪えた。


 自分だって強くなるんだ。稲田やレグノス達の意思を継いで強くなる。誰かを守る盾になる、それが戦闘員としての生き様だった。楓には教えることができなかった戦闘員としての生き様、これから彼女の刀と共に示してやろうと思う。右手が燃え始めてマルスも「おい……」と声をかけようとしたが悠人はまだ耐える。


「あぁ……、俺だって強くなるんだ……! もう誰も失いたくない……。これ以上……お前だけが苦しむ様子は見たくない……!! 俺は東島班の班長だ!! 戦闘員を任された男なんだ!! だから力を貸せよ……緋爪斬虫ルージュマンティス!!」


 その瞬間、悠人が紅い光に覆われたかと思うと今まで青色だった目が赤色へと変わっていることに気がついた。右腕の炎はもう消えており、その代わりに真紅の輝きを持つ刀が熱波を纏って燃えている。これが真の悠人の姿。楓から認められ、左手の刀の力を我が物にした悠人の姿である。マルスはその様子を見てフッと笑うと悠人と共に剣を構えた。


「人間ってのはどこかのタイミングで死が美しいと思うらしい。けどな……悠人……今は違う」


「そうとも……生きて帰るさ……こんなところで死ねるか!!!」


 マルスと悠人は同時に突撃する。さっきまでとは違い、ビャクヤのスピードについていくような斬撃で太刀を弾いていく。さっきまでとはまるで違う体の動きにビャクヤは大いに戸惑った。太刀に最大風量の突風を纏わせながら大竜巻を起こしたのだがマルスが剣を押し当てるようにしてその竜巻を正面から斬り裂いたことによって四散させる。電撃を用いて斬りかかりに行ってるのにこの二人には全く効果がなくなっていた。効果がないというよりかはもう頭の中のリミッターが吹っ切れている状態なので痛みをあまり感じないという方が近い。悠人の炎に包まれた刀の斬撃は夜叉を超える威力を持っており、おそらく夜叉は防御に使えるような性能でこの獄火爪は攻撃特化の刀だと見れる。 


 もう火傷の痛みもしなくなったことから悠人は本当にこの刀の力を使えるようになったのだと理解した。楓と共に戦ってるようで一瞬懐かしい感情に溢れるが今は戦闘中なので後でにする。マルスと悠人のコンビネーションは練度が非常に上がっており、二回戦とは桁違いの力量を誇っている。本気で焦るビャクヤは大きく距離をとってから太刀に突風を纏わせて同時に電流も込めた。


「愚者共がぁああ!! そうやって貴様らは我らの希望を壊していく……!!」


 辺りの木々を巻き込みそうになる突風。小次郎の能力の最大風速であったがマルスはこれを満更でもない表情で斬り裂く。何事もなかったかのように四散する竜巻を見て呆気に取られるビャクヤにマルスと悠人は踏み込んだ。


「じゃあな」


 バシャアア! とビャクヤに斬りかかって血を吹かせることに成功したマルスと悠人。ビャクヤの体から赤黒い亀裂が消えて斬られた腹から胸を押さえてその場に倒れ込む。


「ありえん……!?」


「人間を無礼ぶるな。己のプライドにも勝てない負け犬が」


 トドメをマルスが刺そうとすると小刻みに地面が揺れたと思いきや耳を押さえるトカゲ男が飛び出した。その男はビャクヤの惨状を見て「旦那!!」と声を上げる。


「……っ撤退するぞ……、ケラム殿」


「畜生何をしやがった! 旦那、逃げましょうぜ。息止めてくださいね!」


 全く話が噛み合ってないことに違和感がしたがマルスと悠人がハッとして斬りかかりに行ったがケラムと呼ばれたトカゲ人間がビャクヤを抱くようにして地面へと消えていく。スレスレで逃げられたことにマルスが舌打ちしてると「おーい」という声が聞こえる。香織だった。


「香織……」


 腹に包帯を巻いて大槌を杖のようにしながら香織はマルスの元に歩いてくる。器用に柄を杖にしてゆっくりとマルスのそばに近づいた香織は彼の涙を指で拭き取ってから笑顔を見せた。惨状でいえば香織の方がひどい。それに敵を倒したマルスにも罪の意識が芽生え始めまた涙しそうになったのだがギュッと香織を抱きしめる。いい匂いがした。何故抱きつこうと思ったのかは分からない。ただ、彼女の姿を見るとマルスは衝動的に抱きついていた。香織は恥ずかしそうにしながらも「よしよし」とマルスの頭を優しく撫でる。マルスの肩から力が抜けるのを感じた香織はフフッと笑った。


「ちょっとどうしたの?」


「お前が無事で本当によかった……」


「……。気がすむまでそのままにして……」


 少しの間、香織とマルスの抱擁が続く。悠人も何も言わなかった。血潮がついた木の幹にもたれかけながら息を整える。呼吸をすればするほど辺りに鉄くさい匂いが充満していることを察した。それに自分の顔や体にも返り血がへばりついており、壮絶な戦いであったことが思い知らされる。


「悠人、マルス、大丈夫か?」


 サーシャをおぶさりながらパイセンが到着。サーシャは腕に包帯を巻いてる状態で香織と同じく危険な状態だった。悠人が何があったのかを説明してトカゲごと逃げたことを知ったパイセンは悔しそうな顔をする。そしてあの稲田班長が死んだことにも驚いていた。


「とりあえず……みんなと合流しよう。稲田さんは……俺が……」


 悠人は萎んだ稲田の死体を優しく背負った。思った以上に軽くて心苦しくなる。みんな、無事だったらいいが……とマルス達は蓮達と合流するべく移動を開始したのだった。

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