重要な要素である「魔装」の名が出ましたね。一体どんな装備なんでしょうか……?
「対魔獣装備?」
マルスはそのまま聞き返していた。それに対し、レイシェルは静かに頷く。少し間をおいて彼女は淡々とした口調で話し始めた。
「通常、魔獣は我々人間の科学力では追いつけないような超常現象を引き起こす力を持っている。中には自然災害とまで称される魔獣もいるそうだ。そんな魔獣の死体を回収し、我々の技術を持ってすれば武器へと作り替えることができるのだよ」
「しかしレイシェル、元々はどうやって魔獣を倒していたんだ? 人間が作り出す兵器で戦っていたのではないのか?」
マルスがこの世界に来るまでの人間はミサイルや爆弾などの近代兵器で魔獣に立ち向かっていたはずだ。それなのに一体どうしてそのような面倒くさい行程で魔獣から武器を作る必要があるのか、マルスにはわからなかった。
「確かに我々人類は近代兵器を使って魔獣を倒していた。しかしそれでは二次被害が大きい上、コストも高い。日々活性化し続ける魔獣に打ち勝つには奴らの力を持ってしか対抗できない。そうして生まれたのが魔装だ」
ようは小型化した魔獣を手にして戦っていたのか。マルスがそう納得しているとレイシェルはつけているメガネを外した。メガネを外したレイシェルの見た目は凛々しく、そして美しいと言った言葉が似合うような女性である。
「この眼鏡も魔装だ。相手の言動が嘘か真かを知ることができる。先ほど、吸い込まれたような感覚に襲われただろ? それはこの眼鏡の仕業だ」
眼鏡をマルスに見せてくれる。よく見てみるとその眼鏡には度が入ってない。いわゆる伊達眼鏡なのであるがマルスにはそれが分からない。少しの間眼鏡を観察して返した。どういう原理で嘘を見破るのかはよくわからないが、トップの立場の人間にはお似合いの能力だなと思える。管理職にはうってつけだ。
「魔装は誰でも扱えるのか?」
「それは違う。どんな魔装でも扱えるのではなく、人それぞれ適合魔獣と呼ばれる魔獣が存在する。人間は適合魔獣の能力を引き出す鍵のようなものだと思ってもいい。その魔獣を核として作るのが魔装だ」
マルスは自分の未来が少し安泰になっていることに安心を覚えた。自分に何の魔獣が適合するかはわからないが、この魔装の力を使えば魔獣を討ち、人類とのバランスを取ることができる。その時に一つ、気になることができてマルスは質問する。
「まだ聞きたいことがある」
「なんだ?」
「適合生物が何であれ、武器の種類はどうなるんだ?」
「適合が合えば武器の種類は何でもいい。私の適合魔獣は警戒鼠。用心深い性格があっていたのかこの魔獣だったよ。眼鏡にしようと思ったのは私の希望だ。何か希望する武器でも?」
「そうだな……。片手剣を希望したい」
「なんだ、そんな武器か。もっと複雑な武器が来るかと思ったよ」
「そうか……。それとだ、魔装があったとしても魔獣の人間離れした動きにはついていけないんじゃあないか?」
「その心配はない。適合生物の魔装を装備したものは身体能力がその魔獣と同じようになる。つまり、魔装を扱う時には身体能力は向上するのだ。これ以上いい対魔獣環境はないのだよ」
これで安心だ。マルスはレイシェルに二つ返事でうなずき、レイシェルは微笑んだ。その微笑みには警戒心などなく、むしろ自分を歓迎してくれているような気がした。
「ようこそ、極東支部へ。君を心から歓迎しよう。それでは私は手続きを済ませてくるよ」
そう言ってレイシェルは部屋を出て行った。部屋に一人残されたマルスはこの世界に入って初めてのガッツポーズを見せた。自分は必要とされた、その事実が嬉しすぎて舞い上がりそうだった。彼は天界の神に唾を吐きかけてやりたい気持ちでいっぱいになっていた。
部屋を一人出たレイシェルは待っていた秘書であるグスタフに書類を渡す。グスタフもまた、DBCより配属された凄腕の秘書であり、初老の姿からは予想のつかない強さを誇る。その機嫌の良さそうな顔に気がついたグスタフは「おや」と声を上げた。
「そんなに優秀な戦闘員でしたか? レイシェル様」
「あぁ、大当たりだ。彼をこれで見てみたのだが数多くの戦略と潜在能力で溢れていたよ」
「それはよかったですね」
レイシェルは眼鏡を指差しながら話す。レイシェルの適合生物である警戒鼠は嘘か真かを知る能力に加えて、視界に捉えた者の潜在能力を知る能力も保有している。相手の技量がわからないのに攻撃を仕掛けるような馬鹿な鼠ではないということなのだろう。レイシェルはこの能力を使って志願兵がやってきたときはわざわざ出向いていたのだ。数ある新人を出迎えてきてきたが、マルスほど潜在能力が溢れている志願兵はいなかった。
「配属する班はもう決まって?」
「いや、まだだ。これから適合生物のテストを行う予定だ。彼なら倉庫の奥の上位魔獣の素材を使うハメになるな。しかし本人は作りが簡単な片手剣志望だった。もっといい武器を作ってやりたい気持ちもあるが……」
「まぁまぁいいではないですか、本人がそうやって希望していたことですから」
「そうだな……、それと彼は妙な人物でもある」
「妙……ですと?」
「あぁ、先ほども言ったが世界情勢を全く知らないのに戦略などは溢れるように持っているのだ。人魔大戦の後に魔獣が活性化を始めたことを知らないでいた。そこだけが空白だったのだよ」
「それは……確かに妙ですが書類を見るに孤児なのですよね? よほど境遇が恵まれていなかったということでは?」
「今はそう思っておこう。では、これを本部に登録することと適合検査の準備を頼む」
「承知いたしました」
グスタフは足早にその場を去って行った。本当に仕事が早くて助かる秘書だな、とレイシェルは優しく微笑んでグスタフを見送る。そしてマルスをどの班に配属しようかを脳内でシミュレーションしていた。魔装の能力が知らない今は何とも言えないが、入らせるべきではない班だけはすぐに思いついていた。
「待たせたな、案内する」
マルスはやってきたレイシェルに連れられて試験部屋を出て長い廊下を歩いていた。長いだけではなくアリの巣のように複雑に入り組んでいる。これから道を覚えることが大変だなと思いながら連れてこられたのは、手術室にも見える一室だった。少し抵抗を覚えて後ずさるマルス。
「怖がる必要はない。血を取るだけだ」
その声しか信用できるものがないのでマルスは観念して部屋に入って行った。このような部屋を見たのは今日が初めてだったが、抵抗を覚えたことにマルスは少し複雑な思いになった。心が完全に人間よりになっているということだ。
「新人の適合生物を知らせてくれ」
検査部屋にいた白衣の男性にレイシェルは書類を見せた。そして「結果を楽しみにしているよ」とマルスの肩を叩きながら部屋を出て行った。白衣の男性はマルスを見る。先ほどの警備員の渡辺とは違って線の細い人物だった。短く切り揃えられた黒髪を持ってるがパッと見て特徴のない顔つき。名札には「佐藤」と書かれている。
「マルス君……だね。今から検査するんだけど利腕はどっち?」
「あ……えっと……」
マルスは「ききうで」の意味がわからずにたじろいでしまったが、佐藤は「右か左、どっちが使いやすい?」とわかりやすく聞いてくれたので、マルスは右と答えることができた。
「じゃあ右に針を入れるね。痛いかもしれないけどそこは我慢」
とても優しく接してくれたのでマルスは完全に安心しきってしまい、腕から力が抜けていく。その時に、ブスっと針を打ち込まれ、鋭い痛みに「ゔ……」と声を上げるが、佐藤はあくまでもにこやかに針を刺す。こいつは悪魔だ……。マルスの中で佐藤の評価が1下がった。
「お疲れ様、痛かったの?」
「かなりな」
「ハハハ! 戦闘員として活躍するようになったら大変だね。じゃあこの集めた血をこの機械で分析するんだ。見ててごらん」
佐藤は集められたマルスの血を金属質の直方体にセットして、幾つかのコマンドを打ち込むと「ピピピ……」とその場に電子音が響く。そして緑色の光がマルスの血を照らしていき、ジジジ……と一枚の紙が印刷されて行った。佐藤はその紙を手に取ってみてみる。途端に「……は?」と間抜けな声を漏らした。
その時にレイシェルが部屋に入ってくる。よほど結果を楽しみにしていたのか、レイシェルはホクホク顔で紙を受け取った。途端にレイシェルの顔から色が消える。そして佐藤はレイシェルに「あのぉ……これはぁ……」とぎこちないよう返事をした。何だか空気が悪くなっていた。
マルスは天界での裁判と同じような空気感を感じて一気に不安になった。何か……やらかしたか……? マルスはゴクッと生唾を飲んだ。そしてレイシェルは舌打ちと共に「とんだハズレくじを引いた……」と絶望するような声を漏らした。
「おい、どうしたんだよ」
「こんな異例の事態は初めてだ……」
先ほどとは全く違う口調で書類をマルスに投げつけた。何が起きたのか全く理解できないマルス。床に落ちた書類を広げて手に取る。それを破かないようにゆっくり広げていくとその全貌が明らかになる。そこに書かれていたこと、それは……
「適合魔獣:Not Found」
備考
対魔獣装備…日に日に活性化する魔獣へ対抗すべく作られた専用武器。魔獣の死骸から製造されており、強度はその魔獣に依存する。略称は「魔装」
適合魔獣…魔装を使うにあたってその人が一番使いやすい、そして馴染みやすい魔獣がピックアップされる。略称は「適合」
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