揺れる車は長いトンネルの中を走っていた。人はほとんど避難している状況なので車は他に見えない。窓から見える景色は電灯が薄明るく煌めくだけなので見るのはもう飽きたサーシャは車の中に視線を戻した。長い筒の中を無言の空間として走り抜ける車内の中は非常に気まずい。海へと抜けるトンネルは非常に長いらしく、話すこともないサーシャはソワソワと車内を確認した。
雰囲気は非常に悪い。サーシャの仲間として戦うのは八剣班の隊長格戦闘員が二人。決勝戦で悠人が相手した水喰昇、そしてその隣にいる初対面の梶沢藍という女性。深い海の色をした蒼い髪はいわゆるボブショートという髪型か。肩にかかってパシャリとはだけている。戦闘機のような無駄のない体をしており、サーシャのアンダーウェアとはまた違った戦闘服はスラリとした筋肉を映し出していた。
サーシャ達が相手するのは湾内にて発見された覚醒魔獣、プルカザリ。水中活動が可能な水棲魔獣と適合した者だけで構成されたチームだ。
だがしかし、行きの車は雰囲気があまりにも悪すぎる。初対面の年上というシチュエーションに合わせてサーシャは目をギョロギョロと動かして確認していた。
「ちょっと雰囲気悪くない? 梶沢さんはずっとこっちを見てくるし……、水喰昇は上の空」
心の中でボヤくサーシャはなんとかして雰囲気をよくしようと笑顔を作って窓の外に写る海景色を見ながら声を上げた。
「随分と距離がありますね」
「だろうな。支部は内陸部にある」
面倒くさそうに昇が返事をしたっきり、何も返ってこなかった。会話が続かないことにサーシャは嫌な汗を流しながら唇をプルプルと震えさせる。決勝戦で見た水喰昇は隼人やパイセンと似たような豪快で真っ直ぐすぎるキャラだと認識していた。現在の昇は塩っけのある覇気のない様子であり、普段の生活がこうであることを思い知らされる。
「パイセンと隼人くんの扱いに慣れてたから油断してたわ……」
ボヤきながら頭を押さえるサーシャ。いつのまにか太ももが震えていたらしく、サーシャが座るシートからカタカタと音を立てていた。そのカタカタ音に合わせて視線をずっとサーシャに送っていた藍はノッソリと彼女に接近する。ギョッとした顔で藍を見るサーシャ。
「……あの、梶沢さん? なにか……」
「……おっきぃ」
「え?」
サーシャは初めて藍の声を聞いた気がした。予想通りといえばいいのか、喉先から出されたような高い音域の声である。
「藍さん、それ止めた方がいいっすよ。相手困惑するんで」
頬杖をつきながら昇が藍を静止させる。藍は大人しく自分の座席に戻ってからコホンと咳払い。21歳と藍の方が年上のはずであるが身長があまりにも低いために子供のようにも見えてしまう。
「……じゃあ聞く。どうやったらそんなに大きくなるの?」
「えっと……なんのことですか?」
「胸」
その言葉を聞いた瞬間にサーシャは一瞬、背中に寒いものが走ってギョッとしたような表情をとった。半目で何を考えているのか分からない表情のその先、親父癖のような観点で自分を見ていたと思い。サーシャは反射的に胸を手で隠した。アンダーウェアが擦れ合ってムギュと強調される。
「おぉお」
歓声を上げて口を開けた藍に少しだけ照れてしまった。
「それでどうやって?」
「どうやってって、遺伝ですよ。多分」
「それはおかしい。だって私のママは大きい。それ以外でなにか」
「えぇ……!? そんなこと言われても……」
知りやしなかった。同じチームの一人の女性として藍を見ていたがこれからなんと見ればいいのだろうか。尊敬できそうなものがあったとしてもサーシャの頭の中には親父癖のある女性としての印象でしかない。そんなサーシャを尻目に藍はグングンと泳いでくるようにシートベルトを掻い潜って近づいてくる。ズズッと後ずさるサーシャに助け舟が。
「藍さん、そのくらいにしたらどうです? そいつ困ってますよ」
口をとんがらせて引き下がる藍。「むぅぅ」と声を漏らして昇を見る姿を見てサーシャは何故かホッとした安心感を得ていた。
「助かりまし……」
「お前もお前だ。何の目的があるかは知らねぇが、必要以上に絡むな」
空気が一気に凍ってしまう。パイセンがいてくれればどれだけ楽であろう。彼に依存するのも良くないがサーシャの不安の種は消えそうにない。
「昇、仲良くって未珠さん言ってた」
「でも藍さん。こいつカケルさん相手に手も足も出なかったようなやつだぜ? 実力も知れてるわ」
サーシャが1発も傷を与えれなかったあの先鋒戦。同じ班の仲間はよく頑張ったと評価してくれたが現実を思い知ったような気がしてサーシャの心に傷が蘇る。
「昇失礼。謝って」
「はぁ? でもよぉ」
「カケルは強い。新人ばかりの班じゃあ勝つのはほぼ無理。それなりに頑張ったと評価する」
サーシャを庇う藍の顔は少しだけうんざりとしたような。その言葉を聞いてサーシャは少しだけ精神が回復したが困惑状態になってしまう。
「ッチ、悪かったよ。言いすぎた」
舌打ちをしながら謝るその様は決勝戦の時のよう。パイセン同様、昇はスイッチが入ると一直線に進むタイプだと思う。藍がうんざりするのも良く分かったが成長のために質問をした。
「あの、八剣班の主要メンバーの強さってどのくらいなんですか?」
「少なくとも全員お前らの班長よりかは強い」
「昇はその班長に負けたじゃない」
「うるせぇ!! あれは二本目を抜くことを計算に入れてなかっただけだ」
瞳孔が開いて歯をギシギシと噛み締めながら声を張り上げる昇。もう一人負けた人がいたようなとサーシャが思い出していると昇は「あー!」と声をあげて乱暴に頭を掻きむしってからサーシャをギンと見る。先ほどの覇気のない顔とは一転。揺れる眼はサーシャを射抜く。
「とにかく、全員他の班だと班長張れるレベルだ」
「昇はまだ早いけどね」
「もう無視するぜ。純粋な強さなら八剣班長が最強で、次が未珠さんだろうが正直あの人本気出してなさそうなんだよな。よく分からん。その次に藍さんか?」
「カケルにこの前負けた」
「じゃあカケルさんだ。残りのメンツは悔しいが同じくらいさ」
この二人の性格は少しだけ理解できた気がした。サーシャとしては素性を知らない相手と共に戦うのは気が引けるというか、心配する何かがあったのでそれとなく話題を合わせて話をしていた。その問題は大丈夫そうだが自分がついていけるかどうかの心配が新たに生まれてきた。劣等感、いや強者への畏怖だろうか。
「よろしいでしょうか」
今まで放ったらかしにされていた運転手が痺れを切らして声をかけてきた。サーシャはハッとして返事する。
「あ、ごめんなさい。お話が立て込んじゃって」
「いえ、目的地付近なので対象の情報をお伝えします。対象は沿岸部に出現した以来、微動だにしていません。しかし、大きさは上空から確認できるほどの巨体を誇ります。それ故に周囲の生態系が乱れているようですね」
運転手が見せてくれる資料に載っている写真。青い海の真ん中に巨大なヒトデのような黒い影が浮かび上がっているという奇妙な写真であり、所々に目のような模様がうっすらと見える不気味な印象があった。
「それだけ……?」
「申し訳ありませんが……」
「あ、ごめんなさい」
謝るサーシャ。任務がいよいよ近づいて来る。初めての水中戦。そして共に戦う仲間となる人にも不安が出来上がる。昔は突き詰めすぎて皆が怖がり、離れていったが今になると離れたものの気持ちが分かる気がした。強者を前に見ると怖すぎる。顔が強張ったサーシャを見た昇は面倒くさそうに一瞥した後、魔装の剣を手に取って「おい」と声をかける。
「仕方ないだろ。動いてないんだからよ。嫌ならここで待ってな」
「ま、待ってください!! 行きます行きまーす」
昇は決勝戦で見たロングソードを、そして既に外に出ている藍は死神が持つような大鎌を肩にかけて空を眺めている。サーシャは槍をグッと握りしめて海へ駆けていくのであった。不安の種は今芽吹く。
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