体を洗い終わってからはもう一度だけ湯に浸かり、悠人と少し会話を挟んだ。内容はここの食堂で何食べる? と言った他愛もない内容でマルスは真っ先にきんぴらごぼうと答える。
「お前、本当に好きだよなぁ」
「うまいから仕方のないことだ。悠人はなんの食べ物が好きなんだ?」
「俺は……煮込み料理が好きだ。ロールキャベツが一番かな」
ロールキャベツ……、まだ食べたことのない料理だった。丸めたキャベツ? キャベツは元々丸くないか? といった疑問が浮かぶがマルスは食べてみるまでわからないなと少し楽しみになる。長い間浸かったのでそろそろ上がることになり、マルス達は浴場から出てタオルで体を拭いた。大人数で入る風呂も悪くないなと思いながらバスタオルで体を拭く。
「むぅ……なんだか体が軽い……」
「疲れ溜まってたんじゃないですか? 演習終わってから任務続きでしたからね〜」
隣で慎也が体を吹きながらニッコリ笑う。相変わらずリスカの跡は見えるがマルスは気にも止めなかった。今慎也が幸せならそれでいい。しっかり体を拭いて着替える。いつもの黒のロングTシャツにジーンズの無難コーデである。
「おい、みんな! 牛乳飲むぞ!」
「おっほー! 待ってたんだよなぁ……!」
早速着替え終わった隼人と蓮が何故か牛乳を飲む気満々でいたのでマルスは「はぁ?」と声を上げてしまう。牛乳を飲むことになんの楽しみがあるのか? こいつらは牛乳を飲んだことがないのか? とマルスは疑問に思ったが慎也も牛乳というワードを聞いて少し嬉しそう。
「牛乳……ここで飲むのか?」
「マルスさん、温泉上がりの牛乳は最高ですよ!」
慎也がニコニコ顔でマルスに詰め寄る。近いな……と思いつつマルスは髪を吹き終わって近くにあったドライヤーで髪を乾かした。一応お金はあるから俺も飲むか……とマルスはドライヤーを動かしながら考える。支度を終えて暖簾をくぐり、ロビーに戻ると先に待っていた香織とサーシャが「おーい!」と手を振った。サーシャは肩がよく見える白色半袖シャツにデニム系のショートパンツ。ソックスは短めなので彼女の華奢な生足が丸出し。
香織は黒の貴重の少しヒラヒラした洋服にデニムパンツを履いており、二人ともラフな格好であった。さっきあがったばかりなのか二人とも火照りがとれておらず、顔が少し赤い。
「気持ちよかったね〜! パイセンはどうだった?」
「久しぶりだから、よかったよ」
「そっかぁ〜。あ、このシャツ通販で買ったやつだけどどう?」
「あ〜、通りでいつもは見ないシャツだって思ってたよ。似合ってるじゃん」
「ほんと、よかった〜! パイセンならいってくれると思ったよ〜!」
サーシャは服を褒めてくれたパイセンに大してバックからムギューっと抱きつく。彼女の豊満な胸に包まれながらパイセンは「俺、勝ち組!」と豪語する表情をしていたので殺意を覚えた隼人が中指を使って卑猥な形を作ろうとしたが蓮にポンと肩を叩かれた。
「今だに女と寝たことないもんな」
「うぅ、うっせ! お前は寝たらしいがよ! 俺は絶対に卒業するんだからな!」
蓮にそっぽを向いて自販機に向かった隼人。その会話を聞いたマルスは「蓮、本当か?」と恐る恐る聞く。もう関係を持っているのか? と心配して聞くと蓮は、
「お泊まり保育、あいつ知らないのかなぁ」
これが本当ならあまりにも切なすぎる。新人殺しの男達は頭をポリポリかく蓮に対して頬をピクピクさせてぎこちなく笑った。反応に困ったマルスを助けるかのように香織が近づく。
「あ、顔赤くなってるね」
「まぁな」
「前髪ちょっとおかしいよ〜?」
香織はマルスの前髪をチョイチョイと指で弾くようにして整えてくれる。目に入りそう……とマルスが思っていると香織が「よし」と呟くのを聞いた。
「ほら、カッコイイ!」
香織はポーチから手鏡を取り出してニッコリ笑った。その鏡には困惑顔のマルスが写っている。演習が終わってから……本当に距離が近くなったよな……香織……、とマルスは少しぎこちない笑みを返したのだった。
「マルス、牛乳飲も」
「香織も飲むのか?」
「あ、さてはマルス知らないなぁ? お風呂上がりの牛乳を?」
「知らん」
「う……、そんなにハッキリ言わなくても……」
香織は少しだけそっぽを向いてマルスに手を引っ張るようにして自販機コーナーへと連れて行く。えぇ……とたじろくマルスを見て悠人が「頑張れ」とサムズアップをした。優吾は我関せずと言ったような空気感で慎也は「ホワァー」と声を上げる。今ここに、カップリングが生まれた瞬間であった。自販機コーナーには隼人と蓮がもうついており、サーシャとパイセンそしてマルスと香織が同時に着いた。
「きったぁー! 牛乳瓶! 小学校以来だぜぇ!」
「なんか……懐かしいよな。ほら、おかわりのジャンケンあったよな」
自販機から転がり落ちた牛乳瓶を「ウッヒョー!」と声を上げながら取り出してしばらく見惚れる隼人と蓮。行動が本当に同じなのでこの二人の仲は非常にイイと見える。
「ヘェ〜、瓶詰めねぇ〜。私の国はボトルがメインだったから馴染みはないなぁ〜」
「俺も瓶は初めてだ……。あまり民間人がいる所に降りたこともないんだよ」
パイセンとサーシャはもの珍しいそうに牛乳瓶を持った。パイセンはコーヒー牛乳、サーシャはフルーツ牛乳と書かれた瓶を持っている。とりあえず、マルスは普通の牛乳を買ってみた。取り出し口から取り出したマルスは瓶が想像以上に冷えていることに驚いた。
「おい……香織。どうやって開けるんだ?」
「あ〜、ここを……ほら開いたでしょ?」
パカンと蓋を開けてくれた香織。はいどうぞとニッコリ顔で渡してくれる。マルスはお礼をいって一口だけ飲み込もうとした。グビっと飲んでみたとき、マルスの口に牛乳の旨味が爆発する。ピクンと震えたマルスはほとんどを飲み干してしまった。
「え、うまい」
「でしょ〜? あ、北欧って温泉のイメージないなぁ……。やったね、初牛乳じゃん」
「う……ゴクッ……うん、こんなに旨いのはきんぴらごぼうの時以来だ」
牛乳はたまーに飲んではいたが風呂上がりに飲むことはなかった。これからは風呂上がりに牛乳を飲むのが日課になりそうなくらいに美味である。視線の先にはサーシャとパイセン。
「んー! 美味しいね、フルーツ牛乳! 日本ってすごいわ〜」
「コーヒー牛乳旨いなぁ……」
「パイセン、ちょっと飲んでもいい?」
「おう、いいぞ? フルーツ牛乳も飲んでみたい」
「一口ね〜」
パイセンとサーシャはお互いの瓶を交換して一口飲んでいる。それをみた隼人が「間接キッス……!!」と体を震えさせていたが蓮が落ち着かせている光景もちらほら。隼人の言葉の意味はよくわからなかったがなんとなくパイセンとサーシャは幸せそうに見える。その光景をみた香織がちょこっと残ったマルスに牛乳を見てチラチラと視線を送っている。できれば……できればマルスと間接キッスを……と思っていると勘違いしたマルスが……。
「なんだ香織、欲しいのか? やるよ」
香織の牛乳瓶の中に残ったマルスの分をポチョンと入れた。それを見た蓮と香織は一瞬「マジかよ……」と言ったような表情をした後に蓮は腹を抱えて笑い出す。対する香織は顔を真っ赤にしてプルプルと体を震えさせるのだ。
「そ……そ……、そうじゃなぁああい!!」
「なんだよ!? マジで!!」
マルスの胸をボカスカ殴る香織にマルスは本気で「これ薬物じゃね!?」と牛乳を見る。結局仲裁として悠人と慎也が入り、牛乳は責任を持ってマルスが飲むことになった。あまりにも間接的すぎる間接キッスを終えたマルスは「うまかった〜」と一息つく。
そんな様子を見たパイセンとサーシャはフッと笑った。
「マルス〜、さすがだぜ〜?」
「今のは笑うわ! マルス君そんなことしたらモテないぞ〜?」
さっきのマルスの行動には流石の優吾も口を押さえて必死に笑うのを堪えていた様子。わけがわからないような表情をするマルスを見ると尚更笑えてくるのだ。
「パイセンは女の子の扱いには慣れてるの〜?」
「急になんだよ」
「いやぁ〜、気になっちゃった」
「まぁ……挨拶ぐらいは」
「へぇ〜、私にやって見せてよ」
「お名前とご年齢は……。あ、違……!」
「ヘェ〜!!」
無意識に答えたパイセンの回答にさらに爆笑の嵐が巻き起こる。マルスは何の挨拶だ? と思っていたが周りは完全に理解してゲラゲラ笑っている。顔を真っ赤にするパイセンに対して蓮と隼人が「おいおい〜」と肩を掴む。
「やっぱお前見てるのかよ〜アダルトなやつをよ〜」
「お前も大人になったなぁ〜」
その言葉にパイセンは「あ……えっと……」とさらに困っている様子。悠人も腕を組みながらクスクス笑っているし優吾もフッと鼻で笑っている。慎也は「あ〜あ〜」と言いながらも笑っていた。これはパイセン、四面楚歌の状態。助けてやるかとマルスは口を開いた。
「そういう表現がわかるってことはみんな見たことがあるってことか? 俺はないからわかんねぇけどよ」
助けようとして放ったマルスの言葉に凍りつく悠人達。そしてパイセンと同じように顔を真っ赤にしていくというカオスな空気になった。お風呂から上がりたての火照りは一瞬で消え去り、自販機コーナーの空気は完全にツンドラ地帯になったのであった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!