戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

生きるものへの試練

公開日時: 2022年8月13日(土) 19:06
文字数:3,904

「俺が……神龍テゥポン……?」


「本当に気がついてなかったのね」


 冷ややかに笑いながらマルスを見つめるエリーニュスに耐えきれなくなって後退する。情けない。エリーニュスはそんなマルスを見てまだ笑っていた。


「そもそも、どうして神の体を魔石状にさせるまで屈辱を与えたのかも考えなかったの? 人間の器に貴方の意識を移したエデンのジジイのことも考えなかったのね」


 マルスは人間の時間でいうところ、人魔大戦が終わってから現在までずっと監獄で屈辱を浴びせられてきた。肉体も精神も崩れかけたその時にマルスの意識は完全に暗転し、気がつけば鎖に繋がれた状態であの裁判を受けたのである。その空白の期間に起きたことは初任務の後に戦ノ神が教えてくれた情報だけを頼りに生きてきた。

 自分を人間の器に変えさせるほどの厄介な何かがあるということ。その厄介な何かを知る機会は今までにもあったのかは分からない。が、よく考えてみると「神の力は下界の物では勝てない」という認識が生まれたのは改造魔獣の件以降、戦闘員に入る前にそのことに気がついていれば人間に染まる必要もなかったということなのだ。


 考えないことが弱点となるほどマルスは人間に染まっていたのである。いくら書物を沢山読もうが自分のルーツを探ることはできないのだ。


「俺は……本当に必要とされていなかったとでもいうのか……? 俺の存在は……」


「エデンによって生み出された神龍は下界を直接統治する立場にあった。あの頃は三種属なんて存在はない。神の力を生写しにしたような魔獣で下界は生きながらえていた。そして神龍も……」


「支配する存在と支配される存在……、それは天界のエデンによって造られたという概念と下界を支配する神という概念が同一していたのか」


「下界の書物になんか記されているはずがない。神龍が統治していた時代は人間が謳う神話の世界よりずっと前の世界よ。その時代にも人間となる生き物は存在していた。彼らはとても賢明だった。神の力はなくとも己の力で発展を遂げるほどに」


 段々とマルスの空白が埋まっていく。そうだ、自分が見ていた燃え盛る大地などは太古の神龍が統治していた大地の様子なのだ。マルスは神の頃も変わった扱いをされていた。三種属の配属も一応人間とされるだけで全種族をまとめる立場にあったり、神殿は離れで天界の神とは交流が一切遮断されるほどの隔離であったり。

 

 そして考えは進む。神龍の時代に神龍を中心とした世界が出来上がっていたというのならある考えが生まれるに違いない。マルスの考えを察してかエリーニュスは奥歯を少しだけ噛み締めながら対峙している。


「神龍が……神に刃向かったのか」


「そう、神龍は神の力を頼らなくとも生きていくために原初の戦争ティタノマキアを起こし、下界の魔獣を引き連れて神々と戦った。でも……神龍はもういない。結果としては神々が勝ったのよ」


「そして死んだ神龍の残骸が……。まさか……! 魔石は生きていたのか!?」


「そう、神龍の体は死んでも今でいうところの魔石は生きていた。残った神龍や魔獣達の魔石は諦めていなかった。その魔石から生まれたのが……貴方と私。立派な神龍の残骸なのよ」


 思い出した。マルスが時折見た大地などは統治していた世界でもあり、戦争によって滅んでいく世界でもあったのだ。そして覚醒魔獣を見た時に突発的に口走ってしまったこと。何故この時代にコイツがいる、と。現代に現れた覚醒魔獣は古代に生きる魔獣だ。神龍が統治していた時代に暮らしていた魔獣なのだ。


「覚醒魔獣を生み出したのも……戦争の準備……。ベイル・ホルルをペリュトンに変えたのも、亜人を使って人間を屠っているのも……!」


「そう、現代の魔獣で古代の魔獣を作るのは容易い。現代に生きる魔獣は全て神龍の魔石から生まれた存在。ペリュトンはその中でも最高位に位置していた魔獣よ。鳥魔獣の祖先……、私が選んだ亜人達はそんな原初の魔獣達の血に直結しているわ」


「待て、それはどういうことだ!」


「……そろそろ私は戻る。最後に……マルス、私と手を組まない?」


「何を……」


「神龍の力を持っている貴方と私が手を組めば無敵よ。私と貴方で理想郷を作るの。嫌な神々をも滅ぼせる理想郷、なんて素敵な響きかしら。どう?」


「それこそ傲慢じゃないか……! そんなこと、お前が嫌いな神々となんら変わりはない!! エリーニュス、考え直せ。亜人の復讐の念を利用して自分の理想を叶えたいと思うのは傲慢だ。そして亜人に失敬なことじゃないか……頼む分かってくれ!!」


「少し時間をあげる。気があるなら今夜、またここにいらっしゃい。私は待っているわ。もし来ないのなら……貴方を裏切り者として、排除する立場として宣戦布告を開始する。貴方のせいでご友人を犠牲にしたくないのなら……ね?」


「おい……! おい!! エリーニュス……!!エリー……ニュス……」


 急いでエリーニュスに手を伸ばしたのだがそこにエリーニュスはもういなかった。透けるかのように抜けていったエリーニュスは溶けるように消えてその場には冷や汗を流すマルスだけが残されていた。地面に屈する体勢で冷や汗を流す。イカれてる。マルスは本能的な恐怖を感じていた。エリーニュスは本気だ。神龍によって生まれてからずっと今まで考えていたのだ。神々への復讐を、そして生ぬるい神の立場に甘えていたマルス自身への。

 それでもマルスを誘ってきたのはマルスの力も必要だからであろう。自分が必要とされる、理想の空間ではないか。が、そんなことを信じてエリーニュスの元に渡ってしまってはどれだけ後悔しても耐えきれない未来が待っている。自分は今まで何のために戦っていたのかも全く分からなくなる。どう転んでもマルスの未来は暗いのだ。神々からは必要とされてなく、居場所もなく、存在するだけで誰かが犠牲になるが、全てを破壊しても待っているのは己の死。


 マルスは発狂した。


〜ーーーーーーー〜


「今の声!?」


「マルス……!!」


 マルスを探していた新人殺し一向は魔獣を刺激しない程度にマルスを探していたのだが見つかることはないので途方に暮れていた。ペリュトンとの戦いが終わってからマルスの精神は安定していなかった。あのエリーニュスという女が現れてから。それもおかしなことにエリーとして関わっていた時は何も問題がなかったのに名乗りを変えた途端に発狂したのである。


「マルス、魔獣に襲われてるんじゃあないのか」


「いや、ここに魔獣はいないはずだ。報告では一番安全な地帯だぞ?」


「わからねぇぞ? ったく、余計なことばっかりしやがるアイツは」


 イライラした様子で走っていたパイセンはふと足を止めた。細い路地の先にマルスがいたから。皆がその路地の先を見ている。マルスはしゃがんでいた。パイセンを先頭に一向は路地を通っていった。顔を合わせて何て怒鳴ってやろうかとパイセンと隼人が考えている。全員、マルスに対して何かしらを叱ろうと心を決めていたのだ。


「おい、顔向けろ」


 パイセンがバットでマルスの頭をコンコンと叩く。力はかなり加減しているが下手をすれば流血騒ぎになりそうなほどパイセンの怒りは溜まっていた。勝手な行動をされるとこうなってしまうのだ。が、マルスは顔を向けない。


「……! お前、舐めんな!!」


 肩を掴んで乱暴に手繰り寄せた時にパイセンの力は一気に抜けた。手を離して口を半開きにして動きを止めてしまう。


「お前……」


 マルスは泣いていた。それも目に色はなく、薄ら笑って体を抱きながら涙だけをポトポトと落としている。次々にやってきた皆はそんなマルスを見てパイセンと同じように動きを止めていった。こんな顔をしたマルスなんて見たことなかったから。皆の中でのマルスのイメージは鋭い意見をもの応じずに発して、決して裏切らず、勇気あるキーパーソンだったから。

 それなのに目の前のマルスはその逆である。覇気もない、生きようという力もない、もぬけの殻のようなマルスがそこにいるのだ。まるで人形だった。


「……みんな?」


 かろうじて声を上げたであろうマルスの肩を掴んだのは香織だった。服が汚れることも気にせずにマルスの肩を抱く。マルスの服は所々が破け、両手は血だらけで、一部の爪が割れていたほどだったのだ。


「何があったの? 何をされたの? 魔獣? 亜人? ねぇ、どうしたの……?」


「……ずっと前……言ったよな」


「え?」


「俺のことが聞きたいって。どこからきて何をしにきたとか」


「うん、言ったよ。私、言ったよ……?」


「何もなかったんだ……」


「マルス……?」


「俺には……何にもないんだ……。帰る場所も……すべきことも……家族も……何もないんだ……。帰れる場所も……何もなかったんだ……。俺は既に……俺ですらもなかったんだ……」


 最後は何を言っているのかも分からなかったが。香織はハッとした。ずっとマルスはそのことを気にしていたのだろう。香織が何気なく聞いたことを気にしてずっと自問自答していたに違いない。それも全員が考えていた。マルスの素性を気にして色々聞いたり、無茶振りを続けていたパイセン、茶化す時もあった隼人も、全員が考えていた。


 マルスを壊したの自分達なのではないか? と。悠人が通信機で連絡を取り、隼人とパイセンで交代しながらマルスをおぶさり、全員で帰って行った。マルスは疲れたのか眠っていたのだがずっとうなされている。


「コイツにとって……この世はずっと悪夢だったのか……?」


「さぁな……。でも……なんかあるんだろう」


 パイセンと隼人の会話を聞きながら香織は今までの罪悪感に押しつぶされそうになっていた。今が試練の時、下界の運命を分ける試練の時とは知ることはなかった。

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