戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

エピローグ

公開日時: 2020年10月21日(水) 20:55
更新日時: 2021年12月2日(木) 11:42
文字数:2,237

「それで片腕斬られて戻ってきたの?」


ベイルは拠点に帰ってきた時に仲間の一人から笑われる。ヒョロリと長い尻尾を持ち、黄色と黒色の綺麗な髪、尖ったような二対のケモミミを見せる少年である。「ウククク……」と笑う少年に対してベイルは斬られた腕を見ながら舌打ちをする。


「お前のその面は嫌いなんだよ、ルルグ。目的は果たしたさ」


 ルルグと呼ばれた少年は特に表情を変えずに椅子に座る。ベイルは背後に控えたエリスを仲間達の前に見せた。ご主人様を含むベイルの仲間達は緊張したような表情のエリスを見て優しく微笑みかける。その笑顔は果たして歓迎の笑顔なのか? と言われるとなんとも言えないが少なくともエリスにとって心地の良いものではなかった。


「あら、意外と可愛い子じゃない」


 一人の亜人がエリスの元に近づいく。ロングの髪型であり、透き通るような白髪の女性だった。顔は髪の毛によって左半分が隠れたような風貌になっており、右側でエリスに接する。女性はエリスに微笑みかけて頭を優しく撫でた。そのことに少し安心したエリスはゆっくりと口を開く。


「……お姉ちゃん、名前は?」


「あたし? クレアだよ」


 クレアと呼ばれた人物はエリスを撫でた後、冷ややかな目でベイルを見る。


「確かにエリスを連れてくることが出来てるけど……あんたの方がチンケな使い方しかできてないじゃない」


「口を慎め」


「毒怪鳥の群れも全滅でしょ? エリスがいなければあんた用無し判定受けてたわよ?」


「……ッチ。目的は果たしたからいいだろうに」


「静まれ」


 その時にご主人様は手をさっと上げてベイルとクレアを黙らせる。ベイルとクレアはハッとしてその場にひざまついた。ご主人様が近ずく。体格も周りの亜人に比べると大きく、風格も恐ろしい。目の前にいるだけなのにエリスにはなんとも言いようのない恐怖感が襲い掛かった。


「ベイル、ご苦労だった。だがしかし……貴重な兵士を失ったのはお前の落ち度だ」

 

「……申し訳ありません」


「ベイル、私はお前達のことは全て把握済みだ。ところで、エリスは……」


 ベイルの合図でエリスはトコトコとご主人様の元に連れて行かれる。そしてご主人様は二度目となるエリスとの対面を果たした。エリスは目の前でにたつくご主人様に恐怖を覚えたがクレアが「心配ないさ」と言って落ち着かせる。


「ベイルから聞いていると思うが、人間はお前の母を殺した」


「う……うん……」


「そこでだ、エリス。我々と協力して人間を倒したいとは思わないか? 我々の目的を達成するためにはお前の力が必要なのだ。どうだ?」


 視線を合わせようとしないが少々優しい声で話しかけるご主人様。さっきの人間を思い出して気持ちが揺らぎかけたが人間は自分の母親を殺したことを思い出してブンブンと首を振った。恐る恐る話しかける。


「おじちゃんは……私に嘘はつかない?」


「あぁ、つかないとも。君を亜人の仲間として迎え入れる」


「そっか……」


「エリス、私に忠誠を誓うか?」


「……うん」


 エリスがその言葉を発するとご主人様はニヤリと笑った。そしてエリスの瞳に幾何学な模様が描かれる。ビクン! とエリスの体が震えたと思うとそのまま固まってご主人様の方へ見上げて無理に視線を合わせようとした。


「ようこそ、エリス。私のことは父と思い、ご主人様と呼ぶが良い。いいな?」


「はい、ご主人様」


 エリスはご主人様、の隣に座る。そんなご主人様は立ち上がって大きく声を上げる。バッと両腕を広げて声を張る姿は王そのものである。壊れかけの蛍光電灯に照らされる顔は歪んでいた。


「いいか! 覚醒種が生まれる時期はもう近い! 人間によって殺された家族、友人、恩師のために牙を向けろ! 全ては死んだ仲間のために!」


 ご主人様の言葉に全員がうなづいて連呼する。「死んだ仲間のために!」 その言葉を発するベイル達の目には幾何学な模様が浮かび上がっていた。ご主人様はその様子を見てニヤリと微笑む。自分にしか味わうことのできない快楽のような物を感じて震える体。


 一度は滅んだ亜人達の王、ヴァーリ・リーヴェルス。生き残りの亜人を集めてこの日本に逃げ隠れ、今は地下で復讐の機会を待っているのだ。亜人はこの世から消えた。そう、消えたのだ。今ここに残るのは復讐の精神で染まり切った狂気と化した傀儡だけ。かつての働くことで生きがいを見いだしていた亜人はもうこの世には残っていなかった。


 ヴァーリは自分が作り上げたこの環境に高い優越感を感じている。目の前の部下の運命は自分が司る。部下の寿命は全て自分が決める。どうやって人間達へと牙を向けるかも自分が決めるのだ。


 想像するだけでもたまらない。絶望の表情に歪む人間を見てみたいものだった。人間達に復讐する日は近い、そのためにも今ある計画を成功させる必要がある。覚醒種を生み出すことが今の課題である。


 薄暗い部屋の中、彼は確かに微笑んだ。


〜ーーーーーーーーーー〜


 世界の均衡は天界の神々の怠惰によって崩れ果てた。復讐の精神に染まった生き残りの亜人か、魔獣への対策を考えて抗う人間か、己の本能に身を任せて牙を向く魔獣か。


 本来、常識では説明ができないような存在、現象が下界の者を恐怖で埋め尽くしている。そうした緊迫を生んでいたがそれは天界の神の怠惰によって打ち砕かれてしまった。崩壊の道を進む中、運命を均衡にならすための大戦争がまた起きようとしていた。


 この下界の三つの勢力は天界から追放を受けた戦ノ神が運命を司る。そうして、世界は激動の時代を迎えることになるのであった。

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