戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

双頭の大将軍-1

公開日時: 2021年3月8日(月) 19:33
文字数:3,591

 なんとも言えない表情で転送されてきた優吾は椅子に座ることもなく、ずっと転送されてきた姿勢のまま壁にもたれかかっていた。悠人もサーシャも声をかけようとするがなんとかけていいのかわからずにジッと黙り込む始末。マルス以外の仲間は生まれて初めて突き抜けるような目を見た気がする。虹彩から煌めいている光が全て消え、スコーンと虚な目でどこかを射抜いている。控え室の空気が限界まで重苦しくなったところで優吾はゆっくりと口を開いた。


「すまん」


 静まり返った部屋の中で優吾の掠れた声が虚しく響く。声といってもグシャグシャに丸めた紙クズを擦り合わせたようなほど掠れた音でマルス達もなんとか聞き取ることができたレベル。


「気にするな」


 そんな優吾を見てさすがのマルスも声をかけた。マルスに続いて隼人が「次元がまるで違う……」と冷や汗を垂らしながらコメント。悠人とサーシャは「むしろよくあの状況で引き金を引けたな」とコメントを残した。その悠人の言葉に優吾は舌打ちをしながらため息をついて椅子に座る。ギィイ……という音が部屋に響いた所で悠人は話題を変えようとマルスに向き直った。


「ところでマルス……行けるか?」


「やってみるしかない。全ては俺にかかってる。そうだろう?」


 優吾が見鏡未珠に負けたことによって全ての勝敗はマルスにかかっていた。今まで勝ち進んでいった全てがマルスにかかっているのだ。それは彼自身よく理解をしていたが悠人は依然として心配したような表情でマルスを見ていた。その時に彼の呼び出しがかかってマルスは剣を背負って扉に手をかける。そして肩越しで振り返って一言、


「行ってくる」


「マルス……頼んだぞ!」


「しっかり、マルス君!」


「おいマルス! 俺に続いてボコってこい!」


「……しっかりな」


 全員から声援をもらったマルスは悪い気はしないなと思いながら薄暗い通路を通っていた。歩くにつれて会場の声援が少しづつ聞こえてくる。マルスには緊張という感情はなかったが大将戦ということもあってかボルテージは上がっていることを感じる。


「人間よ……お前らこんな気持ちで今まで戦争をしていたのか……」


 マルスの呟きは誰も聞き取ることはなかったが少し俯いた表情のマルスはモニターによく映っていた。


「それでは大将戦、先に入場するのは新人殺し東島班、マルス!!」


 薄暗い廊下から明るい闘技場へと上がっていくマルスを歓声が後押しする。ここまで歓迎されるとはな……とマルス自身も驚きを隠せない様子で入場した。そう思ってると次のアナウンス、


「続きまして、天下無双八剣班、八剣玲華!!」


 マルス以上の大歓声を受けながら登場した天下無双の班長、八剣玲華。女性でありながらも極東支部戦闘員のトップに君臨する班長の凄みを感じながらも「俺の歓声よりも上……」と歓声への驚きも隠せなかった。用意の声がかかってマルスはスッと剣を抜く。黒く染まったマルスの剣はいつも通り。そして八剣も背中に背負った剣を抜いて構えた。


 マルスはその剣を見た時に「なんだ……あの剣……」と動揺する。剣身は普通なのだが柄がおかしかった。変に湾曲してるというか……剣として持つには都合が悪くないか? と言いたくなるような形。その柄を見た時にマルスは何かを思い出した気がしたのだがそのことを考えていると八剣がマルスに話しかける。


「あなたがマルスさんですね。あの新人殺しで生き残り、この短期間で東島班を飛躍的に成長させた影の立役者として今1番の噂の新人であるあなたと戦えるとは光栄です。胸を借りるつもりで全力でお相手させていただきます」


「お……おう……」


 突然話しかけてきてなんだと思えば純粋な賛辞を述べられてマルスはかなり動揺した。相手は予想外の熱量を放ってくるくせになんて謙虚な戦闘員だろうか。今までチェス駒として見てきた強者なる者はこんなにも謙虚な人間ではなかった。権力を利用したエゴそのものの人間だったのでこの八剣の態度に彼は大いに戸惑うことになったのだ。時代が変われば人も変わる。間違っても手は抜いてくれないことをここで悟った。


 アナウンスが始めの合図を出した瞬間、2人は瞬時に魔装を展開する。


黒戦剣ソウルキャリバー!」


鬼螽斯デモングラスホッパー


 展開したと同時に八剣の奇妙な形をした剣の刀身が光り輝く。マルスはなにかくるということを悟って剣を盾のような形にすることで身を引いた。次の瞬間、八剣の剣は振動音と共に熱を帯び、光の刃がマルスめがけて襲い掛かかってきたのだ。盾にした剣で刃を受け止めたが鈍い音を響かせて焼けるようなほどの熱を感じ、マルスは刃を吹き飛ばすことで回避する。


「熱い……」


 辺りには耳を撫で回すような気持ちの悪い音が響き渡っている。振動音だ。高周波の振動音が辺りに響いているのだ。八剣の剣が光り輝いているのはそのせいであろう。小刻みに剣が震えている。あの光の刃はその振動による一種の衝撃波なのかもしれない。相手の能力を瞬時に理解したマルスは蛇腹剣に変化させて伸ばし、相手から距離を取った。そして伸びた剣一つ一つを衛生状に分裂させて全方位から攻撃する。


 しかし、それも全て見切った八剣は襲い掛かる刃全てを弾き返して華麗な捌きで剣をマルスに向ける。少しだけ生まれた隙を利用してマルスは八剣に接近しようと利き足に力を入れたその時だった。


爆針千本ガンショットディアドーン


 その瞬間、刀身が光らなくなったと思えば駆動音と共に刀身が回転してまるでマグナムのような形に変形したのだ。そしてマルスめがけて発砲する。ドバン! と音を響かせて発砲されたのを見てマルスはありえないと思いながらも剣を引き寄せて防御しようとした。しかし、僅かに間に合わなかったのでマルスは大きく横に跳ぶことによって回避に成功、その時に飛んでいた弾丸が空中で爆発して辺りが煙で覆われる。


 マルスは目の前の状況を信じることができなくて八剣玲華への動揺を隠せなくなっていた。彼女が試合開始時点で起動させたのは「鬼螽斯デモングラスホッパー」という魔獣、そしてさっきは「爆針千本ガンショットディアドーン」。ということは……、マルスは恐ろしい事実に気がついた。これだけに分かりやすい強者はいるだろうか?


「適合が……二体だと!?」


 これが八剣玲華の強さの理由だった。本来は一人一体の適合。だがしかし彼女の場合は二体と適合しており二種類の能力の使用が可能という特異中の特異な体質だったのだ。マルスの「Not Found」よりも異例の事態である。あの柄が奇妙な剣はガンブレードということをマルスは悟った。


 振動を操る刀と空中で爆発する弾丸、巧みに使い分けて攻撃する八剣は異常な強さを持っている。今まで以上の緊迫した空気がマルスに襲い掛かるが彼はめげずに剣を構えた。八剣を見返すがそこに八剣はおらず、マルスは辺りを見渡して彼女を探した。すると背後からとてつもないほどの殺気をマルスは感じる。マルスがしゃがみ込んで地面を転がるのと八剣がマルスに光輝く剣で斬りかかるのは同時だった。


 しゃがみ込んだ姿勢から転がってマルスは回避しようとしたが反応が僅かに遅れたために左腕を切り裂かれてしまう。ピシィッと血が吹き出ているのを見てマルスは舌打ちした。このままマントでもなんなり縛り付けて止血を行えば問題ない。今回だけは違う。熱を帯びた剣で斬られているので傷口から血が沸騰し始めていたのだ。このままだとマルスは内側から死んでいってしまう。まずいと思ったマルスは奥歯をグッと噛み締めてとんでもない行動を行った。


「グゥウウウウウァアアアアア!!」


 自身の剣を傷口から差し込んで骨から砕くように左手を抉り取ったのだ。ひっついた皮膚をも強引に引きちぎったマルスは脳天を貫くかのような痛みに耐えながらもマントを破いて斬った部位に括り付けることで止血をする。


 モニターに自分の腕を剣で切れ込みを入れて引きちぎるマルスを見た観客が驚きを隠せない様子を見せる。それもそうであろう。どれだけの覚悟があったとしてもあそこまでは普通できないのであるから。恐怖心が勝ってしまう。ショッキングな映像だった。血を見るのに慣れていた周りの戦闘員も口々に「あいつ……マジかよ……」と言葉を漏らしてしまう。八剣も例外ではない。全身から冷や汗を垂らし、呼吸を荒くしながらも残った右腕で剣を構えるマルスを見てもう長くはないことを悟った。


「まさか、腕を切り落とすとは……。しかし、その痛みはかなりのはずです。新人のあなたでは耐えるのは難しいと思います。安心してください。今退く分には誰もあなたのことを責めませんよ」


「ハァ……退く? ……ハァ……ハァ……お前……疲れたのか?」


 マルスにとっては腕の一本がどうとか関係ない。なんせ、気の遠くなるほどの長い間、暗い牢獄の中で凄まじい拷問に耐えぬいた思い出があるのだから。痛みには鈍感になっているはずだった。マルスはフッと微笑んでもう一度、黒戦剣を起動させるのだった。

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