戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

イリュージョンフォックス-2

公開日時: 2021年4月9日(金) 19:05
文字数:5,091

 休む暇もなく飛びかかってくる狐をマルスは斬り捨てながらエリーと香織を見ている。エリーは香織の死角から襲い掛かる狐の攻撃を盾で防いで怯んだ狐を大槌で叩き潰すといういいコンビネーションを行なっていた。初対面の人物と共闘するのは大丈夫かと心配していたがそこに関しては安心する。


「こいつら……何匹いるんだよ……。こんな数、この施設内で隠れることができるのか?」


 文句を垂れながらマルスは蛇腹剣を発動させて横ナギに狐を一掃した。皮膚が硬いだとか避けるとかそういうのはなく本当に弱い。佐久間の適合生物、探知犬モニタードッグは戦闘が得意な魔獣ではないと聞いた。この幻狐イリュージョンフォックスも同じような性格の魔獣だったと思い出す。戦闘には不向きなほどおとなしかったはずだ。パイセンが見つけたあの足跡、そしてここら一体に潜むこの狐。偶然にしてはシナリオが出来すぎている。単なる自然の本能に従って動く魔獣の行動じゃあない。


「これは……亜人の仕業か……?」


 マルスの呟きに反応したのはエリーだった。スッと振り返ってマルスと視線を合わせるエリー。その表情は何かを悟ったような不思議なものであり、彼女の心根を推測することはできそうにもなかった。


「考えられなくはないわ。あなた、変わった魔獣と相手したんだって?」


「あ? あぁ、空撃大猿ブラスターコングのことか?」


「戦争はもう始まっている。衝撃に備えなさい」


 エリーはそれだけ言ってまた大楯を発動させた。二回戦の時もそうだったがマルスはどこかエリーに違和感を募らせるのだった。こいつはなにかを知っている……。そう思ったところでガシャンと音を立てて施設内の電灯が降ろされた。どうやらブレイカーは落とせたようである。所々で姿を消すことができなくなった狐がパニックに陥り発狂する音で辺りは覆われた。


「なに……これ?」


 耳をつぶって辺りを見る香織。暗くなった施設の中で狐の赤い目だけが爛々と輝いていた。これなら位置も分かり易い。マルスはすぐに二階へと飛び上がって待機していた狐を処理しようとする。その時だった。


「……え?」


「おい……マジかよ……」


「私の後ろに」


 施設側から大量の赤い目、もとい狐が走ってくるのが見えた。雪崩のように押し寄せてくる狐を見てどれだけ潜んでいるんだ! と心の中で絶叫するマルス。すぐにエリーの背後に香織と共に隠れる。


聖衣貝マリアパール


 彼女の大楯から青白い膜のようなものが発生し、三人を包み込んだ。これで凄まじい一撃が来るんだと思ったマルスはグッと目を閉じるがそんなことはない。なんと自分たち三人をスルーして入り口へと向かっていくではないか。


「嘘!? 入り口……!?」


「何を考えてるんだあいつら……。逃げるつもりか……?」


「でもマルス、もう完全にここは密室状態。入り口には警備班がかけた防護シャッターがあるわ」


「外から侵入してきたのにまた外に出ようとしてるのか……?」


 狐が発見されたのは一回フロアの中盤程度の所。不意に現れた狐に驚いた女性の反応を引き金に発生した。そしてパイセンが発見した狐の足跡、それは事務局から少し離れた森。狐の能力は光を反射させて姿を消す。そう考えるとある仮説がマルスの中で渦巻いた。


「こいつら……戦うための魔獣じゃない」


「どういうこと? マルス」


「考えてみろよ。戦闘用の魔獣ならベイル・ホルルがつれてた毒怪鳥がいい例だ。亜人が裏で手を引いてると考えればこいつらは明らかに戦闘用のスペックじゃあないだろ?」


「それはそうだけど……亜人と判断した理由は?」


「こいつらは事務局付近の森でも足跡が発見されたんだ。パイセンとサーシャによってな。途中で途切れているという不可解な足跡」


「そういえば……」


「こいつら……町中に潜んでいて人間の情報を探っているんじゃないか? 亜人がスパイとして扱うなら十分な魔獣だ。大人しいし、姿も消せる。それと……」


 マルスはしゃがみ込んで足元の死体を指差した。香織は何よとしゃがみ込んで見てみる。マルスによって腹を切り裂かれた狐である。その胸部の部位を見てみると……。


「……ッ!!」


「ツタが絡み付いた魔石だ、見覚えあるよな?」


 あの大猿を倒した時に発見したツタが絡んだ魔石。これである可能性が出てくるのだ。ツタが絡んだ魔獣は亜人によって一部改造されていると。


「何のために改造してるかはよくわからないが、亜人の介入があったことは確かだ。その亜人が俺達の情報を欲しがっていることも」


 マルスの言葉に考え込む香織。エリスのことを思い出していた。あの純粋無垢で亜人と人間の関係もロクに知らなかった少女が今亜人側として何をやらされているか、考えるだけで胸が痛くなる。このツタが何を意味してるかは……わからない。


「あ、エリー!!」


 施設側から直樹と小次郎が走ってきた。二人とも無事であったことに安心するマルス。そして直樹から残りの狐は入り口付近に密集していると報告を受ける。


「あそこには光があるから! 逃げられちゃうかも!」


「……いや俺はそうは思わない」


 慌てる直樹をマルスが落ち着かせる。そんなマルスに「え?」と声を上げる直樹。


「逃げようとはしていない。彼らに瞬間移動の能力はないからな。そうじゃなかったら足跡なんて発見されない」


「でも、途中で途切れてたんでしょ?」


「それはそうだ。だが俺はここからは逃げないと思う。狐の詳しい情報を知った俺たちを野放しにするとは考えづらい」


 その時であった、ズズンという足跡が聞こえたのは。マルス達は一斉に振り返るとそこにいたものに対して恐怖感が一層に募る。狐、巨大な九尾の狐だった。さっきまでの小型の幻狐イリュージョンフォックスではない。体高は3メートル、尻尾を含め全長9メートルの巨体、長く伸びた九尾の尻尾、赤く光る目、そして荒い気性。さっきまでとは大違いである。


「そ……そんな」


「どうしたの? 直樹」


「合体するなんて……き、聞いてないよ……」


 レーダーにはなんとさっきの大量の狐が合体したという表記がなされているのだ細胞レベルで確認しても一体一体の狐が完全に密着したような状態で合体を成功させている。例えるならば海で群れをなす鰯のようなものだ。巨大な1匹の魚と見える現象。


「光へ向かっていたのはこれを実現させるため……でも……合体なんてことをいつ覚えたんだろう?」


 これで確定した。あのツタは本来その魔獣にはない情報を提供している。佐藤のデータは合っていたということになる。そうなれば……ツタ同士が絡んで一つの体をなしているに違いないとしか考えられない。


「グルルルル……」


 達者に唸る狐を見てマルスはフッと笑った。その隣に香織と小次郎が出る。


「直樹、弱点は?」


「えっと……急所は喉元だね」


「りょうかーい!」


 小次郎はすぐさま飛び上がって狐に斬りかかる。その瞬間、狐の尻尾が鋭く伸びて小次郎に襲い掛かった。見た感じかなり鋭そうである。小次郎はその尻尾を双身剣にからめとるようにして回避。そして斬りかかろうとしたのだが次の瞬間、口を開いたかと思えば火球を小次郎めがけて吐き出した。小次郎はすぐに双身剣を回転させて火球の軌道を逸らす、しかしわずかに遅れて左腕を火球がかすめて腕に大火傷を覆ってしまった。地面に墜落して腕を押さえて苦悶の表情を浮かべる小次郎を見て訳が分からなくなったのはマルス達だった。


「小次郎……どうしたの?」


「えぇ!? 直樹ー!? ちょ、火やばッ!! 熱いよ!! 溶けるぅうう!」


「火なんてついてないけど……」


 直樹がそれだけいうと小次郎は「え?」とだけ声をもらして腕を見た。今まで迫真の演技のようなもがきを見せていた小次郎。正直、その動きは演技としてはくさすぎる。


「おかしいな……火球が僕の腕を……」


「火球なんて……出てた?」


 それを言った瞬間、狐は右前脚をトンと踏みしめた。そこから冷気が漏れ出して直樹を包み込む。直樹は急に襲い掛かる凍えるような冷気に苦しみ悶えることになった。地面に倒れ込んで自分の指先を見てみると皮膚の色が紫色に変色している……しかし……。


「直樹、どうしたの?」


「……え? ちょっと……。寒くないの?」


「全然……」


 その光景を見ていたマルスは少しの間考える。自分はその現象を見ていないのに小次郎や直樹は火傷をしたり凍死寸前になったりと不可解な現象を起こしている。これは……と考えているとエリーが一言。


「幻を現実へと変換させる能力。あの狐が与える幻は対象にとっての現実になるのね。だからああやって痛がってる。それに冷えてもないのに鬱血してるでしょ? 脳が勘違いしてるのよ。なんともないのに」


 小次郎が何度か直樹の名前を呼ぶと彼は嘘のようにケロッと治った。そもそも怪我を負っていないのでなんともないに決まっている。エリーは直樹と小次郎、そして目の前の狐を見てボソリと一言。


「……活性化の成長じゃあないわね。これはもう覚……」


「おい、今なんて……」


「もう進化の領域まで行ってるわ。ここは私が……貴方達じゃあ無理よ」


 武器を構えるマルスと香織の前に立ちはだかるエリー。さっきから彼女の話はマルスのような予想ではなく限りなく事実に近いことに彼は違和感を得ていた。二回戦で戦った時と同じである。


 エリーは今まで一度も抜いていなかった腰にかけた剣をゆっくりと抜く。マルスの剣とは真逆の白く透き通るような剣である。その剣をエリーは盾に押し付けた。青白い膜が発生した瞬間、エリーは片手剣を盾にジャリィイイン! と音を立てて擦らせた。砥石を使うように擦られた剣に青白い膜がまとわりつく。


「来なさい。ごあいにく、私にいい夢見せようったって……蝕む何かがあるから醒めちゃうのよ」


 その言葉に反応した狐は口から火球を放つ。勿論、マルス達には見えないがエリーにはクッキリと見える。自分めがけて飛んでくる火球が。エリーはその火球を真っ二つに斬り捨てた。マルス達からしたらパキャアアン! とあの音が響くだけだが彼女の無駄のない動きに圧倒された。甘さを持った自分ではない。彼女の心に動揺という言葉はないのか? と思ってしまうかのような無駄のない動き。


 そしてエリーは自分めがけて発射された雷を盾で防ぎながら剣で斬り返している。この剣、能力こそはないが表面に聖衣貝マリアパールの粉を埋め込んでいるので多少の同化が可能なのだ。これを利用すれば攻撃を無効にしながらの斬撃が可能という彼女のオリジナルだった。隙が生まれた狐の腹をバッサリと斬るエリー。怯んだ表情をしながら口から火球、足元から冷気を放つ狐だったが全てエリーの盾によって掻き消される。その瞬間、狐は急に崩れ落ちた。今まで怯みながら善戦をしていた狐が急に脂汗のようなものを垂らしながら崩れ落ちる。


「が……ごふぁぁ……キュルルルラァ………」


 奇声を発しながら地面に崩れてもがく狐。その姿はまるで自分の力を制御しきれてない、もしくは内側からやってくる苦痛に耐えているかのような印象をマルスは感じる。そんな狐にコツコツと歩み寄るエリー。


「……まだ覚醒はしてなかったのね」


 それだけ言い残してエリーは狐の顔面に剣を突き刺した。グリグリグリ……とえぐるように剣を動かしていき、最終的に狐の体は動かなくなる。そしてエリーは狐の腹を裂いて解体を始めたのでマルスと香織、直樹と小次郎はすぐに手伝おうと近づいたところ……。


「またツタか……」


 ツタによって絡まった魔石の集合体を見ることになる。大猿を倒した時とは違い、小さな魔石がツタを中心に絡みつくようにしてドッキングされており、これによって合体が成り立ったことを知った。


「……うわぁ……これがツタの魔石……」


 直樹が呟いていると警備班からの連絡が。マルスが出て討伐が完了したことを報告する。そして何人かの警備班の者がやってきて死体を回収していった。この施設の清掃は会社が行うとのことでマルス達は解散ということになる。外に出て何時間ぶりかはわからない日光を浴びた。もう昼の2時半。お買い物の後に突然現れたこの任務が終わったことにマルスはホッと息をつくと同時に急激に音を立てた腹を押さえてその場に倒れ込んだ。急いで香織が「大丈夫!?」と声をかける。


「スマン……もう動け……」


 そういいながらあまりの疲労と空腹にコトッと意識が落ちてしまったので周りの人は「嘘だろ!?」と声を上げる。結局ジュースと食事を近くのコンビニに急いで買いに行った直樹のおかげあってマルスは問題なく復帰した。満足そうな顔で事務局まで走って行ったマルス。お礼も言わずに彼が帰って行ったので香織が頭を下げて深くお礼を言ったのはいうまでもない。そして事務局に帰った時にキツイ香織の説教が待っていることも……。

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