戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

タレと意思とアイランドキッチン

公開日時: 2021年5月21日(金) 19:54
文字数:3,374

 香織との乾杯を終えてコーヒーを二人で飲んでいるマルス。もう外は夕暮れ時で温かい夕日が香織を照らしてポカポカとしていた。コックンとコーヒーを飲んで「プハ」と息継ぎ。


「そういえば、マルスっていつからコーヒーいけるようになったの?」


「お前にいれてもらった時から」


「アッ……そう」


 満更でもない表情でコーヒーを啜るマルス。香織ほどはうまくいれれてる自信はないがそれなりにうまいこのインスタントコーヒーがマルスは好きだった。目の前ではチラチラとマルスを見ながらコーヒーを啜る香織がいる。なんということもない、香織だ。そうであるが今のマルスには表現し難い安心感があったのだった。その安心感だけに身を任せて二人は無言でコーヒーを啜る。時折、二人の目が合ってしまう時があったがその時はお互いに目を少し逸らして対応していた。


「そういえば香織。悠人達はどこだ?」


「えっと……もう整頓を終えてリビングにいるわ。……ん、ご馳走様」


 空になったカップをコトンとおきながら香織は返事をする。同時にマルスも飲み終わり、四角の部屋の隅にある台所のようなところでカップを洗ってから二人は部屋を出た。長い廊下の真ん中に螺旋のような階段があり、マルスと香織はゆっくりと降りていく。まだまだこの屋敷に慣れていないのかその足取りはどこか不安げだったが階段を降りた先の廊下を歩き、リビングルームのドアに手をかけた。


 リビングルーム、正確には「第一会議室」という班長やそのお気に入りが寛げる秘密の部屋のようなものなのだが9人編成の東島班には関係なかった。ドアの先には円形状のソファを中心とした広いリビングルームだ。開放感ある運動場へ続く大窓に部屋の真ん中にある円形ソファとテーブル。壁にかかった大型テレビに各種映画のDVDやゲーム機まで完備。その隣の位置に9人では十分な大きさのダイニングテーブルと立派なアイランドキッチン、冷蔵庫が並んでいた。デザインは木の質感をした素朴なデザインで非常に心地がいい。引越し準備の一週間でこの屋敷は改装されており、全く持って新しい屋敷と生まれ変わっていた。


「すごいものだな……」


 大きなリビングにマルスが感動してるとキッチンで何やら作業していた慎也が「マルスさーん」と近づいてくる。茶色っぽいエプロンをした慎也は小柄な体格と相まって16歳には見えづらい。まだ少年のような見た目の彼は大事そうにお皿を抱えていた。


「作業お疲れ様でした。これ、作ってみたんですけど……どうですか? マルスさん好きでしたよね?」


「おぉ……これは!」


 普段は滅多にリアクションしないマルスが目を見開いて慎也から皿と箸をひったくるようにして受け取り、バクバクと食べ始める。慎也特性のきんぴらごぼうだった。甘辛いタレが部屋のライトに反射していい色に輝いていた。


「うまいな……これはなかなか」


「ホッ……よかった。新しいタレ、気に入ってくれた〜!」


 キャピキャピしながら台所へ戻っていった慎也ともう食べ切って「うまかった……」と満足そうな顔をするマルスを見て香織は「どっちを相手したらいいんだろう……」と思いながらソファに座る。


「本当に好きなのね」


「当たり前だろう? あの料理は本当にうまいものだ」


 マルスはフンと腕を組みながら話しているとカチャリと扉が開いてサーシャとパイセンが部屋にやってくる。相変わらずの黒タンクトップ半ズボンのパイセンに薄い紫色のキャミソールにショートパンツ姿のサーシャ。日を追うごとにサーシャの露出が激しくなる現象にマルスは戸惑っているとそれに気がついたサーシャが話しかけてくる。


「……似合ってない?」


「いや、十分似合ってる」


 キャミソールの下にはブラもしているがブラの紐も見えている。部屋着というわけで通っているがこの国らしくない露出の服だ。そうは言ってもサーシャは生まれは違う国なので文化の違いがここで出るわけである。そんなことを考えるマルスの隣にパイセンは「フィ〜」と声を漏らしながら座った。


 台所から慎也が人数分の麦茶を入れてコップを丁寧に手渡ししながら話しかけた。


「パイセンさんの部屋ってラボみたいな感じでしたっけ?」


「そうだな。正確には修理部屋ってところか。レグノス班は一般装備の使用が頻繁だったからその修理工具や替えの装備が腐るほど保管してるんだよ。そこを改修して俺の部屋にした」


「うわぁ……似合ってる」


「そろそろ慎也も針と体術だけじゃあ太刀打ちできないと思うからお前にあった装備をやるよ。今日の夜で手入れしたいからまっててくれ」


「すみません……お手数おかけします」


「そう気負うなよ」


 慎也の肩をパンパン叩きながらお茶を流し込むパイセン。優吾よりかは強い肩叩きに慎也は苦笑いで肩をさすってお礼を言った。その様子を見たサーシャも苦笑いしながらお茶を飲む。


「慎也君、さっきからキッチンにいるけど……そんなに料理好きなの?」


「まぁ……僕が自信もってできるのって料理とハリツボぐらいなんです……それに……」


 慎也はキッチンの奥にある冷蔵庫をジッと見て少しだけため息をつき、サーシャに視線を戻す。


「僕があげたタレ……大事に保管されてたから……」


 その一言にサーシャ達はハッとした。慎也はあの悲劇が起きる前にレグノス班のエークスと接触している。その時に一緒に作ったネギ塩タレを彼に渡したのだが彼からのお礼を聞くことはできなかった。この屋敷に来たときにそれを思い出して苦い気持ちでなんとなく冷蔵庫を開こうとしたところ。もうすでに使われてしっかりと洗われたタレの瓶を清掃員に手渡されたのだ。


「僕のタレ……このキッチンで使ってくれてたんですって。レグノスさんも好きらしいんですけど……聞けなかった。でもあの瓶がここにあったってことは美味しく食べてくれてたのかなって」


 ただの経歴のようだと思っていたこの屋敷。元々レグノス班が使っていたというだけだと思っていたこの屋敷には今は亡きレグノス班の意思が残っている。それの証明があの瓶だったとしたら……と考えるとマルスは本当に人間は美しい感性を持っていると感心した。こういった身近でどうでもいいものに喜びを見つけれるのは人間ができることである。


「そっか、慎也君のタレは美味しいから……レグノスさんも気に入ってくれてたのかもね。さすが、東島班のコックさん」


「コックさんだなんて……ただのサソリの力を持った戦闘員です」


 そうは言っているが嬉しそうに頭を掻く慎也を見て気分が和んだマルス。これからは慎也がこのキッチンに立って料理を作っていくのであろう。レグノス班の意思を感じながら、彼らしいタレを作る。純粋な素直で慎也は出会った当初よりかは本当に強くなっている気がした。


「おーい、慎也〜! 腹減った」


「なんかあるか〜?」


 ガチャンと音を立てて部屋に飛び込んできた隼人と蓮。慎也は勢いよく「今から作りまーす!」とキッチンへ鉄砲玉のように走っていった。


「慎也……元気になってよかったね」


「全くだ」


 キッチンで食材を見て献立を考える慎也を見ながら微笑む香織とマルス。その一方で魔装のことや部屋のことで楽しそうに会話するパイセンとサーシャ。お似合いカップルを見て嫉妬の眼差しを送る隼人。


「畜生……俺の前でリア充が二人も……」


「割り込もうとするな、童貞。今入ったら殺されるぞ」


「うっせ、蓮! いいか? 俺はまだ本気出してないんだ! 俺が本気出したら韓国の超俳優並みに女子からキャーキャー言われるイケメンになれるんだからさ! 童貞なめんじゃあねぇぞ!」


「冬のドナタだ」


 今まで隼人の叫びをガン無視していたパイセン達も流石に蓮の切り返しを聞いて吹き出してしまう。


「冬のドナタ……ねぇ。上手いこというもんだわ」


「面白いかも……」


「あ、そう? やっぱり? アハハ……!」


 わざとらしく笑った蓮を見て、急に恥ずかしくなった隼人は顔を赤くしながら「畜生がぁああああ!」と部屋から飛び出していった隼人。その後に不思議そうな表情で悠人と優吾が入ってくる。


「今の……なんだ?」


「さぁな」


 少し呆れた表情の悠人に「俺は関係ない」と鼻で笑った優吾。彼らを見ていたマルスは今のところは乗り越えれたか……と安心する。心のケアはもう十分であろう。すっかり日が落ちて暗くなった外を見てそう思った。


 愉快な新人殺しの夜は始まったばかり。

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