戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

上手な演技

公開日時: 2021年7月13日(火) 18:57
文字数:6,073

 通常ではあり得ない事態のはずだ。魔石が勝手に動き回り、その使用者の体に潜り込んで変化をもたらすなど。ありえない事態が目の前で起き、自分の結晶であった魔装や因子を簡単に破壊されたことは小谷松にとって驚愕すべきことだった。


「あの光はなんだ……!? あの黒い光の剣は……!!」


 彼の前には古技のようにシワがれた白い肌のマルスが写っている。今まで見てきたような滑らかな肌ではなく、シワがれたような肌だ。ちょうど何か萎んでいたものがさっきまで水で浸されていたかのような潤いはあるのだが普通の人間ではないような雰囲気を象っている。ゆっくりと口角が上がる口の中は犬歯が鋭く、またこれも人とは違う。白い肌に薄明るく光るかのような紅い目が印象的だ。


 そんなマルスらしき人物は黒と紅が混じったような光を放つ剣を持っており、あの蛇腹のようにうねる刃は全てモヤとなって彼の周りを旋回している。それも含めて目の前の人物の全身からはオーラのように半透明な赤黒い煙のようなものが発生していた。顎をしゃくるようにして小谷松を見る。


「かかれぇ!! 奴を殺せ!! 改造魔獣達よ!」


 リモコンで呼び出した改造魔獣。まずは二足歩行の改造魔獣が相手だ。二足歩行は左手からサーベルを射出して素早くマルスの後ろに回ったかと思うと脳天からかち割る勢いで鋼鉄の刃を振り下ろした。魔装を持った戦闘員でも反応できるか分からない。おそらく通常のマルスだと迎撃はできてもうまく対応ができなかったはずだ。空を切り裂く音で振り下ろされるサーベルであったがマルスに触れる直前で彼の周りを包むオーラに包まれ、芯から劣化していき灰のようになってしまう。


 そのことに対して首を捻る改造魔獣。チラッと後ろを振り返ったマルスはオーラが密集して出来上がった光の剣で二足歩行を突き刺す。抵抗もなく、勢いもない突きだが溶けかけのバターにナイフを突きつけるように柔らかそうに貫いた。痛覚を抜き取られている二足歩行は剣を掴んで引き離そうとしたがマルスの剣が核を貫く方が早かった。


 ゆっくりと剣を抜き取ったマルス。色のないガラスの目をした二足歩行はゆっくりと倒れてそのまま動かなくなる。一瞥するマルスに目掛けて二体の四足歩行が照射音をマルスに向ける。そのまま目から高音のレーザーを連続して発射した。正確にマルスを狙うレーザーに合わせて残りの二足歩行がマルスめがけてスペンナズナイフを発射しながら横凪に斬りにかかる。その巧みな連携攻撃に感心することなくマルスは背中のマントを盾のように自分を覆い隠す。


 レーザーはそのマントを貫くことなく放射状に反射され、シェルター中に強烈な光を発生させる。壁や天井にレーザーが飛んで一部を溶かすように着弾し、パラパラと瓦礫を落とす。四足歩行型が不思議そうにしてる間にマルスはマントによって同じく弾かれた二足歩行の胸をパッと押す。軽い押しのはずだが大きくよろける二足歩行。バランスが崩れた状態の敵にマルスは剣を振るい、十字に切り裂いた。


 核ごと切り裂かれ血のようにも見えるオイルを垂れ流しながら改造魔獣は倒れる。これで二足歩行は破壊完了だ。視線の先には仲良く二機の四足歩行がマルスにまたレーザーをお見舞いしようと照射していた。ため息をつきながらゆっくりと歩み寄るマルス。レーザーはそんなマルスに発射された。飛んでくるレーザーに対して剣を持っていない左手をスッと広げて前に掲げた。レーザーはその手によってかき消される。甲高い音を上げながら次々にかき消されるレーザー。焦るように何度もレーザーを撃つが結果は同じだった。


 四足歩行は口からモリを発射して彼を貫こうとしたが器用にモリを掴まれてそのワイヤー部分にモヤがまとわりついていく。本体へと届いたモヤは燃やすかのように一気に発光し、気がつけばその四足歩行は錆びたような風化を見せて消えていった。残った改造魔獣が尻尾のカッターを展開してマルス目掛けて振るう。先ほどの二足歩行と比べるとお粗末な刃をマルスは剣で弾いて縦に振るう。剣から発射された赤黒い光の刃は顔の正面から四足歩行と一刀両断。こちらもオイルを吹き出しながら動かなくなる。


 一通りの改造魔獣をたった一人で討伐したマルス。また感情の見えない顔をしながら向き直る。


「お次はどいつだ?」


 ありえなかった。対人用に製作された改造魔獣。どんなシチュエーションでも対抗し得るように改良に改良を加えた魔獣達だ。それをあんなに簡単に破壊されるとは信じたくない気持ちだろう。小谷松の顔からは冷や汗が吹き出し、リモコンを握る手から力が抜けたのか振り下ろす。


「そ、そ……そんなバカな……!! ありえない、認めない、私は認めない!! 貴様如きに……貴様如きに私の結晶が破られるとは……私の叫びが負けるなど……ありえないぞ……!!?」


「汝の叫び……? フッ、神までには届かぬ」


 珍しく表情を見せるマルス。口角をスッと上げて笑う姿。目の輝きや吊り上がり様がいつもと全く違うので別人にも見えてしまう。物陰からずっと見ている香織は今までの出来事を信じれなくて、信じたくもなくて、そして恐怖で仕方がなかった。マルスの知らない顔、話してる内容も訳がわからない。神……? マルスは人間のはずだ。そう、人間なんだ。香織は必死に言い聞かせた。これは全部小谷松の戦意をなくすための嘘なんだ。


「貴様……! 何者だ……!」


「マルス……そう……マルスだ……! 我は……戦ノ……グゥう!?」


 お終いまで語ろうとしたマルスだったが急に胸元を押さえつけて苦しみ出した。弄る様に手で覆い、剣を杖に用にしてかろうじて立っている。腹からの苦悶の声をあげて苦しみ出すマルス。演技にしてはうますぎる。脂汗を垂らしながらマルスは剣を先ほどとは全く違う勢いで掴みながら声を上げる。


「なぜ貴様はいつも我の邪魔をするのだ……!! 貴様はたかが人形だ……、もう神ではない……この戦争を終える力なんぞある訳がないんだ……!! 我が剣として見ている間もそうだ……、なぜ貴様は人間の味方になった……! 貴様のせいで……この戦争が長引いてることがまだ分からないのか!?」


 一体誰に怒っているのかもわからない。マルスはどこかを見つめるかの様にして目をギョロギョロと動かし、また胸を押さえつけて苦しみ、また叱責する。演技にしてはうますぎるのだ。それに変に動きにリアリティもある。剣を振るい、頭を押さえながらマルスは叫び声をあげる。


「貴様は黙って見ているだけでいいのだ!! そんなにも……そんなにも貴様は人間が好きになったのか! 答えろ!!」


 その様子をジッと見ていた小谷松はハッとしてまたスイッチを押した。今度は小谷松の後ろにあるシェルターの壁が大きく開かれていき、その暗闇から紫色の発光する目が見えた。ゆっくりとシェルターに入り込んでくるその影の正体。小谷松は両手を広げて大声をあげる。


「フフフ、演技をしたって無駄だよ。君のおかげでコイツが目覚める時間稼ぎができたよ……。最後にコイツをとっておいてよかった。とっておきの兵器さ、さぁ〜……殺せ、蛇足型!!」


 暗闇から登場した改造魔獣。それは上半身は完全に鋼鉄の鎧で覆われた竜の姿であり、下半身は節のような鎧で構成された蛇の姿をとった改造魔獣だったのである。体高だけで3メートル半、下半身はそれ以上だ。金属の鎧の中に覗く紫色の目、甲冑のような胸からそれ自体が剣のような腕、背中に蠢く触手のような無数のワイヤー。下半身である蠢く節の鎧。明らかに今までの改造魔獣とは違う。


「さぁ、やれ!! 目の前の黒いガキを殺せ!!」


 指をさして命令する小谷松。蛇足型は電子音を発生させながら鎧を動かして移動する。節同士が大きく動き合い、それなりに素早く動けるようである。距離を詰める蛇足型。いまだに頭を押さえるマルスはやってくる強敵にハッとして剣で迎撃したが少し間に合わず、壁まで吹っ飛ばされて頭を強く打ち、意識が飛んでしまった。


「マルスぅ!!」


「ハハハハ! 思った以上に演技派な新人だったでないか! 戦闘員じゃなくて俳優に進むべきだったな」


 香織は一連の動きを見ていて恐怖が薄れてきたのかゆっくりと立ち上がる。一緒に隠れていた大和田が「一瀬君!」と腕を掴んだがその手を離して香織はゆっくりと蛇足型に近づいていった。香織に気がついてキィルッと首を向ける蛇足型。


「なんだ、小娘。たった一人でこの蛇足型と戦おうとでも?」


「彼は私たちの分まで戦ってくれたわ……。マルスだけが戦うべきなんかじゃ無い。彼がどれだけの思いで叫んでいたのか分からないの! 学ぶことが多い割には余分な知識しかないようね、小谷松さん」


「ング……! もういい、やれ! 蛇足型!」


 さっき以上のスピードで距離を詰めた蛇足型は鋼鉄の拳を香織めがけて勢いよく振り下ろした。チリが一斉に舞い、視界が奪われる一同。蛇足型は勢いよく拳を振り下ろした後だ。そんな状態であったがどこか違和感がする気がした。レンズをズームして確認してみると大槌でうまい具合に迎撃している香織を発見した。


 香織は立ち上がる勢いを利用して大槌を上方に押し出して横凪フルスイングに蛇足型の胸を叩きつける。衝撃で後ずさる蛇足型。その無機質なレンズの目からは瞳孔が大きく開き、獣のような目をした香織が写っていた。肩で大きく息をしており、大槌を構える。


「力を貸して……巨獣アトラス!」


 魔装の身体強化に合わせて怒りが上乗せされた香織のフィジカルはもう怪物も同然、剣のように鋭い蛇足型の爪を横にそれる形で回避した後に一気に距離を詰めて疾走の反動を活かした蹴りを放った。その後に鎧に足をかけて上空に飛び上がり、上から勢いよくハンマーを叩き落とす。腕の鎧と節でその衝撃を緩和する蛇足型。そのまま片方の爪で切り裂こうとしたが鉄棒の要領で大槌の柄を持った香織は持ち手を入れ替えることが体を自然にそらし、避けることに成功。そのまま着地して背を向けた状態から利き足を生かして回転し、遠心力をかけた状態で脇腹付近の鎧を大きく凹ませた。


 金属音が響いて蛇足型も怯んだよう。香織のことを獲物と判定し、背中のハッチを開けて更にワイヤーを出して対応する。やってくるワイヤーだったが香織はそれを掴んで勢いよく蛇足型を引き寄せ顔面に肘で勢いよく突き、顔の鎧も破壊に成功した。蛇足型は歪んだ顔面の鎧を投げるように捨てる。その中は機械のコードと肉が混ざったぐちゃぐちゃした顔をしており、隠したかった訳がわかる。


「かわいそうに……」


 香織はそう呟いて応戦しようとしたが蛇足型は左腕の鎧に右手を突っ込み、中から何かを引っこ抜くようにして取り出した。その剣身がドリルのように高速で回転して破壊力を生む代物だった。勢いよくついてくる剣を香織は回避したが足からワイヤーで縛られてしまう。


「っ!?」


 そのままワイヤーが一斉に香織の腕や身体中を拘束して身動きが取れなくなったのだ。魔装も完全に固定されて動けない。その状態でゆっくりと近づいて香織の顔に回転する剣を近づけていく蛇足型。非常にいやらしい戦い方だ。一体誰に似たのやら。ゆっくりと近づく剣を見ながら香織は負けを悟る。結局役に立てなかった……。金属の音を聞きながらグッと香織は目を瞑る。あと数秒で自分の顔はグチャグチャにされてしまう。結局弟にも会えなかった……。そう思いながら彼女は心の中で叫び声をあげてしまうのだ。


「ねぇ……マルス……助けて……!!」


 その声は届かない……はずだったのだ。体が急に自由になり、地面に落下した香織。つむっていた目を開けるとワイヤーは斬られており、代わりと言ってはなにか、仰反る蛇足型が……。その目の前に立っている人物を見て香織は思わず声をかけてしまう。


「マ……マルス……?」


 その人物はゆっくりと振り返る。赤い目、線の細い顔、鋭い視線と真剣な顔、マルスだった。香織が好きなマルスだ。願っていたマルスだ。心の底から安心できるマルスなのだ。


「あとは俺に任せて……引っ込んでろ……」


 マルスの声を聞いた瞬間、さっきの恐怖のマルスとは全く違うことに心の底から安心する香織。よかった……本当に演技だったんだ……。そう思う香織にチラリと視線を向けるマルス。黒戦剣をジッと見ながら歯がゆいような表情をするマルスはハッとして香織に向き直った。どこか必死なマルスを見て疑問に思う香織。


「香織……」


「……?」


「まだ……俺を信じてくれるかい?」


 心配したような表情で聞くマルス。本当に突然、聞かれた香織は何も答えれなかったのか。口を少しの間パクパクするだけで何も出来やしなかった。喉からボソボソと声を搾り上げて返事だけをする。


「その……マルス……?」


 そんな香織をジッと見た後に「そうか」と敵に向き直るマルス。蛇足型はもう一度剣を回転させて襲い掛かってきた。マルスも香織も武器を構える。


 振り下ろさせた剣に対してマルスも香織も斜めに武器を振り上げてタイミングよく迎撃。そのまま、なぞるようにマルスから接近して胸の鎧に斬りかかった。硬い。一旦後ろに下がって蛇足型のワイヤーが襲いかかってくる。マルスは蛇腹状に分離させた剣を更に分離させて四方八方から細切れになった刃を向かわせワイヤーを切り刻んでいった。


 そのことに驚いたような様子を見せる蛇足型。チャンスと言わんばかりにマルスと香織は近づいて蛇足型の懐に潜り込んだ。香織が振り上げるようにハンマーを叩いた後に更に回転して胸の鎧を何度も何度もハンマーで叩きつけた。様々な念を込められたハンマーの破壊力は抜群。胸の鎧を劣化させることに成功する。


「やったよ、マルス!!」


「あぁ、よくやった!!」


 マルスは剣を勢いよく伸ばして槍のように一気に核めがけて差し込みにいく。鎧をかき分けるように刺された刃はたしかに、蛇足型の中で突き刺さり、完全に機能を停止させた。


「俺は貴様の生きる境地のその先にいる」


 吐き捨てられたマルスの言葉に反応することなく、蛇足型は動きを止めた。小谷松は一通りの動きを見ていたがまさか隠しだねの蛇足型もやられたことで己の敗北を完全に知る。もう出せる兵士はいない……。逃げ出そうとしたが大和田に取り押さえられて彼はジタバタともがいた。


「離してくれ!! い、いやだ!! 私は何もしていない!! 本部なんかに逆らってはいないんだ!! 離してクレェえええええ!!!」


「もう……諦めるんだな……」


 大和田の声を聞いて力を失ったのか気を失った小谷松。どこまで小心者だったのだろう。そう考えつつ香織は改造魔獣の残骸を見るマルスに話しかける。


「マルス……その……ありがとね」


「何がだ?」


「助けてくれて……それと……演技上手だったよ」


「あ、あぁ……それは……えっと……うぅん……」


 それに対する返事をしようとしたマルスであったが視界が急激に歪んでいき、プツっと真っ暗になってしまい。彼は地面に倒れ込んでしまう。彼を心配する声が聞こえたが反応なんかできそうにない。演技じゃないって伝えれるわけがない。

4章おまけ欄に改造魔獣ファイルを追加してます

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