「女の子?」
慎也は香織の言葉に反応して駆け寄って魔石らしき結晶の中を確かめた。「ここだ」と指差す部位を見てみると確かに女の子が埋まっている。顔の詳細は分からないがクッキリと浮かぶ輪郭を確認して慎也は声を上げた。
「わ……本当だ……」
「離れてて」
慎也がそう呟いたのを聞き届けると香織はハンマーをヒビ破れている部位狙って剥がすように割った。ちょうど女の子が埋まっているところが露見して美しい姿が目に入る。黄緑色の髪をした整った顔立ちの少女、顔つきもまだ幼く意識がない状態だがとても美しい姿だった。香織はハンマーをしまってゆっくりと結晶から女の子を引き出した。そして班員全員を呼ぶ。
「サーシャちゃん、おんぶしてあげて。私は結晶を持つから。悠人、救護班の予約」
「あ、あぁ……」
こういう時は香織の方が行動が早かった。東島はデバイスを起動させて救護班の予約を終わらせて急いで戦闘員事務局まで帰っていった。今のところ少女は深い昏睡状態になっており、息はあるが意識はない。彼らは少女と魔石を持って事務所へと向かっていく。
その時彼らは広場の端に位置する不自然に盛り上がった泥の山に気づくことはなかった。泥の山は悠人たちが消えたのを確認して凹んでいき、ただの平地になって消えていった。
事務所に着くと蓮が受付に「所長を呼んでくれ」と頼み、後ろの少女を見て受付員が素早く行動してくれた。そして少しだけ待つとレイシェルと田村さんがやってきて女の子を田村さんに預ける。彼女は「意識が戻ったら連れていくわ」とだけ言って女の子を救護所へと運んで行った。
「レイシェルさん、話は佐藤さんの所で。この魔石も出した方が……」
「これが魔石? 信じられない大きさじゃないか」
「話はそこで行いましょう」
東島の催促で研究班の佐藤の元に向かうマルス達。佐藤は快く出迎えてくれたのだが香織が持っている魔石を見た瞬間に「オイオイ、マジかよ……!」と喜んでいるかのような反応をする。そのことに少しだけ嫌悪感を感じながら事情を二人に説明した。
「新種の魔獣?」
「はい、ちょうど植物と魔獣が合体したかのような魔獣でした。植物型の魔獣も存在が把握されていますがあんな魔獣は見たことがなくて……」
「なるほどな……、とにかく任務は失敗だが痕跡以上のものが得られたということか。ご苦労だった」
「レイシェル様、結晶の解析を行いましたがこれは魔石で間違いないです。しっかし、規格外の大きさですね。これは研究所本部に送った方が良さげですね。かまいませんか?」
「構わん、配送の準備をしろ」
「了解」
やけに機嫌がいい佐藤は研究所の人物と電話連絡をして夕方に取りに来ることになる。レイシェルはその間にもその魔獣の詳細を悠人達から聞き取っていた。
話を聞くに相当な知能を持つ魔獣と言ってもいい、他の魔獣と類を見ない。しかし魔石の中に少女が入っていることが全くわからなかった。少女とその魔獣はなんの関係性があるのか……、そんな考え事をしているとコンコンとノックの音が。
「失礼します、意識元に戻りましたよ」
そう言って田村さんが少女の手を引いて研究班の部屋に入ってきた。少女は田村の看護服にしがみつくようにして壁にしており、何やらモジモジしている。そして一言……
「誰……?」
声は小さいものでほとんどが息遣いしか聞こえなかったが聞こえた声は綺麗なものだった。それを聞いて隼人が「あぁ……すきやぁ……」と呟き、周りがドン引きする。
「さっき意識を取り戻したんですけどこの子警戒しちゃって」
田村がそういうと香織はゆっくりと少女に近づいていった。そして田村の後ろに隠れる少女はギュゥッと抱きしめる。女の子は急に抱きしめられて少しだけ動揺していた。
「大丈夫」
それだけ香織は言ってよしよしと頭を撫でると少し気持ち良かったのか微笑んだ。そして香織はもう一度尋ねる。
「お名前は?」
「エ……エリス……」
少女こと、エリスはそう呟いた。そして近くの椅子に座らせて香織は「住民票を探してください」と佐藤に事務口調で話しかける。急に変わった事務口調に佐藤は「あ、はい」とコンピュータを起動してエリスと名前を打ち込んでみた。しかし、住民票には彼女の名前の住民はいないことが判明する。
「どこからきたかは覚えてる?」
「暗い所……」
「暗い所?」
「怖いことされるかもって思って……逃げてた」
「誰から?」
それを尋ねるとエリスは首をコクンと傾げる。よくわかんないと言う意味であろう。香織は質問の内容を変えることにした。
「エリスちゃんに怖いことをしようとした人はどんな人?」
「えっと……お姉ちゃんと変わらない感じの人だけど……周りにいた人が変だった……」
「周りの人?」
香織が聞き返すとエリスは頷く。そして、周りの人物全員が驚愕する一言を放つ。
「動物みたいな人が……」
全員が「ん?」と違和感を残す回答だった。その言葉に誰よりも早く反応したのはレイシェルである。眉をピクッと動かし、冷や汗をタラリと流しながら「まさかそんな……」とだけ呟いて研究班の本棚から一冊の本を取ってあるページを開き、少女に見せる。
「このページに君が見た人はいるか……?」
「えっと……これ、これ……」
エリスが指を指す写真や絵を見てレイシェルは冷や汗を吹き出させていた。そして「とんでもないことになったぞ……」と声を上げた。その手はどこか震えている。
「何か?」
「……亜人がまだ生きている可能性が出てきた」
「何ですって!?」
佐藤が声を上げて反応するが驚くべきなのはマルスである。亜人の神は完全に消滅したはずだ。それなのに、それなのに亜人がまだ生きているなんてあり得ない。神の世界では亜人の概念はもう消え去ったんだ。仮に亜人が生きているとしたらあの裁判は完全に自分の隠蔽工作になるのだ。そして、亜人の神はどこかにいると言うことになる……。
「エリスちゃん、それは本当ね?」
「嘘は……つかないよ」
「あなたは……何者なの……?」
震える手を押さえながら香織が尋ねると一枚の絵を指差した。その絵には植物と人間の中間生命体とされた亜人種、「樹人族」の説明が書かれていた。
〜ーーーーーーー〜
コツコツ、壊れかけの照明で照らされたぼんやりと照らされている廊下を彼は歩いていた。ローブのような服を着ており立派な犬歯が照明の光を反射して光っている。そして廊下の奥にある扉を開けるとそこには集合させた五人の部下がいた。全員いることを確認し、彼は用意された席に座る。
「まずは報告から行こう、ケラム」
目の前の部下の一人が悔しそうな表情で説明を始める。
「申し訳ありませんぜ。持って行かれやした、人間に」
ハァ……彼は部下の言葉を聞いて大きなため息をついた。どうしてこうも人間は俺たちの生き様を邪魔すると言うのだ……、彼は歯痒い思いでいっぱいになる。責めるべき相手は部下ではないということは彼も知っている。
「そうか……、全く人間はいつも我々の敵になるんだな」
「反吐が出ますぜ」
報告した部下も長く伸びた口吻から喉をフルルとならせて頬杖をつく。その隣の人物が手をあげたので彼は部下の名前を呼ぶ。
「どうした、クレア」
「はい、エリスを失ったのはかなりの痛手ですがこれは好機でもあります。奪った人間の元に乗り込んで復讐できるいい機会ではないですか?」
「お前が仕留めれるほど人間は脆くないと思うぜ、クレア?」
「何を言っている、ベイル」
ベイルと呼ばれた人物は立ち上がり。その背中には折り畳まれた翼があり、両手の爪はフックのように鋭かった。全身を深緑の羽毛で覆われており、黒目に緑の瞳孔が鋭く光る。ナイフのように鋭い嘴を使ってせせら笑いながら両腕を広げて豪語した。
「お前みたいな山犬よりも空の覇者とも呼ばれた俺たち鳥人族の方が勝てる見込みがあるってことよ。人間は戦闘員なんか言うのを組織して俺たちの魔獣を殺しているんだろう? 俺がそこへ奇襲をかければエリスを奪還できると言うわけよ!」
「お前みたいなチャチな能力の持ち主がか?」
「へ、言ってろ。力は使い方次第だぜ? 人間の死体を集めてよ……俺の魔獣の餌にするかテメェの部屋にぶち込んでやる」
それだけ言ってベイルは背中の折り畳まれた翼を見せて部屋を出ていった。そして少しの間を上けて今まで黙っていた部下の一人が手を上げる。
「どうした、ルルグ」
「本当にいいの? ベイルに任せて」
「様子見だ、人間がどれだけの強さか知るにはあいつがちょうどいい相手だ。それに奇襲が得意なのは真実だからな」
彼は腕を組んで奥歯を噛み締めた。本当に我々の計画を邪魔する人間が憎い、ベイルに任せるのもいいが本当は自分が乗り込みたい思いがある。亜人の恨みをぶつける日が近づいてきているのだ。覚醒種が生まれる日もそう遠くはない……、と。
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