パイセンはうまい具合に魔石を大猿の体から引っこ抜いた。拳大の大きさの魔石にはそれと同じくらいの塊のようなツタが巻きついているというなんとも不思議な代物だった。淡く光る魔石を囲い込みながら魔石を眺めるマルス達だったが慎也の一言に全員が黙り込んでしまった。
「これも……エリスちゃんと関係するんでしょうか?」
前線であの植物トカゲと戦った悠人、隼人、蓮はこのツタの色が植物トカゲと同じ色合いの緑だったことに気がつく。仮にこの前のエリスが影響しているとしてもなんのためにツタを魔石に絡ませるのか、理解ができなかった。
「しかもこのツタ……見ろよ」
パイセンがある部位を指差す。ツタの一部は魔石の中に潜り込んでおり、銀色の石の中でネットワークのように広がりつつあった。
「電気回路と一緒だよ……。石全体を繋げるようにしてツタが絡んでる。これは亜人……の仕業なんだよな?」
「そうだとして……あの衝撃波の応用はこのツタのせいってことか? それでも……理由になってないか……」
腕を組みながら蓮はうーんと考えるがこのツタがなんの影響を及ぼしているかの説明にはならなかった。このまま考えていても仕方がないということで悠人は事務局に帰ることを提案。大猿の死骸は隼人の結界で包んで悠人がルージュマンティスを起動させて完全に燃やし尽くした。
結界の中で高温に晒され、燃えていく死骸を見ながらマルスは考える。あのツタがこの大猿に影響しているとして、本来はないはずの衝撃波の応用を与えたということであろうか? ツタにそんな効果があるのか? と疑問に思うがあの亜人の少女、エリス。植物トカゲの核として眠っていた彼女と何か関係があるかも知れない。今夜のマルスの調べ物は決まったところで香織がゆっくりと目を覚ます。
「ふぁ〜あぁ……、あれ……? みんな怖い顔してどうしたの?」
そばに置いていた大槌を太鼓のバチのような形に縮小させている香織は呑気に話しかける。とりあえず、このツタの魔石のことを説明すると香織はすぐに顔色を変えた。
「……ツタね……」
エリスに一番思い入れがあるのは香織である。彼女が関係していることとは確定していないので気にするなとだけマルスは香織に伝えた。うなづいた香織だったが幾分か顔は曇っている。
「じゃあ、帰ろうか。怪我のあるものはいないか? 今なら冷凍できるぞ?」
「あー……、ちょっと右腕冷やしてくれ」
隼人が手を上げて悠人の元へ近づいた。結界で攻撃を耐えた時に腕を痛めたらしい。冷却手当てを受けた後に隼人はナノテクアーマーを装着して事務局まで我慢することに。
そしてツタの絡みついた魔石を持ってマルス達は森の中を疾走した。木々の間を抜けながらマルスはチラリと香織を見る。バチのような携帯時にでも身体強化だけは発動するらしく、普通に走っている。香織の強化状態を見た後は変に冷静になれていたマルスだったが突撃したことを思い出して舌打ちをした。それ以外のことで何もトラブルはなく無事、事務局に到着することができたのだった。
「よし、俺は受付へ報告に行ってくるから。みんなは佐藤さんのところに魔石を届けてくれ。サーシャ、頼んだぞ」
「任せて」
「報告が終われば俺も合流する」
それだけ言い残して悠人は事務局のエントランスに入っていった。悠人の背中を見送りながらサーシャは振り返って「行こっか」と研究班の部屋へ向かう。途中で隼人が救護所へ向かい、また合流することに。残りは研究班の部屋へとたどり着いた。研究班の例の人物、佐藤は快く出迎えてくれる。
「やぁやぁ、新人殺しの諸君! 元気かい?」
コンピュータに目を通していたのにわざわざ椅子から立ち上がって入り口付近まで出迎えてくれる佐藤。心の底から好意的であるおもてなしを受けて少しだけ気分が良くなるサーシャ達。パイセンが魔石のことを説明して現物を出した。
「お、おぉ……君たちは本当に変わった魔石ばかりを提供するんだねぇ……」
エリスの人が一人入るような巨大な魔石であったり、このツタの絡みついた魔石であったり。自分たちが相手する魔獣はロクな奴がいないことをここで思い知らされる。ある意味で苦労する班である。さっそく佐藤は部下に命令してコンピュータに魔石を通して解析する。データはすぐに用紙に印刷されて佐藤の手に渡された。その結果を見る佐藤は「うぅむ……」と声を漏らす。
「佐藤さん……?」
「あぁ……どんな植物の種類とは一致しないツタだね。ツタは魔獣じゃあないし、新種というわけでもない。本当に分類ができないツタだ……。それよりも……」
佐藤はもう一枚の用紙を取り出してそれをマルス達に見せる。そこにはツタから発せされる信号のようなものを記録した図が載ってあった。縦に大きく揺れているグラフを見るがマルス達はチンプンカンプンである。
「このツタは一種の電気信号を放っている。要は情報が詰まってるんだ」
この用紙に表記された図は電気信号を感知したものであり、ツタが魔石に対して何か情報を送っているというもの。電圧とまではいかないほどの微弱な信号だがこれは生物が脳から神経へと命令を送るものと同じにしていいとのこと。
「なんだよ……、じゃあこのツタは大猿の脳味噌って言えばいいのか? いや……もしかしてソフトウェアの方が近いか……」
「パイセン、全くわからないんだけど」
パイセンの一人ごとに訳がわからない顔をするサーシャ。聞いている人も「ん?」という表情だったのでパイセンが説明する。
「衝撃波で強化するっていう魔獣じゃあできないようなプログラムをこのツタが持っていて、その情報を信号として送っているんじゃないか? ってことだよ。誰が埋め込んだのか、どうしてこんなことをするのかは分からないがこれが魔獣の活性化の要因かも知れない……ってことだろ? 佐藤さん」
「正解! さすがパイセン君」
指をパチン! と鳴らしてニヤリと笑う佐藤。それならある程度の説明はつくはずである。魔獣の活性化に第三者の介入が疑われた。本来は魔獣が行うことのできない概念を植え付けるための情報を宿したツタが寄生している。そうなれば……、
「亜人が本格的に動き出したってことか……」
「そうでしょうかねぇ……」
「慎也、バーチャルウォーズの時に亜人の報告はあったか?」
「いや……なかったです。魔獣もあんまり報告がなかったような……」
「その期間に準備したんだろうな。取り返したエリスを使って」
優吾のセリフに全員が考え込むようなことになるが後一つ解明できない謎が残っていた。それは何を目指してそれを行なっているのか? 何のために新たな情報を魔獣に入れ込んでいるのか? ということである。
「ま、それを解明するのは僕たち研究員の仕事だ。これは研究所へ発送するよ」
そんな時に悠人、隼人が部屋に入ってくる。「何かわかったか?」と聞いてきた悠人にパイセンが簡単に今までの考察を含めた説明をした。悠人は難しい顔をして腕を組み、隼人は「……は?」と間抜けな声を漏らす。
「エリスか……、空白の期間に魔獣を用いた実験を行なっていたということか? 一体どこで……。まぁ、ここは佐藤さん達に任せよう」
全員がうなづいて部屋を後にしようと思うと隼人が「あ、そうだ」と声を上げる。
「悠人、今日はもう非番だよな?」
「……そうだが?」
「みんなでさ、銭湯にでも行こうぜ? もうお昼時だしあそこの食堂でバーチャルウォーズのお祝いもしよう! 外食も久しぶりにしてみたいじゃん?」
隼人の言葉に全員が「あぁ……」と声に出す。そういえばバーチャルウォーズが終わってから、全員で食事をとったりすることはなかった気がするが……その前にまだ戦うつもりなのか? とマルスは疑問に思った。そんなマルスを放っておいて悠人は「そうだな……」と声を上げる。
「確かに非番だけど……」
「いいじゃん、いいじゃん! 街についてからは15分でつくぜ?」
隼人の提案にマルスは全員が乗るなら同行しようと思って周りを見る。悠人は少しの間考えてから「仕方ないな」と声に出す。
「全く……お前はこういう提案の時だけ頭がきれるよなぁ。俺は賛成だがみんなはどうだ?」
「この頃ゆっくりできてなかったし……俺はいいぞ」
「銭湯か……そういえばあんまり入ったことないかも」
「隼人君、いいアイデア出すじゃん」
蓮、パイセン、サーシャは賛成。香織も「いいなぁ」とだけ声に出したので賛成ということに。慎也はうーん……とかなり深く考えて行こうか行くまいかを判断していたが優吾の「気にしないでいい」という一言に押されて行くことに。優吾も賛成。隼人は残りのマルスに行くかどうかを聞く。その時に誰もが予想しなかった答えが……。
「で? マルスは?」
「まだ戦闘するのか、隼人?」
マルスの一言に隼人達全員は固まった後に「なんだあのぎこちないボケは……?」、「ありゃあ座布団没収だろ……」とかなり気まずい空気が研究班の部屋の中を包み込む。ざわざわとした空気の中でマルスは結局賛成派に入れられるのだった。ブリザード地帯かのように寒くなった空間の中でマルスだけが平気そうな顔をしている。蓮と慎也はマルスを見て、バーチャルウォーズの一回戦を思い出す。そしてますますこういう奴だったと認識するのだった。
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