戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

バカなトカゲ

公開日時: 2021年5月2日(日) 17:42
文字数:6,218

 少し離れたところで話そうとダメ元で言ってみたところ素直に了承してビャクヤと狐から離れたところまでついてきてくれた目の前の亜人、ケラムにパイセンは違和感を隠せない様子だった。この前やってきたベイルという亜人は聞く耳を持ってなかったのに今回は素直すぎるだろ……と動揺を隠せない。ケラムはポキポキと首を鳴らしたりウーンとノビをしたりと準備運動を行なっていた。本当にこいつは何を考えてるんだ? と冷や汗を垂らすとケラムは首を捻りながら声をかける。


「そろそろですかい?」


「……は?」


「あっしは準備ができたでさぁ。先手はあげますぜ?」


 バットを構えるパイセン、槍を向けるサーシャ、ハンマーを担ぐ香織。この3人を前にしてもケラムは満更でもない表情でクイクイと指を動かす。パイセンはバットを起動させて先端部分を花弁のように開いて飛び出した銃口から弾丸を連射した。まさか遠距離で攻撃するとは思わなかったケラムは何発か受けてしまうが鱗と能力のおかげで弾丸を防ぐ。


「先手はくれるんじゃなかったのか?」


 バットを閉じて冷却するパイセン。隣にいたサーシャは「パイセンらしい……」と少しジト目である。ケラムは相手の武器がかなり変わったものであることを把握して地面に蹲み込んだ。四足歩行の姿勢でしゃがみ込むケラムは長いベロを出して舌舐めづりをする。


「騙されましたぜ? アンタ、飛び道具があったんですかいな」


 ヘッと笑ったかと思うとケラムはヴォッと音を立てて消えた。あまりに一瞬のことで瞬きをすると消えていたケラムをパイセンは必死に探していると地面から飛び出してきたケラムが右膝を思いっきり地面に叩きつけて反動で左足でパイセンを蹴り上げる。顎先にわたって強い衝撃を受けたパイセンは一瞬ベロを噛み切りそうになったので冷や汗を垂らしながら空中で体勢を整えた。そしてバットを振るうがケラムは半身を地面に埋れさせることで回避する。硬い地面のはずがケラムの足跡付近だけポチャンと波紋を広げる沼のようになってることにパイセンは気がついた。半身が埋もれた形のケラムにサーシャは槍を、香織がハンマーで攻撃に向かうがケラムは完全に潜り切ることによって攻撃を防ぐ。香織がハンマーを振り下ろすとバチャン! と音が広がり、ケラムは地面から飛び上がって距離を取る。そんなケラムにパイセンは話しかけた。


「お前……地面を柔らかくできるのか」


「地面だけじゃあないですぜ? あっしが触れたものはなんでも柔らかくできるでさぁ」


 その言葉を聞いて警戒した表情を取る香織。もしも自分のハンマーが柔らかくなって破壊されたらひとたまりもない。完全に終わる。亜人が容赦なく殺しを行うことはエリスと一緒に隠れている時に十分承知した。いかに自分たちが戦いに精通してない一般人であるかを思い知らされた瞬間でもある。


 あのレグノス班も稲田班のウザい眼鏡の人も殺されてた。香織は現実を受け入れようと必死になるがあまりにも現実離れしたような出来事が起きすぎて情報の整理がついていない。とにかく、自分はここで生き残ってマルスもみんなが生き残って事務局に帰ることが現在の目標である。


 そう思っているとパイセンがバットを掲げてケラムに突撃していった。パイセンにも思うところはある。昔に亜人にひどいことをしたご先祖たちのことはクズ野郎だと思っているがこうやって無差別の人を殺すことは間違っている、これがパイセンの考えだった。大渕さんも張さんも生きてはいたがあのレグノス班はもういない。演習で自分が戦ったエークスとウェッカという戦闘員とはもう会えないことに寂しい思いを持ちながらバットを振るう。


 ケラムはパイセンのバットをガシッと掴むと能力を発動させて徐々に柔らかくしていく。ドロドロに溶けていくバットを見てニヤリと笑うパイセンとケラム。相手のパイセンがニヤリと笑ったことにケラムが困惑しているとバットが液状で変形し、ケラムの腕にタイマーのような腕輪が貼り付けられて残りの液状はパイセンの元に引き寄せられて元のバットになった。


「吹き飛べよ」


 ケラムの胸を蹴った反動で後方に避難するパイセン。ドガン! と音を立てて爆発する腕輪を見て「あいつ馬鹿だな」と内心で小馬鹿にする。だがしかし、煙を上げた先には無傷のケラムが「ッチ、やろぉ……」と声を上げている。爆弾は効かないのか……とパイセンが舌打ちしているとケラムは地面を蹴って辺りを泥にし、ホバーの容量で地面を滑ってパイセンの腹部に膝蹴りをたたき込んだ。


「グフぅ……!」


「甘ったれんなよぉ」


 そしてパイセンの腹部を蹴った反動を利用して反対の左足で回転しながら蹴り上げる。二段蹴りを決め、空中へとパイセンを放り出したケラムは地面を蹴って飛び上がりミゾに強烈な拳の一撃を叩き込む。目玉を吹き出しそうになりながらもパイセンは耐え抜いて墜落した。墜落してもなお、衝撃はパイセンの体に残り続ける。


「パイセン!? 大丈夫……!?」


「……サーシャ、前だ!!」


 腹部を抑えながら立て膝をつくパイセン、振り返って心配してくれたサーシャであったがケラムに隙を与えることになり回し蹴りが彼女を襲う。サーシャが槍を向けることで迎撃を放ったがケラムの力は遥かに上回り、右関節辺りを蹴られて吹き飛ばされる。骨は折れてないようだがピシッ……と一瞬嫌な音が鳴った後に激痛が走り、サーシャは一瞬槍を手放してしまった。


「落とし物ですぜ?」


 そのことにニヤリとしたケラムは無防備になったサーシャの髪を掴んで引き寄せた後に顔面に膝蹴りを決めてからサーシャの顔を踏んづけて地面に叩きつける。魔装に手を伸ばそうと精一杯サーシャは力を振り絞るがケラムは尻尾を使って彼女の右手を巻き取り、グキリとねじった。


「あぁああああああああ!!」


 無理やり右手を捻られて関節を折られたサーシャはあまりの激痛に叫び声を上げてしまう。魔装がなければ彼女はただの非力な人間だった。身体強化さえもない今は弱気なケラムの力でも致命傷になりうる。サーシャの顔からはあまりの激痛によって溢れた涙とケラムの泥でグチャグチャになっており、ケラムはそんな様子を見てせせら笑いながらサーシャの髪を引っ張って顔を踏みつけることで彼女をさらに傷みつける。


 それを見た香織がハンマーの強化をさらに強くしてケラムに振りかざした。心臓の音がいつもよりも早くなって力が身体中から溢れてくるようである。みなぎるアドレナリンに全てを任せて香織はハンマーを横なぎに振るった。それに気がついたケラムはサーシャの髪をパッと離してさっきよりも強く踏みつけたのちに自分の体全体に能力を発動させる。フルスイングされたハンマーはケラムの背中を正確にぶち当てて凄まじい一撃を生んだ。しかし、ケラムは背中から香織側の左肩から関節、左腕を波打たせるようにして受け流し、ガラ空きになった香織にカウンターの正拳突きをくらわせる。


 ケラムが正拳突きを放った瞬間、地面にはその衝撃波によって縦線のような亀裂が走り、その一撃をもろに受けた香織は吹き飛ばされて血を吹き出しながら大木に叩きつけられた。かなりめりこんでしまい、なんとか大木から抜け出したがまるで自分の一撃を無効にしたかのような芸当を見せるケラムを見ながら血を吹き出す。口中が鉄の味で覆われる香織を見ながらケラムは悔しそうな表情で立ち上がったパイセンを見て「あぁ〜……」と大きなあくびをした。


「重点を利用すればああいった攻撃もできるんげすよ。なんでも柔らかくできるってさっき行ったんですけどね。人間は単細胞の塊でげすか」


 完全に体を封じられたサーシャはなす術もなく地面に倒れ込んでいる。香織はさっきの一撃が相当重かったのか、体の至るところが裂けて血を吹き出して動けない。そうなればパイセンしかいなかった。パイセンはバットを掲げてケラムに話しかける。一つだけ聞きたいことがあった。


「お前……ケラムだっけ? 一個だけ聞いてもいいか?」


「なんです?」


「見たところ、お前は他の亜人と違って話を聞いたり、初動を待ってくれたりするんだな」


 パイセンのその質問にそうですねぇ〜と考えながら足元のサーシャをサッカーボールのように蹴り飛ばす。パイセンは急いでサーシャを受け止めて「ゴメン……」と涙ながらに謝るサーシャに「いいんだ」と言いながら物陰に移して隠れさせていた。その間も考えるケラムはパイセンが香織も物陰に隠しているときに「そうだ」と思い出し、話始めた。


「そうでげすね……。不意打ちは苦手でさ。斜め上からの拳はいとぉて仕方がねぇ。それにあっしが目指す場所は未来よりも過去。人間と亜人が本当に理解し合えていた頃にね。寿命もあっしらと比べると短くて儚い……けど……彼らは綺麗なんでげす。だから嫌いになれない……人間は」


 「こいつ……バカか?」、パイセンは本気でそう思ったのと同時にこれだけひどいことをしておいて何を言ってるんだ? と怒りがこみ上げてくるのを感じる。キッと睨むパイセンを見ながらケラムは話し出した。


「あっしは人間が好きでげす。でもね、今の人間は嫌いなんです。何故か? 本当の意味で理解ができていない。そんなもので平和を掴む? 笑わせますぜ。武器を捨てれば平和ですか? 秩序を救い、混沌を消すことが平和ですか? なぁ、アンタが守りたい平和ってなんなんです? そのくたびれた平和の先に何があるんです?」


「黙っていれば偉そうに何抜かしてやんだ? それがくたびれた平和だとしても俺の守りたいものに変わりはない。お前にも温もりがあるはずだ。俺はそれを誰よりも守りたい」


 過去に人間が起こした亜人との大戦争に合わせて人間同士の経済制圧、代理戦争を積み重ね、形だけの瓦礫の平和の上にパイセン達は立っている。どこかで隠れながら復讐の誓いを立てて牙を研いでいた亜人達との二度目の戦争が起きようとしている中、このケラムというトカゲの言い分は分からんでもない。パイセンもバカじゃあないのだから。クッと唇を噛んだパイセンに対してため息混じりのケラムの本音が吐き出された。


「好きで嫌われ役やってるんじゃないんでさぁ、人間」


 その言葉にパイセンはハッとする。好きで嫌われてるんじゃない。昔の自分と一緒だった。誰かを愛しているのにみんな自分を愛してくれない。愛されない故に愛する行動。パイセンにはよくわかる。そこから生まれる孤独は辛いものだから。あのトカゲの言葉の意味やため息の重みは重々承知だが……パイセンには一つ、許されないことがあるのだ。


「言いたいことはよくわかる……。俺もそうだった。けどな……弱い者痛めつけて人間が好きだぁ? 取り消せよ、その言葉」


 バットをグッと握ってパイセンは物陰に避難させた香織とサーシャを見る。あの時、17回目の日にサーシャが買ってきてくれたのり弁当、本当に美味しかった。そこに安さ以外の何かを感じたパイセンはサーシャの前で安心して寝ることが出来たのだ。背中をソッと押してくれた大渕やレグノス班のエークス、ウェッカも敵としてあっぱれな人物だったのだ。それは何故か? 弱い者も救おうという決意があったからである。


「誰かの生き様、死に様、意思を勝手にお前が決めるんじゃあねぇ……。過去のお前に何があったかはよく分からんがな。弱い者……女を泣かせて何が平和を掴むだ!! 人の温もりを勝手に壊して人間が好きだなんて抜かすんじゃあねぇ!!」


「威勢の良さは認めますぜ? 意思だけあっても周りは許さん、そんなもんです」


「だからといってお前がやってるのはクズなご先祖様と同じ行動だぜ? お前が嫌いな人間と一緒だぜ? 女々しい傷心だけで理由付けて人の人生奪ってるんじゃねぇよ。俺の女泣かせてんじゃあねぇよ!!」


 パイセンはバットを振りかざしてケラムに突撃する。バットがケラムの顔面に届くとなった時にスゥッと地面に潜って消えていく。チャポンと波紋が浮かんだことにパイセンは出来上がった仮説を頭の中で組み立ててバットのギミックを作動させていく。バットの先端にあるものを作ってそのバットをケラムが潜ったであろう地点に差し込んだ。


「よぉおく聞くんだな。お前、バカだし」


 パイセンはバットを起動させてギミックを発動させる。音量をマックスまで増幅させた大音量で流されたのは手榴弾の起爆音である。さっき、どうして香織がハンマーを振り下ろしたタイミングのすぐ後に地面から飛び出したのか、音である。ハンマーと沼化した地面との音のせいである。個体よりも液体の方が音は広がりやすい。実際、手榴弾を水中で起爆させその近くで人が潜水していたとする。そうなると手榴弾の起爆音によって鼓膜が弾け飛んで聴覚を失い可能性だってあるのだ。今回はそれを数倍まで増幅させて行なっている。パイセンのすぐ背後でドガッと飛び上がってきたケラムを見てパイセンは「ビンゴ」と確信した。


「ぐぅううぁあああああ!!」


「やっぱりな、暗闇の中をずっと泳ぎ続けるんだ。リザードマンは耳がいいんだよな? 粒の間隔を広げるのがお前の力。その隙間に音は入り込んですごい衝撃波を生むんだぜ? あ、わからないか。お前バカだし」


 耳を押さえてジタバタともがき苦しむケラム。無力化させるために行ったのでおそらく耳は潰れてないだろうが耳鳴りは治らないだろうなぁと思いながら一発顔面をバットのフルスイングで吹っ飛ばす。空中でキリモミ回転を決めながら吹っ飛ぶケラムを見てパイセンは「おぉ〜……」とオーバーリアクション気味なケラムに少し引く。


「っぐぁあ……っけ、いいさ……今日はお預けにしますぜ……今度会った時には……あっしはアンタを超えている……アンタの未来はもう暗いんだからな……ククク……ハハハハ!!」


 低いような甲高いような声を上げてケラムは地面を思いっきり踏みつけて泥を巻き上げる。思わず目を瞑ってしまい、急いでケラムを探したが彼の姿は見えなかった。逃したか……と思いながらもサーシャと香織の様子を見に行く。二人はパイセンが寝かせた物陰で依然として苦しそうにしていたが「一応……勝った」というパイセンの言葉に安心したのかホッとしたような顔を見せる。


「はは……よかった……、うぅ……痛い」


「パイセン……さっきなんて言ってたの? 俺のなんたらって」


 まずは香織を手当てしながらパイセンはサーシャの問いかけに「あぁ……」と返事する。


「銭ゲバ女って言ったんだよ」


「んな……! いった……」


「動くなよ、すぐに固定するから」


 バットから工具箱を取り出してその中にしまってるちょうどいい長さの棒と手拭いでサーシャの腕を固定する。香織もなんとか止血に成功して応急処置としては間に合ったことにホッとした。田村さんに治療してもらえれば後遺症はないだろうと思いながらパイセンは泥で汚れてしまったサーシャのポニテを優しく撫でる。


「……何してるの?」


「いやぁ……汚れてるから。髪……痛かっただろ?」


「ううん、心配しないで」


 フフッと笑い合うパイセンとサーシャ。そのままキュッと手を握り合いながらパイセンは岩陰にズルズル持たれてため息をついた。少々感情的になってしまったが……これくらいはお天道様も許してくれるだろう。


「みんなが心配してる。香織、立てるか?」


「私は大丈夫、サーシャをオブってあげて」


 パイセンはうなずき、ゆっくりとサーシャをおぶって森の中を歩き進めるのであった。

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