本来は薄暗く、そして気持ちの悪いような冷え込み方をする地下シェルターのある一室。温暖設備なんてもう壊れたのにも関わらずムワッとした熱気に覆われる一室があった。その部屋にはキーコキーコと音を立ててトレーニングマシンを黙々と動かす人物が一人。 シャラっとした艶を持つロングの銀髪、胸だけを隠すように巻かれたサラシ布、肉づきのいい脚を見せるショートパンツ、なによりも特徴的なのは銀髪の髪に紛れて生えた銀色の毛で覆われた耳だった。人狼族の女、クレア・ミスリルは一通りのトレーニングを行っている。
長い間、体を動かさないでいると鈍ってしまう。人魔大戦以前の自分は樹海の案内役や護衛として人間の運搬に付き添っていたのでそれなりにタフな体と精神を持っていた。人間の代わりに大きな荷物を背負って岩山を越えて行ったこともあったし、付き添いで運搬していると魔獣が襲撃してきて持ち前のダガーで屠るといったこともご法度だった。
クレア自体、人間のことが大好きだったしコミュニケーションも沢山とる種族だったので長旅ができないクレアは人間の思い出話を聞いて旅行をしていた気分になったほどだ。そんなクレアを求めて人間が「あんただけに依頼したいんだよ」と言って来てくれた時は本当に嬉しかった。
そんなことを思い出しながら、あの時は楽しかったと思い返しながらダンベルをググッと持ち上げて舌打ちをする。気分が悪くなった時のトレーニングは危険なので今日はここまでにしようとクレアはマシーンから離れてテーブルに置いてある水を飲んでいった。食道を通る潤いに心地よさを感じる。
トレーニングが終わったということでロングの髪をクレアはいつものように整えた。手櫛で動かすと癖となった髪はほぼ自動でクレアの顔の左半分を隠す。姿見に移された姿は顔の左側が髪で隠れた美しい女性といった具合であろうか。この髪をどかせばそうでもないが……とクレアは晒し布を解いてタオルで汗を拭く。豊満……とまではいかない小さな胸は少し肌寒かったのか先端がとんがっている。昔のことを思い出してクレアは少し苦い顔をしながらゆっくり、優しく汗を拭き取り、用意してあったタンクトップを着る。無地のタンクトップを着たクレアは自分の魔獣の様子見でも行こうかとドアを向くとバタン! と蹴るようにして無理やり入ってくる人物がいた。
「クレアちゃ〜ん、お着替え終わったの?」
「その言い方はやめろ、ルルグ」
山賊服のような毛皮の服を着た虎人族の亜人、ルルグ・ギモンドである。黄色と黒がうまい具合に混じった虎柄の髪、ほっそりとしてはいるがある程度の筋肉はある体。せせら笑うような不気味さを感じる顔、目はいつものように見開かれており爛々と輝いていた。ライカンスロープはケモミミじゃあない代わりにヒョロリと長い尻尾を持つ。その尻尾をヒュン! と動かしながらニッコリと彼は笑った。
「本当、よく飽きないよね〜このトレーニング。器具は人間が作ったものだし。やっても無駄かもしれないのにさ」
「お前のようにエリスを虐めるよりかはずっと役に立つと思うが?」
「あのガキまた僕に文句を言ったからさ。そろそろお仕置きしちゃおうかなぁって……」
「やめろ、気分が悪い。お前は欲に左右されすぎだ」
クレアは舌打ちをしながら自分の太ももにダガーを巻きつけて苦い顔をする。金と物とセックスで動く人間と変わらないだろうに……とルルグを見る。
「じゃあ何で発散すればいいんだよ〜って感じになるじゃん?」
「一人でしごいてろ」
「おぉ〜……言うねぇ」
ルルグに構うだけ鬱陶しいのでクレアはさっさと部屋を追い出して魔獣の元に向かおうとした。完全に相手にしてくれないことに気分を悪くしたのかルルグは一瞬真顔になって「ねぇ、クレアちゃん」と話しかける。
「先っちょだけいいでしょ?」
あまりにしつこかったのでクレアはルルグに最後の忠告を行った。
「他種族の男には興味がない、いいな?」
「でも忘れられない傷はもうつけられてるでしょ〜?」
ルルグはそういいながらクレアの首根っこを掴んで壁に力強く叩きつける。苦しくはない、ただ衝撃だけが襲い掛かる。ルルグが本気でクレアの首を掴んでいることではないのを彼女は知っていた。レロレロと舌舐めずりするルルグはクレアの首根っこを掴みながら片方の手でクレアの首筋、胸部、腹をゆっくりとさする。
「犬なら犬らしく僕に従え」
ゴッ! とクレアは膝蹴りしてルルグに足を着かせる。ルルグの一言で嫌なことを思い出したクレアは久しぶりに能力を使用して蹴ったのでルルグの口から血が吹き出ていた。それを冷たい目で見るクレア。ルルグは彼女の能力使用によってはだけるようにして広がった髪を見てニヤリと笑った。
「やっぱりその顔が……クレアちゃんって感じだよね」
「食えない野郎だ。貴様、本当に私達の味方か?」
「僕は僕のものさ。言いたいことだって自由にいうし、自由に生きる。人狼と虎人は相反する存在さ」
隠れたクレアの左側、それは乱暴にナイフで口元を裂かれて唇が剥がれ落ち左側の歯茎が剥き出し状態となっている不気味な顔だったのだ。右側は綺麗な桜色の唇なのに左は剥き出しの歯茎と鋭い犬歯が見えるので一層不気味さを増している。あの時……人魔大戦の時、人狼族の村がある樹海に一斉に火が放たれて逃げ惑っているとどこからか「こっちだ!」と言った声が聞こえてくる。家族と逃げていたクレアはその声を聞いて安心する。いつも自分に依頼してくれる人間の商人の男だったのだ。その人がいる場所には火が寄って来てなかったのでクレアは家族と共にその商人の元へ向かった。
商人は「急な火事でしたね、でももう大丈夫」と笑顔を作る。今日は俺たちが貴方を救う日ですと笑う商人を見てクレアは安心していると隣でガウン! といった音がした。振り返ると父親の頭には散弾銃で打ち込まれたかのように穴だらけになっており、崩れて倒れる。そのことにクレアは訳も分からない様子でいると背後から後頭部を思いっきり殴られて気を失ってしまった。そして何時間か眠っていたときにクレアはハッと目が覚める。裸の状態で椅子にくくりつけられており、他の家族は見えなかった。薄暗い部屋の中でただ一人、クレアは縛られている。
人狼族特有の耳を済ませていると隣の部屋から何やら音がするのを聞いた。音、なにかを勢いよくついているかのような……ついている、叫び声、苦痛のような声、今は裸でいる。クレアは全てを察した。急激に襲い掛かる恐怖と怒りに悶えていると部屋の扉がバタン! と開かれてニタニタと笑うあの商人が入ってくる。
「綺麗だねぇ〜……君と関係を持っていてよかったよ」
「な、何故あなたが……?」
「今までは隠していたけど……もう国は君を必要としていないから……何やってもいいってことさ」
縛られて動けないクレアに近づいて頬をゆっくりと撫でていく。小さな胸に手を当てられてクレアは自分の体を見られている羞恥心よりもクレアはこれからのことを予想して恐怖で涙をあげることしかできなかった。そんな涙をレロッと舐め取られてから商人の男に髪を掴まれて……。
もうお嫁にはいけない……いや、婿も殺されてるか……とクレアは絶望する。1回目の行為が終わった頃には髪はボロボロで立ち上がることもできず、腹の奥がずっと痛かった。そしてこのあの樹海を燃やしたのも、こうやって自分を拉致したのも全て人間の仕業であることも悟る。何日弄られたか分からない。クレアは行為を行われている時も最後の抵抗として声はあげないようにしていた。いかなる苦痛が来ても意地として声を上げない。声を上げてしまえば奴はもっと快楽を得てしまう。そんなクレアが鬱陶しかったのか男はナイフを取り出すようになり、クレアの左唇を一気に引き裂いたのだった。
「ね? 痛いよね? そうだよね? 声を上げろよ、なぁ、いい加減にしろよ?」
この男の変貌ぶりは異常であったことをクレアは疑っていた。何か裏があるのか、裏があるなら尚更胸糞悪いが……。お客さんだった頃の彼はこんな卑劣な真似をするような男であったろうか。神がいるならその顔をぶん殴ってやりたい。クレアは純粋な復讐心だけを手向けていた。いかなる激痛が来ても声を上げないクレアにとうとう薬物を投与させて意識が飛ばないように、そしてもっと感じるようにと何度も薬物投与を行われた後にナイフで傷を入れられていった。そしてとうとう激痛に耐えかねて泣き叫んだ時は、一層激しくなった行為に絶望してクレアの中で大事な何かが死んでいく。もう希望なんて見えなかった。
「いいか? 好きでもない男の行為ほど気色悪いものはない。私もあのときはペラペラと事情を話しすぎた。軽々しく物をいう物でもないな」
「ハイハイ、わかったよ。あ、計画のことで相談があるんだ。誰が魔獣を回収してるのか目星がつきそうなんだよ。これはマジだから後で来てくれ」
「フン……」
一通り思い出してクレアはルルグを部屋から追い出す。ルルグは不機嫌そうなクレアの顔を見て「ンフフフハハハ!」と笑いながら出て行った。あのレイプ中に何故か現れたご主人様に助けられてこの計画に加担したが……レイプで犯された母親と妹は帰ってこなかった。自分に行為を行っていた男を満更でもない表情で頭を掴んで握りつぶしたご主人様。体液と血でグチャグチャだったクレアを見て一瞬だけ目を逸らしてからタオルをかけ、クレアに話しかける。
「君の家族は救えなかった。私は君だけでも救おうと思う。どうだ? 私達と一緒に来ないか?」
一週間かけて生きたままサッカーボール程度の大きさにされた母に何人もの男に襲われた妹。そして身体の傷は治ったが顔の左側と心だけが治らなかったクレア。彼女はすがりつくものがご主人様しかいないことを悟り、忠誠を誓うのだった。
とうとう彼女は部屋の中にあるトイレに駆け寄って嘔吐する。彼女の中で何かが死んだ。処女膜と共に大事な何かを失った。そのことは事実、クレアは他種族の男を嫌うようになったし、すがるものがご主人様しかいない以上、ここで成果を残さないといけない。
「私……私は……もう死んでる……甘さを殺した……人喰い狼だ……!」
必死に言い聞かせるがあの時の男の顔を思い出してもう一度嘔吐の嵐が続く。心を殺してもあの出来事はクレアにとってのトラウマであり、裏切りでもあったのだ。そして誓う。誰であろうと人間には容赦しない。家族と自分の心の仇を打つことが自分の生きがいになると、クレアの左の唇からハァッと生暖かい息が漏れ出るのだった。理想的なクレアの世界を作るにはまず、邪魔な存在を消すのみだ。人間へは容赦なく牙を剥く。これは悲しいイヌの拭えない寂しさを払拭する復讐だ。牙は剥かざるをして剥かれる。
クレアはルルグの元へ向かうのだ。人間に早く復讐を果たすため、クレアはそのために生きている。次出るときは自分が出る。クレアはそのつもりでいっぱいだった。人喰い狼の足音は重く廊下に響くのだった。
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