戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

新人殺し

公開日時: 2020年9月29日(火) 22:07
更新日時: 2020年11月13日(金) 22:46
文字数:3,585

 新人殺し、それがこの班につけられたあだ名だった。東島悠人を筆頭とした若手の班で班全員が二十歳を超えていないにもかかわらず、一人一人の潜在能力は非常に高い班でもある。しかし、この極東支部の中では忌み嫌われる存在でもあるのだ。その理由は班のあだ名が物語っている。


「新人が来る。東島、今度こそは頼むぞ?」


「またですか? もう所長も諦めてくださいよ。俺たちに教育ができるわけもない」


「今回はお前が教育される側だと思うがな。新人殺しの汚名も返上できるかもしれんぞ?」


 そう、この班は個人としての実力が高いだけでチームでまとまって戦うという精神がまるでない。チーム一丸となって魔獣を倒したことがなく、個人が戦いたいだけ戦って後は適当にトドメをさす、というズボラな方法でしか戦ったことがない。そんなところに新人を放り込むと毎度初任務で討ち死をしてしまうのだ。故に新人殺しは戦闘員の地雷とまで揶揄されるような班なのだ。


「教育?」


「そうだ、お前たちもわかっていると思うがこの班は協調性がなさすぎる。今回入ってきたのは様々な戦略を保有している珍しい新人だ」


 レイシェルはマルスの情報が書かれた書類を悠人に手渡した。悠人は少し緊張した表情で書類を受け取ったが適合生物の欄を見ると「はぁ?」と惚けた声を漏らした。


「適合生物、なし!?」


「そのかわり、幾多の……」


「ふざけないでくださいよ、こいつは戦闘員を舐め切っている。どうしてこいつを入れようと……」


 レイシェルは激昂して書類を叩きつけた悠人に冷たい眼差しを送った。悠人の欠点はこう感情的になりやすいことなのに、自覚はあるんだろうか? まだ18歳で班長を務めているから許すべきか……、レイシェルにとっては憂鬱な問題だった。


「落ち着け、とにかくマルスはお前の班に入る事になった。今からマルスと対面だ。決して、刀をだすな? お前の刀はここの設備を壊しかねない」


「わかってますよ」


 ふてくされた表情の悠人を連れて、レイシェルは部屋を出る。


〜ーーーーーーー〜


「代わりにこれを持っていたらいいよ」


 佐藤は一本の片手剣をマルスに手渡した。鞘に収まった普通の片手剣。マルスはそれを受け取って少しだけ抜いてみる。本当に新品なのか、鏡のように自分の顔を映し出した。


「いいのか?」


「いいに決まってるよ。元々これをベースに適合生物とを混ぜるんだから。ないよりかはマシさ」


 チャッと鞘の中に剣をしまう。初めて剣というものに触れたが思った以上に重かった。これじゃあ戦闘員やって行けないぞ……。マルスはふと気になって佐藤に尋ねてみる。


「俺って、どこの部隊に入るんだ?」


「あ〜……さっき連絡が来たけど君と同じくらいの歳の子が集まった班だよ」


「その班……強いのか?」


「う〜ん……強いっちゃ強いけど……」


 その時、検査室の扉が開かれてレイシェルと一人の青年が入ってきた。確かに風貌は自分と同じような若い印象を持つ身なり、透き通るような金髪が美しく、蒼と紅の二色の刀を腰に吊り下げていた。その人物はマルスを見ると「ん?」と声を上げる。


「もっと弱そうなやつかと思ったな」


 金髪がマルスの目の前まで近づいてくる。腰に吊り下げた刀がチャリチャリと音をたてた。マルスはその美しい刀に見惚れそうになったが目の前の金髪が「本当に適合生物がいないのか?」と聞いてきたのでマルスは頷く。


「名を名乗れ」


 マルスが金髪の高圧的な態度に屈せずに目元を少しだけ合わせて名を尋ねると相手は「なっ……!」と声を上げた。どうやら感情を顔に出しやすい性格らしい。


「名前は聞かなくてもいいぜ。お前どうせ死ぬから」


「東島!」


 レイシェルの一喝に目の前の金髪は舌打ちをして小声で「お前が一番うるせえよ……」と呟いてから嫌々自己紹介をした。


「お前が入る班、東島班の班長をしている。東島悠人だ、決して名前で呼ぶことは許さん。いいな?」


「どうしてだ?」


「新人が班長になれなれしくするなって言ってるんだ」


「年齢で見るとそう変わらないだろうに」


「……、チッ」


 面倒だな……、マルスの心にはその感情でいっぱいになる。年功序列で見ても歳はそんなに変わらないだろうに……。マルスはまぁ相手は若いから仕方ない、と大人の対応を取る事にした。


「落ち着けと言ってるだろ? ここの設備を壊したらお前の班はさらに降格になるぞ」


「ハイハイ、ほら案内するから準備しろ」


 マルスはその場にあった自分の荷物をまとめて片手剣の鞘を背中にかけた。何の能力も備わってない片手剣だが雰囲気だけは本物である。マルスはお世話になった佐藤とレイシェルに礼をすると悠人に連れられてその場を後にした。


 部屋を出たマルスは早速悠人に絡まれる事になる。


「いいか? お前がこれから入る班は初回の任務で必ず新人が死ぬ班だってことは覚えておけ?」


「それを改善することがお前の仕事じゃあないのか?」


「お前? 班長だろう」


「ハイハイ、班長の仕事だろ? その汚名を取り消すのは」


「黙れ」


「立派な刀を持ってるのに言葉は切り返せないようだな」


 マルスの一言に悠人はピクッと反応したがそれ以上は何も言わなかった。何か過去にあったな、マルスは悠人の振る舞いで勘付いた。目の動きが落ち着いてない、何か激しい感情に支配されている気がする。今は聞くことはできないがいずれわかるのであろう、彼の闇が。マルスは限りなく境遇が悪い自分にため息をついた。


 入り組んだ戦闘員事務所の廊下を渡ると戦闘員の居住区に出る。ここは名前のとうり戦闘員が暮らす一種の街のような所であり、戦闘員の集合住宅やそれぞれの班の集団スペースもここにある。一旦建物を出てよく整備された歩道を渡ると規則正しく四角い建物が並んだ住宅街へ出てきて、マルスは「これはすごい……」と声を上げた。


 悠人は何も話しかけずとある一軒の建物を指さす。三階建て、屋上ありの他の住居と比べると小さいが立派な建物。


「あれが俺たちの班、通称「新人殺し」の専用棟だ。ここで普段は集まっている」


「新人殺し……が班の名前か?」


「元は東島班だけど周りからは新人殺しで通ってるんだよ」


 ふてくされた態度は拭えてないがさっきよりかはまともに相手してくれている事にマルスは少し傷ついてるな……と内心面白く思った。思った以上に素直な性格で驚く。


「この専用棟には何があるんだ?」


「会議場と訓練スペース、それと休憩用の自販機スペースと消耗品の倉庫。で、俺たちの家はその隣の建物のこれ。お前もここで寝泊りする事になる」


 3階建ての一軒家のような専用棟の隣には四角い集合住宅がありそこが個人の部屋なんだそう。部屋数はちょうど十部屋。悠人は建物に見惚れているマルスの肩を叩きながら話しかける。


「ま、荷物はそれだけだったならまずは挨拶でもしとけ。俺以外に後7人いるから」


「7人もいるのか?」


「他の班からしたらかなり少ない方って言われてるけどな。ほら、靴脱いで入れ」


 玄関の扉を開けると、様々な色の靴が散乱していた。どうやら整理整頓が苦手なグループらしい。マルスは適当に靴を揃えて脱いでいき、玄関の扉を閉める。新人殺し……、若いとは言ってもどんな人がこの班にはいるのか……。


 玄関からすぐの階段を悠人と一緒に登っていく。そして二階へ近づくに連れて声が聞こえてきた。ガヤガヤとした少しうるさい喧騒だ。


「テメ……! 勝手に俺のジュース飲むんじゃねぇよ!」


「名前が書いてないから飲む権利はある」


「まぁまぁ二人とも……新人さんが来るっていうから雰囲気よくしないと……」


 二人が喧嘩してて、一人が仲裁に入ってる奴か。マルスはよくある争い事だなと片付けていた。


「おい、帰ったぞ」


 階段を上がりきってすぐの扉を悠人がバタンと開ける。後ろからマルスも覗いてみたが中は喧騒の割には整理された部屋だった。自分の神殿と少し似ている……と思ったのは気のせいか。灰色の床と壁に覆われて大きめの窓がその場についており、真ん中に大きなテーブルがあった。


 悠人とマルスの存在に気がついたのか、中にいた人物たちは少しだけ凍りつく。悠人はマルスを前に出して簡単な説明を始めた。


「新人のマルスだ。今日から俺らの班だとさ、聞いて驚くが適合魔獣はなし、という結果らしい」


 悠人のそのセリフに中の人物が一斉に「なし!?」と声を上げる。よくみてみると全員本当に若い。まだ二十歳は超えてないな……、見ただけの判断だがマルスはそう確信した。そして、この班の新人殺しの本当の意味も知ることができた。


(アタッカーしかいないってわけか……)


 壁にかけられた魔装をみてマルスはこっそり要領の悪そうな班だと心の奥底で呟いた。魔装の種類を見るに力強さが自慢のアタッカー尽くしの班だった。回復や補助といった能力の者がいないのであろう。つまりはぶっつけ本番。課題しか積もらない人間生活にマルスは大きなため息をついたのだった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート