戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

5発の弾丸

公開日時: 2021年5月25日(火) 19:04
文字数:4,144

 騒がしい夜を駆けて屋敷生活の昼がやってくる。朝は比較的のんびりと過ごした優吾達はテレビを見ながら色々と喋り、誰がジュースのおかわりをするかでジャンケンが起きるといった年相応の展開を見せる。特におかわりは欲しくなかったのだが優吾も成り行きでジャンケンすると勝ち進み、悔しそうに歯軋りをする隼人を横目にオレンジジュースを飲み干していた。こういう時の運などはついているので複雑な気持ちになり、優吾はため息をついた、


 そこから悠人から任務はないことを聞き、今日もなにかと暇だったのでどうしようかと計画を立てる。この屋敷は元々レグノス班が使用していた屋敷であり、1番の売りは広大な訓練場だった。トレーニングマシーンはもちろん、射撃場や高山地帯を再現する部屋などのシミュレーションもしっかりとしている設備であることを思い出したのだ。


 優吾は朝ごはんを食べてからその訓練場の射撃的に向かって精神弾を打ち込むという訓練をひたすら行っていた。撃つ、ひたすら撃つ。こうすることで自分の精神弾の持続力をあげようとしたのである。優吾の撃つ精神弾は彼のメンタル、脳の糖分を使用することで生成される。一瞬の集中力をエネルギーに固めて打ち出す二丁銃の威力を強めるためにはひたすら撃つしか道はない。それが自分が探している理由につながるのかは本人すら分からなかったが優吾はひたすら撃っていた。同時に知覚速度も引き上げてゆっくりになった世界の中でひたすら撃つ。他の者が見ると知らないうちに発射された精神弾が的を貫く様子に驚くであろう。違う時間軸を移動するかのような優吾の高速移動は優吾にしか捕捉できないはずなのだ。


 それなのに……、優吾は奥歯をガリリと噛んだ。準決勝のレグノス班の女性、ギーナ。適合は下級魔獣の空弾魚エアロアロワナであるにも関わらず優吾の弾丸をセンスと経験だけで回避した。あの時の自信に満ち溢れたギラリとした笑みや動揺する自分のせいで味方が犠牲になった瞬間を思い出す。決勝戦、自分の弾丸を真っ二つに斬り落とした戦闘員、見鏡未珠。刀に手をかける瞬間は見えたのに抜刀の映像は頭に流れることなく、一瞬で斬り落とされた。


「お主の力はお主にはむかん」


 未珠の言葉が頭の中で反芻して優吾は「あぁあ!!」と声を上げながら引き金を引いた。ガウン! と火を噴く二丁銃から荒ぶる弾丸は大きく的を逸れて壁にぶち当たる。少しだけ焦げてしまった壁を見て一瞬だけ冷や汗が垂れたが優吾は無視してベルトに銃を掛け直した。


 知覚速度を解除すると体はすでに限界を迎えていたらしく、タララと鼻血が垂れる。痛みも何もなく、ごく自然と流れた鼻血に一瞬だけ怖がりながら急いでポケットのティッシュを丸めて鼻に詰めた。そのまま訓練場を抜けて自分の部屋に戻ろうと思っていると門の方に人影が見える。


 誰かと思って目を細めて確認するとその人物は慌てたようにヒョコッと隠れてオドオドする。優吾はため息をつきながらその人物に近づいて声をかけた。


「何かご用ですか? アンドレアさん」


 女スナイパー、アンドレアはすでにバレていたことを察して恥ずかしくなったのかいつも着用してる黒マフラーで顔を覆う。そして無言でペコペコと頭を下げ始めたので優吾は困りはてた。隼人に見つかったら面倒だ。そう思った優吾はアンドレアを誘って広場へと向かう。とりあえず、二人で広場のベンチに座るとようやくアンドレアが口を開いた。


「あの……えっと……急にきてごめん……なさい」


 こんなに人見知りを発揮するなら喋らない方が都合いいだろうに……、優吾はそう思いながらも嫌な顔を隠して声をかける。


「構いませんよ。それで? 何かあったんです?」


 アンドレアはその一言に安心したのか黒マフラーをゆっくりと外していった。汗で少し蒸れた顔があらわになる。ロングの金髪、紅い目、無機質なように見えて感情がよく現れる顔。そして露出を完全に抑えたジャケットとズボン。目を少し逸らしながら辿々しく話す様子は初対面の時と同じらしい。


「大原君さ……あれからぁ……大丈夫なのかな? って心配になっちゃって……。お屋敷に引っ越したことを安藤に聞いたから……ここに来たの」


 わざわざ来る意味はあるか? 優吾はうぅむ……と考えた後にフッと笑う。


「心配駆けてすみませんでした。でも……俺はこうやって怪我もないですし……俺よりも心配すべき人がいると思いますよ?」


「でも大原君……鼻……」


 アンドレアの視線が自分の鼻に向いていることを知った優吾は「うっ……」と声を漏らして顔を逸らす。


「これはただの訓練での怪我です。この前の亜人襲撃の怪我なんかではないんで」


「顔色も……」


「それも今日の訓練」


「身体中の汗は……?」


「それも今日の……」


「本当に訓練なの?」


 訓練……だろうか? 優吾もそろそろ分からなくなってきた。自分は何がしたかったのであろうか? 自分探し? 違う。訓練? 違う。ただの八つ当たりだ。周りは昔よりも大きく進歩しているのに自分だけが取り残されてる気がして怖くなっている優吾がいる。焦ってしまい、射撃的に八つ当たりする優吾がいた。そんなことしても意味がないってことは優吾本人も分かる。そうであっても怖さを拭うためにはああやって叫ぶしかないのだ。


「俺……やっぱり引けないんですよ」


「……?」


「撃つ時になったら……怖くなって引き金が引けない。俺自身が……どうにも好きになれないんだ。女々しいことは重々承知ですよ。でも……やっぱり俺は引き金が引けなくなる。想定外なことが起きるのが戦闘員の醍醐味だ。それなのに、それなのに俺は引き金が引けなくなるんだ。揺れんだ、心が。俺には……何もないんだって」


 優吾が分かるのはそこだけだ。ノートに板書して勉強するより人を救いたい。この想いで戦闘員という生き方を考えた優吾。ただ自分になかったのは戦闘の才能と少しの覚悟だった。覚悟がない。こんな腐ったような戦闘員の世界で戦う覚悟がない。昇はどうだ? 悠人は、隼人は、マルスはどうだ? 夜眠ると心の中にいる彼らが優吾を見て笑うのだ。「意思のないやつ」だって。優吾はそれが耐えられなかった。悠人は気にせず話しかけてくれるし、他の仲間もそれは変わらない。慎也だって今だに優吾のことを尊敬してくれている。だとしても優吾自身がそんなことをされるべき人間なのか? と問われれば自信を失うくらい、優吾の心には余裕がないのだ。慎也を生き残れるように色々と育てたことは単なる優吾のエゴだろうか? それさえも分からなくなっている。


「でも……私と一緒に高層ビルから飛び降りる覚悟を決めたんだから……」


「さぁ……そんなに自己犠牲を行える仕事でもないですけどね」


 アンドレアは優吾の言葉に押されそうになったがグッと耐えて声を大きくして話し出す。


「体が勝手に動くとかない? アレってそうでしょ? そこに理由なんてないでしょ? 体が勝手に動いて東島班を勝たせるために動いたんだよね? あの時の大原君の目を見たけど……本気だった」


 急に何言い出すんだこの人? 優吾はジッとアンドレアを見る。いつもはここで「ひぐぅ!?」と縮こまるアンドレアだが今日は違う。真っ直ぐ優吾の眼を見て話している。優吾は初めてアンドレアと同じ目線を共有し合うことができた。真っ正面から見える彼女の目は自分とよく似ている。頼りないのだが奥底までスコンとしたような不思議な目だ。今ではなく、どこか遠い景色を見ているような。


「人を護ることは大原君はできる。意識してないだけ。それと焦ってるから……見失ってるだけ。君は自分が思う以上に動くことができてる。でもね、そんな動ける君自身を見失ってたら心の自分も何も返事してくれない。気がついてくれないんだから。思い出さなくてもいいから。差し伸べられた手だけに気がつく柔らかい心は持って。あなたがいう見鏡副班長も、ギーナ副班長も。みんなアナタを期待して手を差し伸べてくれたのよ? だから……そんなに自分の体を傷つけるのはやめて。その手を振り払って、自分を壊して……戦闘員って名乗っちゃダメだよ」


 それらを言い終わったアンドレアはフーっと長い息をついて優吾の銃を見た。よく喋る女だ。優吾はハキハキと想いを吐露したアンドレアにギョッとして優吾自身が目を逸らしてしまっていたことに気がついた。ギーナも見鏡も手を差し伸べてる。分からないことの一つ、何故自分とわざわざ話をしてくれたのか。弱さが分かっているならすぐに斬れば良かったではないか。そう思う優吾の脳髄に一種の電撃が走ったような感覚になる。


「大原君の銃……実弾って入る?」


「え? あぁ……はい」


「見せて」


 急に何を……? と言い返しそうになったが今日はアンドレアの気迫に押されてしまい、そっと銃を見せた。弾入れをジャッと開いて見たアンドレアはポケットから弾丸を出す。彼女の魔装だった。バチバチと紅色のスパークを放ちながら形が変わっていく弾丸。彼女の弾丸は全ての銃に合うような形に変形する。優吾の銃の形を覚えたアンドレアはそれに合うように形を変えていく。ある程度になったところで優吾に手渡した。赤色の筋が入ったアンドレアの弾丸。優吾が使っても何も変わらないただの弾丸なのに。貴重な消耗品をアンドレアを手渡したのだ。


「お守りで持ってて。5発まで……あなたにあげる」


「あ……どうも」


 アンドレアの弾丸。従来の弾丸よりかは威力はあるだろうが優吾が使っても能力は使用できないのでなんの意味もない。どうして消耗品の魔装である弾丸を自分にくれたのか分からなかったが優吾は自然と弾丸を受け取っていた。そして弾丸をギュッと握る。差し伸べて手に気がつく力。優吾はキッと唇を一瞬噛んで目を逸らすまいとアンドレアを凝視した。


「ありがたく、受け取ります」


「……頑張ってね。もう大原君は私達以上のところで頑張ってるんだから」


 優吾は頷く。アンドレアはそんな優吾にクスッと笑って去っていった。徐々に小さくなる彼女の背中を見送りながら優吾は5発の弾丸をギュッと握りしめる。半端な弾丸じゃあダメだ。そんなのでは貫くことはできない。実弾を装填して敵を撃つ……。実弾、優吾の実弾はどこにあるのか? 5発の弾丸をポケットに入れて彼は短いため息をついたのだった。

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