亜人騒動になってから何回訪れることになったのか分からない会議室、集められた戦闘員はテーブルに置かれた書類を見ながら隣の副班長やレイシェルに話しかけるばかり。真ん中あたりの席で書類を閲覧する悠人は隣に座っているサーシャから頭を小突かれてハッとした。
「ちゃんと話聞いてる?」
「……あぁ、聞いてる」
悠人の目の下にはクマができ、非常に体調が悪そうだった。話が右へ左へと流れていっている悠人をずっと見ていた翔太が机をコンコンと叩いて話を中止させた。
「東島、会議中に寝るなら出ていきな。場所違いだ」
全員、悠人が何故思い悩んだ顔をして生きているのか知っているが仕事中に私情を持ち込まれては迷惑だった。目を擦ってその場にいろうとしたがグスタフが悠人の肩を掴んで頷いたことで何かのカタが外れたのか空っぽな顔で会議室を悠人は後にした。
「会議の内容は後で伝えます」
「よろしく頼んだ」
悠人の分の書類もかき集めてメモ書きを再開したサーシャ。今は悠人よりもサーシャの方が頼り甲斐がある。悠人が部屋でベソをかいている間は他班との打ち合わせや連絡などを欠かさずにやっている。彼女は「ずっと寝ていたから今度はアタシの番」と言っていたが今日に至っては少しだけ不満が見え隠れしていた。
会議にはレイシェル、八剣、福井、サーシャ、翔太、堀田が出席。鳥丸と木原、安藤は任務中だった。今回の会議は遠征任務の一次出発組を決めることが目的だ。新人殺し達が出向く遠征先は支部から片道7時間は離れている山岳地帯だ。麓の町で寝泊まりをしながら周囲の探索を進めていく。亜人の拠点があるであろう予測地点はその何処かにある。
遠征に向かう班としては八剣班、福井班、東島班、遠野班はもちろんのこと、補助は堀田班だけとなった。前回の任務で鳥丸、木原班は亜人には到底敵わないと判断したからだ。それでも堀田班が会議にいるのは本人が勢いよくレイシェルに頭を下げて頼み込んだからで生き残った班員、間田も同じ思いだった。が、戦意はあっても亜人相手には歯が立たない可能性が高い。連れていくかどうかはすぐには決められなかったのだ。
「続きを話すぞ? 今回の遠征任務は我が極東支部の主力戦闘員が遠征で留守となる。付近の魔獣討伐やその他任務は残りの班に任せることになる。我々の予想だと戦力で言えば支部残りの班でも申し分ないが些か不安だ。遠征班を二つのグループに大きく分けて出発をずらすことでその対応を行う予定だが皆はどう思う?」
「遠征グループを二つに分けるというと……一度に大勢の主力を出発させるとピンチになるから半分残してある程度の期間戦力保持するってことです……よね? えっと……合ってますか?」
「合ってる。エルフィーの不安は最もだな。戦力がガラ空きになった支部を襲撃されればひとたまりもない。もしそんなことがあれば本当の悲劇だ。その対策としてまず、新人殺しとタクティクスが遠征に出発。確かな痕跡が発見され次第、遠野班と八剣班、そして行くことになるなら堀田班が出発する」
ペンをサラサラと動かしてメモ書きを続けるサーシャ。元々メモなんて書き記すことはない性格だったがパイセンが今日やることを付箋に書いて一つづつチェックして生活するのを見てサーシャも付箋やメモを活用するようになったのだ。翔太はチラリとサーシャの書類やメモを見てみたがかなり線を引く場所や端書がかなり丁寧で昔の自分とは大違いだと目を丸くしていた。
「おばちゃん、一個質問。俺も遅れて出発には賛成だ。知る限りの近道使って追いついてやるよ。けど、それを逆手に取られたらどうする? 痕跡という名の囮を用意している可能性がある。この支部の戦力をガラ空きにすることが目的になる可能性も……なくはない」
「遠野、でもそれはこちらの考えが全て探られた上での話じゃないか? 亜人が戦闘員側の考えを熟知しているなんて……」
「いや、あり得るぜ? 稲田が犠牲になった襲撃、研究所のデータ奪還の時も亜人はこちらの動きを完全に把握していた。それはここに情報を横流しするスパイがいたから。それは話聞いてただろう? 彼女、暇さえあれば戦闘員の任務録を読んだりと情報収集に暇がなかった。……色々なパターンを考えているのは俺たちだけじゃないと思った方がいい」
「ん……んぅ。分かった」
「スパイだけじゃないわ。私達よりも圧倒的に長い命と経験がある。戦力の保持を確実に行いながら全員が出発できる方法を考えないとね」
亜人との交戦は薄くても稲田やレグノスの犠牲から只者ではないと見抜いている翔太と紅羽。堀田は何故自分の仲間が死んだのかを改めて突きつけられた気がした。唇を噛みながら資料を見て考える堀田を横目に、サーシャは今までの亜人達の特徴を思い出していた。
「今までの亜人が突然街や森に現れたのはベイル・ホルルの瞬間移動があってこそ。もう彼はいません。亜人がこちらの意表をついた急襲に来ることはないかもしれないんですけど……」
「そうじゃの。空の勇者の死は彼奴らにとっては大きな痛手じゃろう。じゃが瞬間移動がなくてもおかしな移動をする方法はまだ残っているはず。今一度、亜人の目的を復習することから始めた方が良さそうじゃ。何故妾達を嫌悪して襲いかかるのか」
「それは人間が嫌いだからじゃないんですか?」
「それでないわ。妾達戦闘員を狙って襲うことじゃ。彼奴らの力だと妾達に構うよりも民間人を襲った方が多くの成果を残せるからの。そうでもせずに妾達と決闘まがいのことを行うのは何か引っかかる。一部の亜人は楽しんでいるだけじゃが……な。エリーのやつを見た時にふと思ったのじゃ」
こめかみを少し抑えながらウンウンと唸って話してくれたことをサーシャは反芻していた。自分達と他の人間とは違うところは何だろうか、ピックアップするべき特徴をつまみ出してサーシャは考えていたが一人で結論づけるのは危険だという答えしか思い浮かばない。
「……今は分からないです。でも……交戦経験は私達が多いのは確かですよね?」
「そだね。サーシャちゃん達は亜人戦を何回も経験してる。でも……今ここでは答えでないと思うなぁ。この話は一旦保留で良さそうよ」
中々答えが出なかったサーシャのフォローに回った柔美は話の流れを変えて手を軽く上げた。
「遠征先の街……大丈夫なんです?」
現在戦闘員の評価は落ちる一方なのだ。報道や特集の影響あってかあまりよく思われていない戦闘員世論も過激なものになりつつある。遠征先で調査を行い、もしも亜人がその近辺を襲おうものなら周辺の町民から何をされるかわからない。ある意味では民間人を救う対象とし、敵としても見なければならないのだ。
「その心配はない。……もう随分前に極東支部を辞めた人がその近辺に住んでいる。食糧や物資、仮住まいは彼に依頼済みだ」
「……新島は元気にしておるのか?」
「えぇ、彼はその町で小さな商店を営みながら生活しているそうです。幸い、戦闘員に理解ある方々を見つけて物資提供をしてくださると」
一人懐かしむような表情をしている未珠、この会議に出ている半数が初めて聞く名前の人物だった。当然、サーシャは知らない側の人間だ。この中で知っているような素振りを見せているのは未珠、玲華、翔太、紅羽の四人だった。いずれにしても未珠と関係のある人だけ知っているような雰囲気。
「新島のおっちゃん……いや、新島豊さんはとっくの昔に解散した班の副班長をしていた人なんだ。そっか、今は商店のおっちゃんになってるんだな。久しぶりに会うのが楽しみだ」
「遠野班長は会ったことあるんですか?」
「あぁ、と言っても手で数えれるほどだけな。戦闘員やめても先生がずっと連絡とってる人だ」
「奴が送ってくれる酒は上等なのじゃ」
ウンウンと頷く未珠と玲華。心なしか玲華の口元が緩んで唇を噛み締めている。味を思い出しているんだろうなとサーシャは思ってからまた一つ、気になったことがピンときたので翔太に向き直った。
「副班長なんですよね? その班の班長さんは今どこで何をしているんですか?」
「……班長は……」
翔太は扉の方を見て開くことがないのを確認すると砕けた表情からキュッと引き締めて硬くなる。自然とサーシャの表情も同じように引き締まった。頬杖をついて指を数回トントンと机に当ててから思い出すようにして話し始める。
「先生が班長をしていた頃……と言っても、俺が戦闘員になるよりもずっと前にあった班なんだ。当時の序列は2位と3位を行き来する強者班だった。その班のあだ名は『武者揃え』班長の名前は悠介、東島悠介だ」
心臓が一瞬だけ掴まれたような気がして胸を抑えたサーシャはそのまま食い入るように体を前に傾けて聞いていた。
「それってもしかして……」
「お前んとこの班長、東島悠人の親父さんだよ」
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