「お待たせ〜」
「お前なぁ……」
気分が良さそうに全員の分の食事を持ってきてくれた隼人と会計の計算をしている慎也が席までやってくる。隼人の腕からは手のような半透明の結界が出現しており、それが食事が配膳されたトレイを持っていた。蓮はその姿を見て歯痒いような表情をする。
「食堂で魔装を使うなって何回言ったらわかるんだよ」
「これの方が重さを感じないし沢山運べるから都合がいいんだよ」
「やめてくれよ、マジで。今日は俺もお前も死にかけた仕事の後なんだぜ? もう魔装見たらあの電流を思い出してしまう」
ブルルと震えてから「ハァ……」と頬杖をついてため息をする蓮。まぁまぁと仲裁に入る慎也。ジーっと見つめる優吾。マルスはどう立ち振る舞えばいいのか分からなくなって「えっと……」と声を上げる。ハッとした慎也がマルスの前に食膳を置いた。
「お腹、空いてますよね? どうぞ」
名前は少しだけ聞いたことのあるが食べたことはない下界の食事。ホカホカとした温かみを感じ、香ばしい香りを嗅ぐと不思議と食欲が湧いてくる。みんなが二本の棒を持って食事を取り始めるがマルスはこの棒の使い方がよくわからない。キョトンとしていると隼人が声をかけた。
「もしかして箸の使い方わからないのか?」
「ハシ……?」
「これだよ、ちょっと待っとけ」
隼人は席を立って食事を受け取るカウンターまで走って行った。何のことかさっぱりなマルス。蓮を見てみると二本の棒を巧みに使って食事を取って食べている。
「げか……、いや違う、この国の人はこの棒で食事を取るのか?」
「箸のことだろ? そうだ、そういえばマルスって北欧出身だっけ? じゃあ日本の箸や食事は初めてなんじゃないか?」
「そう……だな」
「いいぞ〜、日本食は」
ニマーっと笑う蓮を見てマルスは少し安心したような感覚になったことを知った。
適当に言った北欧という設定。案外使い勝手のいい。おかげで自分のことが怪しまれないのは想定外である。ということを思いながら
初めて蓮の笑顔を見た気がして、今までクールキャラだと思っていたマルスの評価が少し変わった。本当は話が大好きな人間なんだな……、マルスの中で蓮は人嫌いから人見知りであるという評価に変わる。
「お待たせ、スプーンとフォーク持ってきたぞ」
カタンと金属の食器を置いた隼人。これには見覚えがあった。神は食事の必要がないのだが自分以外のサボってばかりの人間側の神はこの食器で美味しそうな食事を食べてたっけ。空腹感も満腹感もなく、ただ美味しいから食べていた神達。自分は食べなくてもいいならとチェスをする毎日だったが。初めて持つスプーンでまずは白いものを口に入れた。
ホクホクとした食感で少しネバリというか……噛んでる気がしない時もあるが噛めば噛むほど甘味が溢れるようで美味しい。白い料理、これは……ご飯というものだったか、マルスは記憶の中から必死になって名前を引き出していく、ご飯にサラダに……と見ていくと一つの料理が目に入った。
狐の毛のような色のタレが光に反射して輝いている。フォークで刺してみるとガリリと音を立てた。それを口の中に放り込んでみる。途端にマルスの口の中に味が膨れ上がった。シャキシャキした歯応え、甘辛いタレ、その他具材の味が申し分なく広がっていく。こんなにも美味しい食事を食べたことはなかったマルスは目を見開いて食べた。そのスピードがとんでもなく早かったのか、慎也が声をかける。
「きんぴらごぼうが……好きなんですね」
「これはキンピラゴボーと言うのか? これほどうまい食事はないだろう? どうしてこんなに小さな器に入れてある?」
「マルスさん、メインはこっちです。これはサブ」
「これが予備軍だと!?」
マルスは声を上げた。こんなにも美味しいのに……、サブ付されているとは誠に信じがたい。献立を慎也から教えてもらうとご飯、とんかつ、サラダ、味噌汁、そしてキンピラゴボーだった。とんかつもサクサクして美味しかったし、味噌汁も啜ってみると出汁がよく効いた温かくなる料理だったことに作ってくれた人の愛情が伝わる。
そのまま、食事を終えたマルス達は食堂を出た。人形の体になると満腹感という感情が出るようになり食事が非常に快いものだと知る。あんなに危険な目にあったのに何故か「もういいか」とどうでも良くなってる事実にマルスは少々驚愕した。
「マルスさんはこれからどうするんですか?」
「これから?」
「もうそろそろ夕方ですし、僕達は家に戻ってゆっくりしようかと思うんですけど……」
「そういえばまだ部屋を見ていなかった。荷物の整理でも行おう」
マルスは一旦集合部屋に置いた荷物を取ることにした。部屋の中には人はおらずその代わりに集合住宅に明かりがついていたので個人の部屋で過ごしているのか、と少しだけ安心する。何となくだが東島と話すのは気が引けたのだ。
荷物を取ると部屋の中にある鍵を慎也からもらい、集合住宅まで行って一番端の部屋を指差す。
「この班の中で1番の新入りさんだからこの部屋ですね」
おそらく新人殺しであるから入る人が少ないのであろう。10部屋だけの物寂しい集合住宅だ。横列に並んだ建物に規則正しくドアが並んでいる。マルスの部屋は一番奥だった。
ガチャンと鍵を開けてみると中は整った部屋だ。飾り付けも何もされていない無機質な部屋で何となく自分の神殿のようでマルスは心から落ち着くことができた。玄関から、洗面所、風呂、トイレ。居間は台所と小さな木製の机、2人がけのソファまで用意されてあり、洗濯物を干すだけの小さなベランダがあった。
「それとこれですね」
慎也はマルスの書類と一緒に薄い板のような物を手渡した。モスグリーンを基調とした画面付きの板。スイッチのようなものがありそこを押してみると電源がついて画面に自分の名前が表示された後、ホーム画に切り替わる。
「これは戦闘員の通信機です。任務に行ってる時に設定してもらっているから、僕ら『東島班』の連絡先は勿論、ここ戦闘員の施設の連絡も可能です。急に体調が悪くなった時は救護班、武器の手入れが必要になったら研究班と連絡すればいいですよ」
「すまんな、丁寧にありがとう」
慎也はその一言だけを聞くとパヤーッと顔を明るくして帰っていった。ありがとう、という言葉にそこまでの嬉しさが込み上げる理由はあるのか? と少しの間物思いに沈んだがマルスはすぐに気を取り戻して武器を取って部屋を出た。
自分の武器について知りたいという思いがあった。明日からはリハビリという休暇に入るがその間にも訓練は必要だ。自分の武器についてもっと知ろうと思ったのである。集合部屋の上にある訓練場でも良かったがマルスの武器は間違えれば施設を壊しかけないので適当な広場で行おうとしていた。もう日は落ちて辺りは静寂に包まれており、幾分か涼しい。
広場についたマルスは鞘から剣を抜いて武器名を呟く、剣には赤色の線が宿り起動した。まずは突発的に編み出した蛇腹剣。あの蛇腹の形をイメージするとパラリと剣は変形して鞭状になる。そして縦、横、斜めに振るってみてどういったウネリを生むかを確かめた。剣ではなく、蛇だと思えば扱いやすい、うねる蛇を制御していると考えれば上達は早かった。
あえてウネリを加えている時に元の剣に戻してみる。ガチン! と音を立てて奇妙な角度で剣になったのをみて咄嗟の迎撃で使えそうだと新たな発見をした。マルスの武器の長所は弱点を埋めることができる。短所は弱点を発見しないといけないこと。マルスは必死に剣の形状を覚え、実戦で使えるかどうかを判断していった。
頭の中の兵器を右から左まで思い浮かべながらどうやれば対処できる? と自分自身に問い詰め、剣を振るった。時にはその兵器を真似る時もあった。その時、コツコツとした足音と同時にマルスの背後で声がする。
「よ、先客がいたとわな」
ハッとして振り返るとその人物はベルトに投げナイフを吊した男、蓮だった。任務中の服とは違って今はダラけた服装をしている。オーバーサイズのロングTシャツとズボンで靴は青色基調の紐が綺麗なスニーカーだった。
「蓮……?」
「お前も武器の小手調べみたいな?」
「まぁ……」
「手合わせ、してもらってもいいか?」
蓮はベルトから吊り下げたナイフをジャッと両手に収める。扇のようにナイフが手のなかに収まるのをみてマルスは手慣れている、と少し警戒した。
「少しだけだぞ?」
「お前ならいうと思ったよ、軍隊鳥」
蓮の声に反応してナイフに青色の線が入り何本か投げつけられる。マルスは反応できる速度だったので打ち落としてさらに距離を取ったところで蓮のベルトに残った一本のナイフが光を帯びた。あれは引き寄せる親ナイフである。そう思っているとマルスの予想を超えて、蓮が引き寄せられてナイフを取り空中で構えてナイフを打った。
どうやら親ナイフに引き寄せるどうこうは関係ないことが見て取れた。沢山あるナイフ、そちらを子ナイフと呼ぶことにすると親と子は鎖のように繋がっており常時親ナイフを携帯しておけばナイフと一緒に高速移動が可能になるということ。汎用性が高い。マルスが回避すると蓮は急降下を開始してマルスの背中をついた。
ジャッと音が鳴って首元を捉えられる。
「終わったな」
その一言でマルスは自分が負けたということを理解した。振り返ると蓮は残りのナイフをゆっくりと引き寄せて数を数えた後、能力を解除してベルトにかけた。マルスも剣を鞘にしまう。
手合わせにしては危なくないか? と冷や汗をかいていると蓮は相変わらずの茶目っ気な笑顔でマルスに話しかけた。
「マルス、あの速度に反応できるのはスゲェよ。けどな、魔装を体の一部だって思えてない」
「どういうことだ?」
「自分の魔装は自分しか扱えない物だろ? だから体の部位だって思うんだよ。俺はいつもそうしてる。能力は『引き寄せる・引き付けられる』だけど、考えによってはさっきみたいな移動も可能。日を追えばわかるようになるさ」
「……そうか。そういえば蓮はいつから戦闘員として働いている?」
「そうだなぁ……、今が17だから二年前ぐらいから。中学を卒業してからだな」
「学生で戦闘員になったのか?」
「学生ってもんでもないよ。ちょっと話すか」
蓮は近くにあったベンチに座った。マルスも隣に座る。青白い月が照らす夜の中で蓮は小さくつぶやいたのだった。
「俺は……愛されてなかったんだよ」
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