戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

撃鉄を降ろせ

公開日時: 2020年12月23日(水) 22:13
文字数:3,551

「なるほどなぁ……そこまで進んだか」


 薄暗い建物の中で木箱を椅子の代わりにして座っている一人の男性がいた。影に隠れる顔にはホリの深い印象を浮かべ、咥えるタバコからは煙が上がる。軍服ジャケットは長年使っているのか煤のような黒い汚れが付着していたが返ってそれが美しい。


 男性は不適に笑いながら通信を班員全員に送っている。経験から生まれる強さがこの班の凄みであった。自分たちの魔装が弱いのは知っている。知っているが故に彼はそれを理解し、そして受け入れて班を動かしているのだ。相手が課金勢としたらこちらは無課金勢。ハイドネーム班長、レグノスは木箱から飛び降りて不適に笑った後に全班員に向けて通信を送った。


「うーし、全員配置についたな? ここからは俺たちのシナリオ通りに進めていくんだ。稲田達を破ったことはちと驚いたが……まだまだひよっこなガキ達だぜ? 俺の部下ならのたうち回って死ぬぐらいの覚悟があるよなぁ?」


 通信機からは班員の威勢のいい声、「やぁ!」と返事が返ってくる。レグノスはいつも通りの班員であることにフッと笑った。自分たちは戦闘員、金のために命を捨てた拾い兵達なのだ。レグノスは差し込んでくる日光から時間が経ったことを判断。その場でニヤッと笑って力強い声をあげる。


「ちげぇねぇ……、う〜し。始まりだ。レグノス班式の楽しい歓迎会を開始する。死ぬとは誰も言ってないぜ? お前ら、撃鉄を降ろせ!!」


 〜ーーーーーーー〜


 マルスと香織は無事に優吾と慎也と合流。手当した慎也の傷がマシになってくるまでジッと待機していた。圧迫止血で香織が上から慎也の傷を押さえて血を止める。ガーゼが慎也の血で滲み切った頃、彼の出血は止まった。


「うん、血も止まったね。でも圧迫止血だから油断はできないわ。慎也は私達の後ろにいたほうがいいかも」


「ありがとう、香織ちゃん」


 慎也はゆっくりと立ち上がってギュッと巻かれた包帯を見る。それから何歩か歩いたり、ポンポンと縦に飛んでみて「問題なさそうです」と報告する。心配をかけまいと笑顔になる慎也。マルス達は頷いた。


「マルス、そろそろ移動しよう」


「そうだな」


 今のところ、敵が見えないのでマルスは移動を決意。慎也を囲い込むような形で隊列を作り、路地の移動を始めた。しかしなんたることか、この戦闘演習は必ずと言っていいほど運は相手に微笑むようである。自分達が向かおうとした場所から見えるだけで6、7人の戦闘員がアサルトライフルを構えてるではないか!


「いたぞ、こっちだ!」


 そして一斉射撃を受けそうになるがマルスは咄嗟に魔装を盾のような形に変えて大惨事になることは防げた。そのうちに香織が始末しようとして前に出ようとしたが優吾に腕を掴まれて止められる。


「早まるなよ、ここは撤退だ」


 その言葉を聞いた香織はマルスを見てからうなづく。マルスは肩越しに優吾に口を開いた。


「優吾、コンテナ地帯だ。あそこなら少し開けてるから相手ができる」


「わかった」


 優吾は慎也を抱えて、香織とマルスは後方を気にしながら撤退を開始する。敵のライフルもやっぱり魔装であったが少しだけリロードが必要らしくその隙に逃げることにする。慎也はうまく走れないので優吾が彼をおぶさって香織、マルスと共に疾走した。もとよりこの新人殺しは走ることに慣れているので逃げることには困らない。なんとかさっきの路地から来た道を戻ってコンテナ地帯へと戻ってくることに成功。少し開けたところに来て優吾は慎也を降ろした。


「すみません……」


「気にするな」


 二丁銃にエネルギーを補填しながら優吾は返事をした。そしてマルスと香織も戦闘体勢を取る。やってくる部隊、6人ほどを相手する予定だったのだがいきなりカッ!っとしたライトで目をつかれてマルス達は思わず視界を奪われてしまった。ライトはコンテナの上から照らされている。自然な動作で目を覆うことになるがうっすらと周りの光景が見えてきた。一帯には20人近くの戦闘員がライフルを構えており、またしても敵のシナリオ通りに……? とマルスは冷や汗を垂らした。あの路地の部隊はここへ引き戻すための囮だったようである。


 そのアサルトライフル部隊の中で唯一の女性、達者な口笛を吹きながら姿を表す女性がいる。ボサボサの赤髪ロングを背中に流し、軍服ジャケットの中には黒色のタンクトップを着用。全体的に筋肉質な体型が目立つ女性で左目は火傷の後か爛れており右目だけがマルス達をギラギラと見つめている。女性は口を開いた。


「一応警告するけど……リタイアする気はないね?」


 マルスがふざけるなと言おうとすると辺りにドパン! という音が響いた。優吾が舌打ちをしながら引き金を引いていたのだ。話している隙に発砲。慎也は「優吾さんもお約束を知らないの……?」と呟いていたがマルスはスルー。誰もが予想外の発砲に加えて彼の知覚速度を使えば一方的な射撃が完成していた。それが女性の顔面に直撃する。ゆっくりと倒れる女性。


「ギ、ギーナさん!」


 周りの戦闘員が発砲を受けた女性戦闘員の名を心配そうに見てから警戒した表情で突撃をしようとした。マルスも迎え撃つまでと剣を構えようとすると撃たれたはずの女性がが「フフフ……」と笑いながら周りの戦闘員を静止させた。


「こけおどしも効かないのかい? 坊っちゃん。アンタの弾はあーしが避けたよ。ほら」


 ギーナが親指でさした先には弾丸の焦げがつくコンテナが見える。その焦げと女性を目で追って全身から嫌な汗を吹き出す優吾。目の泳ぎ方や動揺の仕方がいつもの優吾を狂わせる。


「う……そだろ……!?」


 普段は冷静沈着な優吾の表情がこれ以上もないほど歪んでいた。こんなことあるか? と認めたくないような顔である。そして銃を持つ手がワナワナと震えている。マルスもおかしいぞ? と不審に思う。優吾の能力は知覚速度上昇。正直言って音が聞こえた頃にはもう優吾は射撃を終えているほどの速度で発砲したので常人では認知できない速度のはずだった。


 マルスはそのような魔装をギーナという女性は持っているのだろうか? と思ったがそれを見透かすかのようにギーナは背中に背負ったライフルをマルス達に見せる。


「あーしの名はギーナ。魔装はこのアサルトライフルだ。安心しな? 能力なんてもんはこいつらと一緒。ただあーしのは弾が切れないだけ」


 嘘偽りもないようなことにマルスは目の前の女性に恐れをなした。そしてさっきの会話を聞くにギーナの魔装はアサルトライフル。能力は無制限に撃てる弾丸。さっきの優吾の射撃を回避した理由になってない。会話のトーンや相手の余裕そうな表情から嘘を言ってないことがわかるがそれゆえに信じられないことがあった。


「経験だけで……優吾さんの射撃を回避できるなんて……」


 慎也がマルスの気持ちを代弁してくれる。このギーナという女、強い……! マルス達は覚悟を決めてそれぞれの魔装を起動させた。ギーナもレロリと舌なめずりしてライフルを構える。


「そうこなくっちゃあねぇ? 空弾魚エアロアロワナ


 そんなマルス達にギーナはニカっと笑って突撃を開始した。魔装を起動させたギーナはなんと生身の速度で優吾と同等のスピードで接近してくる。やっと優吾がギーナの姿を認知した時には彼の腹部に鋭い正面蹴りが打ち込まれた後だった。


「グホォアア……!」


 苦悶の表情を上げて少しだけ唾を吐き出す優吾。そんな優吾を見ながらギーナは不敵な笑みを浮かべてライフルを撃ち込もうとする。マルスは咄嗟に剣を抜いて背後からギーナに斬りかかった。背後が無防備だったのでマルスはすぐに斬りかかるがギーナはなんと蹴りの姿勢を保ちながらノールックでライフルの引き金をマルスに向けて引く。


 ダラララ! という音だけが聞こえてマルスの肩は撃ち抜かれた。弾の射程や姿が全く見えない。ただ肩を撃ち抜かれた痛みが発生する。マルスが肩を見るとマントは血で滲んでいた。弾はどこだ!? という疑問と肩を撃たれた痛みが凄まじく一旦距離を取って落ち着こうとする。


「アンタ達もやりな」


 そしてギーナの号令で周りに待機した戦闘員が一斉にマルス達に射撃を始めた。マルスは剣で自分を包み込むような形で防御する。そしてこの実力で相手の適合は下級魔獣であることに戦慄した。ここには上位適合の香織がいるがこれだけの数がいれば関係ない。下級魔獣を適合として魔装を製造したこの集団が3位に登り詰められた理由、人数差。


 ただ闇雲に数で押し切ると言った戦法ではなく、シチュエーションと仲間の良し悪しを考えてシナリオを作り敵を自分の思い通りに誘導する班長のレグノスとこの目の前の女性、ギーナに恐れをなした。優吾を助けてやりたい気持ちもあるが今は相手ができない。仕方なくマルスは後方へ移動し、周りの戦闘員と対峙するのであった。

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