アジ・ダハーカを発見したマルス達はルイスの指示に従って抜け道を使いながらゆっくりと近づいていった。なるべく姿勢を低くしながら路地を通っていく。生ゴミのような匂いで溢れる酷い道だったがそんなの関係ない。その先に行くと雑居ビル内に余った駐車場を利用したアジ・ダハーカの巣があったのだ。
必要のないビルは凸凹に溶かされており、肩を伸ばして動けるほどの広さだ。元の魔獣と大きさは変わってないらしく、10メートルほどの高さに合わせて尻尾を含めると20メートルの大きさの魔獣だ。駐車場の原型はなく、中央が寝床であろう。その寝床にトグロを巻きながら居眠りをしていたのだ。
「器用なものだ、四足でトグロを巻くなんて」
「元の習性なんだろう。しかしラッキーだ。思いの外。深く眠っている」
黒と紫色が混じったような鱗、閉じているが菱形のような形に見える目、しなやかな割に太めの前足にバネのような作りの後ろ足。なによりも特徴的なのは盛り上がった肩から伸びる第二、第三の首であろう。元の頭と同じく、二本のツノが生えた龍だ。
「どうしますか?」
龍の姿に見惚れていたマルスとルイスを横目に香織は冷静だった。研究所の一件があったことから香織はいつマルスがまた暴走するか分からない不安に襲われている。龍どころではないのだ。
「一気に叩こう。この手のは頭を潰せばいいはずだ」
「仮に撃破できなくても致命傷は与えれるからな」
「さすがマルス君。そういうことさ」
眠るアジ・ダハーカを片目にマルス達は武器を取り出しながらお互いの目を合わせあった。
「頭が三つ、こっちも武器は三つ。巨獣なら一つは潰せそうです。でも……他の二人は一撃で倒せるの?」
「私は問題ない。君も十分な威力だろう。ただ……」
「問題は俺というわけか。一ついいか?」
「何かな?」
「あれは首を斬っても問題ないはずだよな?」
「おそらくはね。少なくとも、元の魔獣はそれで絶命する。そうなった場合、完全に斬る必要があるが」
「なら問題ないさ。黒戦大鎌」
柄から抜いたマルスの剣は赤黒い灰を纏いながら変形していく。大きく剣が伸びたと思えば首をもたげるように垂れ下がり、持ち手も大きく伸びてそのサイズに合わせるように調整されていった。まるで大鎌のような姿となったマルスの剣を見て「わぁ」と声を上げたのは香織である。
「すごい、新形態だ」
「俺もただ、時を過ごしていたわけじゃないんだ」
黒戦大鎌、とにかく「斬る」ことに特化した黒戦剣の新形態である。元の剣形態よりも一撃の威力が高く、骨や装甲を断ち切ることを前提に設計されてあるのだ。対人戦や高速戦闘ではまだ訓練不足なので扱いづらいが図体がデカイ敵を相手するのなら問題ない。
思った以上に上手く加工が済んだところを見るに、右腕から侵入した魔石の影響か、魔装の扱いやすさや身体が軽くなる感覚も以前と違う。体に何かが起きていることを念頭に入れながらルイスと香織に準備ができたことを伝えた。
「よし、それならやろう」
「了解」
「理解した」
トグロを巻くアジ・ダハーカに対して阿吽の呼吸でマルスと香織が空中へ飛ぶ。一歩遅れてルイスがレイピアを構えた。マルスは赤黒い、香織は琥珀色、ルイスは金色の光を武器に纏わせ攻撃が同時に炸裂する。三つの頭はそれぞれ壊れていった。
「よし決まった」
破裂したスイカのように砕け利アジ・ダハーカを見てあまりにもあっさりしたのか香織は変な汗をかいてしまい、急いで拭う。
「あ……アッサリですね……」
「おそらく、縄張りに誰も入ってこなかったから油断していたんだろう」
ルイスもレイピアを柄に直そうとした瞬間、斬られ、潰されたアジ・ダハーカのそれぞれの首から煙が発生していることをマルスが発見した。その煙は首から発生しており、すぐに異常性に気がつく。
「待て、何かしている」
ルイスと香織が慌てて気がついて武器を構え直した。
「この匂い……」
「まずい、硫黄ガスか!? 一旦引くぞ」
全員が頷いて後方へ下がっていった。辺りが煙で覆われる中、マントや上着で鼻と口を覆っていたマルス達は完全に硫黄ガスであることを悟る。煙の中から歯軋りのような音が聞こえた瞬間、6つの紫色の光が現れ、徐々に形作っていく。
「まさか……!?」
「もう再生したのか!?」
煙が晴れた先には眠りから目覚めた首のあるアジ・ダハーカがいた。本来白眼の部位が黒くなっており、中央の瞳孔は紫色であった。空白だったはずのマルスの記憶に映るアジ・ダハーカと同じ色である。頭を押さえて振り払いながら今いるアジ・ダハーカを確認すると首あたりの色が他の鱗と少し違う。
「おそらく脱皮だ……」
指さした先にはアジ・ダハーカの足元に脱ぎ捨てられたであろう皮のようなものがあったのだ。
「硫黄ガスで身を包んで私たちが離れた間に脱皮して回復したの?」
「あぁ、そうだろうな。それよりも……」
「脱皮をしたのに体力を消耗した様子がない。むしろ鱗の艶が良くなっている……」
「回復どころかパワーアップするなんて」
「来るぞ、一瀬君!!」
アジ・ダハーカはそれぞれの首から空を切り裂く咆哮を上げ、四足を踏み込んで突撃する。足に似合う動きをしてくれる。振り下ろすように足を払いながら突進する様は元の魔獣をしっかりと受け継いでいるようだ。回避できたマルス達だったが右の首からマルス、ルイス目掛けて黒い液体を撒き散らす。不意打ちであったがルイスとマルスはダンスのステップのようにつま先から力を加えて足を動かし、回避に成功。液体がかかったところが黒く変色し、泡を噴き出しながら膨らんでいる。
「まさか、腐食液か!?」
その隙を突いた香織は飛び上がり、左の首目掛けてハンマーを薙ぎ払った。香織本人の焦りに影響したのか、身体強化は十分である。空中に体を捻るながら一気に一撃を咥える。首は潰れるがさっきよりも凹みはしなかった。
「そんな、硬くなってる」
「避けろ、香織!!」
右の首が液体を吐き切ったころ、真ん中の首が濃い紫色の液体を吐き出した。
「キャッ!?」
動くのはルイスの方が早かった。吐く隙をつき、右の首の顎からレイピアを突き上げる。刺された瞬間に首が弾け、踊り狂うように首だけが動き回る。寸前で軌道が上に逸れたことで香織は助かった。
「大丈夫か!」
「はい、なんとか……。今のは毒……?」
香織の足元に落ちてきた鳥を見て顔を強張らせる。身体中から膿を吹き出して嘴が奇妙に歪んだ鳥の死骸だった。
「二人とも、離れた方がいい」
真ん中の首が硫黄ガスを吐き出したのを見てルイスと香織も離れていく。
「くっ、またか」
「予想以上に強化する速度が速い。鱗が頑丈になってレイピアの刃が通らなくなるのも時間の問題だ」
顎もとの汗を拭いながらなるべく呼吸も抑えるルイス。周囲にタレ込む硫黄ガスの影響で呼吸がしたくてもできない厳しい状況だ。
「ど、どうすれば……」
その間にマルスは考えていた。もう一度、三人で詰めた方がいいか? いや首を狙うのは間違いだ。アジ・ダハーカの行動パターンは何かないか。ない頭で考えいるとマルスはある疑問にたどり着いた。何故一気にブレスを吐かないのか? 吐かないではなく吐けないのであれば、それに合わせて吐き切るまで少し時間がかかるようである。隙を作るならそこだ。隙があるとしてどこを狙うべきか、首がダメなら……
「ルイス、少しの間だけでいい。首を一つに引きつけてくれ。それとブレスを吐き始めたら、何もせず吐き終えるまで待ってくれ」
「何か策を思いついたようだね。わかった、任されたよ」
策と言えるようなものかは分からない。マルスの心中は任せていいものか分からなかった。
「マルス、私は……私はどうすればいいの?」
「香織は俺と、胴体まで行くから残りの首を払ってくれ」
「分かった」
「出来るだけ情報を引き出そう。私は左へ行く。やつが釣れたら、左側から回ってくるといい」
こちらの意図を読んでくれた気がしてマルスは嬉しく思えた。情報を引き出してくれるのなら正直助かる。未知の首を相手させるのは少し不安だがここはルイスに任せようと思えた。
信頼、これが人間が作る信頼。言葉無くしても意図が伝わり、動いてくれるのは人間にしかできない。各々の武器を構えたマルス達はアジ・ダハーカに向き直り声を張り上げたのだった。
「行くぞ!!」
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