戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

光輪の魔女-2

公開日時: 2021年3月1日(月) 20:51
更新日時: 2021年3月1日(月) 21:13
文字数:5,162

「あぁああ……考えたくもねぇよ……」


 隼人は目の前の恋塚紅音という存在に半ば絶望しかけている状態だった。最低出力のレーザーで結界は貫かれる。レーザーの汎用性は多種多様。物理攻撃まで強力……。恋塚の適合である「光熱亀ソーラートータス」その魔獣は巨大な甲羅を持つ亀の魔獣でその甲羅には魔石が突起のように張り出ている。太陽光線を魔石で吸収してレーザービームとして撃ち出すことで攻撃を行う魔獣で魔石が張り出ている分討伐は簡単そうに見えるがレーザーの威力が凄まじく迂闊に近づくことができないという危険な上位魔獣である。


 そんな魔獣と適合した恋塚の強さは異常だ。彼女がはめている妖しく光る指輪から放たれるレーザーの威力は尋常じゃない。高熱のレーザーなので体を貫いても出血はあまり起きないが焼け焦げたような匂いと内側から襲いかかる火傷の痛みには耐えれそうになかった。隼人の肩は錆びた蝶番のようにギィギィと音を立てており、人間としての構造を失ったかのようである。


 気が動転した隼人にレーザーが発射されたが回避できた。しかし、脇腹をかすめられて隼人の体に激痛が走る。腹を貫かれるという最悪のエンドからは免れることができたがこれ以上レーザーで貫かれると体が持つかわからない。そもそも痛みに耐えれるはずがない。抉られた脇腹を服越しにさすりながら隼人は考える。


 撃ち抜かれた右肩と右太腿にはアーマーを展開させて無理やり使っているようなものなのでここで折れてしまうと体は二度と言うことを聞いてくれない。彼はそんな予感すらする。


 ギンと隼人は恋塚を睨んで呼吸を整えるが肝心の相手は満更でもない様子。そんな隼人を見て口を開く恋塚。


「次の一撃で終わらせる。何か言いたいことでもあれば聞いてあげるわ」


 明らかに自分を下に見ているような物言いに隼人の心に負けず嫌いの自分が唸りを上げた。ここまで隼人自身をボロボロにできたことからか彼を見る恋塚の目は「安パイ安パイ」と少し緩んでいる。何よりもそれが腹立たしかった隼人は錆びた蝶番の腕をギィギィ鳴らしながら指を差し、無理矢理と声を張り上げた。そうでもしないと精神面でも相手に勝てなくなってしまうから。


「アンタさぁ……!」


「うん?」


「舐めんじゃねぇよ!! まだ勝負は終わって……! イデェ……!? あぁ……!! 終わってない!!」


 立ち上がって大声で恋塚に吠えた隼人。奥歯をガチリと噛み締めて拳をギュッと握って恋塚と対峙する。依然として蝶番はギィギィと音を立ててる状態。興奮によって呼吸が更に荒くなっており、隼人の目からはたまるに溜まった涙が溢れ出しそうだ。そんな彼の様子を見て恋塚は少し長めのため息をつきながら呆れた表情で話し出した。


「舐めたくもなるわよ。あなた、生存率は中々だけど役割はほとんど壁じゃない。あなたが倒した戦闘員もほとんどいない。アタッカーが隣にいる時のあなたの強さは認めるわ。もし、アタッカーがあなたにいれば私の勝機は薄かったでしょうね。でも一対一では私に勝てないわ」


「うっせえぞ!! 俺だって一人で活躍できる!!」


 自分一人でだって隼人は二回戦のルイスを倒したという自信があった。序列2位の班員、刺した相手を粉々にするという恐ろしい能力を持った戦闘員と戦って買ったのだ。自分一人じゃあ何もできない弱いやつと言うような物言いの恋塚に腹立たしくなって隼人は感情的に言い返した。その反抗期のような隼人の反応を見て若いから仕方のないことなのかと思ったが今度は短い溜め息の後に一言。


「それって二回戦のルイス・ラッセルとの戦いのことかしら? 確かにそうね。ただ、勘違いさせたようなら謝罪するわ。私は別にあなたが弱いということを言っているのではないの」


 淡々と隼人の言葉を蝕んでいく恋塚の言葉に彼は耳を塞ぎたいような思いになってくる。無理やり自分を奮闘させて対峙している隼人にとって恋塚の言葉はグサリと彼の心に深く突き刺さっていった。ただでさえ、無理に自分の中に残っている気持ちを絞り出し、考えれば考えるほど馬鹿なことをやっていると自覚した上での叫びなのだ。これ以上正論をぶつけられると隼人はもう折れてしまう。蝶番の音は聞こえなくなっていくのだ。


「でもそうね……。それがあなたの強さの証明なら忘れてはならないことがあるわ。前回大会で私は彼を圧倒している。結局、苦戦したあなたでは私には勝てないわ」


「ハ……?」


 それを聞いた瞬間、隼人のガラスのような心にヒビが割れてガラガラと崩れていった。声にもならない声を出すことしかできない。心のそこから湧き上がる絶望、無力感。目の前に突きつけられた現実に背けることができなくなった隼人は口をワナワナと振るわせて目に涙を浮かべる。


 完全に戦意がこと切れてしまったのだ。あれだけ新人殺しのメンバーとして、一人の男として仲間のサポートやムードメーカーとして笑っていた隼人。壁として前線で守るという役割を全うしてこの演習でも戦ってきた隼人の生まれて二度目の絶望、虚無、そして無力感。どうしようもない現実だけが上からのし掛かられてもう笑うしか無くなる。歯茎の間から噴き出される短い息はどこか波があり、小さな声で笑っているよう。


「心が折れたのかしら? いいわ、終わらせてあげる」


 恋塚は呆然と突っ立っている隼人を見て右手の指輪を全て光らせた。五段階まで引き上げられた指輪が放つエネルギーは凄まじい。隼人はその光を見てかすれた笑みでさえも浮かべなくなってしまう。彼にのしかかるようにして襲い掛かる無力感。そもそも壁としても自分は役に立っていたのか? という自問自答もあったがなによりも彼の脳裏を横切ったものが大好きだった副班長、楓の死に様だった。


 宮村隼人、生まれて初めての絶望である。目の前に上半身を食い破られた楓の亡骸が映る。任務前の訓練でも楓からずっと言われてきた。「あなたはみんなを守る立場なんだから」優しい声で魔獣への恐怖を拭いとる手伝いをしてくれた楓が頭を過ぎる。本来の自分の役割はみんなを守ることなのに……。目の前にいた大好きな副班長さえも守ることができなかった。殺された毒怪鳥の口から覗く楓の無機質な表情を見た時、そんな楓に近づいて地面に頭をぶつけながら発狂する悠人を見た時、あの時は周りの状況を察して言えなかったが申し訳なかった。


 あの時、もっと結界で縛り上げることができていたら、もっと早く生きていることに気がついたのであれば、もっと早く結界を使えていれば救える命だったのだ。なんにもできなかった自分をずっと殺したいと思っていた。自分なんかがこの班で戦闘員をしてのいいのか? という自問自答に明け暮れる日々だったことを隼人は思い出す。悠人は泣きながら自分の判断ミスと言ったが隼人は自分の詰めが甘かったと所長に言いたい気持ちでいっぱいだった。


 今までずっと隠してきたがさっきの恋塚の発言によって塞き止められるものが完全に崩れてしまう。自分の全てを否定されたかのような無力感に隼人は生まれて初めて涙を漏らしながら諦めるという行為をしてしまう。


「嫌だ……嫌だぁあああああ!! もう……もう戦いたくないんだよ!! 俺なんかが……俺なんかが……」


 四つん這いに倒れ込んで涙を流しながら闘技場の地面を力任せに殴りつける隼人。溜まり切った涙袋からは滝のように流れており、汗と血と涙が入り混じってそれはそれは痛々しい光景である。ずっと隠していた無力感や虚無感が一気に溢れた瞬間である。今あるのはおそれと絶望だけ。


 その時だ。


「立てェエエエエエエ!! 隼人ォオオオオ!!」


 闘技場全体を包み込むような鋭い声が響き渡った。チラリと声の方向を確認すると控え室から飛び出した悠人が入場口ギリギリの所から叫んでいるのだ。案内人の押さえつけがなければそのまま闘技場に上がっていきそうな勢いである。悠人は押さえつけられながらも顔を上げて闘技場の上で泣きじゃくる隼人をギンと見ていた。その顔は……自分にあることを教えてくれた楓の顔そのものだったのである。


「楓……さん……?」


 楓さん、悠人の双子の姉でまだ誰にも言ったことがなかったが宮村隼人の憧れの人。おおらかな心に合わせて鋭い勇気と威勢を持った健気な女子。年は一歳しか変わらないのにここまで立派な人間を隼人は見たことがなかったのだ。ここで隼人は思い出す、自問自答の答えを、どうしてこの無力感に押されながらも戦闘員を続けることをしたのか。


 悠人だ。せめて残された悠人に償うためにここに残ることにしたのだ。楓が死んで新たにサーシャが副班長になった時から、隼人自身が悠人の心の支えになろうと思って戦闘員をしてきた。だから隼人は人に優しくすることができた。弱みを受け入れて強みを教えることができた。そのためにも隼人は楓の言葉を思い出しながら必死に鍛錬を積む。楓の言葉、


「魔装は体の一部と思って使うこと」


 を思い出しながら。悠人に心の底から信頼される戦闘員になろうという思いで今まで頑張ってきた。そして悠人は今回の決勝戦で自分に繋げてくれた。だから隼人は……新人殺しが大好きなのだ。


 隼人はアーマーを展開して結界を何重にも展開することで自分に襲いかかるレーザーを受け止めた。何重に張ったとしても結界はピキピキと音を立ててヒビを作っていく。少し押され気味なのかバランスも崩しそうだ。受け止める決断をした隼人を見て恋塚は少し驚きながらも左手の指輪を起動する。4つが一斉に光出した。


「まだ折れなかったの……? いいわ、最大出力で消し飛ばしてあげる」


 左手の指輪が光出したのを見て隼人は必死に考えた。あれがくれば自分は完全に終わる。考えろ、宮村隼人! 心の中で吠える。その時に彼は試合の最初を思い出した。結界は確かに貫かれたがアーマーの装甲は一瞬で破られることはなかったはずである。もしかしたら……と考えていると左手分のエネルギーが上乗せで隼人に襲い掛かった。


 レーザーはすでに隼人を包み込んでおり、結界はもう限界。完全に割れてしまうその直前、隼人は涙を拭って全身にアーマーを装着した。もうこれしかない。涙を流したことを嘘にしたいならこれしかないのだ。ジリジリとアーマーが燃える中で隼人はガムシャラに高温の世界を走り抜けていくのだ。


 恋塚はレーザーを放ちながら急に流れが良くなったのを感じて相手の隼人がレーザーに飲み込まれたと判断した。そろそろレーザーの威力を少しづつ弱めていってアナウンスの勝利宣言でも聞こう。そう思っていると衝撃的なことが起きている。発光されるレーザーの中からこちらへと走ってくる影が見えるではないか。その影はチリヂリに溶けたアーマーを見せながら走ってくる宮村隼人だったのである。


 左手でガードしながら走ってきたのか左側の鎧はほとんど溶けており、マスクも左三分の一が溶けて中の顔が丸見えの状態となっていた。その顔は痛みなんか知るかと言った強い意志を感じる顔で火傷によって少し爛れた皮膚が更に隼人の意思を表現している。痛みなんぞ知らない、怖くなんかもない。恋塚の予想を遥かに越える馬鹿であり、根性のある凄まじい光景だ。溶けたアーマーを投げ捨てながら隼人は空中高く飛び上がった。


「嘘!?」


 予想外の行動に恋塚は驚いていると隼人は右の拳に結界を纏わせる。バチバチと音を立てながら結界は形を作っていき巨大な結界の拳を作り出した。「体の一部のように魔装を使う」、楓の受けおりの隼人の戦法だ。この方法で勝って楓さんと悠人に自分の答えを見せる。それは何故か? 簡単だ。隼人は新人殺しが……大好きだからである。


「歯を食いしばれよレーザー女!! こうなった俺の拳はかなりイテェぞ!!」


 恋塚は迎撃しようとしたが間に合わずに隼人に勢いよく殴り飛ばされて壁に激突して血を吹き出しながら消えていった。そしてレーザーの光が消える中、隼人の鎧は限界を迎えて腕輪にヒビが入ってバキバキと音を立てながら壊れていく。光が完全に消えて煙が晴れた先には闘技場の真ん中で膝をついている隼人がいた。その体は消えることがなく、最後までそこに居続ける。そして無意識に空を見上げて恋塚を殴り飛ばした右手を上げた。


 宮村隼人は決して倒れない。自分には使命がある。仲間を守るということ。そしてみんなの笑顔を守るということ。そのためにもまずは自分が強くなるということ。天に捧げる隼人の拳はとても勇ましく、神々しいのだ。


「中堅戦勝者、宮村隼人!!」


 アナウンスと共に大歓声が起きて隼人の周りに自分を褒め称える声が包む。その声を聞いた時、安心し切ったのか一瞬倒れそうになったが隼人は持ち堪えて空を見ながらフッと笑った。


「やったよ……楓さん。これで……いいのかな……」


 歓声に包まれながら隼人は消えていったのだった。

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