ゴウゴウと燃え盛る炎の所為で呼吸が息苦しくなっていることにマルスは気がついた。火攻めはやはりキツイ……、ジワジワと嬲られている気がしてならない。マルスは蛇腹剣で寧々と対峙しながらなるべく距離を取ろうとしているが周りのパイプ男やメリケンサック男が邪魔をして何発かをくらってしまう。
追い討ちとでも言ってもいいように赤い閃光はマルスを貫こうと牙を向く。閃光が直進することは把握済みだったので身を翻して頰をカスル程度まで抑える。今のところの脅威は寧々、彼女以外の戦闘員はさほど強くないといった具合だが寧々を主導に全員が連携を取れておりマルスの剣筋を乱れさせる。
今、この炎の牢獄の中で生き残っているのは蓮と慎也、そしてマルスである。近接格闘が得意な隼人、同じく近距離では圧倒的優位を誇る香織がやられた今、残っているのは中距離サポートの慎也と中距離の蓮。
炎の壁と合わせて敵の班員の包囲網や寧々の鞭の範囲の所為で包囲網がジワジワと狭まっているのが現状で少しづつ狙撃が回避しづらくなってきていた。このままいくと自分たちは敵の思惑通りに勢力差で押し負けてしまう。
今のところは東島達を信じるしかないがこうなった原因は無謀な作戦を立てた東島の所為じゃないか! と内心で毒を吐いていた。
マルスは通信機で蓮と慎也に連絡をとる。どうも寧々とは自分一人だとキツイ所がある。援護をしてほしいと思って連絡したが、帰ってきた内容は、
「すまんな、近接戦は馴れてないから俺は目の前の敵で精一杯」
「何本かは針を刺そうと投げたのですが、あの嬢ヶ崎さんの鞭が邪魔をしてあたらないんですよ」
とどれもマルスの手伝いができない様子だった。
それもそのはず、本来は隼人と香織と自分で前線をとって後ろで慎也と蓮がサポートしてくれる立ち回りがいいはずなのにそのうち二人がやられてしまっているのでサポートまでもが前線にいないと行けない状態。マルス達からすれば圧倒的に不利だ。
「お喋りしてる場合かい!」
寧々は鞭を波打たせてリーチの読みづらい攻撃をマルスに仕掛ける。蛇腹剣を展開しつつマルスも鞭の軌道を逸らそうとするが寧々の鞭は初めからそれが分かっていたかのようにグニャリとマルスの剣を逆に流していく。鞭で弾かれそうになったマルスは無理やり蛇腹剣を素の剣に戻すことで迎撃を図る。
パシン! と右耳付近で音を鳴らして攻撃を防ぐことに成功、マルスは剣身を元の剣で斬りかかりに行くことにして寧々に斬りかかる。
寧々は鞭を波打たせてマルスを攻撃するがマルスの脳内で埋め尽くされた鞭の軌道の予想を消去法で特定していき、鞭を避けていった。そして空中にきりもみ回転のように鞭を躱しながら寧々に斬りかかるが彼女は鞭を何重にも収束させて簡易的な盾を作ることでマルスの剣撃を受け止める。
「なっ!?」
「これで終わり? ハァ!」
ニッと驚くマルスの顔面に寧々は正拳突きを決めてマルスは吹っ飛んだ。剣を地面に突き刺すことで炎の壁にはあたらずに済む。殴られた鼻先を見て鼻血が垂れていることがわかった。魔装による身体強化も合わさってかなりの一撃だった。
剣に体重をかけて立ち上がりマルスは横ナギに剣を一振り、剣身は空中でバラバラに分解して衛星状に飛び回り寧々に多方向から襲いかかる。
「全く、芸のない攻撃ねぇ」
その衛星を寧々は少々呆れ顔をかましながら鞭で難なく受け止めた。
「弾けろ!!」
マルスの掛け声に合わせてバン! と音を漏らして衛星は爆発する。その煙の中に紛れてマルスは急速に接近し、困惑する寧々に斬りかかった。
煙に見えた寧々のシルエットを斬りかかるがなんだか肉を斬った感覚ではないことにマルスは違和感を感じる。
「こっちだよ!」
背後から声がしてマルスは背中を思いっきり蹴り飛ばされた。硬いブーツの一撃が背中に響く。本体を斬ったはずなのに……、ヨロヨロとマルスは立ち上がって煙が晴れるのを見てみるとマルスは驚きで「ハァ……?」と声を漏らしてしまった。
煙に見えたシルエット、それは鞭で象ったお粗末な寧々だった。鞭を束ねたり曲げたりして寧々の形を象っている。影絵と同じ容量である。よく見れば人間とはまた違った形だと気がつくことができたが必死になっていたマルスはまんまと寧々の策にかかってしまった。
赤い閃光がマルスに襲い掛かり前方に倒れ込むことでなんとか回避、すぐに起き上がる。非常にまずい事態だった。自分の体力も残り少ない、このままこの戦闘を続けても鞭で縛られて窒息死、それか体を貫かれて死ぬかの二択しかない。
あの寧々という人物、非常によくやる人物だ。蛇腹剣で立ち向かおうとも相手は自分が行う攻撃の軌道を始めから分かっているかのように鞭を操り無力化してくる。
衛星で遠距離を組み合わせて戦おうとも鞭の特性を利用したオトリ作戦で意味がない。これは完全に実力差だった。自分は戦ってからの日が浅い。それの違いだ。
マルスは少しだけ手の空いた慎也にどうにかならないか? と連絡する。
「手伝いたいですが……そろそろ針が無くなりそうなので無駄に使いたくないんですよ」
「そうか……、何本で無力化できる?」
「一本刺されば麻痺にはできますよ。それも、大きな隙があればの話ですが……」
「隙か……、わかった」
マルスは慎也との通信を切った。大きな隙なんてそう生まれることはないましてやあの相手には油断もならない性格だ。関係はないが男はあんな性格の女には寄ってこないんだろうなとマルスは思った。
寧々の攻撃は続いてマルスは迎撃を重ねながら隙を探すが本当に無駄のない鞭捌きでとことんやりつめたい寧々の性格が完全に現れていた。
「ところでアンタ、ビックリだよ!」
攻撃を重ねながら寧々はマルスに話しかけた。マルスは用心しながら「何がだ?」と返事をする。
「新人のクセにやるじゃあないか! さすがは『新人殺し』の数少ない生き残りだね!」
「それがどうした」
今、言われても完全に嬉しくないな……。マルスは舌打ちを決めながら寧々の鞭を横薙ぎ一閃、寧々の鞭はシュルシュルと元の位置に戻る。鞭が戻ったところで寧々はマルスにニッとした笑顔を見せた。
「それによく見ればなかなかいい男じゃないか! 惚れちまいそうだよ!」
マルスは「なんだこいつ?」と急な展開に戸惑いを見せつつも、「だがこの展開……、どこかで……」と既視感を感じる。少しの間、思い出す時間をとってマルスはハッとした。そしてもう一度慎也に連絡する。
「慎也、隙があればいいんだよな?」
「え? まぁ……」
「一瞬だけだ、隙を作る! 逃すなよ!」
「えぇ?」
急に来た連絡に慎也が戸惑っているとマルスは急に剣を構えるのをやめて大きな深呼吸をとった。そして、いつも以上の美声を意識して寧々に話しかける。
「お前の名前、嬢ヶ崎寧々と言ったな」
「ん?」
「実は……な」
「実は?」
「俺も……アンタのこといい女だって思ってるんだ!」
唐突なマルスの告白シーンにその場にいた蓮と慎也、そして敵である戦闘員と寧々は「はぁ?」と声を漏らした。だが一番驚いているのは唐突に告られた寧々本人である。
「は? はぁああああああ!?」
寧々は顔をポワァっと赤らめて鞭にかかる力を少し緩めた。マルスはそれを見逃さない。
「慎也、今だ!!」
「え? マジ? えぇ?」
慎也は困惑しながら寧々の肩に針を命中させる。プスッと肩に刺さった針のせいで寧々の体は麻痺してしまい……いや、元からいろんな意味で痺れていたかもしれないが鞭をポトリと地面に落とした。
マルスは急速で寧々に接近し、寧々をバッサリと斬り捨てた。寧々は倒れ様にマルスの方へと向いて、
「だ……騙された……」
と言って光となって消えていった。
その場に敵の「あねさぁああああん!!」と言ったコールが始まって残りは連携の取れなくなった戦闘員だけとなった。
「いやぁーー! テレビは本当にいい情報をくれるな! この開会式が始まる直前まで見ていたニュースの展開と一緒だったから真似してみたんだ」
「マルスさん……、それもしかして昼ドラの……」
「そうだったかな? 恋愛の展開について述べている番組だと思ったのだが……」
マルスがニュースだと言ったものは主婦がよく見る昼ドラの恋愛物語であった。それをニュースと勘違いしてこうも自分の中に取り入れるとは……。
「やっぱあいつ、スゲェ」
「嬢ヶ崎さん……、本当にすみませんでした……」
マルスを見て、ますますああいう奴だったなと呆れる蓮、人の隙を得るために大きな好きを打ち砕き罪悪感に包まれた慎也。主力を倒したはずなのに敵味方も構わず微妙な空気になっていた。
「蓮、慎也! このまま押し切るぞ!」
「えぇ……」
マルスの力のこもった掛け声に新人殺しの二人共は一応の掛け声で戦闘へと戻っていった。
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