クラクラする頭を押さえながらマルスは目を覚ました。昨日は何故か熱意を持って悠人と会話をして自室に戻ったのだが妙に眠れずにいたのだ。意識は寝ようとするが無意識がそれを許さない。
なんとか眠って目を閉じると光を感じる。特に目覚ましという目覚ましがなっているわけでもない。静かにカーテンが揺れているマルスの自室だ。ノックの音が響いている以外は。少しはねた髪を手櫛で直しながらマルスは扉をガチャンと開けた。そこには戦闘服を着た香織がいた。
「お……? どうした?」
「どうしたも何も……集合時間だけど?」
「今何時だ?」
「10時半、お昼から準決勝だからその連絡って」
「あぁ……わかった……。着替えるから先に行っておいてくれ」
マルスがそういうと香織は「すぐ来るのよ?」とだけ言って去っていった。マルスはうーんと大きな伸びをして昨日のことを思い出していた。少々感情的になってしまったが想いは伝わったのだろうか……。悠人がああいう思いで班長を務めていることはよくわかった。そんな悠人を応援したいと思った自分がいたことにマルスは何かを感じている。
とりあえず顔を洗って髪を整え、戦闘服を着る。マントはつけなかった。部屋の鍵を閉めて集合部屋へと向かう。みんなすでに集合していた。
「スマン」
「いいんだ、気にするな」
悠人が手をヒラヒラとしてマルスに声をかける。その様子に他の班員は「やっぱり……なぁ……」と違和感を隠せない顔でマルスと悠人を交互に見る。マルスが席に着くと悠人は書類を広げて話し始めた。
「二回戦、ご苦労だった。序列が2位の班を倒したことでこの班の見られ方も少し変わってたよ。レイシェルさんも驚いてた」
「だろうな、そんなことしてくれないと割にあわないぜ」
蓮が頬杖をつきながら苦い顔をしてチッと舌打ちする。蓮に何があったかは測り知ることはできないがそれなりにきつい戦いであったことはなんとなく伝わってきた。あの日、食堂で出てきたゼリーを見た瞬間に発狂してグチャグチャに潰している蓮は異常だったから。
「今日の昼から準決勝だ。対戦相手も決まっている」
悠人がそれをいうとリモコンのようなもので机の何かを起動させた。すると机にモニターのような画面が出現し、情報を移す。そこには細かいフィールドについてが描かれている。
「これ……使ったの久しぶりだな……」
パイセンがモニターを懐かしそうに見つめながら呟いた。そして対戦相手である班の情報が表示された。
「対戦班は序列3位、『ハイドネーム』ことレグノス班だ」
モニターには班員の顔写真なるものが表示されておりその写真の数が異常なほど多かったことにマルス達は驚く。魔装は表示されていなかったが全員、顔がイカつい者だったのだ。戦闘に慣れているかのような表情。さすが準決勝といえばいいか、またまた手強そうな相手である。
「レグノス班は班員数が極東支部で1番多い班だ。その数なんと69名。それ故に班員達はコードネームで呼び合っている。だから『ハイドネーム』なんていうあだ名が生まれた」
「ガチモンの戦闘員みたいな風貌だな……」
隼人がモニターを眺めながら呟くがたしかに班員全員が歴戦の戦士のような風貌で油断もならないような感じ。戦闘員とはこういう人たちのことを指すだろというような班だった。
「そしてだ。事前にいった気がするが準決勝はルールが少し違う。これを見てくれ」
悠人が画面を共有してモニターに広いフィールドが表示された。所々に名称が書かれているフィールドで地形も複雑だ。マップ全体はかなり入り組んでおり、地形もまばらである。
「準決勝は全ての班員がバラバラの地点でスタートする方式だ。フィールドは工場地帯」
悠人は真面目に今日の演習の説明を行なっている。いつもの任務の時とは大違いでマルスは「ここまで説明が上手いのか……」と感心していた。蓮と隼人は楓が生きていた頃の悠人の姿を思い出して感慨深い顔で彼を見ていると書類にピシッとした線が入ってるのを発見した。悠人が親指で挟むように力を込めているのだ。
「その前に……お前達に謝らないとな……。すまなかった、班長をしているのに無責任で……」
悠人が席からガタッと立ち、頭を下げて謝る。その姿をマルス達はウッと声に出しながらも見ていた。
「二回戦の時、マルスに言われたんだよ。『仲間は捨て駒じゃない』って。戦ってる時もずっとこだましてた。その時に責任から逃れようとして新人イビリをしていた俺が恥ずかしくなって……、で……今謝ってる」
悠人は一旦頭を上げて壁に立てかけた赤色の刀を見つめた後に深呼吸をして話し始めた。
「楓だってこんなことになるのは望んでないんだ。『新人殺し』は新人が初任務で討ち死にする班じゃないことをせっかくマルスが証明してくれたんだ。だから俺も本気で班長の務めを果たそうと思う。みんなも同じようについてきてくれ! 『新人殺し』のレッテルを剥がすのはこの演習で成果を見せるしかないんだ! やるからには……本気でやりたい」
悠人は熱心に自分はどうあるべきか、この班はどう進むべきかを述べている。その顔に以前のような無茶な睨みや暗い表情はなかった。自分の信念を貫き通す、邪魔な者は射殺すような鋭い目。熱弁する悠人を優吾が一旦黙らせる。そしてニヤリと笑って答えた。
「俺は……死んでも恨まない」
それを皮切りに慎也が「ぼ、僕もです!」と挙手、香織もサーシャも蓮も隼人もうなづいた。そして最後、マルスに視線が集まる。マルスは頭を掻いた後にフッと微笑んだ。
「見せてくれよ、班長ってどんな存在か」
それだけをいうと悠人はいつも通りに笑ってモニターに文書を共有する。
「これは昨日俺が考えた作戦の案だ。みんなも構わず意見を出して欲しい。みんなで考えた作戦で相手を倒そう。2位の班に勝てたんだ。3位だっていける!」
全員がうなづいて地形や相手の班員の総数を元に意見を出し合って会議を進めていった。その光景を眺めながらマルスも発言をするが今になってどうして人間が発展することができたかを思い知らされることになる。個性も言動もまるで違う人間であるが一度団結すると血縁なんか関係なく協力しあって一つの目標を達成しようとする姿勢。マルスはこれに感動した。
これこそが人間のあるべき姿だ。血より堅い絆で結ばれた集団となり、ゼロから何かを発明して発展していく。そうして人間は強くなる。小規模の新人殺しという班であるが人間の全てが結晶となっているかのように見えてマルスはグッと堪えるものがあり、時たまむせて言葉が遮られる時もあったがしっかりと意見を出していった。
一つの作戦が昼前に決まる。悠人は否定せず、肯定しながら新たな考えや意見を出してくれたおかげで質の良い作戦とシナリオが出来上がったのだ。文書をみんなで見返して悠人が「よし……」と呟く。
「いいか、相手は総数で言えば序列一位のハイドネームだ。でも関係ない、実力で勝負する新人殺しの恐ろしさを見せつけてやるぞ!」
悠人の一喝で全員が「オーッ!」と団結した盛り上がりを見せる。戦闘演習もやっと楽しくなってきたなとマルスは微笑んだ。そして若手の戦士は研究所へと向かう。勝負の時はもう近い。
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