戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

愛情

公開日時: 2020年10月27日(火) 22:32
文字数:4,023

 研究所での説明は終わり、佐藤と共にガレージに戻っていった。バーチャル空間内での戦闘員のトーナメント戦……、マルスは対策のつけようがないなと考える。そもそも、他の班にはどんな魔装を使うものがいるのか何の見当もつかないのだから当然のこと。


 新人殺しの班員の能力でも香織の能力は未だによくわからないところがあるなど詳しいことはわからないのが現状。敵がどのような策をねって自分達に襲い掛かるかが問題である。車に乗り込んだ時にマルスは隣に座っていた香織に尋ねてみる。


「なぁ、香織。他の班の人達はどんな魔装を使うんだ?」


「数が多すぎてわかんないけど……、有名なのだったら天下無双の班長じゃない?」


「天下無双?」


「極東支部の序列は1位の最強の班よ。DBC本部の人たちからも評価をされている班なんだから」


「そんな班が……」


「代表の言葉みたいなので表にでそうだけどね、班長さん。その時にわかるわ」


 マルスは頷く。天下無双とはおそらく班のあだ名。新人殺しと同じようなイメージで作ったフレーズであろう。こんな班に当たってしまった時にはこの班は太刀打ちできるのか? マルスは思い思いの時間を車の中で過ごす班員を見てため息をついた。


 そしてマルス達は無事に事務局に到着し、ガレージで車から下りる。


「みんな、今日はお疲れ様」


「佐藤さん、ありがとうございました」


「いやぁ、いいんだよ。演習までゆっくり体を休めておいてね。あ、体は使わないんだった」


 ハハハ! とあまり笑えない冗談を高笑いしながら佐藤さんは事務局内に消えていった。マルスはこの後、どうしようかと思ったがそろそろお昼だったこともあり、食堂に向かうことにした。今日のお昼はきんぴらごぼうだ。


〜ーーーーーーーー〜


 ほとんどの人が食堂へ向かう中、パイセンは一人で居住区に戻って自室へと入っていった。彼の部屋は三つのスペースに分かれている。一つ目は寝る場所、二つ目は机と椅子を用意した人が来た時に相手する場所、そして三つ目が作業スペースだ。


 作業スペースは立派な机と椅子が用意され、引き出しには整理された細かい部品や工具、壁には大きめの工具が吊り下げられている。パイセンは早速と言ってもいいほどに作業スペースの椅子に座り、魔装を起動させる。


合金獣メタルビースト


 バットは変形して今日に点検する道具を吐き出した。


「あぁ……やっぱりハンダがイカれてる。つけなおしか……」


 いつもの形態でもある腕につける端末の調子がおかしくて解体してみると中のハンダがイカれており、うまく電気が流れないようになっていた。彼はハンダを工具で取り外して新しく付け直す。


 ジュ……ジュ……、という音だけが部屋に響く中、彼は集中して作業に取り込んだ。こういう精密機械はちょっとの失敗が命取りになる。ハンダづけが終わった頃には彼の集中力はかなり消費されており、ハァ……とため息を吐いた。

 

 その時にコンコンと優しいノックの音が。柔らかいドアの音に混ざってどこかワクワクしてるような感情を感じる。ノックの音はどこか弾んでいた。


「パイセン〜、いる?」


「んぁ? サーシャか?」


 パイセンはガチャリとドアを開ける。ドアの先にはニッコリと微笑むサーシャがいた。


「やっぱりここにいるんだなぁって思った。ほら、お昼買ってきたから一緒に食べよ?」


「悪いな……、入れよ」


 サーシャはパイセンの部屋に入る。部屋の中が少し焼けたような匂いがすることからさっきまで作業をしていたんだな……と予想した。


「今日はこの端末を?」


「そう、旧型の腕に取り付ける通信機を改造したものだからしょっちゅうハンダがイカレるのよ。だからその整理してた」


 換気のために窓をジャッと開ける。涼しい風が部屋の中に吹き込んだ。


 テーブルと椅子に向き合って座るとサーシャはのり弁を自分の分とパイセンの分と出す。


「食堂では食わなかったのか?」


「一人で食べるのは苦手だから……」


 箸をパチンと割って食べ始める。その時にサーシャはパイセンにとあることを聞いた。


「ここに来てもう何年?」


「……、17年だな」


「そっか、年齢で見ると私がお姉ちゃんだけど……実質としてはあなたが先輩だもんね」


「お前……どうした? 急に」


 パイセンはサーシャの言葉で今までの少ない思い出を思い出していた。


 パイセンには親がいない。彼がこの事務局にやってきた時は赤ん坊だった。彼が家族と共に住んでいた地区が魔獣の襲撃に遭い、両親はもろとも喰われたらしい。瓦礫の中から見つけられたパイセンはすぐに事務局の保護下に置かれた。


 当時の事務局の人たちはパイセンをどうするかで悩んだらしいが、親戚という親戚はいない。両親も死亡が確認されたとのことで非戦闘員で彼を育てることになったのだ。


 勉強もある程度教えてもらったし、救護班の看護師さんと外で遊んだりした。任務から帰ってきた戦闘員の武勇伝を聴いて「すげぇ!」とキャピキャピしてたりした。だが、彼には未だに名前がなかったのだ。


 両親は自分を名付ける前に死んでいったらしい。瓦礫の中から見つかった写真を渡されたこともあるがグシャグシャになっており、両親の顔はわからなかった。


 親の顔を知らないまま、本来受けるべきであった家族の愛情を知らないまま、彼は大きくなっていった。物心がつくに当たって自分の運命は戦闘員になることしかないと考えるようになり、自分は兵士として死ぬために今まで生かされてきたのだと錯覚するようになっていた。


 武勇伝なんかいらない、勉強だっていらない……、戦闘員にだってならなくてもいい……。彼はただ愛情が欲しかった。上辺だけでない、本当の愛情が欲しかった。


 それ故に彼は関わる人全てを愛するようになったがそれが気持ち悪がられて班内でも孤立気味になっていた。そんな時である、サーシャが副班長として自分の班に入ってきた時は。


「今日から副班長をすることになったサーシャ・エルフィーです。よろしくね!」


 ウインクまでして自己紹介した新しい副班長にパイセンを含む全員が「元々の楓さんの方がいいだろ……」と呆れ半分で拍手をした。しかし、パイセンはこの新しい副班長に対して何らかの気持ちを抱いていた。他の人間とは違う気がしたのだ。


「ねぇ、君……顔色悪いよ?」


 初めてサーシャが声をかけた班員こそがパイセンだった。その時のパイセンは「なんだよ……」とだけ言ってうまく話をすることができなかった。本当は話をしてみたかったけど、話しかけてくれたことが嬉しすぎてその先へといく余裕がなかった。


 その日からサーシャはパイセンへと構いがちになっていった。パイセンは「こんな奴と関わってると周りからなんて思われるか……」と冷や汗を垂らしながら毎日を送っていた。


 そして彼にとって運命の日が訪れる。それは彼が事務局に保護された日だった。この日を彼は自分の誕生日としていた。17回目だから大体17歳。彼は一人で広場の椅子に座って物思いに浸っていた。


 その時にサーシャがパイセンにまた話しかけたのだ。どこまでついてくるんだよ? とパイセンは少しだけ苛立って不機嫌そうな顔でサーシャを見るが対してサーシャはニッコリと微笑んで手を振るだけだった。


「そんなに暗い顔だと幸せが逃げちゃうよ〜」


「余計なお世話だよ……」


 風に揺れる彼女の紫色の髪を見ながら言い返す。サーシャは「ずっと聴きたかったことがあるんだけど……」と声を出した。パイセンは「なに?」と視線を逸らしながら返事する。


「あなた……名前はないの?」


 ドキンとした。受け入れようかそうでないかを日々葛藤している話題を口に出されて平気なはずはないが彼は少しだけ動揺した。今までは自分の髪色である「銀髪」という呼び名で自分を呼ばれていた。それはそれでいいのだが……道具のように扱われている気がしてならなかった。そんな彼にサーシャは聞く。


「話、聞いてもいいかな?」


 パイセンはなぜか彼女にだったら言ってもいい、という根拠のない考えに寄り添ってポツリポツリと話し始めた。俺は愛情が欲しかった、そのようなことを熱心にサーシャに伝えた。話すている途中に涙が滝のように溢れてきた。そうやって自分の思いを必死に伝えようとするとサーシャは「もう、いいよ」とだけ呟いて彼をギュッと抱いた。


 パイセンは急に抱かれたことによってかなり動揺したがサーシャは彼を決して手放さなかった。そしてハンカチをとって彼の涙を吹きとる。


「よく頑張ったね、本当にすごいよ」


「あぁ……うん」


「今日は誕生日なんでしょ? だからさ……」


「うん」


「名前つけてあげるよ」


「え!?」


「あなた、他の戦闘員よりもずうぅっと先輩でしょ? だからパイセン! ほら、きまり!」


「パイセン……」


 彼は自分につけられた名前を呟いていた。パイセン、ふざけたような名前であるが一応自分を表現しているという点では素晴らしいと思えた。そしてまだ、抱きつかれたことにパニックになっていたのか彼は二つ返事で頷いてしまったのである。



 パイセンは誕生日につけられたこの名前を弁当を食べながら呟いていた。それに反応したサーシャが「どうしたの?」と声をあげる。


「なんでもないよ。あ、ご馳走さま」


 ちょうど食べ終わってゴミを片付けた。サーシャも同じタイミングで片付ける。


「サーシャ、悪い。アラームを20分に設定してくれ。仮眠をとるよ」


「あ、はーい」


 彼女がピッとアラームを設定するとパイセンはもう寝ていた。「はや……」と呟いてしまう。腕を枕にして机にグテェとして眠るパイセンを起こさないように部屋を出ようかと思ったがサーシャはベッドに置いてあったタオルケットを取ってゆっくりとパイセンにかけてあげた。


「おやすみ、パイセン」


 サーシャは深い眠りへと入ったパイセンの顔を見てフフ、と笑った後に彼を起こさないように部屋を出た。彼女にとって弟のような存在であるパイセン。彼の笑顔を見ることがサーシャの生きがいになるのだ。


 知らないところで愛情を受けているパイセンであった。

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