戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

お望みの結末

公開日時: 2021年4月3日(土) 19:58
文字数:4,364

「と、と、とにかく! ご飯食べましょ! ね?」


 周りがブリザードとなったカオスな空間を慎也がスッパリと切り裂く様に声を上げる。みんな、その声を聞いてハッとした顔になったあと、何事もなかったかのように食堂に入っていった。かなり声が響いていたらしく案内してくれた店員の顔はクスクス笑っているのを見てマルス以外の人物は全員「やらかした……」といったような表情をする。食堂は全て座敷の席であり、悠人達は二つ机をくっつけて奥の席で食べることになった。


 座敷に上がって座布団を敷いてそこに座る悠人達。椅子はないのか? とマルスは首をキョロキョロして探したのだがこの食堂に椅子はないことがわかったのでかなり慣れないがあぐらをかいて座る。マルスは奥の壁側に座り、隣に香織が座った。マルスの正面には悠人がいる。マルス列は香織、慎也、優吾が横にいて、悠人列は蓮、隼人、サーシャ、パイセンが座った。


「さてと、料理を頼まないとなぁ……あ、マルス、ジュースなに飲む?」


「ジュースか……無難にオレンジでいいぞ」


「じゃあ、俺も。他は?」


 悠人を中心にメニューを決めていく東島班。マルスは思えば全員で食事を取るのも初めてか。と少しだけ感慨深くなった。メニューを香織と一緒に見てみる。沢山の料理が並んでいるが正直言ってどれを選んでいいのかマルスはわからなかった。


「ねぇ、何を食べるの?」


「……近くないか?」


 マルスの顎元に顔を寄せるようにして香織がメニューを覗き込んでいる。香織の体つきはマルスよりも一回り小さいので彼女の髪がマルスの顎元に当たりそうだ。シャンプーのいい香りをマルスは感じつつ適当に「今日のオススメ」と書かれた写真を指さした。


「……これでいい」


「わぁー! 美味しそうだね!」


 さっきはポカスカ自分を殴ってきた香織がいまやものすごい距離感でメニューを一緒に見てる。これは何事だ? とマルスは首を傾げながらメニューを閉じた。視線の先には蓮と隼人がニコニコ顔でメニューを見ながら料理の話をしている。その時にマルスは隼人がネックレスをしていることに気がついた。


「隼人、そのネックレスなんだ?」


「ん? あぁ、これか? 中学の頃に蓮がくれたんだよ。ハワイアンジュエリーだぜ?」


「はわいあんじゅえりい?」


 首から下げられているのは銀色の翼のような基礎にエメラルド色の宝石のようなものが埋め込まれたネックレスだった。名称の理由が全く分からなくてとぼけたような顔をする。そんなマルスを捕捉するかのように蓮の口が開いた。


「14の頃かな……、俺があげたんだよ。母さんがもう使ってないアクセの山から一個引っ張ってきてあげた。使いもしないのにため込んでるからバレずに済んだぜ」


 蓮のお母さんは買い物中毒でもあったらしく使いもしないアクセサリーや服を買い込んでクローゼットが大変なことになっていたらしい。蓮はかなりの苦労人だったんだなということを念頭に入れていると隼人が頭をかいて笑った。


「元々これは売って金にしてお前が欲しいものを買えって言われて渡されたんだ。でも……母ちゃんが『それは愚かなことだ』って言ったから今こうやって付けてる」


 隼人の家は父が工場の作業員をしており、母は体が弱くいつも寝込んでいる。中小企業の作業員として働いていた隼人の父は無遅刻無欠勤の真面目な技術者で年齢を重ねるたびにその技術は上達していき、優秀な人物だったらしい。体が弱かった隼人の母と元気に健やかに育っていく隼人のためならいくらでも働くことができた。


「でもよ……中小企業の闇でさ……。『好きで働いてるなら賃金は安くても構わない』みたいな考えだったんだよ。その上司が。労働時間は長いけど賃金は安い。でも父ちゃんは転職をしなかった……。いや、出来なかったんだ」


「それは何故だ?」


「ほら、特定の部品を作る中小企業だからさ。転職しようにも父ちゃんの技術を活かせる工場がないんだ」


 そのような理由もあったのだが休日にしっかりと休養を取らないと翌日の仕事に支障をきたす。それらの理由から隼人の父は働き続け、安い賃金の中でものびのびと隼人を育てて多少の我慢をさせる形で育てていった。ここまで宮村隼人という人間を作り上げた彼の両親にマルスは頭が下がらない。


「ネックレスは……母ちゃんが『お金は山ほど刷られてるけど蓮がくれたネックレスは世界に一つしかない』だから手放すことは愚かだって教えてくれたんだ。そんな母ちゃん、父ちゃんを養わないで宮村家の長男って言えないだろ? そういうことだよ」


 年齢が重なり、技術は上がれど体力は落ちる。体を壊して職を失った父とそのことにショックを受けた父を支えようと無理をした母の悪化。両親はどうにかして隼人を高校に通わせようとしたのだが隼人から学校を出ると働くとの申し出があった。両親は反対したらしい。もっと自分を大事にしてくれ。親として申しわけがない。隼人は両親の涙まじりの説得を理解しなかったわけではない。だが隼人は頑固だった。もうこれ以上、両親を無理させるわけにはいかない。そう決心した隼人は両親に無断で戦闘員の加盟登録と適合検査を済ませてしまったのだ。親元を離れたがった蓮と共に。


 戦闘員としてなら中卒の自分でも両親を養えるほどのお金を稼ぐことができる。いつ死んでもおかしくないような職についた隼人を心配して両親は更に説得を重ねるのだが彼は引かなかった。両親に介護士をつける契約もする。もらった電話には必ず出る。両親を裏切るような行動はしないと隼人は言い放ち、卒業式を終えた彼は荷物をまとめて親に別れを告げて家を出ていったのだ。


「そんな俺のことを親不孝者って言う奴もいる。構わないさ。俺は決めたんだ。母ちゃん父ちゃんを守るって。守られて生きるのはもうやめでいい。今度は俺が守る番。今は訪問介護をしてもらうように手配もしてるし、送金もしっかりしてる。電話だってしてるし、こうやって健やかに生きてるから約束はしっかり守ってるんだぜ?」


「それはそう思うが……」


「恋塚さんは決勝戦の時……。俺に戦闘員としての実力を思い知らしてくれた。あの人に1回目は勝てても二度目はなさそうだ。いや、何度目でも勝てるようにもっと強くならないといけない。そういうことを教えてくれたんだと思う」


 あの恋塚紅音は隼人に背けたくなるような現実を容赦なく隼人に放っていた。その現実に押しつぶされそうになったが立ち上がって彼女を撃破したのは間違いなく隼人の強さだった。それはその通りだが……とマルスは先ほどから感じるモヤモヤとした気持ちを隠せないでいた。隼人のやっている行為はありがたいことになるのであろうが……涙混じりに彼を説得したのは死んでほしくないからではなく親として申しわけがなかったからではないか? マルスはそう思う。


「ま、任務は大変だけどこうやってバカやってお金入ってくればいい仕事なのかな? ってもんよ。あ、みんな料理決まったか? すいませーん、店員さーん!」


 全員メニューを閉じていることから料理が決まったことを察して隼人は手を挙げて店員を呼んだ。こういうことへの察しがいいのが隼人である。根拠のないものに縋ってやってきた蓮と形あるものを守るため一心でやってきた隼人。複雑で仕方がない。


 少し待つと料理が運ばれてくる。マルスの前にゴトっと丼が置かれたのを見て香織が声を上げた。


「わぁ、カツ丼美味しそう!」


「か、カツ丼……」


 マルスは目の前の卵がかかった肉? が乗った丼を見る。トローリとした卵が乗っかったカツ、白いふっくらご飯。マルスが箸を取るべきかスプーンを取るべきか迷っているとスプーンに香織が手を伸ばした。すぐにそれを受け取ろうとすると香織が「だーめ」と渡さない。からかってるのか? とマルスは少し不機嫌そうな顔をしたが香織はジュースのグラスをマルスに渡すのだ。


「まずは乾杯でしょ?」


「あ、あぁ……そうか。すまない」


 神の時から宴会というものには参加していなかった。グラスをコチンと合わせあう。これを行うのは下界でもそうらしい。グラスを持ったマルスを見て悠人は一瞬だけ咳払いをし、少しだけ声のボリュームを上げて開会宣言。


「新人殺し、序列4位昇格おめでとう! ってなわけで……カンパーイ!」


 見ればわかる。少し悠人も恥ずかしがっているということを。彼も乾杯には慣れていないらしい。仲間たちはそういう憶測を隠しながらコチンコチンとグラスを合わしあい、食事にありつくのだった。


 カツ丼を一口食べて目を見開いて味に感動するマルス。美味しいのだ。下界に降りてから、神の世界の食事も十分に美味しかったのを覚えている。噛むたびに味の変わる調味料を使ったステーキや黄金桃のシャーベットなど、できることなら外科医の人間にも食べて貰いたいのだが下界の料理も負けてはいない。


「美味しい?」


「うまいな。これは中々」


「マルスって洋食よりも和食が好き? その……よかったらこれ食べる?」


 香織もひとくち食べた定食のおかずである焼肉風炒め。先ほどの関節キッス事件がまだ心残りな香織はリベンジマッチと自分の箸をつけたおかずで勝負することにしたのだ。そんな香織にも予想外の返事が叩き込まれる。


「それもいいが……。お前が食べる分がなくなってしまう。よし、こうしよう」


 マルスは自分のカツ丼を一口分よそって香織にゆっくりと近づけて行くのだ。周りで食事をとっていた悠人達は「嘘だろ!?」と言ったような表情をしてマルスを見た。あのマルスが空気を読んだ……いや、それを越える行動をしたことに驚くものと感動する何かが込み上げる。もちろん、一番戸惑うのは香織だ。


「え……? ちょ……! でもさ……!」


「女はそういうのが好きなんだろう? ほら、さっさと……」


 マルスのその一言を聞いたサーシャは一瞬だけピクリと震えさせた。これはタブーを口走ってしまったか……と香織を見る。香織は俯いて動かない。その状態の香織を見た悠人は急いでマルスを避難させようと立ち上がろうとした。まだマルスは知らないが香織はそのような匂わせや偏見が大の嫌いであり、恋愛ドラマなどを見ると腹が立つというタイプの少し面倒な女性なのである。香織のくせに匂わせが嫌いなこの女は沸点もそこまで高くない。


「わ、わ、わ、私の期待を返せぇええ!!!」


「なんだよ!? マジで!」


 暴れる香織を止めるもの、マルスを避難させるもの、避難したマルスを非難するもの、駆けつけて来た店員の対応をするもの、周りの客に謝るもの。かなりカオスとなった食堂の中で悠人は「魔装があったらマルス死んでたぞ……」と慎也と蓮によって連れ去られたマルスを遠目で見ていたのだった。


 この銭湯にいるのがもう気まずくなって大急ぎで食事をとってから逃げるように銭湯から去っていったのは別の話……。

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