周囲を索敵しながら蓮は移動していた。隼人が結界を張ってくれていたのでミサイルに爆撃を受けずに済んだが逃げることに必死になっていたので離れ離れに。自分の投げナイフは上級班に通じるかわからなかったので早めに人と合流したい気持ちでいっぱいであった。自分は前線で戦うような魔装ではない。隼人の後ろでナイフを投げるのが自分の仕事だと蓮はもう気付いていた。
「ッ!?」
その時に蓮めがけてジェル状の液体が飛んできたのでそれを回避し、地面に視線を落とす。ジェルは蓮の足元の草花に粘着してモゾモゾと蠢いていた。何らかの気配を感じて視線をゆっくりと上げる。そこにはゆったり目な服を着たした女性がいた。ピンク色のボブショートにピンク色のタレ目、「んー」と声を上げている。深緑色のワンピースのような服を着ており、それはどこかチャイナドレスを思い出すような作りだ。ムチムチな体にウエストをきつく縛ってくびれを強調していた。
「君が天野原君?」
女性は眠たくなるような声で蓮に話しかける。蓮は一歩後ずさってから返事をした。
「そうだ、天野原蓮。あんたが稲田班の一員だな」
「そうだよー」
語尾を伸ばして喋る目の前の女性は性格もおっとりとした印象を伺える。そもそも蓮はどうして名字を知っているんだ? という違和感を感じたが子ナイフを持って投げつけた。ナイフを女性の腹部に突き刺さる……はずだった。何と女性の腹部を貫通する部分がジェル状となっており、何のダメージも得ていない。その異様な光景を見ながら蓮はナイフを引き寄せて顔を引きつらせた。
「どんな芸当だよ……、それは魔装か?」
「そうだねー。私は福井柔美。君の戦い方はわかってるからぁ、終わらせるねぇー」
気怠そうな声と共に福井の全身はジェル状になっていき、スライムとなっていく。蓮はその様子から「一体、どんな原理なんだ!?」とナイフを構えながら冷や汗を垂らした。こんな魔装は見たことがない。普通は武器を手に取って能力を得ることが普通だと思っていたのに……この目の前の女性自体が魔装という珍しい形の魔装だった。
そしてジェル状になった福井は長く伸ばした腕を蓮に高速で伸ばしていく。蓮はそれを上空に飛んで回避。そしてナイフを何本か打つが貫通するだけで何の影響も受けなかった。しかも元いた地点を見ると地面に垂れたジェル状の腕は周りの植物を侵食して新たな体として増殖を始めている。
「マジかよ……」
安全なところに着地して蓮はジェル状の福井を観察した。
「それがあんたの能力か」
「私の適合は粘体生物。種を内臓に移植させて魔装にしてるの。攻撃は無効にしちゃうよ」
福井の魔装はスライムの種を内臓に埋め込むことで全身をスライム化させるという魔装である。このスライム化は物理攻撃を無効化し、周りのものを取り込んでどんどん浸食していく。マイペースで面倒くさがりな福井にとって知らないうちに敵が飲み込まれて死んでいることは都合が良かった。蓮は後退りをしながら観察を続けるが一向に弱点を見つけることができなかった。
「クソ……、無敵ってことか」
「そうだね。諦めるも戦うも君に任せるよ〜」
両手を広げている福井、死ぬと決めたら飲み込んで自分を溶かしてさらに強くなってしまう。そんなことをすれば自分のせいで味方が全滅なんてあり得る話だ。
それだけはさけたい。自分は中距離サポートだ。サポートが活躍してこその全員の栄光につながる。ここで蓮が諦めることはもう戦闘員を諦めていることと一緒だった。蓮はナイフを掲げて舌打ちをかましながらギンと睨む。
「死ぬかよ。やるだけやってやる」
「やるねー」
福井は飛び上がって長く腕を伸ばして蓮を貫こうとした。蓮はその腕を回避しながら侵食されない地点まで移動し、なんとかして弱点を探そうとする。何かしらあるはずだと蓮は確信していた。この粘体生物を魔装にするために一回討伐しているはずなのだ。無敵だったら手に負えずに魔装になってない。倒せる何かがあるはずだと蓮は確信していた。
目を凝らして福井の攻撃を回避しながら辺りを一周する。その時、福井の生の左足がジェル状の体に紛れて一本飛び出ていた。そこを狙って蓮はナイフを投げるが蓮の考えを最初から分かっていたかのように福井は子ナイフ一本を握りしめる。
「ここを狙うことはわかってたよぉ、天野原君」
握られたナイフはジュワジュワ音を立てて溶けていった。そこで蓮は更に恐ろしいことに気がついてしまう。安全だと思っていた地面がジュワジュワと音を立てているということ。辺りの植物が枯れてきている。
「酸性……!」
「私の体以外は溶けちゃうよぉ、ぜーんぶ私の養分になるんだから」
蓮はまだ溶けていないところまで移動して打開策を考える。相手は全身をジェル状にして物を溶かして取り込み、新しい体にするという魔装。このままいくと辺りは溶けてあの福井の養分になってしまう。しかし、福井の弱点が一つだけ見つかった。それは全身とは言っても体の一部分は生身の肉体のままということ。種を内臓に植え込んでジェル状に変形できてはいるが所詮は異物を取り込んだだけに過ぎない。
本質的には人間の部分も残るんであろうと蓮は判断した。
「このままいくと君は死ぬよ?」
「そんなことわかってるさ」
「もう諦めたの」
「バカか、諦めるかよ」
福井は面倒な敵と戦うことになったなと舌打ちする。弱点は知られたがまだ策はあるので問題ない。もうこの策を使えば相手は確実に死ぬ、それなのにまだ続けると言い張る。マイペースな福井はそろそろ終わらせたかったがそうにもできなさそうなので最後の策を使うことに決めた。
「じゃあもう終わらせるね」
蓮も思うことは一緒である。できればもう終わらせて楽になりたい思いもある。あまりにも相性が悪すぎるために。であるがそれは彼のプライドが許さなかった。溶けて死ぬなんて怖いし、痛い思いはしたくない。だが彼には彼の信念がある。ゴミみたいな人生を塗り替えるために自分は戦闘員になった。そんな信念をここで曲げるわけにはいかない、戦いを放棄するのは戦闘員の仕事じゃあない。
福井は地面に埋め込んでおいたジェルを使って地面ごと一斉に溶かしていった。もう蓮の居場所はない。このまま地面に立っていると自分も溶かされて終わってしまう。だがその結末はどう考えても抗えなかった。彼はフッと笑って覚悟を決める。そう、覚悟するだけでいい。簡単なことだと自分に言い聞かせる。
「俺はさ、一人じゃあこんな戦い方しかできないサポート役だ」
急に喋り出した蓮に反応を示す福井。蓮はベルトから全てのナイフを握りしめて福井に投げつけた。福井は足をジェルにして代わりに顔を生身に戻し、ジェルの中に顔を押し込む。緑色のジェルの中に福井の顔が漂っている。異様な光景だがこうすればもう無敵だった。
刺さったナイフはジュワジュワと音を立てて解けていく。福井は「勝った……!」と勝利を確信する……が、蓮は懐から親ナイフを取り出して発動させた。
「軍隊鳥!」
蓮の掛け声に反応した親ナイフは子ナイフの元へと飛んでいく。それは握っている蓮も同じだった。ナイフを使った高速移動。辿り着くことだけが目的じゃない。こうするしか勝つ方法がなかったことを班員に申し訳なく思いながら蓮は福井のジェルの中に飛び込んだ。
「ナッ!? 怖くないの!?」
溶かされることを知ってまでスライムの中に飛び込んだ蓮が信じられなかった福井は顔面を掴まれた時に目を見開いてあまりの予想外のことに恐怖すら感じる福井は絶望した。そんな福井に蓮はニッと笑ってナイフを突きつける。
「怖がるかよ……、新人殺しの栄光は俺が創る。それが俺の役目さ。でなきゃ先には進めないんだから」
驚く福井の顔面にナイフを突き刺して福井は光となって消えていった。カボチャに包丁が刺さる音のようなものは響く。覚悟を決めた蓮の勝利だ。戦いは終わったことに蓮はフッと微笑むが残りのスライムに全身を突っ込んでいるので体が酸で犯され溶けていく。
「グゥウウ…アァ……!! 畜生……! ンンンゥァアアアアア!!!」
覚悟していたものだが全身を溶かされる痛みは尋常ではなかった。何度も同じ傷にナイフを切り込まれているかのような鋭い痛みがゆっくりと襲いかかってくる。何度も自分の顔面を殴って痛みを緩和しようとしたが無理そうだったので蓮は諦めた。激痛の嵐の中で蓮は溶けかけの親ナイフを握って終わらせようとしたがその腕も溶けてナイフから解けていく。
「こういう……の……求めてないと思うけどさ……がんば……」
消えゆく意識の中、蓮は班員のビジョンを確認しながらゆっくりと光となって消えていく。当分はスライムがトラウマになってしまう。蓮はジェルと共に消えた。
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