戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

衝突

公開日時: 2020年11月25日(水) 21:03
更新日時: 2020年12月13日(日) 11:25
文字数:3,064

「わかったわ……」


 サーシャはパイセンの通信を切ってフゥと息をつく。パイセンがミサイルの爆撃のシステムをやっと知ることができたそうだ。ミサイルを発射する魔装と合わせてレーダーの魔装を扱うものがいたらしい。ミサイルの爆撃と連携を組んで自分達の場所を特定し、稲田班の班員が確実に勝てるコンディションへと誘導していたそう。サーシャは通りで自分の対戦相手が電気を扱う稲田であったことがわかった。


 そしてパイセンが通信機の電波を逆探知することによって東島班の班員の場所を確認しようとしたがもう蓮、慎也、優吾、香織はやられてしまったことも知る。


 サーシャはパイセンにどこにいるかを聞き出してすぐにその場へ向かうという連絡をして通信機を切った。自分がここの位置にいることも相手のレーダーには筒抜けであることがわかったので早いうちに移動しようとサーシャは地面を滑っていく。音もあまり立てずに水の推進力だけで地面を滑るサーシャだったが髪の毛が少しだけ逆立っていることに気がつく。ハッと振り返ると奴が、稲田光輝がそこにいた。


「どこに行こうとしてるんだ?」


「……まだやるの? あなたじゃあ私には勝てない」


 サーシャはボディを装着して稲田に槍を構える。全身に螺旋を描く水が纏われていき龍を模っていった。二回目からはスムーズに装着できたのでひとまずホッとする。これを着れば確実に勝てる相手であるから。それに対して稲田はフフフッと不敵に口角を上げた。先ほどとは雰囲気が全く違う。髪の毛が逆立っており、額には血管が浮き立っている。体の至る所からバチリ、とスパークを起こしている稲田は姿勢を低く構えた。


「さっきの俺とは訳が違うんだよ……」


「何をいって……」


「フンッ」


 その瞬間、稲田は光となってサーシャのミゾに拳を殴り込んだ。内臓を吐き出してしまうかのような拳の一撃にサーシャは血を吹きながら吹き飛ばされる。バキン!! と音を立てて木は折れてサーシャは飲み込まれた。そしてゆっくりと痛む体に喝を入れながら起き上がる。強さが異常に違う。電撃はカバーできるが稲田の拳はカバーできそうにもなかった。


「君はお世話になっただろう? これがもう一つの能力さ。特定の方法で電撃を体に浸透させると身体能力を急激に上げる。わかる?」


 サーシャはマルスの初任務の光景を思い出していた。地下ケーブルから電気を吸い取って身体強化を行った猫。おそらくあれは全身の筋細胞を電気で刺激して身体能力を引き上げている。一種の暴走状態のような荒技であるが刺激された筋細胞は通常よりも莫大なエネルギーを生み出し、電光石火の一撃を相手に喰らわせることができるという強化なわけだ。


 そう思っているとサーシャの眼前には突きつけられた稲田の拳が見えた。その瞬間、顔面に凄まじい衝撃と鈍痛が走り、後方に吹き飛ばされる。吹き飛ばされるサーシャだがボディの尻尾と水のヒレからジェットのように水を発射して空中で立て直したサーシャは槍を回転させて力を込め、勢いよく突撃した。そんな一撃を稲田は上半身を低くして回避する。


「ナッ!?」


「頭を下げれば大丈夫、習わなかったか?」


 稲田は2発サーシャの腹を殴って回し蹴りを顔面に決めた。今度こそ一撃をあてられて一瞬視界が消えたサーシャは地面に叩きつけられ、対する稲田は華麗に着地。形勢逆転である。アーマーのおかげで電撃を無効化にはしているが意味がなかった。このままじゃあ物理的に殺されて終わる。


「ハァ……ハァ……グッ……」


 サーシャは口から血を吐き出してしまう。さっきの一撃で内臓をやられた。体の奥底から鈍痛が襲いかかり、サーシャの体に追い討ちをかける。


 稲田は袖から鎌を取り出してサーシャの周りを高速で周り続けた。全身のスパークが目にチラついてサーシャの視界を徐々に奪っていく。視界を追うのは無理だと判断したサーシャは目を閉じた。暗闇の中で音を頼りに気配を探る。後ろか前か、右か左か。ツーっと冷や汗が垂れていることがわかった。ここでサーシャは自分が少し怖がっていることに気がつく。これが2位、これが稲田光輝。タクティクスの班長。サーシャは全身が逆立つほどの気配を背後に感じて槍を突き出した。しかし、槍は虚空を突いて稲田は姿勢を低くして鎌を振るった。


「遅いぞ」


「イヅゥウウウウウ!?」


 アーマーのおかげで軽減はできたがザックリと腹を斬り裂かれてしまった。サーシャの腹に激痛が走る。ビクン!と体が震えて一瞬だけ頭の中が真っ白になった。目からは涙が溢れ、出血を起こして呼吸も荒くなる。心の底から恐怖が湧き上がる。痛いのはもう嫌だ。一瞬だけ逃げ出したくなる。


「ガッファ……」


 血を吹き出しながら吹き飛んだサーシャは槍を使ってなんとか立ち上がることができた。しかし、彼女の透明な水のアーマーは血が滲んで真っ赤に染まっている。血で染まった紅の龍だ。


「皮肉だな。血で彩られた鎧の方が美しい」


「うるさい……!」


 サーシャはそれでも槍を構えて突撃するがなんの動揺もない、冷め切った表情のバックステップで全て躱されて稲田はサーシャに向けてため息をついた。


「お前、本当に副班長かよ。こんな諦めの悪い戦闘員は初めてだ」


「それは……結構……。けどね……まだ諦めないよ……?」


 血を吹き出しながらサーシャは立ち上がっている。そして両手を広げて声を張った。その目からは依然として涙は溢れている。激痛による悲鳴、恐怖、彼女の心を体現したかのような涙だ。それでも彼女の目は鋭く、稲田を突いている。


「まだ動くでしょ? こんなところで諦めたら……もう私は副班長を名乗れない……!」


 稲田としてはなんの思い入れがあるのだ? と疑問に思ったが鎌を取り出してサーシャをキッと睨んだ。そろそろ稲田の筋細胞が悲鳴を上げ始めている。ピクピクと伝わる痛みが走るのでサッサと終わらせなくてはいけない。


「次で決める、いいな?」


「臨むところ……」


 サーシャも槍を構える。これが最後、これでどうしようもなかったらこれを最期にしよう。サーシャはそう決めた。そして自分の魔装に微笑みを向ける。


「ここまで乱暴に使ってごめんね。これで決めるから……」


 槍は「これが最後だぞ?」と言わんばかりに螺旋の激流を作り出した。サーシャは微笑んで槍を構える。刹那、稲田の稲光とサーシャの激流が襲い掛かった。視界に映るのはただ1人、目の前の敵だけだ。稲田は稲田で呆れるが飽きる試合ではないなと感じる。ここまで面白いと思った戦いは初めてだった。これは仕事ではない、決闘だ。


 サーシャは激流に乗りながら突撃する。槍から発せられた水はもう最大級の威力を誇る。彼女にも彼女のプライドが存在する。ここで負けて何もできなかったで現実世界に戻りたくなかった。ここはバーチャルだ、死は怖くない。


 お互いの想いをかけた一撃が超スピードで激突する!


「オォオオオオオ!」


「リャアアアアア!」


 一閃が重なり合い、辺りに閃光が迸る。そしてお互い、真逆の位置に立っていることを認識した時、サーシャの体からアーマーが剥がれていき膝をつく。


 その数秒後、稲田はフッと笑って肩越しにサーシャに対して振り返った。


「そのまま……戦い続けろ……」


 稲田は光となりながら地面に倒れていき、その場に残ったのは焦げた地面だった。


 勝った……。正直言って今でも信じられない思い出いっぱいになる。涙を拭いて頬を叩いて生きてるということを必死に再認識した。やるだけやった。改めて凄まじい敵だったと認識しながら移動を再開するのだった。


「この戦いは東島班わたしたちが勝つ……!」

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