戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

覚醒魔獣

公開日時: 2021年8月5日(木) 19:05
文字数:4,613

 必要最低限の挨拶か、八剣は小さくお辞儀をして席まで移動した。音も立てずにピシッと座る様子は彼女らしい。決勝戦の時に見たドレスアーマーとガンブレードは何の変わりもなく、本人が放つ凛とした空気感も何の変わりもない。遠く離れたところで遠征任務に当たっていた彼女には亜人によるダメージはなかったようだ。


 ゾロゾロと八剣班の班員が会議室に入ってくる。決勝戦の時に見た人物もいれば今回初めて見る八剣班の班員が二人ほど。八剣以外に入ってきたのは見鏡、水喰、弘瀬、恋塚、それとマルス達は見たことのない二人であった。一人は片マントを着用した癖っ毛のある男性だ。左目に片眼鏡のようなものをかけており、顔つきはどこか飄々とした辛気くさい人物。もう一人目は青色のワンピース風な戦闘ジャケットとスカートを着た背の小さい女性である。ボブショートの青髪は深い海の色、寝ぼけているのか半目でウトウトしており、椅子につくなりうたた寝を始める始末。片眼鏡は頬杖をつきながらスンと鼻息をするだけだ。


「集まったようだな。それでは合同会議を開始する」


 レイシェルは端末を操作してモニターに今回の概要を写して説明を開始した。その説明、まずは研究所のデータ奪還の詳細からその結果。遠野班の調査報告に合わせて奇形の魔獣の出現。今までの活性化魔獣はおそらくその奇形の失敗作。仮説を交えた説明を行っている。


「ビンゴだな。やっぱり亜人は研究所から改造魔獣のデータを奪還。そこから失敗作だった活性化魔獣をその成功である奇形へと持っていくことができた。魔獣は魔石が本体と言ってもいいほどあそこに情報を溜め込んでる」


「パイセンの言う通りだ。今まではツタを侵食させることによって異なる魔石同士を結合させていたがそれはショックが大きすぎる。今回発見された『果実』は異なる遺伝子にも対応できる万能な魔石というわけだ。果実の詳細は現在研究員達が解明に向けて動いてくれている。我々は果実によって生まれたこれらの魔獣を『覚醒魔獣』と命名し、対策を行う。その前に一ついいか?」


 パイセンの呟きに捕捉を入れながら説明したレイシェルはコホンと咳払い。今までとは違うレイシェルの覚悟が見えた気がする。マルスは少しだけ震えた。この女は決意を込めると目が細くなる。メガネの奥の瞳は一才の油断が見えない。上に立つものはこうでなくてはならない気がする。


「この地図を見てくれ。発見された覚醒魔獣達は計7体。それもこの事務局を囲い込むかのように位置している」


 マーカーで地図の上に線を引く。発見された覚醒魔獣は合計で7体。報告書に書かれた5体の他、新たに2体が発見されている。赤色のマーカーで地図に印をうっているわけだがここであることに気がつく一同。レイシェルも頷くことでその気づきを肯定している。その発見地点は全て支部を囲い込むかのように位置しており、動き出している報告もある覚醒魔獣達は必ずこの支部へと方向が定まっていたのだ。


「見てわかる通り、距離はバラバラだがこの支部を取り囲むように出現している」


「かなりまずいんじゃあないですか? レイシェルさん」


「あぁ、東島。だからここにいるメンバーで一気に叩く」


「おい、レイシェル。全員で出るのは危険だろう? 同時に出るよりもっと大人数で一体づつ撃破していった方がいい」


 手を挙げつつレイシェルに質問した悠人とレイシェルの計画に待ったをかけるマルス。全員思っていることは一緒だった。この覚醒魔獣の強さは東島班が戦った改造魔獣と同等、もしくはそれ以上とされておりそんなものがこの支部に一斉に向かっている。今までの活性化魔獣とは比べ物にならないくらいの巨体を誇るものや能力を持っているだろう存在なのだ。


 マルスは覚醒魔獣の報告を聞いてなるほどと思うと同時に亜人の中でエリスが必要不可欠な存在だったことを再認識した。ただ疑問に残るのはまだ幼いあの少女が作り出せる魔獣達なのであろうか? と言ったことである。いくら考えてもわからないことは保留にすべき。マルスはレイシェルの言葉に耳を向けた。


「マルスの言い分はもっともだがこれを見てほしい。奴ら適当に見えてよく考えられている。覚醒魔獣達がここに直進してくるとして、一番遠いこの覚醒魔獣は市街地を突っ切ってくるはずだ。ここの住民は既に警備班が避難させたが大きな被害が予想される。逆に一番近いこの覚醒魔獣は近くの山で発見されたがどれだけ早く討伐しても市街地の魔獣が突っ切ってくるのを止めることができない。一体づつ討伐する場合だと必ずどこかが甚大な被害に遭ってしまうというわけだ」


 亜人も馬鹿ではない。元々魔獣と深い関係にあったのは亜人だ。彼らの習性、能力、スペックを全て理解して共存を可能にしていたような種族が多い。この覚醒魔獣が魔獣の延長線上の存在だとしたら彼らの理解圏内には入るはずだ。その魔獣の動くスピードや体躯を考慮しての配置だとしたら……。計画した人物はかなりの頭脳派だ。


 一同の静寂。レイシェルの声だけ響く。


「しかし、今回の任務はこれまでとは比べ物にならない。……辞退したいものはしてもいい」


 今更何を言い出す? マルスの頭にはその言葉がすぐに浮かび上がった。レイシェルの気持ちも分からんでもない。今回の任務は危険極まりない任務だろう。改造魔獣の件でダメージを受けていた人物はここにもう一人いたのだ。その静寂を打ち破った人物は意外な者だった。


「……今回のことも亜人の仕業なんですよね?」


 今まで黙っていた福井班班長、福井柔美だ。マルスは初めて真面目に喋り、顔に決意がこもった表情の福井を見た。この女性、自分の想像以上に強者そうだ。マルスは少しだけ目を細くして話を聞くことにする。


「間違いないだろう」


「じゃあやります。少しでも稲田班長の仇が取れるなら」


 福井のこの言葉にガタン! と大きく震えた人物が一人。蓮だ。一瞬だけ目を見開いて柔美を見た後に口元を隠すような仕草を取りながらコッソリと呟いていたのをマルスは聞き逃さなかった。


「気にしていたのか……!?」


 一体何のことかは分からないが蓮の隣に座っていた隼人もスルー。福井のこの言葉の次に声をあげたのは赤髪の剣士、ルイスだった。


「そうだな、やろう」


「ぼ、僕もやります……!」


「私は直樹くんについて行きます」


「……やろう」


「こうなったらおじさんも断れないや。頑張っちゃうぞ」


 福井班は全員行く気である。半数を亜人の悲劇によって失った福井班こと旧稲田班。今思い返せば研究所の件でも亜人が研究所にやってきた時に率先して協力してくれたのは福井班だったのだ。研究所へ東島班が救助にいけるように任務を交代させてくれたことを思い出す。そうなれば答えはもう明白だ。


「元々断るつもりなんてないけどな」


 笑いながら答えたのは隼人。


「ここにいる連中なら断るやつはおらんよ」


 フッと笑みを向けながら声を出したのは八剣班の見鏡未珠だった。レイシェルは彼らの言葉を聞いて深呼吸した後にいつも通りのトーンで話し始めた。


「お前達の協力、感謝する。では今回の作戦を説明するぞ。改めて確認するが今回発見されたのは研究所で暴れた改造魔獣と同等かそれ以上の存在。よって我々はこれらを覚醒魔獣とし、同時攻撃による早期の殲滅を目指す。具体的な班分けだが既存の魔獣と当てはめた結果、こうだ。それぞれ名前を見つけてくれ」


 そう言って表示された班分けをマルス達は閲覧した。




三頭魔竜アジ・ダハーカ、ベース予想:山竜アースドラゴン

担当…マルス、一瀬香織、ルイス・ラッセル


蝿王ベルゼブブ、ベース予想: 兵士蝿ソルジャーフライ

担当…見鏡未珠、大原優吾、関原慎也、霧島咲、佐久間直樹


金剛獣コロッサス、ベース予想 : 合金獣メタルビースト

担当…パイセン、東島悠人、大渕泰雅、張豪梓


十星魔蝕プルカザリ、ベース予想 : 魔虫ミステリアンスター

担当…サーシャ・エルフィー、梶沢藍、水喰昇


浮遊鉱石アルマス、ベース予想 : 魔石?

担当…天野原蓮、宮村隼人、福井柔美、恋塚紅音


蛇王獅子メドゥーサ、ベース予想 : 喰獣グール

担当…弘瀬駿来、明通歩夢


蜘蛛女アラクネ、ベース予想 : 鬼蜘蛛デーモンスパイダー

担当…八剣玲華




 要項は以上だった。マルスが相手するのはアジ・ダハーカという化け物らしい。それぞれの覚醒魔獣の説明映像を見ながらマルスは舌打ちをした。


「ご丁寧に名前まで付けてやがる。あの女、はなから全員参加させるつもりでいたな?」


 その呟きは誰も回収しなかった。他の班員はメンバーについての話題で少し騒がしい。聞こえたものをピックアップしてみる。


「駿来じゃあなくてアイツ……、最悪」


「やった……。直樹くんと一緒、えへへ、直樹くん直樹くん直樹く〜ん」


「ちょ、咲さん近いって。でも……僕も安心したかな」


「待てよ、パイセンはいいにしても俺……大渕さんと張さんなんか話し相手にもなれない……。あぁ、ヤベェ……」


「なぁんだよ、悠人。不安なのか? 今日は珍しいもんだ。俺たちがついてるから安心しろって」


「え、梶沢さんってこのうたた寝さん? ……パイセンタスケテ」


 聞き取れた喧騒はこれだけだった。通信から忘れかけれれてた遠野が「おいおい!」と声をあげたことで全員ハッとする。ため息をつけながらマルスが名簿を確認していると一つだけ気になることを発見。


「おいちょっと待て。八剣玲華が一人だけだぞ。大丈夫なのか?」


 マルスは改造魔獣の中でも最強格だった蛇足型と戦闘を交えている。数で言えば一番改造魔獣と戦ったのがマルスだ。今回の覚醒魔獣が改造魔獣の同等とそれ以上なのだったら八剣玲華一人で出向くのは危険すぎる。そう心配するマルスの気持ちは東島班にも伝わったようで少し心配した顔つきで八剣玲華を見ていた。そんな彼らに八剣はクスッと笑って安心させるかのように落ち着いた声で話しかける。


「心配いりませんよ。あなたとは一騎討ちで戦いましたが対人と対魔獣戦とでは訳が違いますし、どういうわけか魔装が起動しなくなった最後の一閃以外は本気をだしていませんから」


 微笑むような笑顔で突きつけられたとんでもない現実。あの時のマルスの一閃はまさに奇跡そのもの。そりゃあ神の力には八剣玲華も負けるに決まっているが……本気を出したのはあの時だけ。マルスは少しだけ冷や汗を吹き出すことになった。


「補足だが八剣の強さは異常だ。かなり強力な戦闘員で構成された八剣班の中でも彼女は異次元の強さだからな」


「それでもまだ妾を越えてはおらんぞ」


 補足してくれたレイシェルに冗談を交えるかの如く、サラッととんでもないことを言い出す見鏡未珠。そりゃあ優吾が勝てない訳である。当の本人である優吾は少しだけ引き攣った笑いをしていたがどこか真っ直ぐな目で見鏡未珠を見ているのであった。


「そ、そうか……。ならいいのかな」


「他に何か意見のあるものは?」


 引き気味なマルスを放置してレイシェルの声が会議室に響き渡る。何も反応がなかったことからレイシェルは「よし」と呟き、声を張り上げた。


「では、作戦を決行する!」


 その時だ。


『た、大変です! 覚醒魔獣が移動を開始!!』


「なんだと!? おい、翔太! 移動要員は?」


『安心しろおばちゃん。もう用意してある。俺もそこに向かうから移動用車がある倉庫付近に集合だ。そして颯太、ご苦労だった。あとは警備班と一緒に街の警備に移れ』


『わかったよ、翔ちゃん』


 最初に報告した遠野班所属戦闘員、日暮颯太の通信が切れると同時にレイシェルは戦闘員達に向きなおったのだった。


「よし、全員装備を持て。ただちに出撃だ」


 覚醒魔獣との戦いが幕を開ける。

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