戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

研究所に行こう

公開日時: 2020年10月8日(木) 20:52
更新日時: 2021年11月29日(月) 21:38
文字数:3,347

 部屋に入ったマルスは一旦窓を開ける。サラサラとした風が部屋の中の入り、半透明のカーテンをヒラヒラと揺れさせた。マルスはその光景を見ると少しだけ懐かしく思えた。神殿の中でチェスをしていた自分が目に移る。


 そんなことを思い出しながらマルスは水道からコップに水を入れて飲んだ。水道の水は普通のヒンヤリとした水で美味しい。いっぱい飲んでからマルスはクローゼットを開けて何か服がないかを探してみた。ここに置いてある服は無地の服ばかりである。しかも数も少ない。どこかで調達するのだろうか? そんなことを思いながらマルスは深緑のロングTシャツにジーパンという無難コーデを決める。


 人間が作った服を初めて着たが非常に心地が良い。姿見で確認しながらマルスはデバイスをポケットに入れて自分の剣を背中にかけた。この剣が背中にあると落ち着いた気がして仕方がない。部屋の鍵をかけてマルスは集合部屋に急ぐ。靴を脱いで階段を上がって部屋の扉を開けると普段着でダラけた新人殺しのメンバーがいた。


 ダラけてはいるが皆魔装を持っている。自分と魔装に対する気持ちは一緒らしい。


「おはようございます、マルスさん。初日はよく眠れましたか?」


「あぁ、慎也か。うん、よく眠れた」


「そりゃよかったです。今日から一週間はリハビリ期間ですよ」


「そうらしいな……」


 今日から一週間、任務がこの班に来ることはない。理由としてはあの猫との戦闘はパワーバランスが事務所のミスのようなものだったと連絡が来た。下手をすれば全滅の恐れもあったそうである。


 東島班の班員が着ていた服は任務の内容を見て他の班よりも粗悪なものだったらしい。元々は辺境調査や下級魔獣を討伐するだけの班であるのだがこのご時世、魔獣が活性化しているため下級魔獣でも強さは桁違いになる。そのために戦闘服を新たに製造していたのが今日完成したのだそう。

 

 マルスの戦闘服はレイシェルが急ピッチで依頼をして製作されたらしく、なんと徹夜で研究員が完成させたというから驚きだ。魔装の性能上、弱点があまりないのでデザインを工夫する必要があまりなかったかららしいが……。日本人は休まないのか……とマルスはため息を吐いた。


 それに合わせて魔獣も徐々に賢くなってきているので準備期間として一週間の猶予が与えられたのだ。その間に装備の準備などを行う。準備が終われば少し暇になるんじゃないか? と思ったがマルスは覚えることの方が多いので案外暇じゃあない。


 マルスはとりあえず慎也の隣の席に着く。東島は何やらテレビをつけて隼人、蓮と一緒に見ていた。テレビと言ってもバラエティ番組ではなく堅いニュース番組であったが見ている東島は何やら不機嫌そうだった。


「ッチ、よくわかんない政策だけは立てて本当に欲しい政策はつくらないよなこの国は」


「まぁまぁ悠人。魔獣退治に関しては俺たちが全権を取ってるじゃないか」


「そうだけどな、隼人。俺たちのありがたみなんて何にもないくせによ。自分は襲われないからって俺たちのことをクソツボの集団なんて抜かしてる権力者もいるんだぜ?」


「クソみたいな理由でなってる戦闘員の方が多いんだから当てはまってはいるだろ。この班は特に」


「ん……、蓮……」


 蓮の辛辣なコメントに歯切れを悪くしながら答える東島。どうやらニュースの内容は政界で権力を持った人の戦闘員に対する差別的発言により炎上した件らしい。どこの世界にも見下すような変な権力者がいるんだなぁ……。マルスは更にため息をつく。


「悠人君、そんなことでイライラしてる暇じゃなくない? 今日は戦闘服を受け取る日だよ」


「あぁ、そっか。やっと採寸した戦闘服の準備ができたって。上位班の優遇が過ぎるんだよなぁ。マルスもレイシェルさんの伝手で作ってもらってるから。受け取りに行くぞ」


「おぉ! 俺楽しみにしてたんだ!」


 ウキウキの隼人が先導でせっかく座ったばかりだというのにここから離れるらしい。サーシャの言葉で今日の予定を思い出した悠人はテレビを消して小声で何かを呟きながら部屋を出た。それに続いてマルス達も出る。


「なぁ慎也。今からどこに服を取りに行くんだ?」


「研究所です。ここから離れたところですが魔装を使えばすぐですよ」


「こんなところで魔装の身体能力の恩恵を使うって……」


「だって僕達、運転免許取れないんですもん」


 運転免許には聞き覚えがあった。チェスをしている時も車という乗り物を見つけて一人で驚いていたな。一定の年齢を超えれば試験を受けれてその試験に受かったら車を買うことができる。いいシステムだとは思うが戦闘員にとっては時間がないから取れないんだろう。都合が悪かった。


「なるほどな……、黒戦剣ソウルキャリバー


 魔装を起動させてそれぞれの武器に線が入り、内蔵された魔石が光を帯びた。鞘ごと線が浮き出て赤黒く光るマルスの剣、鞘から漏れる蒼と紅の光を浴びるのは悠人、腰のベルトにかけられたナイフが一斉に反応して淡く光り出す蓮に埋め込まれた血管のような模様が濃くなる隼人。マルスの正面からは腕に巻きついた金属を振り払うようにしてバットに変形させ、肩に置くパイセンに螺旋のような水を掴んで槍を手に取るサーシャ、魔石が反応している針を咥える慎也とリロードのように銃の弾倉を動かす優吾が。そして最後の香織は腰に掛かったバチのようなものを器用に放り出すと音を立てながら大槌に変形し、琥珀色の光を見せる魔装と悠人を交互に見ていた。


「走るぞ〜」


 比較的軽い悠人の声でマルス達は走り出した。走った時に驚いたのだが風のように早く走れる。過ぎ去る木が自分の視界に高速にすぎていくのだが体には何の影響もない。息切れもせずに森林地帯をあっという間に走り切ったマルスは生まれて初めて人間の街をみる。


 空をつくかのような建造物が沢山建てられており、その建造物をからめとるかのように道路が位置してある。地面にも道路があるので入り組んだ様々なルートがあるんだろうと思いながらマルスは人間の発展具合に驚いた。


「高いなぁ……」


「ここら辺は高速道路のバイパスが多いですよね。あ! あれが目的地ですよ」


 森林地帯を抜けてすぐの所に敷地がそこそこ広い建物があった。その建物は周りの建造物と比べると低い建物だったが立派な建物で周りの目をひく。


「ここが極東支部の研究所こと『極東戦闘員支部直属魔獣研究所』、魔研です!」


 元気な声で説明してくれた慎也の話をまとめるとここは魔装の製造、魔獣の研究を主にしている所だそう。戦闘員支部の中にも研究班と言ってここから派遣された職員が働いているが大御所はここなんだそうだ。門をくぐって建物の中に入る。中は戦闘員事務局とよく似ていた。


「やぁやぁ、待っていたよ」


 入ってきたマルス達を出迎えたのが一人の男性だった。年はもう60を超えていそうな老人で立派な白髪が印象的だ。シワがよったような顔をしているがその目からは知性が溢れ出ている。


「お久しぶりです、小谷松さん。こいつが新人です」


 マルスをグイッと引っ張りながら老人に挨拶をする東島、面識があったそう。


「君が新人のマルス君かい?」


「あぁ」


「ここの代表をしている小谷松だ。今日は戦闘服を受け取りに来たんだよね?」


「そのようだな」


「こっちに来なさい」


 小谷松と名乗った人物が先頭に研究所の中を歩き始める。長い廊下を歩いていたのだがある一室に入っていった。そこは戦闘服の研究場所だった。小谷松は入るなり早々スーツケースのような入れ物を人数分持ってくる。


「ここに戦闘服が入っているよ。試着してみるといい」


 ちょうど人数分の試着スペースが空いていたのでマルス達はそれぞれのスペースに入って着ることになった。その時、ふとマルスは小谷松と目があった。彼はニッコリと笑いかけてくれたのだがその瞳にデロリとした気持ちの悪いものを感じ、逃げるように試着スペースに入る。


(なんだ……あの人間は……?)


 例えようのない恐怖が募るような色のない目をしていた。視線にはマルスはかなり敏感になっていたがここまで気持ちの悪い目は初めてだ。この研究所……何かある。マルスはそう思うが気分を紛らわせるようにスーツケースを開けた。パチッという音と共にスーツケースは開く。デロリとした視線がまだ脳裏でマルスをせせら笑っていた。

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