戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

正義

公開日時: 2020年11月13日(金) 21:01
文字数:3,532

「ヒェー、なんとか逃げ切ったな」


 全身を覆う結界を解除して隼人はホッと息をついた。あのミサイルの爆撃は結界を起動しながら全員を守ろうとしたのだが本当に全方位に落ちてくるので自分を守るのに精一杯だったのだ。結果としてみんなとはぐれてしまったことを歯痒く思うが隼人は元いた地点に戻れば誰かと合流できるであろうと森の中を歩いていた。


 ザクザクと踏みしめながら木々が生茂る森の中を進む。さすがはバーチャル空間、首筋を伝う微風さえも完璧に再現する。隼人は首元を左手でさすりながらそう思っていると彼は前方に人がいるのを発見した。人だ、目を瞑っておりレイピアを構えてジッとしている。顔立ちは西洋系の白人で服装はどこかの騎士を思い出すかのような衣装だった。


「あれは……、置き物じゃないよな?」


 隼人はジッと目を凝らして確認する。独り言を漏らして魔装を起動させ、右腕に展開されたアーマーは即座に野球ボール程の大きさの結界を作り出した。慣れた手つきでボールを勢いよく投げる。これが当たれば相手の頭蓋骨は大変なことになるなと思っていると不意に男は開眼し「ムン!」という掛け声でレイピアで結界を貫く。貫かれた結界は根元から粉のように消えていった。


「マジかよ!?」


「……お前が宮村隼人か」


「あ、名前知ってるんだ」


「私は……ルイス・ラッセル。主人、稲田光輝様より遣わされた戦士。ここでお前は死ぬことになる」


「ようはパシリね、納得」


 楽観的な隼人の言葉にルイスは「ングッ!」と声にもならない音を上げる。たしかに自分はパシリでもあるがそんなことは関係ない。とルイスはレイピアの先を隼人に向けた。


「素直に負けを認めるなら楽に死なせてやる、どうする?」


「どっちみち死ぬんだったら1発殴らせろよ」


 隼人の両腕にアーマーが装着されていく。腕輪から発生したナノマシンが彼の腕を覆っていって鎧を形成した。そして両腕の鎧をバキン! と音を立てて威嚇した後に隼人はルイスに接近する。


「リャアアア!」


 隼人の拳を難なく躱したルイスは隼人の脇腹目掛けてレイピアを突き刺そうとした。そんな隼人は結界を展開して軌道をずらしてコマのように回転してルイスの顔面に蹴りを入れる。そんな隼人にルイスは突きを入れようとするが結界で押し飛ばす形で回避した隼人に当たることはなく、背後の木にレイピアが突き刺さった。すると木は四散、跡形もなく消えていった。


 あのレイピアに刺さるのはまずい、さっきは顔面を蹴れたので自分にはあたらなかったがもし自分に当たると根元から消えていくかもしれない。タラリと冷や汗が流れる隼人を見てルイスはため息と共にレイピアを掲げて話しかける。


「可哀想にな、戦意を失ったか?」


「いや……」


 そんな隼人は立ち上がって魔装を全起動させていく。彼の全身をナノマシンが覆っていき、緑と黒の色合いが美しい鎧が展開された。そして首筋から顔を覆っていき、彼はボキリと指を鳴らしていく。


「ちょっと、燃えてきた」


 魔装の鎧を眼前に装着した姿は適合魔獣、碧巨兵ガーディアンそのものだった。山のような頑丈さを誇る鎧、顔全体を覆う目が琥珀色に輝くカブト、彼がこの鎧を完全に装着するということは本気であるということ。この鎧は展開するときのエネルギー源として本人の体力を非常に消耗する。全身を起動しようとなれば下手すれば倒れて意識を失うまでいってしまうが防御力とパワーに優れた身体能力を得るのだ。


「小細工が、タクティクスこそ正義。貴様の班何ぞ無神論者の集まりにすぎん」


「無神論者……ね。正義も悪も……今の俺には大差ねぇよ」


 自分のリーダーを馬鹿にされたと感じたルイスは激昂し、魔装を起動させて身体能力を向上させた。そしてキッと隼人を睨んで開戦を言い放つ。


「彼こそが正義、正義は勝つのだ!」


「うっせぇ、この野郎!」


 隼人はルイスの叫びを無視して接近する。スピードも生身と比べるとはるかに違う。しかし、ルイスもそれは同じ正確に自分の鎧を貫こうとレイピアを構えてくるがその都度隼人は結界を起動させて軌道をずらすことでルイスの隙を狙っていった。相手の力量は相当だ。さすがは序列2位の班員である。地面に刺さったレイピアは一定の範囲の土を四散させていったことから隼人は突き刺すことで能力を発動させることが確定したな、とさらに警戒した。


 お互い一旦距離を取る。緊張のために踏みつける地面の砂利の感覚が足から伝わってくる。長い間歩いてもないのに疲労感が溜まっていた。


「今のを回避したのはいい判断だな」


「痛いのはゴメンだぜ」


「フッ、我の適合、必殺蜂アサシンワスプ。この刃を突き刺せば貴様は分子崩壊を起こすまで分解される。それはわかってるんだろ?」


「木が消えた時点でそう思ったよ」


「お前の能力が防御なら差は歴然、お前が負ける」


「そんなものか? お前の神様に吹き込まれたことかよ?」


「稲田班長は偉大だ! 貴様の班長とは比べ物にならない! 無神論者の集まりのはな!」


 隼人はため息をつきながら指関節をポキリと鳴らした。相手の能力は突き刺した対象を分子レベルにまで分解する能力。それは別に構わないが隼人は気に入らないことが一つある。


「東島悠人……知ってるか?」


「は?」


「新人殺し、東島班の班長。俺が最も尊敬する戦士の血を持つ男だ。アンタの神には興味ない。俺には悠人がいる」


 隼人は腰を低く構えて構えを取り、不適に笑った。顔を覆う鎧によって表情は見えないがルイスはフッと笑っているのだろうと予想する。ツーっと緑色の光が隼人の腕を覆っていく。


「さぁこいよ、ルイスさんよぉ。どっちの正義が重いか決闘だ。新人殺しを……舐めるなよ!!」


 ルイスはフッと笑ってレイピアを構えた。そして魔装をもう一度起動させる。この人物と戦うのは面白いと思えたのだ。この宮村隼人という人物の正義の重さがどれだけのものかを確かめたくなった。


 同時だ。地面を蹴って接近をして隼人から拳を突きつけるがレイピアの方が早く、隼人はすぐに回避をする。そして結界を円盤状に形成し、回転を加えて投げつけた。擬似的なカッターを作ってルイスに投げつける。ルイスはレイピアを突き刺して四散させていった。その隙に隼人はルイスへと近づいて1発だけ殴りつけることに成功する。


「グッ……! 小細工が!」


 頰に鈍い痛みを感じて現在もジンジンと痛むことにルイスは腹立ちを込めて隼人に一撃をお見舞いしようとするが彼は姿勢を低くして紙一重で躱し、足払いをかけた。そして膝蹴りを隼人は決めようとするがルイスのレイピアが膝の鎧に刺さり、表面のナノテクアーマーが四散してしまう。


「やべッ!?」


「クタバレェ!」


 突き出されるレイピアを隼人は何とか倒れ込むことで回避し、すぐに体勢を整えて距離を取る。腕輪は幸い残っており、現在は修復中である。それらを使って何とか両腕を覆うことができたが体力もかなり減り、威力もさっきと違って弱い。


「まだやるのか? もう限界だろう」


「なんだお前……、疲れたのか?」


 その反応にルイスはさらに驚きを隠せなくなった。戦闘員のクセに諦めるという心情がまるでなかった。普通は部が悪いと思えば撤退するのが戦闘員。今の状況だと逃げようとするのが普通である。しかし、不利な状況になっても逃げずに勝負を続ける隼人にルイスは感心してしまった。


「それが……お前の正義か……」


 ならばとルイスはレイピアを構えた。隼人はもう一度ルイスに接近する。これが最後の賭けだった。これが失敗すれば素直に負けを認めようと隼人は結界を起動させる。そして拳をルイスの顔面に突きつける。


 ルイスは何ということもなく拳にレイピアを突き刺すが結界だけを四散させた。それもそうかともう一度突き刺すがまた結界だった。ここでルイスは己の誤ちを知る。展開する結界は一枚だけではなかったということ。ずっと一枚だけを展開して戦っている隼人の結界に上限がないことを今知ったのだ。


 甘いのは自分の方だった。弱体化したはずの相手を見て油断をしたルイスは迫る隼人の拳をみる。もう拳は自分の目の前に来ていることでルイスは驚きを示す声しか出すことはできなかった。


「ナッ!?」


「無神論者の拳はちょっとイテェぞ!!」


 途端にルイスの意識は消えた。


 ボギャアン! という音を響かせて頭蓋骨をバキバキにおられたルイスは光のカケラとなって消えていく。そのタイミングで隼人の体力が限界を迎えて鎧は消えていった。


 近くの木に倒れ込んで隼人はフゥーッと息をつく。今回の相手はかなりヤバイ相手であったなと戦いを振り返った。腕から手を覆う鎧は消えていき、生の手があらわになる。グッと拳を握って隼人はため息をついた。


「あんまり好きにはなれないよなぁ……」


 合流するべく、彼は森の中に消えていった。

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