優吾の銃弾が見鏡によって切り裂かれて空気感が一気に凍った時、観客として試合を見ていた蓮達はもっと訳がわからなかった。
「一体……何が起きたんだ?」
蓮の呟きに全員が同意する。そもそも優吾の知覚速度上昇は常人には認知できないほどの瞬間的な行動を起こすことが可能になる能力だ。脳への負荷は大きいが体全身へと行き渡る命令の電気信号を送るスピードを引き上げることで体が瞬間的に超高速で動くことができる。それ故に、優吾の射撃は装填から発砲までを常人が確認することはほぼ不可能で気がつけば銃口から煙が上がっているというほどなのだ。精神エネルギーを銃に詰め込んだ際は真価を発揮して軌道を読ませない一方的な射撃が可能になる。それが優吾の強みだった。
「気がつけば優吾が発砲していて……弾丸はあの刀で斬られた?」
香織はボソリと呟いた。今考えれることはこれしかない。いつものように発砲した優吾だったが見鏡の刀がそれを斬り裂いた。当たり前のように考えてはいるがこれは本来ならありえないほどの神技なのだ。
「そもそも自分に飛んでくる銃弾を斬るなんて危なすぎて無理だろ? 軌道が変わってさらに抵抗がなくなるから自分にぶち当たるのがオチなのに」
「それもあの見鏡っていう女性は計算済みだったということか? そもそも相手の魔装はあの刀か?」
人のなす技ではない行為を平然と行った見鏡に震え上がるパイセンと蓮。モニターに映る優吾は動揺しており、冷や汗を垂らしかけている。それに対して見鏡は優吾にニコッと笑いかけているというカオスな状況だ。そんな中で見鏡の刀をずっと観察していたパイセンが恐ろしいことに気がついた。
「おい……マジかよ……」
「パイセンさん、どうしたんですか?」
ガチガチと震えながらパイセンは慎也の方向を振り返る。その顔は完全に恐れをなした顔でこの見鏡という人物が今まで戦ってきた戦闘員よりも桁違いの力量を誇るということを物語っていた。
「あの刀……魔装じゃない」
「はぁ!?」
パイセンの呟きに蓮は声を上げた。
「どういうことだよ? あんな人外な行動魔装でないとできないだろうが。まさかマルスみたいに適合生物なしって言いたいのか?」
「違う、あの刀は研究所で見た一般装備の刀と一緒なんだ。刃渡りはあのロリ体型に合うように調整されてて、デザインも違うが……あの刀は間違いない、一般装備だよ」
蓮は一瞬パイセンの頭がおかしくなったと感じたが今はどっちの意見が正しいかを証明するものがないので保留と言うことになった。じゃあ相手の魔装は一体なんだ? という話になるがそれはパイセンにもわからない。
「どこまでもミステリアスな野郎だな」
蓮が呟いていると優吾と見鏡はお互い向き合ってずっと突っ立っているという状況になった。何をしているんだ? と確認すると音声は聞こえないが口が動いていることを知る。
「こんな時に会話……? 何を話しているの?」
香織の反応に慎也は「あぁ……」と声を上げる。それに気がついた香織がどうしたの? と話しかけると慎也は青ざめたような顔をしてボソリと一言、
「優吾さんは……もう勝てない……」
その一言に蓮が「心配しすぎだろ?」と呆れたような表情をしているが慎也の顔はマジだった。全ての勝機というものが抜け落ちたような顔をしている細かく震えている。そしてずっと「そういうことだったんだ……」、と。
「あの人は……優吾さんの弱点に気がついてしまった……」
「弱点……?」
「はい……、優吾さんの最大の弱点……」
そう言いながら俯いて震えている慎也を香織はポンポンと背中を叩いて落ち着かせようとした。観客席も不吉な空気感で包まれながらも試合の様子を見守るのだった。
「弱点?」
優吾は見鏡に聞き返してしまった。相手は「そうじゃ」とうなづく。
「ギーナのやつはその弱点が分かっていたから、あえておぬしの弾丸を避けたのじゃ」
優吾はあのギーナ戦を思い出していた。ライトが照らされた先にいる軍服を着てアサルトライフルを構える女性、ギーナ。自分が頭を撃ち抜いたと思っているとギーナはそれを回避してわざわざ「あーしが避けた」と報告していた……。
「簡単に言うならばおぬしの力はおぬしにむかん。……おぬしは戦闘員としての精神力が足りておらんからの。故に少し揺さぶるだけで簡単に魔装を弱体化させることができる。そうじゃなぁ、さっきおぬしが思い出しとった霧島咲がいい例か」
何故そのことが分かるのか。今の優吾には分からない。そうだとしても何故か優吾は詮索すると素直に思い出してしまうのだ。霧島咲、あの駆動音を聞いて優吾は木漏れ日の中を必死に逃げ惑っていた。何故か? 精神弾を作り出すことができなくなったから、弾丸を詰め込んでも彼女に対して引き金が引けなかったからである。そのことを思い出していると見鏡は話始める。
「あの魔装は本来あれだけの力を持ってはおらん。まぁ奴に関しては本人の補正もあるじゃろうが……。あれは普通、他者の焦燥感や恐怖心を駆り立てるものじゃ。過去にトラウマや強い後悔のある人間には絶大な効果を発揮する」
そういえばと優吾は思い出す。あの二回戦の後に優吾は夜、悠人と話をする機会があった。マルスと話をした後に悠人が通信機でかけてきたのだ。その時に霧島の話題になって悠人は戦ったと。楓のことがあるからキツかったと言っていた悠人を思い出す。
「が、おぬしのような人間にはそこまで効かぬ。おぬしには東島悠人のような深いトラウマがあるわけでもない。じゃがおぬしにそれはよく効いた。それはなぜか、簡単じゃ。おぬしは迷ったのじゃ」
迷った? そのワードは優吾の頭に引っかかる。無意識にあの時は何を考えていたであろうかと考えていると話は続く。
「突然の焦りでおぬしは迷った、それだけじゃ。その迷いは普通の人間には当然の思考じゃの。しかし、おぬしは戦闘員。それはあってはならぬ迷いじゃ。ではなぜ迷ったのか? それがおぬしの問題じゃ」
「それは……?」
表情を曇らせて自然と聞き返す優吾。見鏡はそんな優吾にハッキリと弱点を伝える。
「簡単じゃ、おぬしには戦闘員としてもっとも大事な『自分が戦闘員である理由』が足りておらん。故に迷うのじゃ」
真正面から言われた自分の弱みに優吾は「ウグ……」と声を上げる。そういえばそうだった。あの時、霧島と戦った時に優吾は何を思い出したであろうか? 自分の誇りを思い出したであろうか? 違う、ただ窓際ババアというワードしか思い浮かばなかった。そもそも優吾自体、新人殺しの仲間と違って深いエピソードがあるわけでもない。戦闘員という一つの生き方を知ったから故に流れたような親不孝者だ。迷ったの意味を少し理解してしまって優吾の心にトゲが刺さる。
「どんなものでもいい。自分のための理由を持っておるならば迷うことはない。なんせ、それを思い出せれば何度でも立ち直れる。少なくとも妾はそうやって立ち直った戦闘員を何人も見てきたわい」
悠人はあの時、楓のトラウマと戦いながら班員のことを思い出したと言っていた。班員の寿命を決めるのが班長、班長としてのプライドをぶつけてやったと。優吾は冷や汗を垂らしながら「俺は……」と呟く。
「まぁ、おぬしはちと要領が良すぎるところがあるようじゃ。それ故に一回戦の時のような自己犠牲を最善だからという理由だけで機械のように淡々と処理してしまう。そのせいで、自らの意思を問われると迷う。まだ若いおぬしには難しいかも知れんのぉ」
優吾はあの楓が死んだ時のことを思い出していた。上半身を食い破られた楓を見て自分はどうして引き金を引いて毒怪鳥の頭を正確に撃ち抜いた? みんな凍りついてショックを受けている中で「帰ろう」ということができた? それは自分が機械的な行動をとっていたからと思い知らされる。優吾は悩みつつも見鏡に「違う!」と声を上げる。ずっと言われ続けるのは性に合ってない。何が違うのか一瞬分からなくなってしまうが優吾はそれでも声を張り上げた。
「そんなことはない!」
「ほう……、では言うてみぃ」
優吾は一瞬呼吸を挟みつつ声を上げた。
「俺が戦闘員になったのはこの世界のため。勉強しているよりも死んでしまうかも知れない人を守るためだ!」
キッと睨みながら声を上げる優吾に対して見鏡はさっきと変わらないトーンで話し始めた。
「それがおぬしの理由か。おぬしがそれを理由とするなら、妾は否定も肯定もせんわい。ただ、それでおぬしは納得できるかのう? 自らを犠牲にできるのかのう? 人という生き物はそこまで器用な生き物ではないぞ? いくら要領がいいといってもそこまで割り切れるかのう……、いかん少し言いすぎた。まぁ良い。それがおぬしの答えならば、妾に全力でぶつけてみせよ」
グサリと刺さり続ける見鏡の言葉に優吾の心にヒビが入っていく。そうでありながらも優吾は落ち着こうと荒い呼吸を整えようとした。見鏡は一瞬左目を瞑る。
「まだまだ聞きたそうじゃがこれ以上の答えはおぬしが見つけよ。これ以上言うのは面倒じゃ。しかし、ここまで聞いてくれたおぬしに最後の助言を与えるならば『灯台下暗し』じゃ。案外、もう見つけておるかも知れんぞ? おぬしを戦闘員にする理由を。さて、お喋りはこの辺にしておくかの。そろそろ疲れた。どれ、終わらせることにするかの」
ここで優吾はハッとする。ここは闘技場の上である。あまりにも自然に話していたために優吾は戦闘中であることをすっかり忘れていた。二丁銃を相手にカチャリと構える。さっきまでとは違い、気分は落ち着いていた。正確には考えすぎて何を迷っているのか分からなくなってしまったのでとりあえず、戦闘に集中できたというものである。こういうところが機械的と言われる要因でもあるのかな、と思いつつも銃の撃鉄をおろした。
いつものように集中してエネルギー弾を発射した。そして弾が見鏡に直撃する前に彼女は右目を一瞬瞑って刀を抜いた。次の瞬間、優吾はザックリと刀で斬り裂かれており、それに呼応するかのようにエネルギー弾が消えて優吾の体自身も消えていったのだ。視えなかった。最後の最後まで、あの一閃を、自分は何がしたいのかも……、勝利を……。
「……副将戦勝者、見鏡未珠!!」
アナウンスは何が起きたのかわからなかったがいつものように結果を発表する。観客も同時に何が起きたのかわからないまま歓声をあげた。静かな歓声の中で消えた優吾の光のカケラは誰からも確認されることなく消えていく。
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