研究所で演習の説明を受けてから一週間が経過した。今日は仮想大規模戦闘演習の開催日である。
三年に一度行われるこの演習は序列決めにおいて最大の影響を及ぼすので軽い気持ちで臨む戦闘員はいない。上位の順位に入れた班は給与も待遇もいい。全ての班が上位を勝ち取るためにこの日のために鍛錬を積んでいた……と言いたいところであるが、そうでもない。
極東支部戦闘員はむしろ仮想大規模戦闘演習の開催に不満を溢していたのだ。つい先日に魔獣を従えた亜人がこの街に襲いかかってきたのにそんなことをしている暇があるのか? と疑問に思う人が大多数だった。
それは現在、集合時間までの時間潰しにテレビを見ているマルスも一緒である。テレビから流れる番組をあまり意味はわかっていないが雰囲気だけでも楽しもうかとボォっと眺めている。
思考のほとんどは今日の戦闘演習に寄せられていた。
あの毒怪鳥を従えた亜人、ベイル。亜人の生き残りは彼とエリスだけとは考えられない。第一としてエリスは亜人の図鑑を差し出された時に複数指差したこと、そして香織から聞いた「ご主人様」という存在。
どうもご主人様たる者が亜人を束ねて魔獣を利用して自分達に争いをふっかけているようにしか思えなかった。これは明らかにおかしい。亜人側に争いをふっかける神なんていなかったはずだ。
戦争を起こすのはマルスだけであり、それは絶対。長き時を生きたが自分以外の戦ノ神を見たことはなかった。それに亜人という存在が消えたことで概念である亜人側の神は存在意義を失い掟に従って死んでいったのだ。生き残った亜人の神は一体どこにいるのか?それは誰なのかがマルスの心残りだった。
集合時間までもう少しだったのでマルスはテレビを消してクローゼットから戦闘服を取り出した。戦う場所はバーチャル空間なのにどうして着替える必要がある……、と思ったが香織曰く、
「戦闘服は制服みたいなもの。開会式の時は着るんだって」
とのこと。
「それにしても他の班はご苦労なものだな」
マルスは着替えながら独り言を呟いた。新人殺しには任務の依頼がきていないが他の班は亜人の捜索や魔獣の討伐をしながらの戦闘演習である。対決する班、双方の都合があった時にバーチャル空間で殺し合いをするという非効率極まりない運命の日なのである。
これを押し通したレイシェルも大層なものだ。上層部の存在が考えることはどの世界でも理不尽なものである。マントをかけて剣をかける。戦闘服がちょうど着終わった頃に扉がノックされた。
「マルス、起きてる?」
香織だ、お前と違って爆睡はしねぇよ……、と内心で呆れながら扉を開けた。開けた先には久しぶりの戦闘服姿をお披露目する香織がいた。
「久しぶりに着たよ、おかしくないかな?」
クルッと背中を見せたりしてマルスに確認を求める香織は正直言って可愛らしい。年上にはみえない小柄な体型もあり、まだ無邪気な子供を見せられているような気もする。それ故にマルスは素直に感想を述べた。
「綺麗だよ、とても」
「え……!?」
香織は頰を真っ赤にして片手で「イヤンイヤン……」と手を振りながらキャピキャピしていた。マルスはおそらく人間界の女は神と違って痴女が少ないのであろう、マルスは勝手に結論づけた。神だったらこれでベッドへ向かうから驚きである。
居住区に新人殺し全員が集合しており、開会式は事務局前の敷地に全班が集まって行われるとのこと。16班が一斉に集まることはないようで悠人もどこか興味がありそうであった。
「そろそろ行くぞ、ハグれるな」
東島を先頭に歩いて行って集合場所に向かう。事務局前には極東支部の戦闘員が集まっており、どこの繁華街だ? と思うほどに人でごった返していた。しかし、それぞれの班は指定された列に綺麗に並んでおりそういうルールはしっかりとしているんだなとマルスは感心する。
それぐらいのルールを守れない人に戦闘員は務まらないということなのだ。そして悠人は自分の班が並ぶ列を発見するがそれを見つけた瞬間に彼の奥歯はガリッと音を立てた。
「あのババァ……」
「どったの? あぁ……」
悠人の後ろから覗き込んだ蓮が視線の先にあるプラカードを見て悠人の気持ちを察する。デカデカと班のあだ名である「新人殺し」が書かれていた。他の班もあだ名で書かれていることからあだ名の呼び名の方が浸透していることを表すのだが東島からしたらそんなこと関係ない。
「落ち着けって、ただのプラカード相手に夜叉を抜こうとするなよ……」
鞘から夜叉を少し抜いていたので悠人の足にちょこっとだけ霜が出来上がっていたのを見て蓮は必死に止めた。もし悠人がここで刀を抜いたら魔装を起動していない生身の自分たちは凍え死ぬ。班のあだ名が「既存殺し」になってしまうことは何としても避けたかった。
そういった経緯を踏みつつ時間を過ごしているとレイシェルが事務局の扉前に建てられた壇上に上がりマイクを手に取る。
「これで全員か? それでは開会式を始めよう」
周りの戦闘員は黙った。早くこの開会式を終わらせて演習を終えたかったからである。無理もない。
「今回、無理を言って開催することになった仮想大規模戦闘演習だが目的は戦闘員としてのレベルアップだ」
その前に亜人の情報を言えよ、マルスは壇上で開催の旨を伝えるレイシェルにため息をついた。レイシェルは短めに開催の旨を纏めてくれたので早めに終わったが内容としては来るべき亜人の戦闘に備えた戦闘員のレベルアップということ。
それをするのもいいがこの班の汚名を返上する気はないのか? とマルスは目先のことしか考えないレイシェルに呆れていた。だが、この後にマルスの興味を引くことが行われる。
「それでは極東支部を代表する戦闘員に挨拶をしてもらう。天下無双の班長、八剣玲華」
コツコツと壇上に上がる一人の戦闘員、彼女こそが極東支部序列1位の八剣班を束ねる班長、八剣玲華。またの班名を「天下無双」。極東支部に止まらずDBC本部からも高い評価を得ている世界的な強さを持つ班だ。
その班長が女性だったことにマルスは驚いた。遠くから見ているが高身長な女性で髪色は紺色に近い黒髪をロングとして流していた。身に纏っている戦闘服はドレスアーマーであり、露出はかなり抑えている方である。何よりもマルスが気になったのは魔装であるが背中にかけているらしくここからはよく見えなかった。ただ、剣のような柄が見えたので恐らく魔装は剣であろう。
女性であるが故の鋭い圧迫感をマルスは感じていた。目がそれを物語っている。強者の目というのであろうか、その鋭い視線は相手を震え上がらせるような目をしていた。彼女の挨拶もまたかなり短縮されたものでマルスにとってはただの綺麗事を並べているようなマニュアル対応をしているように見える。
挨拶が終わり壇上から消える八剣を見ているとレイシェルが一回戦の対戦相手を決めるとカードを取り出した。
「あのカードはなんだ?」
「16枚見えるから班の名前が書かれているんじゃない?」
香織が教えてくれた。クジで決まるのか……、とマルスが思っているとレイシェルは一回戦Aブロックの対戦班を言う。そして問題がBブロック。
「Bブロック一回戦第一試合は『新人殺し』と『数珠繋ぎ』だ」
突然の自分たちでマルスはビクッと震えていた。何の対策も練れてないぞ? 少しは他の班を調べることも必要だったか……、とマルスは後悔する。その時にどこからか「え、マジで!?」と声が上がる。声の主は赤髪の男性だった。その男性は自分達、新人殺しを指差しながらケラケラ笑う。
「一回戦が『新人殺し』って余裕っしょ! だって新人殺しだぜ? あの連携が取れてなさすぎて副班長が討ち死した班と俺達だったら楽勝だろう!」
「おい、俊明。。不謹慎だぞ、言葉を慎め」
「あーったよ、姉さん」
縦巻きツインテールの女性に背中を蹴られて俊明と呼ばれた不謹慎男は渋々と黙った。恐らくあれが戦う相手の班「数珠つなぎ」である。モラルを知らない戦闘員もいるもんだ、マルスは少しだけ腹立たしく思った。
「安藤班ね……、あまり関わったことがないからあんな人がいるなんて知らなかったわ」
香織もあまり反論をする気になれなさそう。連携が取れていないことは事実だからな、マルスはそう納得したが「副班長が討ち死した」というフレーズが少し引っ掛かった。
その調子で開会式は終わり、一回戦出場班は研究所へ行き、その他は任務に戻るようにと言われて解散した。
「行くぞ」
それだけ言って魔装を起動させた悠人の顔は歯を食いしばっているのか、歪んで見えた。全員が暗い雰囲気の中、彼らは研究所に向かうべく疾走を開始する。
東島と関係が……? マルスは考えてみたが一旦思考を止める。この班なら有利に戦えそうな立ち回りを必死に考えていた。相変わらずのぎこちなさ。不安が募る戦闘演習の開会である。
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