マルスの声に呼応するかの如く紅色の線が剣に走った。本当に自分の声に反応してる……。マルスは急に現れたこの魔装の正体を知りたく思ったが今は充電マックス猫が唸っているので考えることをやめる。剣を構えてキッと猫を睨んだ。視線は逸らさない、それがこの世界での戦闘の掟だとマルスは感じていた。
「さぁ……こい」
自分の能力がどのようなものかはわからない。戦闘中に測れるものだとしても非戦系能力かもしれない。マルスは猫と対峙していた。先手は猫、さっきと同じように爪を振りかざす。目がつぶれているはずなのに何故こうも動けるのかマルスは疑問に思ったが一つの結論にたどり着く。レーダーのようなもので感知しているのだろう。全身から微粒な電流を流してあたりの形状を朧気ながら感じ取っている。思った以上に器用な真似をする猫である。マルスはその爪の軌跡をなぞるようにして迎撃を図った。
金属が擦れ合うような音がして迎撃に成功する。剣はかなり硬い。丈夫な剣だ。猫は何度か振りかざしてきたが、マルスは先程と同じくなぞるようにして迎撃する。マルスは反撃と言わんばかりに地面と水平に剣を振るった。その時である。
剣のギミックが作動して蛇腹状に伸び、ムチのようにしなったのだ。一般の剣である形状から、数珠状に小さな刃が繋がったしなりのある剣へと形状が変わる。不規則な動きを見せる剣は猫の腹を切った。猫の回避の方が早かったので傷は浅いがダメージを与えることに成功。マルスが自分の剣を見て元の形を思い浮かべてみるとカシュン! と音を立てて元の剣へと戻る。
(俺の意思によって形が変わってる?)
朧気ながら推測を立てた。この剣は自分の意思によって形を変えることができている。これが能力か? そう思っていると、猫は長い金属質の尾に電流を纏わせてマルスに斬りかかった。マルスは咄嗟に先程の蛇腹剣にして自分の周りを囲い込むようにして振るった。そしてマルスはチェスをしている時に見ていた近代兵器を思い出す。
空中で踊るようにうねる剣は一つ一つが分離していきマルスの周りを高速で旋回し始める。一つのサークルを描くように旋回する刃は猫の尻尾を自動で迎撃した。イメージは人間が宇宙に打ち上げた兵器、衛星である。マルス自身を中心として刃を分離させ周囲で旋回する事で擬似的な防護壁を作り出した。そしてマルスは柄だけとなった剣に新たな剣身を思い浮かべると立派な刃が生えてくる。
これは使いやすい能力だ。マルスは旋回する刃にさらにイメージを込める。刃は猫の腹に次々と刺さっていく。刺さる痛みはそれほどだったのか、猫は対して動じなかった。がしかし次の瞬間、突き刺さった刃はガウンッ! という音と共に爆ぜていき猫を大きく吹き飛ばしたのだ。
「マ、マルスさん?」
猫が吹き飛んだことで辺りに余裕が生まれてきていた。恐る恐ると慎也がマルスに話しかける。
「それは……」
「俺も分からない。とにかく、今は猫の討伐だ。他に動けるものはいるか?」
「ちゃんと説明しろよ? マルス」
パイセンが魔装を持って隣に並んだ。彼の手には見た感じ普通の金属製バットが握られている。右肩に担ぐようにして置かれたバットは駆動音を上げて亀裂を生じさせた。それが魔装なのか? マルスは心配そうな表情でパイセンを見るがその心配は魔装を展開させた時にかき消されることになる。
「合金獣」
魔装を解き放つにはその魔獣の名前を適合者が口に出す、一種の音声認識が必要なのだろう。それではマルスの適合は「黒戦剣」であっているのだろうか? マルスがしょうもない考え事をしているとパイセンのバットは音を立てて松笠状に開いていく。その隙間にはビッシリと銃口があった。
「なんだそれ?」
「俺の魔装は道具や機械を取り込んでその機能を自分の物する。これは傘と機関銃の組み合わせだ」
ただの金属バットだと思ってみると物を取り込み、その物の性能を我がものにするというとんでもない魔装だった。パイセンは相変わらずであるが油断のならない顔つきでマルスに指示を出す。
「マルス、俺が銃を撃ったらまずは尻尾を切り取れ。あれが猫の制御弁みたいなもの、切ってしまえば電流をコントロール出来なくなる」
「わ、わかった」
「慎也、針を打って動きを遅くしてくれ」
「承知しました、死針蠍」
慎也は魔装名を呟き、ベルトのポーチからスッと三本の針を取り出す。そしてその針をシパパ! と猫に投げつけ、肩に刺さっていった。すると猫の肩はボキィと骨が折れる音を立てて猫の顔が苦悶の表情で溢れていく。
慎也の適合生物は死針蠍、魔装は針である。ポーチの中にある一本一本の針に毒が仕込まれており、慎也が編み出した特定のツボを指すことで相手の体に様々な疾患を巻き起こすという代物だ。
「右肩を潰しておきました。三週間は使い物にならないですよ」
笑顔で報告する慎也を見てマルスは「怒らせたらダメな奴だ……」と身震いする。パイセンは「よくやった」と呟き松笠のバットを猫に向けた。二次災害防止はどこにいった? とツッコミを入れたくなるようなパイセンの銃撃はまさに鉄の雨である。猫の体表を打ち破るような威力はないが時間を稼ぐには申し分ない。マルスは横回りで急速に接近し、銃撃を終えた猫の背後まで近づく。
猫は背後の気配を感じたのか、肩を使った迎撃の代わりに尻尾から電撃波を全方位に放とうとする。マルスは剣を前方に平べったく展開し、電気への抵抗を強くして電撃を無効化する。その時に慎也がさらに針を刺し、猫の動きを完全に封じた。
「マルスさん!」
「わかってる」
マルスは縦から先程の蛇腹剣に形を変え、見事尻尾の切断に成功した。すぐにパイセンの元に戻る。パイセンの顔はにッと笑っていた。
「やるじゃん、もうあいつは電気を出せない。電流の感知もできないんだろうな」
先程の針は一瞬をつくためだけの張りだったらしく動くことはできているが、目がつぶされていることと、電気を操れなくなったため電波の感知ができなくなっていた。パイセンが近づいて猫の顔むけてバットを振りかざす。
「ごめんね……、無駄にはしないから」
その顔には悲しみが溢れたような気がしたがマルスは何も言わなかった。バットを振り下ろしてその場に血飛沫が舞い、戦いは終わった。
「終わったよ」
振り返った顔には猫から飛び散った血飛沫がモロにかかっており、銀色のパイセンの髪や色白な肌を鮮血に染めている。その姿をみてマルスは何かしら思うところがあったが何も言わなかった。
「マルスさん、解体の方法を教えます。あ……」
今まで奥で倒れている仲間の手当てを終えた東島はマルスの前まで歩いてきた。
「手当てが終わった。解体するぞ」
手当と言っても刀の低温を応用した冷却であったが幾分か怪我は落ち着いたものになっていた。サーシャは半身だけ起き上がって声を上げているほどである。
「後ろの奴は大丈夫なのか?」
「大丈夫だ、血流も落ち着いてる。出血はなかったからましか……、ちょっと待て」
東島はマルスの肩を掴む。対してマルスは少し怪訝そうな顔で振り返えった。悠人の顔は少し怯えているようで……。
「お前……その怪我で……」
悠人が指差した先には広範囲がただれ、血を垂らすマルスの左腕があった。マルスはそれがどうした? と首を傾げた。これほどの痛みに耐えゆるほど自分は拷問を受けたから大して痛みは感じない。むしろ東島達の方が痛みに慣れているんじゃあないか? と思う。
しかし悠人の顔は完全に青ざめておりマルスは「これが大怪我……」と自分の鈍感さを思い知った。悠人は刀の剣身でマルスの腕を優しくなぞった。絶妙に調整された冷気がマルスの患部を冷却する。
「怪我は隠すな。応急措置だから帰ったら治療してやる。今日の素材は尻尾だけだ。パイセン、尻尾頼む」
「わかったよ」
「慎也、香織の怪我がひどい。背負ってあげろ」
「わかりました」
そういえば香織の存在をすっかり忘れていた……。倒れている香織の火傷は確かに広範囲だった。慎也は香織をおぶさり他の班員もゆっくりだが立ち上がる。
「帰ろうか」
比較的、落ち着いた声になった東島を先頭にマルス達は事務局に帰っていった。一応……、任務は完了である。新人殺しが古参殺しになる瞬間だったが思わぬ展開によってマルスは救われた。しっかりと剣に約束を果たしてほしい事である。気になることは沢山あるのだ。
備考
蛇腹剣…刃の一つ一つがワイヤーで繋がれてつつ等間隔に分離しており、鞭のようにしなる剣
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