戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

責任と少しの後悔と……

公開日時: 2021年6月14日(月) 22:37
文字数:4,270

「レ、レイシェルさん!? 大丈夫なんです!?」


 悠人の声は倉庫によく響いた。マルスが大和田を救出してエレベーターに乗り込んだとほぼ同時期、マルスと別れた悠人達は中央部へと向かったサーシャ達と合流すべく移動を開始していた。そうではあったが研究所の様子がどこかおかしい。薄暗く、荒らされた様子もないのに人の影がないのだ。どこかしらに研究員が隠れていると思っていた悠人達は思っていた内容と違うことに困惑していた。


 通信機も使えない。仲間がどこにいるのかも分からない。とりあえず、慎也が偶然見つけたマーカーで壁に印をつけて道には迷わないようにしていたのだった。迂闊に動くことは危険だと判断した悠人達は一旦メインエントランス付近に戻ることにする。その時に急に通信機が鳴り響き、反射的に近くにあった倉庫部屋に潜り込んだのだった。


「東島、落ち着け。私だ。通信機が使えなくなったのはお前達がいる研究所の仕業なんだ」


「ここ……ですか?」


 その時に悠人は佐藤から問い詰めた研究所の秘密について全てを悠人に伝え切ったのだ。魔装と通信機は使えない状況でこの研究所には改造魔獣と呼ばれる危険極まりない存在がいるということ。生身で戦うと勝ち目がないのだがただ今援軍がこの研究所に向かっているということ。援軍の魔装は本部製なので問題なく使える。援軍と合流して改造魔獣の相手は任せ、悠人達は機能停止を取りやめさせること。これが主な任務だった。


 通信を切ったところで悠人は優吾と慎也の元に振り返り、視線を送る。任務内容を隣で聞いていた2人は無言で頷く。


「マルスやサーシャ達には次連絡するそうだ。援軍はもうじきくる。来るまでここで大人しくしておこう」


 悠人の提案を否定するものはいなかった。試しに魔装を起動させようとするがいつもの能力は発動しないし、力もそこまで上がった気がしない。上位適合の悠人は幾分かの身体能力が残っていたが優吾と慎也は生身も同然、戦えそうになかった。


「まさか……佐藤さんが敵だったなんて……思いたくもなかったです」


 力なくへたり込んだ慎也がボソリと呟く。人当たりもよく、演習前から東島班のことを支えてくれた1人の研究員。表向きはそうでも裏では戦闘員の内情をめちゃくちゃにするべく動いていた人間だったと知ってショックを受けている。それは悠人も優吾もそうだ。彼らが知っている佐藤はそんな人間じゃなかった。


「ねぇ、優吾さん。僕らは何と戦うべきなんですか……? こんなの……仲間同士でこんな蹴落とし合いしてたら……そりゃ亜人も……あぁなりますよ」


「慎也……」


 エゴに支配された人間は狂気と化す。本来は仲間であるはずの人間同士でこんなことをしていることは亜人から見れば滑稽なことだ。その巻き添えを食らって死んでいった亜人もあの世で笑っているに違いない。歴史を振り返ってわかったことは歴史から何も学んでいないことだけだった。


「慎也、今は必ず生き残ろう。マルスやサーシャ達もどこかで頑張ってるんだ」


「そうですけど……あぁ〜……! どうしてなんだよぉ〜……!」


 頭を抱えて声を上げる慎也を見て、悠人と優吾は何も言い返せなかった。


「魔獣や亜人よりも恐ろしいのは俺たち人間か……。皮肉なこった」


「優吾……」


 今はパニックも同然だがもうすぐ援軍がやってくる。味方が増えれば希望も増えるはずだ。悠人はマルスやサーシャ達の安全を心の底から祈っていた。


 そんな調子で身を潜めること数十分。悠人はそろそろか……? と倉庫部屋から抜け出す。メインエントランスまで移動して日の光を浴びる3人。ずっと暗いところでは気が狂ってしまう。もうじき援軍も来るはずだと思っているとどこからか足音が響いてきた。敏感になっていた慎也が辺りをキョロキョロする。


「え、援軍……来たのかな?」


「そうじゃないか? そろそろ来てもおかしくないからな」


「いや、おかしい。足音は研究所内から聞こえて来る」


 優吾の言葉に背中に寒いものが走る悠人達。耳を澄ませる。足音は聞こえる。中からだ。外ではない、中から。研究所内からこちらに近づいてくる者がいるのだ。


「ルルル……ピンポーン……」


「な、なんの音です!?」


「……ッ!? 伏せろ!!」


 優吾が慎也に覆い被さるようにして共に地面に伏せる。優吾の服をかすめて背後の壁に刺さったのはスペンナズナイフだった。バイーンと揺れるナイフと飛んできた方向を見る。音の正体はすぐに分かった。


「こ、コイツが……?」


 光に照らされて現れた姿は異常だった。右目はガラス玉のような無機質でギョロギョロした目、左目の方は銀色のアーマーで綺麗に覆われた猿のような顔をしているのだ。そのアーマーは眼帯のように見えた。しなやかな上半身には爪が鋭い両腕があり、所々アーマーで覆われている姿はロボットのようにも見える。そうではあるが魔獣の体も目立つので悠人達は察した。援軍が来る前に改造魔獣と出会ってしまったと。


「ルルル……ピンポーン……ピンポーン」


 奇妙な電子音を発しながら首を傾げる改造魔獣。前屈姿勢の状態で悠人達を観察する。無機質なはずの目はカメラのレンズのように圧縮したり広がったりと忙しそうに動いていた。その瞬間、改造魔獣は左肩に手をかけるとその肩が開き、中から立派なサーベルが出現したのだ。そのサーベルを手に取って震えて動けない慎也を真っ先に狙った。


 悲鳴を上げる慎也を悠人は何とかして迎撃した。能力ありきの時と比べてスピードやパワーは明らかに弱いが時間稼ぎには十分な身体能力だったことに安心する悠人。夜叉を抜いて受け止める。


「慎也……!! 逃げろ。ここは危険だ!!」


「悠人さん、でも!」


「早くしろ……! お前じゃあ死ぬぞ! 優吾もだ……2人とも援軍が来るまで逃げろ!!」


 優吾もどうしようか迷ったが悠人の気迫に押されて慎也を抱えて一旦逃げる。先ほどの倉庫部屋に向かった優吾を見て悠人は目の前の怪物に視線を移した。自分の判断が正しかったのかは分からない。今ここで更に分かれるのはバカだったのかもしれない。それくらいにまで悠人は追い詰められている。


 研究員の人達はどこいった? マルスやサーシャ達は無事なのか? 援軍はまだか? 魔装はいつ直る? 目まぐるしく動く情報達。日頃魔装に頼りすぎていたことを痛感した瞬間でもあった。これがなければ自分たちは魔獣や亜人には勝てっこない弱い存在だと思い知らされる。それでも……悠人のプライドが許さない。


「お前が改造魔獣か……。人間を舐めるなよ? 鉄屑がよ!」


 吠える悠人に対して改造魔獣は表情ひとつ変えずに斬り込みにきた。振り下ろされるサーベルを受け流し、それを力に変えて相手のボディを狙う。先程、優吾達に飛ばしたスペンナズナイフは一回こっきりだったらしく自分に来る心配はなかった。悠人は力強く踏み込み、サーベルを弾き飛ばす勢いで刀を振るう。その一瞬の隙を狙ってボディを狙ったがアーマーは刃を突き返した。


 舌打ちしながら悠人は飛び上がる。改造魔獣の身長は2メートル半ほどの魔獣にしては比較的小さな体型だったが悠人は2メートル半を少し越えるほどまで飛び上がることに成功。そこから重力に従って思いっきり振り下ろす。改造魔獣は尻尾でバランスをとりながら後ろ側へ倒れ込み、サーベルで刀を受け止めた。そこからサーベルを持ってない左腕を大きく振るって鋭い爪が悠人を襲う。気がついた頃には悠人の脇腹を爪が抉り、吹き出した血を確認した時に悠人の脳天を貫くかのような激痛を発する。熱い、熱くて仕方がない。その後の寒気と共に痛みが襲いかかった。


「グゥウウウゥアアア!」


「ルルルルル」


 面白がるように地面に倒れた悠人を踏み潰すかのように蹴り技をしかけて来る改造魔獣。悠人は転がりながらその足を避け、脱いだ上着で脇腹を必死に縛る。痛みは消えない。そうではあるが生暖かい血を抑えることはできた気がした。


「お前……やるな……」


 肩を震わせて大きく息をする。寒い、寒すぎる。失われた血流は悠人の体温を同時に奪っていった。幾分か顔色も悪くなった悠人。助けが来るまでの時間稼ぎをすると決めたのは彼自身なので責任は自分にある。悠人は刀を杖に立つことしかできなかった。


 迫って来る改造魔獣の動きには反応し、脳が体に命令を送るが体は拒否して動かない。無意識がそれを拒んでいる。動くことに、これ以上動くと負ける。動かなくても負ける。悠人の腹部を改造魔獣の足が炸裂した。悠人は壁に叩きつけられて刀をも手から離してしまう。グッタリと倒れ込む悠人。無機質な目を向ける改造魔獣。勝負は決まった。


「ごめん……俺、死ぬわ……」


 楓も死ぬ直前はこのような思いだったのだろうか。死ぬ直前、変な話だが自分の中では開き直っており、できれば楽に死にたいなぁという呑気な願いを捧げることになる。サーベルが悠人に振り下ろされる、その時だった。


 エンジン音のような音が響き渡ったと思えば「オラオラオラァ!」と大きな声が聞こえる。その声は消えゆく悠人の意識を見事に受け止めた。悠人が目を開いて見た姿はウィリーで突進したバイクが改造魔獣を吹っ飛ばす光景だった。改造魔獣は奇声を発しながら吹っ飛んでいく。


「よく頑張ったな……、東島悠人」


「あ……、あなたは……?」


 ぼんやりとする視線。揺れる景色には目の前に写る人影を捕まえることができなかった。すると自分の足に何かが巻かれたような感覚がする。見てみるとそれは鎖だった。わけも分からない状況に戸惑っていると悠人の体がバキバキと音を立てながら傷が修復していくではないか。ハッと意識も戻った悠人が体を見てみると出血も傷も全てが収まっており、怪我する以前よりも体が軽くなった気がする。


「え、え、えぇ? は?」


「間に合った……。新人殺しの子は無茶しすぎですよ、ウチより若いのに」


 悠人が目の前をみると鎖を巻きとりながら微笑みかける女性がいた。白いロングの髪、紫色のメッシュがかかっており、キュッとニット帽をセットしている。服装は露出が少なく顔もどこかのんびりしたような顔だが端正な顔立ち。


乃絵のえよくやった。おい、お前が東島悠人だろ? 俺、わかるか?」


 乃絵と呼ばれた人物の隣にいる人物を見て悠人は驚愕する。援軍とはまさかの彼なのか? あの極東支部でも絡んだことは少ないとされるが実力は申し分なく、実績も高い幻のような班。そんな彼らが援軍だったことに悠人は驚愕すると同時に救われた気がしたのだ。


「と、遠野班長……!?」


 バイクから降りた人物。トラベラーズ班長、遠野翔太はニッコリと微笑んだ。

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