戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

繰り返さない

公開日時: 2021年11月23日(火) 19:01
文字数:5,797

「新人殺し……全員集合……!」


 悠人の通信はたしかにレイシェルに届いた。支部で腕を組みながら端末の地図を広げていた彼女は先程鳥丸達や警備班、堀田班に避難誘導の指示を送り、目に見える範囲での民間人の避難は行わせることができた。直行で街に向かった先手の翔太達によって一部の区間の死傷者は防げたがそれ以外は壊滅的とまではいかなかったが被害者が多い。出来るだけ犠牲を出さない方向で動かすためには総動員で亜人と魔獣に立ち向かう必要があったのだ。


 満月、レイシェルも丸い月が出る頃に亜人がやってくると候補に入れていたので急な襲撃に驚くところもあったがある思い違いをしていたことを悟っていた。人間が思う満月と亜人が思う満月は違うのかもしれない。それらを念頭に入れながら各地区の戦闘員の様子をグスタフと共に確認している。


「遠野さんや鳥丸さんが多くの民間人を避難させたのが大きかったですね。補助として残るは堀田と安藤……」


「安藤の札は民間人が通るものにするのは危険すぎる。堀田達は塹壕や牽制で魔獣を阻害。ここらを叩かないと彼らが持たない……。それに夜間の飛行を鳥型魔獣が行えるのかも疑問だ。とにかく、福井達に連絡しろ。群れの魔獣を分断させるしかない」


 通信機には直樹が応答した。福井班の中では通信士の役割も担っている直樹が亜人の悲劇で散らなかったのは不幸中の幸いとみれた。小次郎の犠牲は無駄ではない。レイシェルは先程の考察を直樹に伝えながら考えていた。できることなら救護班を避難所のシェルターに送ってやりたい。が、救護班は非戦闘員。戦火の中を送るにはリスクが高すぎる。


「もしものことがあればここまで民間人を運べるような手配をしておけ。いいな?」


「承知」


「新人殺しには堀田達の補助を任せる。それと魔獣は貸し出し倉庫の敷地にまでいると……。そこの対応も任せよう」


 着々と連絡を入れていくレイシェルを横目にグスタフもいつでも戦場の手伝いをできるように準備を進めるのであった。


ーーーーーーー


 通信を切り終えた直樹はレーダーで魔獣を探知しながら胸を押さえて息を整えようとしている。幼い頃から興奮や怯えるようなことがあると息が苦しくなるほどの発作に襲われる人間だった。頭痛もひどいし、おまけに体も弱い。外で遊ぼうものなら下手をするとどこかで倒れてしまうほど。そんな自分が戦闘員だなんて何かのお笑いにしか聞こえないと言われたことがあるが直樹は誇らしかったのだ。しっかりと役割を与えてくれる人に囲まれて、働き者が大好きだった直樹は特に。


「直樹くん、大丈夫? 通信は?」


 直樹の肩を摩りながら心配そうな顔をする咲。彼女に手を振りながら直樹はレーダーのカーソルを移動させる。いた、反応だ。首をうんと振りながら直樹は柔美と張、そして咲に達に目伏せをしてから震える体をどうにかして止める。


「小次郎……僕はもう……悲しまないよ。君のような子を増やしたくないんだ」


「直樹……」


「張さん、まずは分断だよ。二時の方向、河野ビル手前の歩道橋目掛けて二発威嚇射撃。それと同時に八時の方向、今度は上空だ。照明弾を打ち込んで魔獣を刺激させて。咲さん、魔装をウンと鳴らして」


 咲の魔装に克服できていないのは直樹だけだった。それを知っているからこそ、咲の手をピクリと震えてしまう。マメだらけの働き者の手が。


「……いいのね?」


「構わないよ。大渕さん、ルイス、そのまままっすぐ……魔獣はそこで待ってる」


「行こう、ルイス君。おじさん頑張っちゃうぞ」


「あぁ、任された」


 背負いカバンのような形の砲台から数発発射されたのとルイスと大渕がまっすぐ駆けて行ったのはほぼ同時だった。上空に広がった照明弾は一発一発が小型の太陽かのように光り輝く。まるで昼かのような光を見せたあとは刺激されて奇声を発しながら毒怪鳥が誘発されてやってくる。咲が腕を奮ってエンジンを振り切り、駆動音が辺りに響き渡った。


 元々感情の起伏がない張とスライムによって脳を侵食された柔美には対して影響がない代物だがあがり症の直樹は別だ。が、今の直樹は歯を食いしばって内からやってくる恐怖に耐えている。一瞬手を緩めそうになる直樹だったが被りを振ってレーダーのキーを叩いた後に一般装備のハンドガンを手に持って吠えた。


「来るよ!!」


 空から嘴を広げて針を飛ばす瞬間に張のミサイルとスライム化した柔美の腕から発射される玉状の粘液が炸裂した。張のミサイルが空中で爆散したのと柔美のスライムに侵食されて苦悶の叫び声を上げながら墜落する毒怪鳥達。そもそも針を発射しようとしても咲の駆動音によって発射器官が機能せずにつっかえるような様子だ。墜落した毒怪鳥の頭めがけてハンドガンを炸裂する直樹。そんな直樹めがけて遠方にいる毒怪鳥が針を発射する。


 それをなんなく首を傾けて回避した直樹はレーダーに映った着弾予測を参考に位置を変更して墜落した魔獣の後始末をしているのだ。彼とて見鏡未珠に酷使されたあとは時間を無駄にしていなかった。どうにかしてレーダーだけの役割からできることを増やしたくて、咲の手伝いも受けながら対魔獣戦闘の訓練を踏んでいたのだ。チェーンソーの克服に合わせて体術や魔装の身体強化による動きまで。元々持っていたピストルからハンドガンに変えて反動に耐えるべく射撃の練習もした。その成果を披露する時でもあるのだ。


 咲はそんな直樹を知っているからこそ心配をしてしまうのだが任務を遂行する姿を見ているとそんな心配も消えてなくなってくる。振り向きざまにチェーンソーを毒怪鳥に差し込んで息の根を止めながらそう思った。微笑んでいる様子で直樹を見ていたのだがチェーンソーによる返り血が思いっきりかかっているので中々に狂気的だ。


「数が演習前の時よりも段違い……。直樹、蓮くんのところは大丈夫なの?」


「新人殺しは全員集合してる。ここが片付いたら彼らの手伝いもできるようにしよう。でもまずはルイス達のことも気をつけないと。それにここにもまだ隠れてる民間人がいるかもしれないんだ。怖がらせちゃうけどまずはコイツらを倒してから!」


 前回り受け身で嘴を回避してから張のミサイルで毒怪鳥を屠る。グッとサインを送る張、直樹の成長が嬉しいのは咲だけではないそうだ。


「柔美ちゃん、建物の奥に隠れてる人がいる。早く連れて行こう。近場のシェルターがあるから」


 鳥型魔獣が逃げていくのを見逃さないように張のミサイルが追いかけていき、そのまま花火のように爆散して行った。時期の早い春節な気がするが張は特に気にしなかった。


「た、ターマーヤー」


「張さん、ボケないでよ……。『たーまやー』だよ」


「む……」


 ボケに対する返事は相変わらずな直樹であった。


ーーーーーーー


 疾駆した先にいたのは沼蜥蜴スワンプリザードだった。目をシパシパと開け閉めしながら爆発の光や火に怯えている様子だ。湿地などに生息する彼らは乾燥を嫌うが故に火などをも嫌う。直樹が片方だけミサイルを志望したのはそういうことだった。


「ここは私達に任せろ!! さぁ早く! この先を走れば避難所だ!」


 焦げた車の影や建物の入り口付近で隠れながら様子を見ていた民間人はレイピアを掲げながら声を張り上げるルイスをジッと見た後に大渕の「早く逃げるんだ」という催促に従いながらゾロゾロと去って行った。あまりに民間人と場違いな服装でやってきたからというのもあるかもしれない。本来、希望を持てばいいはずなのだが民間人の一人はルイスに石を投げてからそのまま逃げるように去って行った。大渕は「来るのが遅い」という小言をハッキリと聞いたがルイスには何も言わなかった。一昔前の彼ならば怒りで吠えていたはずだが投げられた石にまだ渇いていない血がついていたこと、そばの車の中に焦げた死体やトカゲの足に踏み潰された子供の一部を見て全てを察する。


「Anteeksi, että satutin」


 去っていく人々に謝罪の言葉を残しながら火を避けようとして道路の真ん中で詰まっているトカゲ達を見る。大切な人を失った時、誰しもは我や相手を忘れて吠えてしまうのかもしれない。それは何も生まないこと、そしていい終わった時になんとも言えない虚しさが襲ってくることはもう知っていた。レイピアをまっすぐ水平に構えながら魔装を起動させる。黄金の光が一瞬、刃を纏った。


「私は神ではない。守りきれない約束も、命も、夢もある……」


 隣に立つ大渕も同じ気持ちだった。稲田を失った時のショックやこれが一種の戦争であることもあの時、思い知ったのだ。ルイスの黄金の光と大渕の黄土色の光が交差してトカゲ達は誘われるように二人を凝視する。


「戦うことがいけないことなら……おじさん達が背負うしかないよねぇ?」


「皆の仇は取らせてもらうぞ……!」


 姿勢を低くしてレイピアをトカゲの顎元に突き刺した。渦を巻くように肉が捻れてから下顎から粉砕してトカゲが消滅する。皮肉なことだった。大事な人を失わないと分からなかったルイス自身の愚かなところ。ただ人に依存していたことに満足して己の弱さから目を背けていたことだろう。死を持ってして生を実感する。戦闘員としての意味、騎士としての意義を思い出したのだ。


「一匹目!! 次!!」


 大きな口を開けてショベルのように地面を抉りながらルイスに突進するトカゲ。が、横から振り下ろされた大渕の一撃によって大きく体勢を狂わせる。脳にまで届くその一撃に目が飛び出そうになっているところをレイピアを突き刺して同じく爆散。横凪に振われた大渕の大剣は口を開いていたトカゲをそのまま切り裂いていった。腹の中から消化しきれていない死体が滑り落ちて体液が辺りに飛び散っていく。


「二匹目合わせて三匹目……んっ!? ルイス君、離れよう!」


 大渕が足に感じた振動をルイスも同じく感じたので後方に飛び上がって元いた位置に戻る。さっきの振動の地点から水面のように波紋が広がって勢いよく飛び出してきたのは蜥蜴の亜人、ケラムだった。


「お前は……!」


「だぁれかと思えばアンタですかいな。よぉ、生きてたわい」


 ルイスと大渕を見たケラム本人は自分がトドメを刺したと思っていた人間だったので驚いている様子である。逃げようとしているトカゲとルイス達と飛び散った体液を見てここらで何があったのかを察するケラム。鼻の下にある小さな穴を手で擦りながら考えるような仕草を取ってから、体液の中に残っているトカゲの肉片に齧り付いて少しの腹ごしらえをする。それが異様に見えて仕方のないルイスと大渕の顔を見てケラムは一瞬だけ不思議な表情をした。


「あぁ……偏った餌のコイツらは不味くてしかたがねぇ」


「仲間殺しをするとは……! それも同じ仲のものを……!」


「アンタらは肉食わないんでげすか? 肉ぅ?」


 話が噛み合わないことに焦るルイスだったが一旦落ち着いてレイピアを敵に向ける。あの相手は円やエリーの仇なのだ。それを忘れていないルイスは仇が向こうからやってきたという事実だけを受け止めようとしている。


「顔に出てますぜ? 気持ち悪くて仕方がねぇんでしょ? あっしらには分からん。生きるってのはどこかの誰かを喰う行為。食用として育てられる兄弟がいるでしょう? あぁ、いないんでしたね、これは失敬」


「共食いをしているとでも言うのか……!?」


「大事なお祭りでげす。あっしらにとってのね。共食いだなんて失敬なもんです。昔から変わらんや……。そう言われながらあっしらは里を燃やされた。あっしから見りゃあ、他種の命を贅沢に食らっていい顔してるアンタらが気持ち悪くて仕方がねぇ」


 蜥蜴人族は亜人の中でも珍しい卵生の亜人だ。母親となるメスの蜥蜴人族は産卵期になると沢山の卵を産む。それらをそのまま食用に使う場合があるのだ。受精卵の場合、何個かを籤で選別して肉用として育てる風習があるのだ。それらを食べる祭りが存在する。体の自切や再生が可能な彼らだからこそ受け継がれてきた風習なのだ。そんな環境で運良く食用にならずに済んだケラムなので魔獣のトカゲの肉を食おうが何も思わないのは当然なのだ。


「……まぁいい。私は貴方を倒す。月輪副班長やエリーのために!!」


「……あぁ、そうなってるんですね」


 変に納得した様子で四つ足の構えをするケラム。血気あふれるルイスと少し悪い癖がまた露見したことに悩む大渕とが目を合わせあった。先ほどのトカゲ達はケラムを見守るかのように不動だ。


 動くのはケラムが早かった。滑るように移動した後に足を振るってルイスの体勢を崩しにかかる。一度食らった手なのでルイスは軽く飛び上がって上から突き刺すように刺しにかかった。ケラムは体をそのまま泥に変えた地面に吸い込まれるように沈ませる。その瞬間を利用して大渕が溜めた一撃を地面に叩き込んで衝撃波を浸透させた。すぐに顔を出したケラムをルイスは見逃さない。目を狙ってレイピアを向ける。


 ケラムは相手が腕を上げたことを悟りながら器用に腕を盾のように使ってレイピアを防いだのだ。そのまま自切して蠢く腕だけが消えて行った。泥から抜け出したケラムは地面に落ちた肉を食いながら力を入れるようにすると腕が生えてくるではないか。前よりかは一回り細くなっているが綺麗に生えていた。ただ、鱗の色が若干薄く、まだ発達していないことが見える。


「ハァア……腕を上げてますぜ。でもまだまだ。殺すつもりで反撃しな」


 若干遊ばれていることに気がついたルイスは腹立たしく思えたがこうなると昔のままなので一旦落ち着いて相手を観察した。もしかすると勝機があるかもしれない。その希望を掴むために今は落ち着くべきだ。


「それもいいが……ひとつだけ聞きたいことがある」


「なんです?」


「この街で何をしようとした。何故数ある都市の中でここを選んだんだ」


「あぁ……それはあっしの問題外ですぜ。他に聞いてくだせ」


「何……?」


 ケラムは四つ足の体勢から二本足に変えて首をコリコリといわせながらルイスに向き直った。戦いたいやら復讐やら、この亜人にはそのような空気が見えなかったのだ。話に聞いていたものとはまるで違う。


「これらを決めたのはあっしらのご主人様や姫君でさ。あっしはアンタらに対する怨みは正直ねぇ。理解はできねぇが。あっしは生きるために食う、それだけでさ」


 そう言うケラムの目にはあの時の自分が写っているように見えたのだった。


 


 

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