時は大規模戦闘演習真っ盛りの頃……地下シェルターの亜人達
薄暗く壊れかけの電灯がパチパチと音を立ててついている一室があった。はがれかけの壁紙が貼ってあるボロボロの壁。中央に置いてある大テーブルとそれを囲むかのように3対3の割合で椅子が置かれている。テーブルは少しギコギコと音を立てるが年季がある物なので仕方がない。その椅子に2人の亜人が座っており、物思いに沈んでいる様子である。人間への復讐心を燃え上がらせる亜人達だ。この部屋は亜人達の住まいである地下シェルターの一室であり、彼らは集合部屋として使っている。
ご主人様が偶然見つけたシェルターであり、もう使われてはいないということで都合が良かった。自家発電機もあるので薄明るいが明かりが灯されている。そんな部屋に亜人達の部下である幻狐が入ってきた。1メートルもない大きなの魔獣は外の状況を大まかに説明する。一人の亜人がその魔獣から聞き出すと体を細かく震え始めた。
「バーチャル……ウォーズ……だと……? ふ……ふざけるな!!」
空気を裂くかのような声を上げたのは女性の亜人、クレア・ミスリルである。白と銀が混じったような美しい髪色をウルフカットのように切りそろえている。左側の前髪を伸ばして顔の左側を隠すかのように整えているのだ。引き締まってはいるが鍛え上げられた筋肉が美しく、フサフサした耳を持つ人狼族の生き残りであった。クレアの怒号を受けた魔獣は少し怖がるようなそぶりを見せた後に逃げるように部屋からでる。そんな魔獣を見送りながらその場にため息をつく人物が一人。
「ずーいぶん、怒っちゃったねぇ。クレアちゃん。ちゃんとビタミン取ってる?」
「うるさい、ルルグ。私たちが考えに考えて復讐をしていないこの状況で人間達は呑気に序列を競い合ってるなんて……反吐が出る」
「まぁクレアちゃんの気持ちも分からなくもないかぁ。ベイルが先に行ったけど本当はクレアちゃんが行きたかったんじゃあないの?」
クレアはチッと舌打ちしながら椅子に座る。彼女の目線の先には机に長い足をドガッと乗せて大きなあくびをする虎人族の生き残り、ルルグがいる。ヒョロリと長く、黄色と黒の模様をもつ尻尾をいじりながら彼は考えた。壁に写る尻尾の影はヒュンヒュン揺らめいている。
「ベイルが腕を切られた所が戦闘員事務局だよね?」
「それがどうした」
「僕はてっきりもう人間達は俺達の存在を危惧して討伐を考えていると思ってたけど……危機管理能力のなさは昔から変わらないみたいだね。心配するだけ損だから僕はなんとも思ってなかったけど……想像通りになったわけだ」
ヘラヘラと笑いながらルルグは机に置いてあるリンゴを手に取って乱暴に齧った。ルルグもクレアも人のような見た目をしているが所々、牙を持っていたり毛皮がある部位があったり尻尾があったりと人外な部位が現れている。ルルグは自分の黄色ベース、黒のメッシュが入った髪を手で乱暴に掻いた後にまた大きなあくびをした。
「ま、今のところは気にしなくてもいいんじゃないの? 人間のことは」
ルルグの言葉にクレアが「まぁ、そんなところか」とうなづいていると部屋に文句を垂れながら入ってくる亜人が一人。
「おい、我の部下を怖がらせたのはどいつだ?」
その人物は紫色を主流とした着物を着ており、体は全体的に細身、顔の線もまた細く、女性的な印象を受ける。その目からは妖艶な雰囲気を醸し出していた。髪は狐色で長く伸ばしており、それをきれいに結んで背中に流している。
「おー、ビャクヤ〜。クレアちゃんだよぉ。犯人は」
「貴様……『ちゃん』はやめろといっておるだろう」
ビャクヤと呼ばれる人物は「あいつらは警戒心が強い、優しく扱え」と言いながらルルグの隣に座る。ビャクヤ・ツーラン、狐人族の生き残り。性別は男であるが見た目は本当に女性に見えてしまう。コホンと咳払いした後にビャクヤは口を開いた。
「ベイル殿が腕を切り落とされて……もう数週間は過ぎた。そして我々の厄介な敵となる戦闘員達は今序列決めをしていると」
「そうだ、あいつら……私達がでないことをいいことに……」
「我は好機と見た」
文句を垂れるクレアにビャクヤは自分の考えを話し始めた。
「戦闘員という存在にどんな人物がいるのかを調べることは我にとって好都合だ。それを現在、我の部下が情報を集めてくれている」
ビャクヤが部下という存在はさっきの小型魔獣のことである。能力的に見ると戦闘特化というよりかは索敵に使った方がいいのでビャクヤが利用しているのだ。ルルグとクレアはビャクヤの能力をしっかりと理解しているのでこの先彼がどうするかをなんとなくだが想像することができた。さっきまで激昂していたクレアもビャクヤの話を聞いて少し落ち着く。
「それはいいが、餌は見つかりそうなのかい?」
クレアの言葉にビャクヤは「まだわからない」とだけ答える。
「まだその時じゃない、の方が正確か。情報収集は我が行う。ベイルの次には我が出よう」
ビャクヤはスゥッと口角を上げてその場で笑い出す。さっきまで美麗な顔つきだったのに彼の笑顔は不気味であった。頰まで裂けるんじゃあないか? といったいった顔になるビャクヤを見て隣のルルグが「おぉ……」と声を上げる。
「今は……その時ではない。殲滅までは……少し待て」
薄暗い部屋の中でンゥクククク……といった笑い声だけが響き渡っていた。
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