そのまま蓮を回収してリビングに入っていった悠人と香織は任務後の疲れがあったのかドッとソファに座って動かなくなった。ベルトにかけた魔装を乱暴にテーブルに置いて悠人は手で目を押さえながら、香織はガクンと項垂れた状態で居眠りをしようとするほどである。今の時間に寝ると逆に体が重くなるので蓮は二人の頭をクッションで叩きながらテレビをつけていた。
木魚のように叩かれるのが嫌になったのか悠人は蓮の顔面をクッションで一発叩いてからテレビに目を移す。知らない間に絡まれなくなった香織はホッとした顔で同じくテレビを見ていた。覚醒魔獣や最近の避難指導などによって民間人も外出がしにくい状況となっているらしく、戦闘員側の悠人達も中々に考えさせられる特集しかしていない。前までなら蓮はテレビを消していたわけだが亜人が本気を出してきた今となれば訳が違う。素直にテレビに食いついていた。
「たしかに避難指導は大事だよな……。どんな方法で亜人が無差別に攻撃するか分からないんだ……。民間人には詳しく言えない以上、俺はいいことだと思う」
「それもそうだけどよ、意味のない避難訓練なんてやってたらどっかでたるむぜ? 学校行ってた頃、お前避難訓練真面目にやってたか?」
「そう言われると困るな……。民間人の危機感を煽りすぎてると考えればマズイことではある」
「でも民間人は平和ボケだぁ。覚醒魔獣の騒動で避難し終わってやっと日常が戻ってきたところなのにお出かけ日和にしようとしやがる」
「無理もない。民間人と俺たちじゃあ知っている情報が違う。それに……もし俺が何も知らない人だったら呑気に出かけてると思うから」
意見を言うことは良いことではあるが基本、斜めからの意見しか言わない蓮。それも一理ある。たしかに意味のないと思える、思わせてしまうほどの避難勧告によって民間人を不要な危機感を持たせることは間違えてるように思えた。
「ご飯の準備ができましたよ〜。今日の献立は餡かけチャーハンにしました。……そういえば悠人さん、木原さんと何か話しました?」
「ん? 木原さんか? どうしてお前が気になる?」
「あ、何もないならこっちの話です。それと……今日の任務、おかしなものですよね。報告は班にも届くので僕も確認しました。ね、蓮さん、不思議ですよね?」
余計なことを言ってしまったと後悔した慎也は話題を逸らそうと必死に考えた結果がこれであった。蓮は縦に大きく頷きながら食器を出す手伝いをしている。悠人と香織はさっきの階段での出来事が関係しているのかと不思議に思ったが無視して料理を配膳していった。全員椅子に座ってからそれぞれ食べ始める。
「これは美味いなぁ……。任務後だから沁みるよ」
「料理の幅が広がってる……」
「えへへ」
一瞬だけ蓮を睨むようにした後に慎也は「さっきの話の続きなんですけど!」といつもの声を出していた。レンゲを口に運びながら震える腕先を押さえてチャーハンを味わう蓮。ここまで秘密にするべきことであろうか。いつも文句を垂れてから作業を始める蓮は何故かバツが悪くなってしまったほどだ。マイペースに食事を楽しみながら任務の内容を思い出す悠人。
「急に遠野班長が俺達に連絡をよこしたのが歩行路で帰ろうとしていた時。任務は調査を行なっていた鳥丸班の救出だ。鳥丸班長達が色の濃い魔石を発見して調べようとしたら謎の二人組が出てきたんだよ」
「ふ、二人組ですか?」
「私と悠人でそれぞれ一人づつで倒せるほどの強さだったの。戦力として高くないのならあの二人も魔石を狙っている可能性が高いと思う。極め付けはその男達の体の中には魔石しか入っていなかったことね」
チャーハンを吹き出しそうになって胸を押さえる蓮。
「なんだそりゃ!? まるで男は人間じゃなくて皮を被った魔獣じゃないか」
「その男達は研究班によって調べられている。……奴ら、腕やら何やらを変形させたりして襲ってきたんだ。蓮、まだマルスが入ってきたばかりの調査任務、覚えてるか?」
「あぁ、もちろん。エリスの発見となったし、俺はあの植物に食われかけたからな」
「変異した腕はその植物の口にそっくりだった。鳴き声までもがあれと一緒だ」
「おいおい……その男ってあのエリスによる仕業だってことか? なんのために魔石を奪おうとしたんだよ……。その魔石は何の魔石なんだ?」
このまま悠人は蓮に事細かく説明する。魔石はそのままの状態で茂みの中に置かれていたこと。その魔石は鳥型魔獣の魔石で色の濃さが従来のものより濃かったこと。大きさも大人の女性が抱き抱えるようにして持つほど大きなものであったこと。次々とおかしな事例が口から飛び出してくるもので蓮は考えるのをやめてしまった。ここで考えたとしても研究班の分析結果が全てなのだ。
「本当に取りにきたんでしょうか? 魔石だけが茂みの中にあるなんて不自然ですよ。その男は元々魔石を置いた人で鳥丸さん達が回収しようとしたからやってきた。これならつながることも多いと思いますよ。戦力もないのなら出来立てホヤホヤか戦力が必要ない役割なのかも」
「それもあるな。マルス達にはもう支部から連絡をしてもらっている。連絡できる時にしてみるよ」
悠人はもう食べ終わったらしく、おかわりも必要ないそうでそのまま食器を流しに入れて「ごちそうさま」とだけ言葉を残して部屋からさっていった。もうすっかり日が落ちており、外に出て涼むことにした。広い庭の中で寝椅子に座り悠人が一人。居住区の街頭の数を数えても悠人はそこに一人しかいない。
目をグシグシと押さえながら悠人はベルトにかけた赤い刀を撫でようと思ったがベルトには刀なんてものはなかった。魔装は全部リビングに置いていったではないか。それを思い出してため息混じりの笑いを漏らす。そのかわり、通信機を取り出して今までの任務記録やマルス達から聞いた意見をまとめたメモを起動させて確認することにした。
「何もどうして鳥型魔獣の魔石があそこにあったんだか……。こう……両手で抱えるようなほどの大きさのがさ」
自他ともに認める独り言の多さ。誰もいない中、腕を動かしてイメージを膨らませている。魔石の大きさは両手で抱える程度。色は濃い緑と紫が入り混じったような。あそこまで濃く、そして大きな魔石は見たことがなかったと思ったところで悠人はハッと思い出す。さっきは蓮とエリスとの出会いだった植物トカゲについてを思い出していたがその時、エリスが入っていた魔石は大きかった。従来のものより色は濃く、そして性能としても良かったのだ。小谷松が改造魔獣として利用したほどなのだから。
「あれと比べるとまだまだだけど……十分大きかったぞ」
目的は一体何なのか分からない。亜人がエリスを必要とした理由は活性化に至る魔獣の創造だ。実際、エリスに強化を施されたであろう魔獣達にはツタが巻きついていた。そのツタの魔石を利用して改造魔獣は生まれ、データを盗んだ亜人達が創ったとされる覚醒魔獣達。覚醒魔獣は現代の魔獣と違って体の作りも、力もまるで違う。無から有を生み出せるほどの力を持っているように思えたのだ。
「次の覚醒魔獣が来るか……。亜人が攻めてくるか……。あるいはその両方か」
その時、悠人の通信機がけたたましい音を立てた。慌てながら連絡を取ると噂の研究班からである。
「は、はいこちら東島!」
「結果が出ました。たしかに……体の中に魔石以外何もないと言ってもいいと思います。魔石を繋ぐチェーンの役割をした組織はありましたがそれ以外は何も……」
人ではないことが確定してしまった。嫌な汗が脇から出てくるのが分かる。服で擦るように拭った悠人にさらに一言。
「それと……魔石から植物の遺伝子がほんの少し入っているのも不思議でしたね」
半月の下、悠人は恐ろしいことが起きつつあるということだけ、理解した。何がしたくて憎き人間の代わりを作っているのだろうか。それだけが分からない。信号の奥、研究班の部屋では解剖されたにしては綺麗すぎる台の上で男が横たわっている。やけに濃い魔石を心臓にしていた男は体の色気を失い、さながら人形のようであった。
〜ーーーーーーー〜
「……帰ってはこずか……」
いつものテーブル、椅子の地下室でヴァーリは目を歪めながら腕を組んでいる。最初からあまり期待はしていなかった。実験的に創った人の体を模した球体関節人形と言えばいいだろうか。魔石の核を入れればほんの少しではあるがその魔石の力が使える兵器。エリスの実験場に咲いている巨大な花から生み落とされた実から卵を割るようにしてその原型が出てくる。原型に任意の魔石を入れれば完成なのだ。
ある任務のために魔石を持たせて行かせたのであるが帰ってはこなかった。送った自分が浅はかだったそうである。恐らく、魔石も人間に取られたに違いない。あの人間側にはエリスをよく知る者やベイル、ビャクヤ、ケラムと度々戦ってきた者たちがいる。連れて行ったのな彼らだろう。覚醒魔獣の時から人間側の動きが早いのも事実であった。
「ご主人様」
部屋の奥から声がした。近づくに連れて特有の体臭が匂うのでヴァーリは暗いはずの部屋でも位置を正確に知ることができた。パサッと時折、羽を広げながら跪く亜人、ベイルだ。左腕は義腕となっており、埋め込んだ魔石が光って緑と紫の禍々しい色を発している。光の中から覗く鋭い眼光と嘴。表立つことは無くなったが積まれた怨みは尋常ではなかった。
「なんだ、ベイル」
「今宵も半月。着々と準備が整いつつあります。今日、完成した兵器を向かわせたそうですが……結果は?」
「すまぬ、ベイル。奴らはまだ改善が必要なようだ。目印の魔石はもう少し待て」
「それなら我が出向きましょう。もし目撃されれば好都合、すぐに息の根を止め……」
ヴァーリの尻尾が床を叩き、ベイルは目を見開きながら急いで謝罪をした。これはヴァーリが送る「黙れ」のサインである。
「急ぐでない。お前の本性が出せるのは満月だ。目印を置くのもお前が十分に戦うためなのだからな。父の怨みを晴らしたい気持ちは分かる。鳥人族の王子として、お前が出来ることはなんだ?」
「ハッ、一族のために我は嘴を、そして爪を研ぐ。そして……」
ベイルは腕に光る魔石を大事に覆いながらヴァーリに向き直った。一族がベイルに残した最後の希望の代物であった。それは人間が知っているようなただの魔石ではない。はるか昔から、人間と亜人の歴史が始まる以前から一族が受け継いできたとされる神の石。その力を使う時までベイルは積もった怨みを種に鍛錬を積むのみなのだ。
「月虹鳥の風を蘇られることです」
「そうだ、それでいい」
それは鳥人族が神と崇める魔獣の存在であった。はるか昔に生息し、全ての鳥達の祖先となった始祖の魔獣。その御身が滅んでもうちなる魔石は滅ばなかった。ベイルは一族の、そして神の重みを受け取って立ち上がり、ヴァーリに礼をして部屋を出ていった。冷暖房の機能などこの廊下にはないが何故か体が熱く感じる。そう、これはベイルに眠る人間への増悪の炎だ。彼の火が消える時は人間に復讐を成し遂げた時である。
「天空の勇者は落ちぬ……!! 全ては一族のために……!」
今宵は半月。半分ほどの輝きの神の石も同じ気持ちか、幾分か輝きが強くなっていた。
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