表向きでは新人殺しやタクティクス、トラベラーズが活躍をする中、動いていたのは彼らだけではいことは勿論承知であろう。この戦闘員極東支部には16の班が所属しているのだから。表立った活躍はないものの、ひっそりと、それでも実績を着実に残している隠れた実力班はいるものなのだ。極東支部のロビーから階段を上がっていくと客人を出迎えるための部屋に行き着く、その部屋からは戦闘員の居住区がミニチュアのように見える一種の展望台のようになっており、客人は窓から戦闘員たちの集合住宅を眺めてこう思うのだ。
「あぁ、あの斜め角にある住まいにはどんな戦闘員が住んでいるのだろうか」
そこにはこんな男が住んでいた。もう洗っても取れないような汚れがついた作業服を着ており、立派な椅子と机が部屋の中にあるにも関わらずそこに座ろうとはしない。いや、彼は座らないのだ。男はうんと伸びをしながら机の上に広げた箱をかき集めて剥き出しになった戸棚に丁寧に収納していった。それからまた別の箱を取り出して机の上に置き、やっと椅子に座って一息つく。そして箱を開ける。これの繰り返しである。
男の部屋は三つの空間に分けられており、一つは寝る場所、一つは立派な机と椅子がある場所、そして最後の一つは大量の戸棚や物置となっているスペースだったのだ。彼は幼い頃から収集グセがあり、何の価値もないような川辺の石やら何やらをコレクションすることから宝探しのクセが始まったと自分でも思っている。だが思った以上に散らかったことはなく、収納場所には丁寧に陳列された箱やガラスケースが並べられている一種の博物館のよう。意気揚々と確認しようとしたその時、彼の部屋のドアが勢いよく開いて勢いのほか、ケースを床に落としそうになったことで大きく慌ててしまった。
「えぇ、なに!?」
「何もそれも。ほれ、任務依頼」
目の前に突き出されるようにして渡された書類を序列5位鳥丸班班長、鳥丸大輔は受け取った。身構えて硬くなった体が溶けるようにへこたれていき、そのまま書類を受け取ってグッタリと椅子に座る。
「勘弁してくれ……最近多くないか?」
「アタシに言ったって仕方ないわ」
「あぁ……昼前には出発だ。それまでに龍一を呼んでいつも通り、音楽でも聴いてな。神奈子」
神奈子と呼ばれた女は首にかけていたヘッドホンを耳にかけてから「余計なお世話」とだけ言って部屋を出ていった。また静かになった部屋の中で鳥丸立ち上がって外の空気を吸おうと部屋を後にした。任務するには心地が良さそうな朝だった。住居の外にある水道を垂れ流しにしながら鳥丸は顎髭を剃刀で丁寧に剃っていった。髭は濃い方ではないのだが生えるのが早いので少しうんざりしている。
「お、鳥丸じゃねぇか。おっす」
「……イテテ! なんだ翔太か……」
声に気を取られて顎あたりを切ってしまったので嫌な痛みに悶えながら振り返ると薄いタンクトップに半ズボンと言った完全にオフの姿の遠野班班長、遠野翔太が微笑んでいる。顎元を押さえながら少しだけ涙目で鳥丸は出迎えた。
「もっといいタイミングで声をかけてほしいもんだよ……」
「ハッハ! でも唾かけときゃそれくらいの傷、どうってことないだろ」
「君は傷が治るのが人一倍早いんだよ……。俺と一緒にしないでくれ」
バーチャルウォーズで戦う時はいつも対戦相手同士になる鳥丸と翔太は交友関係も深く、時間が空いている時は共に麻雀をしたり酒を飲んだりする仲であった。この時間帯に翔太から声をかけてくるということはいつもの誘いが来たと思って鳥丸は一歩引きながら剃刀をしまって咳払い。
「麻雀か? 悪いけど今は手持ちがカランカランでね。カモなら他を探すんだな」
「違うさ。ちょいと暇つぶしに話に付き合えよって話」
今までなら自分なんかではなく、レグノスや稲田の元へ行っていたのだが最近、支部に帰ってきてからは彼らの殉職があったことでそれもできなくなったのだろう。ちょうど任務まで時間があったので彼は話に乗ることにしたのだ。
「立ち話もあれだし、俺の部屋にでもこいよ」
「いいな、乗った」
鳥丸は集合住宅の吹き抜けの階段を翔太と共に登っていき、自分の部屋へと招き入れた。滅多に使わない客間は掃除だけがされているので埃は一切なく、新品も同然の椅子と小さなテーブルが置かれた少し不思議な空間だった。翔太はそこに座り、鳥丸が冷蔵庫から炭酸ジュースのボトルを投げ渡して座る。
「任務前だから朝から酒なんて贅沢はできないぞ?」
「別にいい。タダで飲めるなら万々歳だ」
「それにしても、この支部に帰ってきてから、いやその前から翔太も大活躍だな。あの新人殺しが急に俺たちを抜いて4位になった時は驚いてたのに今やお前もこの支部の主要になっているじゃないか」
「バカいえ、ただでさえ大変な遠征に合わせて死にかけるようなことばっかりやらされる。この前だって車ごと魔獣に吹っ飛ばされたんだぜ? エアバックなければそこでお陀仏だわ」
ぼやきながらも鳥丸は翔太がどこか遠くに離れていってしまったような何かを感じた。鳥丸班は結成当時から魔獣の討伐任務はあと一歩のところで失敗してばかりなのだ。そのおこぼれを新人殺しなどの下級班が行っていたのである。鳥丸班は班員が3人の極少人数で構成された戦闘員グループで班長の鳥丸にさっき書類を届けてくれた副班長の夜野神奈子と金井龍一という名の班員だけで結成されている。全員、適合が戦闘向けではなく索敵や移動に長けた性能をした魔装なので調査任務で無類の強さを発揮するのだ。そうやってつけられたあだ名は「骸拾い」。戦闘任務は今一歩でも調査任務の実績は優秀な変わり者の班であった。
「それはとんだ大冒険だったね。俺らは翔太達の影に隠れて宝探しか……。なんか小さく思えてくるよ」
「そう僻むなよ。この極東支部においてお前らは調査任務の実績は八剣班を越える。魔獣のコロニーがある洞窟に忍び込んで餌になりそうだった民間人を救ったような奴がお前なんだ。そう言うのは間違ってる。まぁたしかにこの戦闘員の世界は世知辛いし、序列が全てなところがあるがよ。16班ある中でお前らは5位、俺らは4位。実績で言うと俺はお前に少し負けてると思うな。無意識にとんでもないことばっかりやり遂げてるって自覚しろ」
結局この男は何を話したかったのか、鳥丸は理解できなかった。おかしな話であるが理解はできないような気がしてもどこか筋が通っているようなそんな気がしてならないのだ。たしかに少しナイーブに思ってしまったことはあるかもしれない。まさか年下にそう思われることがあるものかと思った鳥丸は瓶のジュースを飲んで少しだけ考えを落ち着かせながら話し始める。
「まぁ、俺らは新人殺しやタクティクスみたいに主要になりたいかって言われたらなんとも言えない。むしろ俺らは新人殺しのことを元々バカにしていた立場だからね。今の立場じゃあ彼らの方が上だから。でも人生、天秤みたいなものらしい。どこかで釣り合いがあっている。今俺らにないものを彼らが持っているが逆に彼らがないものを俺らが持っている。それが班ってことか……。若造に教えられるとはな」
「実と言うと最近、鳥丸の調子が悪そうだってことを風の噂で聞いてな。この調子だったらお前がいうお宝も見つかりそうで安心したわ」
「誰がそんなことを」
「夜野だよ」
「アイツ……」
いつもは鳥丸の収集癖を非難してボロボロに言ってくるのにこういうところで見せてくるのはずるいぞと言いたくもなった。大きなため息をつく中でそれでも副班長として班員の教育も欠かさない神奈子のことを思い出し、鳥丸はフッと笑う。
「そうか……アイツにはバレてたか」
「ハッハ、今こんな話しているのもバレてるのかもな」
「もうとっくの前からね」
「うっわ!?」
翔太が飛び上がるような顔で振り返るといつのまにか部屋に入っていた鳥丸班副班長、夜野神奈子が手をポキポキと鳴らして近づいてくるところだったのだ。翔太は声を上げながらジュース瓶をしっかりと握って鳥丸に礼をしてから逃げるように去っていった。夜野はやる時に天使も悪魔も会議ができないほど力任せなのは有名な話なのである。彼女の魔装であるヘッドホンを外してから髪をかきあげて鋭い息を吐く神奈子。
「全く、君も人を弄びすぎだ」
「こそこそするのがアンタの常套手段じゃない。まぁいいわ、今日は許してあげる」
「あ、どうも」
いつもならゲンコツが容赦なく飛んでくるような場面であるが今日に至っては珍しく何もとんで来ずに「早く任務に出るわよ」と催促することにポカンとしつつ、鳥丸は壁に立てかけていた己の魔装といつもの準備を詰めたバックパックを背負って集合住宅を出る。翔太が言ったようなことと自分が話したことを反芻しながら任務へと駆け出す鳥丸はまだ己の大いなる宝探しが始まってなどいないことを知ることはなかった。
そう、新人殺しとの接触を始めるまでは。
鳥丸班を語るに於いては戦闘員よりも民間人に活躍を聞いた方が早い。彼らの救出任務によって救われた人々は大勢いる。時に戦闘員でも戦い以外での勝利を得る場合もあるのだ。逃げるが勝ち、それを体現したような彼らの名は「骸拾い」
「極東支部録」より抜粋 “骸拾い”
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