男湯の暖簾をくぐったマルス達は脱衣所に到着。マルスにとっては大人数で風呂に入るという行為をしたことがないので少し緊張していた。ロッカーのような所を開けてその中に一旦荷物を入れて服を脱ぎ始める悠人達。いい脱ぎっぷりを見せる彼らを見てマルスはゆっくりと服を脱ぎ始めた。別に羞恥心があるわけではないが変に緊張しながらマルスは服を脱ぐ。彼にとっては違和感でしかない光景なのだ。平日の真昼間ということもあってか自分たち以外の人は見えなかった。ロビーには少しの人だけだったのでちょうどすいてる時間に入れたそうである。
「よいしょ」
マルスの隣のロッカーに慎也が荷物を入れて少しの間、服の襟を掴んでジッとする。すっかり下着姿になっていたマルスは中途半端なところで止まった慎也を見て声をかけた。
「おい……、どうしてそこで止まる?」
「あ……いやぁ……大人数で入る風呂は久しぶりっていうかぁ……そのぉ……」
歯切れの悪い返答に違和感が募ったがマルスは「そうか」とだけ言って下着も脱ぎ、タオルとシャンプー等を持って浴場へ入っていった。ガララと扉を開けると大理石……だろうか? 石でできたようなツルツルした床を踏むことになる。辺りは湯気で覆われているので湿気で滑る。転んだら間違いなく危ないのでマルスはゆっくりと歩いていった。
「おい、マルス。かけ湯しろよ」
「か、かけゆ?」
視線の先には素晴らしくバキバキな筋肉を見せてオケに湯を入れて体にかける隼人がいた。袖なしジャケットの戦闘服からも伝わってきたが隼人の筋肉はボディラインを浮き上がらせている。かと言っても引き締まった体格なので美しいような印象もあった。
「入る時はこれかけて湯に慣れろ」
バシャア! とオケから湯をかけられてマルスの全身に熱が伝わる。急にやってきた熱い湯にマルスはビクゥ! と体を震えさせて背中を掻き毟る羽目になったが湯に慣れるのは早い。
「ちょっと待て……こんなに熱いのか!?」
「まぁな、浸かってたらなれるさ」
飛び込むように風呂に入る隼人。それを見てため息をつけながらかけ湯をした蓮が濡れた髪をかき分けながらゆっくりと湯に浸かる。
「お前……いくつだよ。飛び込むようにして風呂に入るな」
「うっせ。久しぶりなんだ。それに最近は任務が忙しいんだよ」
「理由になってないし……」
呆れる蓮にうなづきながらマルスもゆっくりと風呂に浸かる。かけ湯をしたからか、たしかに風呂の湯は熱かったがじんわりと体の奥まで浸透していく気がした。日頃の溜まった任務の疲れを徐々に取り除くかのように体が軽くなる。
「フィー、今日は疲れたな、全く」
パイセンもチャポンと風呂に浸かった。ここの銭湯は大きな風呂とサウナルームと書かれた個室があるだけの銭湯だが日頃シャワーしか浴びないマルス達にとっては大満足であった。
「不思議なものだな……。湯に浸かるだけで楽になれる気がする」
「決勝の時からマルス、疲れてただろ? 顔が曇りがちだったぜ?」
隼人がマルスの顔を伺うように話しかけた。疲れているというか、人間であるかそうでないかの葛藤が顔に現れていたのであろう。そんなこと話しても意味がないのでマルスは「まぁな」とだけ声に出した。
「決勝のあの試合。もう少し冷静にいけば八剣を攻め込めたと思ったのだが……そうもうまくいくものでないし……」
「マルス、もっと自信を持てよ。一太刀、一太刀を入れることができたんだぜ? お前があそこまで頑張ってくれなかったら4位まではいかなかったと思うし。誰もお前を責めないって言ってるだろ?」
パイセンがフォローを入れてくれたがマルスは何も言い返せなかった。本気で悩んでいる所はそこではないからである。自分に宿り始めた甘さという感情。この感情をずっと持ち続けるといずれ悲劇が来るに違いないとマルスは気がついているのだ。そして今日の任務でその甘さと情念に囚われたマルスは危ない行動をしてしまったというわけだ。
「そういえば、マルス。今日の任務の時はいつもと違ったな」
「……どこがだ?」
その答えは知っているがマルスは「えぇっと……」と言葉を紡ぐ蓮を見る。
「香織が吹き飛ばされた時。お前の攻め方がいつもと違った。いつものお前ならあんなに真っ正面から攻め込んだりしないだろ?」
その通りだ。蓮にはバレバレ。マルスは少々居心地が悪くなってしまったのかフンスと鼻息を強くした。そんな鼻息の荒いマルスを見て「図星か」と腕を組む蓮。自分のことは少し斜めに構える蓮であるが人を見る時は一変。彼の目利きは素晴らしい。
「香織のこと……、好きだろ?」
「はぁ?」
マルスは蓮から言われた言葉に惚けた声を出してしまう。そんなマルスを見てニヤリと笑うのは隼人とパイセンである。
「おいおいマルスゥ、香織が好きなのかぁ? もっといい女いるだろぉ」
「香織は難しいゾォ。怒ったらああなるしな」
いい女がいると言ったパイセンに怒ると大変だというパイセン。怒った香織を目の当たりにしたマルスであったが彼女からのエピソードを聞いて何故かすんなりと納得してしまっていたのもある。変に落ち着いていた。でも好きかどうかを聞かれればマルスはなんとも答えれない。決勝戦で香織の声を聞いたときに込み上げられた気持ちは何であろうか。コネクトから出てきた自分を抱きしめた香織の涙のワケをマルスはまだ知らない。
「いや……好きっていうか……日頃良くしてもらってるからであって……」
「絶対好きじゃん!!」
マルスを指差して大きな声で笑った隼人を一旦、蓮が羽交い締めで黙らせる。隼人は「殺す気かぁ!」となお暴れようとしたがパイセンも加わって黙らせた。
「俺は隼人みたいな理由で言ってるんじゃない。単純にお前も人間らしいんだなって思っただけさ、いい意味で」
「いい意味で……?」
マルスは蓮の言葉に本気で意味のわからないような顔をする。人間になってしまったからああ言った冷静さをなくした行動を行なってしまった。人間になることで甘さが生まれて悲劇を生み出すと考えていたマルスは蓮の言葉に本気で意味を見出せずにいる。
「はじめて見た時は機械的なやつだなぁって思ってた。安藤班との戦闘の時も、お前は動揺もせずに斬り倒していたからな。でも今日の任務でお前だって人のために怒ることができるんだなって。人の盾になって戦うことができるんだなって思えて嬉しくなっただけさ。お前は人間だよ、いい意味で」
マルスは蓮の言葉をずっと反芻していた。思えば、自分が本気でこの班のために動こうとしていた時はいつからだったか? あの演習のどこかで自分の思いも変わっていった。仕方なくなったこの戦闘員の仕事に誇りを持てるようになったのは、間違いなくあの演習があってこそだ。そうでもなければ八剣と戦った時にあの台詞は生まれなかった。新人殺しの魂だなんて言葉は生まれなかったのだ。「あ……」と声を漏らすマルスに対してニッと笑ったパイセンが一言。
「ここで生きてるってことが証明できれば、悩むことなんてないって。お前は人間だろ? それに……叩いて伸びるほどお前は無機質じゃあないだろ? そういうこった」
マルスは自然と笑顔を出すようになる。この世界に来て困惑顔をすることがあっても笑顔になることはかなり少なかった。理由もない笑顔しか作れなかったのだが今は本気で嬉しいと思った時はこうやって笑顔を作ることができるようになった。いい意味で人間か……、マルスは心の中で呟く。そんなマルスに隼人は「で?」と声をかける。
「結局、香織のことは好きなのか?」
マルスはその問いに少し考えた後に「いや……」と自分の思いを語る。
「好きっていうか……あいつを見てたら落ち着くんだよ。それに、もし俺が女だったらって考えるとあいつみたいな女になりたいって思える。好きじゃなくて憧れなんだ、香織は」
マルスは一通り話し終わった時にどうしてここまでさらけ出せたんだ? と疑問に思った。これが銭湯の力だろうか? と思ったが全員「ほぉお」と声を出しながら聞いている。自分の思いを言った瞬間に身も心も楽になった気がしてマルスはフフッと笑う。そんなマルスを見て蓮は「そういうのが好きってことなんだけどなぁ」と思えたが同時にやっぱり、マルスらしいやと思って「そうか」とだけ声に出した。
だが結局答えが分からなくて「なぁあ、好きなのかよぉ〜」としつこくマルスに聞く隼人を羽交い締めで黙らせて浴槽で戦っている所を先に体を洗っていた悠人のゲンコツを受けて辺りは凍りつくのであった。
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