戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

引き金の理由

公開日時: 2021年4月15日(木) 19:00
文字数:5,361

 居住区の中心に位置する広場は今日も落ち着いた空気感を作っていた。この広場を中心に序列が4位から16位までの班の居住区が広がっている。3位から1位は特別に設置された居住区の端の屋敷にいるわけだがほとんどは集合住宅のような見た目の部屋を家にしているのだ。広場のベンチに座って瞳を閉じている大原優吾もその一人である。彼が座っているベンチがあるところは日陰が多く、涼しい空間を作っているので優吾はその空気が好きだった。今はお昼時でほとんどの戦闘員が食堂に向かっているので広場に優吾以外の人影は見えない。


「ハァ〜……、昇は八剣班か……。あいつ、やっぱり上に行くんだよなぁ」


 日陰の中で木々に隠れた太陽を見上げながら優吾はぼやく。昇、と名前で呼んでいるがそこまで仲がいいかと言われればそうでもない。そもそも昇は自分が一緒の学校に在籍していたことを知っているのだろうか? と思えるほど接点のない同級生だった。顔を合わせることができたのは適合検査の時である。


 彼の適合が「孤軍鯱ロンリーキラー」だとわかった時は研究班の人たちは「素材……あったっけなぁ……」と呟いているのが聞こえたのでかなり希少な魔獣だと判断ができた。実際、孤軍鯱は群れで生息する鯱の魔獣の強化個体であり通常の魔獣とは別として扱われるかなり凶暴な魔獣であったことを最近知ったのだ。特異中の特異な種類だ。活性化ではない同系統の亜種の魔獣。それが昇の適合だった。


 昇にはあって自分にはないもの、自分が戦闘員である理由。自分がこの世界でどれだけ通用するかを知りたいと言う意思で戦闘員になり、現在も上を目指して頑張る昇とただ「そんな生き方もあるのか」と思い、高卒で戦闘員になった優吾。かける熱量がまるで違うことを思い知らされる。慎也や班のみんなは副将戦で負けた自分に対して「相手が悪すぎた」と言ってはくれるが優吾はいい顔をすることが出来ない。そもそも慎也に護身術を教えたこと自体がエゴだったのか? と疑ってしまう始末。優吾はため息をつきながら腰に吊り下げた二丁銃を眺める。


 透き通るような白色の銃を見ても何も安心感や希望が見えなかった。彼にとって魔装は一種の道具であり、唯一の戦闘員としての証明書のようなものだった。だがしかし、今となればその魔装すら信じることができなくなっている。見鏡副班長の言葉が頭の中で反射した。「人間そこまで器用な生き物じゃないぞ?」、そんなこと優吾はもちろんわかっている。ただ、その先へと踏みこめるきっかけがないだけだ。


 しばらくの間、答えが出ない状態でベンチに座る時間が続く。考えれば考えるほど答えが見えなくなるこの疑問をどうしようかと思っていると背後にガサッといった足音が聞こえて優吾は振り返った。


「ひゃ……」


 そんな声が聞こえたかと思うと優吾の真後ろにある木から金髪が少しだけ覗いている。隠れてるのバレているが……と少し困ったような表情をするとその髪全体が小刻みに震えたように見えた。


「誰だ? 隠れてるのはわかってる」


 優吾は比較的優しめの声で木の後ろに隠れる人物に話しかけた。そしてゆっくりとその姿を表す。ロングの金髪を背中に流しており、服装は露出を抑えたジャケットとズボン、そして黒のマフラーで口元を隠したあの女スナイパーだった。優吾はすぐに一回戦で自分が突き落とした女性だと判断したが実際、名前を名乗り合ってないのでなんて話しかければいいか、わからなくなる。「えーっと……」と固まる優吾。気まずい時間はすぎて欲しいので彼から話しかけることに。


「大原優吾だ。一回戦の時のスナイパーか? あの時はお世話になった」


 相手は少しだけ嬉しそうな表情をしながら両手をギュッと握る。そして俯きながらボソリと、


「アンドレア……です」


 と呟いた。顔つきから見て西洋人だと言うことは判断できたがアンドレアという名前だったか思う。話を広げるためにもう一言。相手の方が年上であることを思い出し、丁寧語を意識しながら。


「アンドレアさんの方が先輩なのに挨拶が遅れてましたね。一回戦の時はお世話になりました」


 ベンチから立ってペコリと礼をする優吾。アンドレアは「あ……えっと……」と呟きながらマフラーを口元に持っていき、頬全体を隠すようにする。


「お世話なんて……。その……大原君」


「なんでしょう?」


「私の周りに……銃を使う人ってあんまりいないから……。その……」


 言葉に詰まった様子で優吾の二丁銃を指差して「えっと……」と声に出すアンドレア。優吾は「この人……コミュ障か?」と彼女を見て考える。銃を使う戦闘員としての興味を抱いてわざわざ話しかけにきてくれたので優吾は自分の銃を持ってアンドレアに見せた。


「見ますか? 普通の二丁銃ですけど。アンドレアさんの魔装は……なんでしたっけ?」


「えっと……弾です。銃の……」


 やっぱりそうだったか、優吾は銃を手渡すときにそう思っていた。荒唐無稽な自分の予想であったがこういう時にはよく当たるんだよなぁと少しだけ一回戦を思い出して歯痒い思いになる優吾。彼女との戦闘はあくまでも自然と生まれた機械的な行動によって決着がついたものなので複雑な心境は隠せなかった。


「うはぁ……よくできてますね……。適合は幻弾鷲バレットイーグルですよね?」


「そうですね。まぁ……この魔装を持ってしても二回戦からはあんまり活躍できなかったんですけど……」


 二回戦、準決勝、決勝と彼の頭の中で記憶が躍る。一方的に弱さを突きつけられて負けた二回戦。特に活躍できるところもなく、慎也の助けあってなんとか倒した準決勝、そして運命の決勝。今だに見鏡副班長の言葉が頭の中でこだますることはあってもその先へといくきっかけを見つけることができないでいた。どう言った歩き方で自分の理由を探していくのか……。と、考えているとアンドレアが隣に座ってホッと一息をつく。


「大原君って……まだ若いよね? いくつ?」


「19です。もうすぐ二十歳になります」


「19……。高卒?」


「まぁ……そんな感じです」


 アンドレアから少し視線を逸らしてボソリと呟いた優吾。アンドレアはその様子を見て「あ、すみません! 気を悪くさせてしまって!」と大袈裟に両手を振りながら謝り出した。すぐに優吾が止める。


「気にしないでください。ちょっと嫌なこと思い出してしまっただけですから」


「あぁ……すみませんぅ……」


 小声で「何やってんだ私〜……」と呟いてるアンドレアを見てものすごく気まずくなった優吾。そんなに気にされるほど重い過去でもない。最近、何をしても決勝の時と繋がることがあって時たまこうやって気分が悪くなるだけなのだ。適当にお暇を頂くか、と優吾が腰に銃を吊り下げていると彼の脳味噌に直接語りかけるかのような声が……。


「大原く〜ん」


「……ん? え!? うわっ!? 窓際……いや、霧島さん!?」


 いつのまにか、ベンチの隣に顔を屈めた霧島咲がいて優吾に語りかけてきているという展開になっていた。咲は戦闘で見た時のようなポニテをしておらず、櫛でとかしたであろう長い髪を背中に流している。服装は黒いレースの服にヒラヒラしたロングスカートと比較的地味なコーデだった。


「な、な、な、な、なんすか?」


 少しだけアンドレアよりに席を詰めて話しかける優吾。アンドレは急に優吾との距離感が近くなって「ハワァ……」と声をもらす。霧島はそんな優吾とアンドレアを見て「フフフ〜」と笑った。


「実は……直樹君がいなくて……せっかく直樹君にお弁当作ったのに。勿体無いから誰かにあげようとして彷徨ってたら貴方達を見かけたの」


 佐久間さん!!! 優吾は心の中で絶叫した。こんなトバッチリ受けるとは思ってもいなかった。メンヘラ女の弁当だなんてダークマターシチューみたいな食えるはずもない料理というイメージがあったのだ。完全に偏見である。しかも咲とはあまり出会いたくない先輩という認識だった優吾にとってこの状況はキツすぎた。チェーンソーを持っていないのが現在のいいところである。


 優吾は目線で「アンドレアさんから食べて」と送る。彼女は「わ、私?」と反応してからサムズアップ。アンドレアはベンチから立ち上がって咲が出すお弁当をジッと見る。咲はアンドレアを見て「あら」と声を上げた。


「貴方は……初対面さんね?」


「あ……安藤班しょ、所属のアンドレア・Fです……」


「アンドレア……いい名前ね。お近づきの印にどうぞ〜」


 優吾は少し遠目でパカッと開かれた弁当箱を見ていた。そして中身を見てみるとビックリ仰天。ゲキまず料理のようなものではなく、可愛らしいヒヨコのキャラ弁だったのだ。ノリと卵をうまい具合に使ったヒヨコやウズラの卵とゴマを使って可愛らしいヒヨコを作っていたりと女子力満点の理想のキャラ弁だったのである。


「わぁ……可愛い」


 アンドレアは咲から箸をもらってヒヨコを口へ運ぶ。噛んでみるとウズラの卵で味玉を作っており、出汁がよく聞いて深い味をした卵だったことにアンドレアは驚いた。優吾にも箸が渡されてヒヨコを1匹口へ運ぶ。


「……なんでこんなに旨いんだよ……」


 優吾は味玉を噛みしめながら自分が思い描いていた霧島咲ではないことを悟る。霧島はポンと手を合わせてホッとしたのか、ニッコリと笑った。二回戦の戦闘では見れなかった咲の本心の笑顔。ここで優吾は全て自分の勝手な偏見であったことを思い知らされた。


「美味しい? ならよかったわ」


 これが二回戦で戦った人物と同一とは……。優吾は夢中で味玉を口に運びながら考える。適合生物と本人の補正がマッチし過ぎだった霧島咲は日常では料理が得意な女子力満点キャラだったことに驚くのであった。


「そういえば大原君。決勝戦、見てたのよ? 私が戦った人だったから興味あって見たんだけど……相手が悪かったね」


 やっぱりその話題が来るか……。優吾は不意に箸の動きを止めて固まる。決勝の自分は全くいいところを見せずに敗れてしまったので彼の中で一種の黒歴史と化している。


「相手が悪いっていうか……。闘技場に上がった時点で俺はもう負けてましたよ。迷っちゃいけないときに俺は迷って引き金が引けなくなる。だから機械的に行動してしまって結果オーライみたいになってしまうんだ。それを思い知らされましたね」


 自分の二丁銃を見つめながらため息をつく優吾。アンドレアも咲もあの試合を見ていたが相手との技量がありすぎたことしか分からなかった。何か会話をしていたような気もするがよく聞こえなかったのであの試合はかなり緊張感で覆われていたことを思い出す。


「俺には何も……何もないんですよ。戦闘員になって何がしたいかとか……その先には何が待ってるかさえ……わかりゃしない。自分が戦闘員である理由さえも見失ってしまうんだから、リングに上がった時点であの試合は負けだったんですよ」


 戦闘員になると言っていた昇を見て「こういう生き方もあるのか」と思った優吾は板書をして企業に勤めれるように勉強するよりもいいんじゃないかな? と言った理由で戦闘員を目指した優吾。当然、親からは反対されたが今ではほぼ縁を切った状態にまでなってしまった。そんな半端な自分があの副班長の前に立つ資格などなかったと思い知らされたのだ。


 そんな優吾に咲が一言かける。顔にかかりかけた髪を耳にかけて話し始めた。


「大原君、そうやって考えることもいいと思うけど見つからないと思うなぁ。私だってもっと色んな人から注目されたいっていう思いで戦闘員になったんだから。でも人生きっかけっていうのが必ずあるの。直樹君とであったことで彼を幸せにしたいって心のそこから思える。彼の笑顔を作ることが私の生きがい。そんなものよ? 理由なんて」


「まぁ……でも。人は変わらない」


「それもそうかもしれないけど……初陣の時は私もそんなのだった。チェーンソーの感覚に慣れないところもあって……」


 咲は優吾にマメだらけになった手を見せる。チェーンソーを握る彼女の手には皮がめくれて生まれたマメが沢山。少し痛そうと思う優吾だったが咲の顔をみると「ゴツゴツでしょ?」とニッコリ笑っている。


「女の子には似合わないこの手を直樹くんは好きだって言ってくれた。『働き者の手』なんだって。私はそれを信じてる。あなたが信じるもの。それを大事にすればいいの。今は分からなくてもきっかけがあなたを高みへと上げてくれる。だから今は焦らないで強くなってね?」


 可愛らしくウインクを決めて話してくれた咲。彼女はメンヘラなのではなかった。人一番愛が強いだけである。直樹の幸せを願って動く彼女にとってそれが生きがいであり戦闘員である理由にもなっていた。じゃあ自分は何か、自分には何がある。そう考えると頭にある人物が浮かび上がった。


「慎也……」


 その呟きを聞いた咲は「やっぱり近くにいるんじゃない」と言ってニッコリ笑った後にベンチから立ち上がる。空っぽになった弁当箱を直してから肩越しに振り返った。


「信じるものを大事にね。アンドレアちゃんもありがと」


「あ、いえ……」


 立ち上がって礼をするアンドレア。咲は「それじゃあね」と言いながら去っていった。自分が守るべきもの、戦闘員である理由……。一瞬だけ道が見えた優吾はその場でフッと息をつく。引き金を引く時はいつか? 優吾は考えを広げていくのであった。

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