「レーダー?」
悠人はパイセンの連絡を聞いて反芻した。通信機の先でパイセンの「あぁそうだ」という声が聞こえる。
「ミサイル砲を扱う男とレーダーを扱う男。いいコンビだ。レーダーで俺たちの居場所を突き止めてピンポイントで爆撃。それからバラバラに分散させてそれぞれの班員で俺たちを潰す作戦だろうな」
悠人はゴクリと生唾を飲み込んだ。さっきの大渕も月輪も自分にとってはかなり相性が悪い印象を伺えた。そうなれば他の班員も相性の悪い戦闘を強いられていたに違いない。自分よりも苦戦して最悪死んだ仲間もいるかもしれないのだ。
「パイセン、俺とマルス以外に生き残ってる者は?」
「ッとな……、逆探知で探したが俺と隼人、サーシャ、マルス、そして悠人だけだ。あとは……」
「あの優吾がやられたのか?」
悠人は一瞬信じられない思いで一杯になる。戦闘員の常識を一番知っている優吾がやられていた。パイセン曰く優吾、蓮、慎也、香織はもうやられているらしくほぼ相打ちだったそうだ。あの優吾が……と冷や汗を垂らす悠人を片目にパイセンの話は続く。
「電波が消えた履歴を見るとほぼ同時だったんだ。相手の軍勢を考えるとこっちは1人損な状況」
「わかった。すぐに向かう」
パイセンがどこの位置にいるかを聞き出して悠人はすぐに通信機をきって向かおうとした。その時に「そういえば……」というパイセンの声が聞こえる。悠人はふと足を止めた。
「マルスは一緒にいるのか?」
「いや、あいつは逃げた敵を追っていった」
「そう、前までのお前だったらできない判断だな」
「言ってろ……、あいつは死なない」
悠人は通信機をきって少しだけため息を吐く。そしてすぐにパイセンの元へと向かおうとした。マルスのことは彼を信用してるので任せている。その時、悠人の足がピクリと止まった。音が聞こえる。チェーンソーの駆動音。ゆっくりと近づいてくる駆動音。耳を傾ければ傾けるほど湧き上がる恐怖心は大きくなっていった。
ゆっくりと振り返った先には音を立てて目の前の草を切りながら現れたチェーンソーを構えた女性がいた。ポニテに髪をまとめたスラリとした体格の女性。脇や太ももは丸出しにしたビキニアーマーで攻撃は一切させないという自信が見える。女性は悠人を見るないなや、二パァッと口角を上げて声を上げた。
「見つけタァ……」
悠人はゆっくりと夜叉を抜いて刀を構えるが剣身の先が細かく震えているのを見て女性は「あら………」と声を上げる。
「怖いの……?」
「貴様……、誰だ」
「霧島咲、さっきはお友達がお世話になったわ」
なんのことだ? と刀を構えるがそれしか悠人はできなかった。いつもは体重をかけて踏み込んで斬りかかりにいくのに彼女には無理だと体が拒否をする。潜在意識が霧島を拒否している状況である。脳内に必死に動けと言い聞かせても体は小刻みに震えるだけで悠人の呼吸を荒くしていく。それを見た霧島は更にチェーンソーの音を大きくする。
「グゥウウ……」
息苦しさを感じて悠人は胸をギュッと抑えた。それを見た霧島は不気味に微笑みながら喋り始める。
「私の能力は駆動音で恐怖心を煽ること。駆動音は心に眠るトラウマがあればもっと恐怖心を引き上げることができるわ」
悠人は脳裏に楓の姿が映った。頭から喰われた楓の亡骸が一瞬だけフラッシュバックする。その時に自分の頭上に大木が音を立てて倒れてくるのが見えて悠人は受け止め、夜叉で凍らせながら大木をはじき返す。氷に覆われた大木を弾いた後に周囲を見渡すと周りを倒れた木が囲い込んで閉じ込められたことを知った。
「しまった!」
「さっきのお友達、眼鏡の子は逃げ足が速かったから。恐怖に囚われている間に塞いでおいたわ」
悠人はここでどうしていつも冷静に引き金を引いて敵を屠る優吾がやられたかを理解することができた。この女がやったんだ。恐怖心を煽られるとあいつは引き金を引けない。そもそも銃弾も生成できない。
「そうか……優吾はお前に……。やってやる!」
悠人は覚悟を決めて刀を構えると霧島はにッと笑ってチェーンソーを構えて突撃してきた。当然、音を大きくなり悠人の視界は一瞬だけ真っ白になってしまうが意識を現実世界に帰還させてチェーンソーを回避する。虚空を切ったチェーンソーは悠人の背後の倒木を音を立ててグシャグシャにした。動揺を狩る暇も作らせない霧島のチェーンソーの一撃に悠人は驚きを隠せなかった。これが重機を扱う女なのか? というほど一撃一撃が力強く素早い。
「なんて腕力だよ……」
悠人はチェーンソーを躱しながら脳裏に横切る楓を振り払おうとする。駆動音と共に悠人の脳裏に「悠ちゃん」と元気な声で自分を呼ぶ楓が悠人の心を更に蝕んでいく。生温いものが食道を伝って這い上がってくるので悠人は口元を抑えながら回避した。堪えきれないので木の影に這い上がった胃液を吐き出す。
喉の奥が胃液で溶けたのか酸っぱいを通り越して苦味すら感じる胃液の味、霧島はその様子をみて「あらあら」と声をあげる。吐き終えてからキッと彼女を睨む悠人。ニタツク霧島。攻撃ができない。チェーンソーの一撃が素早く、攻撃へと移ることができないというのもそうだが絶えず相手が連呼する姿が気持ち悪いのと駆動音の恐怖が募って体が上手く動かなかった。
「あぁ〜! 直樹クン直樹クン直樹クン直樹クン直樹クン直樹クン!」
霧島の頰はなぜか赤く火照っており、舌舐めずりをしながらチェーンソーを振り回す姿は異常だった。こいつ……、メンヘラだ……。と悠人は苦手な人種を目にして「オェッ」と声を漏らす。それを耳聡く聞いた霧島は奇声を上げながら悠人にチェーンソーを振りかざした。避ける暇もなく悠人は夜叉を使って受け止める。
金属同士が擦れ合ういやぁな音とチェーンソーの駆動音が重なって悠人のメンタルはもう崩壊寸前だった。その表情から勝利を確信した霧島は「あぁー!」と声を漏らす。
「直樹クン、まっててー! こいつを殺せば……直樹クンと……」
「んだと思ったか馬鹿野郎」
突然、霧島は吹っ飛ばされて倒木に激突する。背中を押さえながら立ち上がった霧島は悠人の姿を見て「え?」と声を漏らす。そこには恐怖心なんか一ミリも見せない顔をした悠人が立っていた。ギリッと霧島を睨み刀を構える悠人。これはおかしいと霧島は焦り始める。どうして平気な顔をしているんだ、と。
「ちょっと……なんで効かないの!? 魔装はまだ……!」
「俺の能力、しらねぇのか?」
チェーンソーを確認すると霧島は「嘘!?」と声を漏らす。刃の部分に氷が張り付いて動きが鈍ったチェーンソーがそこにあった。悠人の刀には霜のような薄い氷が貼り付いており、悠人もようやく落ち着いてきたのか呼吸を必死に整えている。自分の能力がうまい具合に作動したことを知ってニヤリと笑った。
「ヒエッヒエだな、お前の恋愛みたいに」
あのチェーンソーとの鍔迫り合いの時に悠人はこっそりと能力を作動していたのだ。相手が駆動させるならこっちはモーターを凍らせて止めればいい。刃ごと固定すれば問題ないのだ。バキリ……、という音と共にチェーンソーの刃は完全に凍って恐怖心が嘘のように消えていく。これはチェーンソーを封じた証拠である。いくら起動させても刃が動くことはなかった。
「キャアアアアア! 何してくれてるのよぉおおおお!」
発狂した霧島はそのまま悠人の元へと突撃してチェーンソーを無理に押し込んで腹を貫こうとするが悠人は何の動揺もすることなく夜叉でチェーンソーを破壊する。芯まで凍りついたチェーンソーはバラバラに砕けていった。
「嘘でしょ!?」
今度は咲がブルブルと震え始めた。辺りが凍えるように寒くなっていることもそうであるが目の前の悠人という人物が容赦のない性格であることを知ったから。相手に対応する魔装がない咲、防御性能皆無の服に絶望する。
「お前、友達がお世話になったとか言ったよな?」
「は、はい!」
ビクつく霧島を悠人は夜叉で切り裂いた。腹からバッサリと切り倒し、ビーズの血飛沫が辺りに吹き飛ぶ。吐血し、霧島は「そんな……直樹クン……」と呟いて消えていった。刀を鞘に入れて悠人は消えた霧島をギンと睨みつけた。
「班員の寿命は俺が決めるんだよ」
強がってはいるが悠人は恐ろしい相手だったと安堵してパイセンの元へと向かうのだった。女性に自分のゲロを見せてしまったことは少しだけ恥ずかしい。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!