「そうか……昇は八剣班に……」
控え室で優吾はボソリと呟いた。その呟きを聞き逃すことは決してない。悠人の対戦相手である水喰と優吾とは何らかの関係があるのだろうか? マルスが一番最初に口を開いた。
「おい優吾。あいつは一体……」
「俺と高校が一緒だったんだよ。昇は」
優吾曰く、水喰と彼は偏差値が高めの進学校に通っており将来は名門大学に入学していくような人生になるはずの学生だった。そうであるのだが水喰は大学に行くことを拒否して戦闘員になる決意をするという驚きの選択に出たらしい。当時はクラス中の大騒ぎとなり、一体どうして戦闘員になるのか? ということを質問攻めにされた答えは「自分がこの世界でどこまで通用できるか知りたいから」だったのである。
「あいつは……競争心が人一倍強くてな。一番という言葉が好きなほど上に立ちたいやつだったんだよ。たしかに成績は上位だったし運動神経も抜群の優等生だったが……ここまでのメンタルとはな……」
「そういえば優吾はどうして戦闘員になったんだ?」
「さぁ……ただ、こんな生き方もあるんだなって思ったぐらいさ」
そんな曖昧な理由で戦闘員になったのか? とマルスはかなり驚いた。優吾の性格だから本来は大学に進んでしっかりと勉強していく人生のはずだ。魔獣を駆除して金をもらうような兵士生活とは無縁な気がする。一体何があって引き金を引く人生に変わったというのか? マルスはそれが気になって仕方がなかった。
「詮索はするなよ? そんなものだから」
横からジッと睨まれたのでマルスは「バレてるのかよ……」と思考を止める。そして切り替えるようにモニターに映る悠人と水喰の戦闘を見るがまだ能力を使っていないにもかかわらず悠人を圧倒しようとしていた。
「身体強化から悠人君を圧倒してる……。上位適合なのに……どうして?」
その様子を見たサーシャの呟きに全員が反応した。
「俺と一緒の時期に戦闘員になったが……新人殺しには行かずに天下無双に抜擢された奴だったからな。何かスゴい魔獣と適合したんじゃないのか?」
「それを言えば悠人君だってそうでしょう?」
「武器も繊細そうに見えて意外と力攻めだもんな」
隼人もモニターを見ながら声に出した。
「何にでも食らいついて獲物は逃さないような性格の男なんだ。それなりに強い能力のはず……」
優吾の言葉に頷きながらマルスはモニターを見る。緊張した表情で迎撃をする悠人に対して水喰は心の底から楽しそうに相手しているのを見て本当にそういう奴なんだということを確信するのだった。
闘技場の悠人は二度目の一撃を体術で回避することに成功して体勢を整えていた。そして今はロングソードの剣身を地面に深く突き刺して笑っている水喰を注意深く観察している。視線を逸らしては負けだ。相手が人間にしろ、魔獣にしろそれは変わらない。背中を取られれば死ぬ。悠人はその勢いで水喰を睨んで観察しているのだ。
「オレはただの馬鹿力じゃあないんだぜぇ? 見せてやるよ、孤軍鯱!!」
水喰の剣の肢から彼の肩まで一斉に青い光で覆われる。突き刺さった剣身から辺りの地面にまでその光は浸透していった。悠人は一歩だけ後退り、眉を細める。そんな悠人をフード越しに見た水喰は勢いよく、力任せに剣を引き抜いた。視界の先にはロングソードの刀身に地面の土が山肌のようにひっついており、3メートル程の大きさの巨大な棍棒のような姿になっているではないか。日光を隠してしまうほどの巨大になった水喰の剣を見て悠人は驚きが隠せなくなった。
「嘘だろ!?」
「イィクゥゼェエエエ!!」
それを両手で水喰は柄を掴み、振り回して悠人に襲いかかる。地面に向けて叩きつけられた巨大な剣を回避するために悠人は一旦空中に上がった。身体強化とその能力による力強い一撃。水喰の足元にはボッカリとした穴が空いており、地面自身が彼の剣にくっついていることが確定した。それが能力であろうか? 悠人の思考は止まらないはずなのだが彼の無意識が警告を発する。デジャヴを感じるのだ。
そのデジャヴは悠人の無意識から視線に映る水喰の剣を見て確信へと変わる。これは一回戦の安藤班の戦闘員、片野凛奈のゴーレムと同じ戦法だ。悠人の腕に鳥肌が立って危険を知らせるが空中に飛び出した彼はうまいように動きを取ることができない。彼めがけて振り下ろされるロングソードを悠人は刀と鞘をクロスさせて迎撃を図った。そんな悠人を嘲笑うが如く、水喰は悠人を地面に叩きつける。
勢いよく地面と空気と剣に潰された悠人は全身に行き渡った衝撃と痛みによって胃袋そのものを吐き出しそうになったがなんとか止めることに成功する。優雅に着地した水喰にうつ伏せで倒れ込む悠人。そんな倒れ込む悠人に対して水喰はゆっくりと近づいてくるのだ。とりあえず、夜叉の冷凍で全身の出血を止めることに成功。依然として痛みが消えたわけではないが今のところマシになった。半身を起き上がらせている悠人を見ながら地面に着地した水喰は相変わらずのギラギラした笑顔で悠人を見る。
「やっぱりな、一回戦で片野凛奈がお前に使った拳の再現だ。お前みたいな細い刀の使いは一点への一撃に弱い。あぁ、テストには出てこないぜ?」
ゆっくりと立ち上がって悠人は口の中に残った血をプッと吹き出す。そしてキッと水喰を睨んだ。思った以上に戦略的な戦い方をする戦闘員だ。悠人の戦闘記録はすでに予習済み。相手は自分の強みも弱みも全てを知っている状況だ。だからこそ、あれだけ自信のある一撃を叩き込めるのであろう。全てを己の才能と魔装に任せた無駄のようであり、無駄が一切ない神がかった一撃を生むのである。
「そういうお前は剣身に触れたものを引っ付ける能力か……。思った以上にシンプルなんだな」
「それの何が悪いんだ〜? 東島悠人、さぁ〜……どうする。降参するか? それともまた潰されるか? そうやってお前は頑固に戦い続けるのか〜? あぁ?」
水喰は確かに強い。適合の身体強化から武器の精度から悠人は負けていると思う。ただ、これだけは負けていない気がするのだ。それは意思、東島悠人としてのプライドだ。新人殺し班長としてのプライドがある。誇りがある。罪がある。弱さがある。それが悪だとしても今の悠人は一人じゃない。そうやって慢心をとるような人物が班長を名乗るなんて許されない。
サーシャは副班長としてのプライドや次に戦う自分のために死力を尽くしてくれた。悠人はどうする? 自分を助けてくれた楓へはなんて返す? 悠人は手に持つ刀に力を込め、能力を起動させた。悠人の足元から冷気がほとばしり、霜柱が一斉に立つ。腹の底から吐き出される呼吸はすでに白い。そして、彼の目は蒼く、そして深く、勇ましかった。
「俺は……自分の弱さも……罪も……無駄にはしない……。俺は新人殺しの班長だ。東島班の班長だ。水喰、お前の才能は認めるよ。けどな……、まだ戦いが浅いくせに簡単に人を語るのは癪に触る……」
後ずさっていた悠人の足は一歩、水喰の方へ進んでいった。悠人の心に逃げはない。立ち向かうべき相手がそこにいる。班長として倒すための敵が前にいる。同じ過ちはもう繰り返さない。それが戦闘員、東島悠人の道だった。
「その鈍った情念は……俺が斬る」
そう言った瞬間に水喰の攻撃が始まった。ロングソードをバットのように使用して振り回して引っ付いた岩石を悠人目掛けて飛ばしてくる。防護壁に頼りながらも悠人は刀でその岩石を受け止めた。相変わらず重い一撃が悠人の腕に染み付いていく。しかし、奥歯をグッと噛み締めて水喰を正面から睨み付けているといつのまにか新しい棍棒を生成した水喰が空中に飛び上がっており、そこから地上の悠人めがけて岩石を振り落としていった。
防護壁も発生させたがそんなもの知らないかのように割ってくるので刀でもう一度受け止める。またもや重い一撃だ。土埃と共に悠人に襲いかかってくる。なんとか耐えていると横から水喰が岩石を取り除いた元々の剣で斬りかかってきたのだ。岩を防ぎながら一進一退で攻防を続ける悠人。水喰の剣撃はたしかに力強いが力任せなところがあるのですり足で少しづつ移動すれば回避はできた。ある程度岩石から身を守った後に悠人は水喰に斬りかかるがそんな悠人に「待ってたぜ」と微笑む水喰。
クルリと凸凹の峰を向けた水喰は悠人の刀を挟み込んでしまった。それに危険を感じた悠人は瞬時に刀を凍らせることで滑るようにして凸凹から刀を抜き取ることに成功する。運良く傾ける角度が甘かったため引き抜くことができたが相手の筋力もあって一歩でも遅ければ自分は夜叉を失う所だった……と冷や汗をかく羽目になる。
そんな激戦の中でも水喰は楽しんでいるかのように終始笑みを浮かべており、これが「強者の笑み」か……と思った悠人は覚悟を決める。この試合に新人殺しの序列が関わっているのだ。それと……勝つことによって楓への恩返しにもなる。ここまで強くなったということを楓に見せてやりたかった。班長としての答えを……大好きな双子の妹……楓へのメッセージ。
夜叉を振るって水喰に斬りかかるがそれを見計らったかのように相手は回避して空を斬ることになる。そして延長線上に振られて地面に向いた瞬間に水喰は上から夜叉を押さえ込んで根本からバキリ! と刀を折ってしまったのだ。
「へへっ!! やったぜ、お前の負けダァああああ!!」
悠人は折れた夜叉を地面に投げ捨て、咄嗟の判断でもう一本の刀を鞘から指で弾くようにして取り出す。一瞬空中に浮いた赤い刀……楓が残してくれた刀を悠人は逆手で持ち、力強く一歩を踏み込んだ。一瞬だけ遅くなった世界の中で悠人は慢心で大きな隙を生んだ水喰めがけて勢いよく斬り込んでいく!
「行くぞ、楓! 緋爪斬虫!!」
燃え盛る炎に包まれた刀は水喰の体を大きく斬り落とし、斬り倒しを終えた悠人は肩越しに振り返る。水喰の脇腹は大きく削ぎ落とされており、彼の満身創痍で何かを呟いたようである。
「つえぇ……じゃねぇか」
ジャキッと鞘に刀を直したと同時に水喰は光となって消えていった。戦いは終わったのだ。目の前の強敵を倒すことが悠人はできたのだ。目伏せをしながら悠人は声を漏らす。
「お前の剣とじゃあ……重みが全く違うんだよ……」
たとえ自分が折れてしまったとしても俺は大事なものを絶対に守り抜く。そのことが一瞬楓に伝わった気がして赤い刀の鞘をギュッと握って俯いた後に悠人は空を見上げる。今ならわかる気がする。喰われて死んだ父の想いが……そして……こんな自分に戦闘員である理由や意思を思い出させてくれた新人の言葉の意味が……。悠人はゆっくりと瞳を閉じた。
「楓……お前の優しさ……わかった気がする……」
転送される悠人の耳には大歓声と共に終了アナウンスが響いているのだった。
「次鋒戦勝者、東島悠人ー!!」
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