戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

獲物

公開日時: 2021年5月31日(月) 19:51
文字数:4,161

 ベイルは彼らを魔研の目立たないところに瞬間移動で送ったあと、ご主人様に事を説明するためにすぐに帰っていった。30分後に迎えにくるように約束して彼は消える。消えるベイルにお礼を言ったルルグとクレアは研究所の建物近くに侵入。ルルグの合図でクレアはググッと拳を握り、思いっきり拳を壁に突きつけた。


 凄まじい音を立ててクレアが研究所の壁を破壊する。彼女の正拳突きは研究所の石造りの壁を真ん中からひび割れさせていき、崩れ落ちるように大穴を開けた。拳をパラパラと振ってルルグに対し顎をしゃくるようにして合図を取る。警報が鳴り響き、ランプも赤く点灯している。かなり大事になったのを察してクレアは目を一瞬細めながらルルグを見た。隣に立つ虎の男は鼻歌を歌いながら瓦礫をかき分けて入っていく。


「どうする? お前が思いっきりでいいと言うからそうしたが……警報もなってしまったようだ」


「むしろそれがいい。警備にあたる人間は僕らを殺しにかかる……一点に集まると思うんだ。ここの人間は強くないからねぇ。ある程度の数が集まればそれでいい」


「そのための私ということか?」


「大当たり」


 ルルグはクレアの前髪を人差し指で掬い上げながらニタニタ笑った。クレアは舌打ちしてルルグの手を突き返す。クレアは一定数の人間を集めて時間稼ぎ。その間にルルグが研究データの奪還という作戦だ。


「データの場所は分かるのか?」


「そこは心配しなくていいよ。予習済みだ」


 クレアは返事の代わりに鼻息を漏らしながら太腿のベルトにかけられたダガーに触れる。それを二振り、華麗に取り出してクレアは「ハァ……」と吐息をついた。慣れた手つきでダガーを持つクレアを見てルルグは作戦成功を確信しつつ彼女の肩をポンポンと叩いて建物内に消えていった。


 そんなルルグを見送ったクレアは姿勢を低くして利き足に力を込め、疾走を開始。能力起動により、前髪がフワッと逆立ち、顔があらわになる。空気が擦れる音が響き、クレアは研究所の廊下を疾走した。監視カメラはそこら中についてはいるが自分を確認することはできない。クレアが通り過ぎた後のカメラはあまりの風圧に捥げ、火花を散らしながら壊れていった。


 とりあえず、広い場所に出ることに成功。真ん中辺りでクレアは足を止める。同時に能力も解除され、彼女の逆立った前髪はいつも通り、左側を隠すようになる。いくつもの廊下につながる玄関ロビー。照明は全て落とされており、通常の人間ならば何も見えない世界であるが人狼のクレアは関係ない。ずっと暗い樹海の中で人間の道案内をしていたクレアだ。目が暗闇になれるのは早いし、暗闇での戦闘も問題ない。耳を立たせて彼女は辺りに気を配った。その時である。ある一点の廊下から凄まじい殺気を感じた。クレアは左足を後ろにそらせて体を捻るようにしてその殺気を回避する。


 クレアの後方の壁がドゴッと音を立てて凹んだのを確認した。そのことに少し警戒しながら目を凝らすと廊下から赤色のレーザーのような物が照射されている。クレアはまた能力を作動させてレーザーを目印に発射された弾丸を全て回避していった。無駄な動きは全て省いた高速移動。無限に続くと見えた弾丸の嵐を彼女は時折、ダガーで弾き返しながら回避していく。何秒か嵐が続いたと思えば次の瞬間にはもう止んでいた。クレアはジッと廊下を見る。彼女の耳には足音のようなコツコツといった音が聞こえていた。波のように一定に広がる音。


「人間……それもたった1人でか? 男の足音か」


 人狼自慢の聴力を活かしていると足音に合わせて笑い声まで響いてくるようだ。低い男のしわがれた声だ。


「勘が鋭いんだな」


 そう声を漏らした人物はクレアの目の前に現れた。研究員の中では体格はガッシリしており、暗視スコープを装着した男性がクレアの前に姿を表す。髪型などの詳しい容姿は暗視スコープのせいでよく分からないが骨太な顔と立派な体格。年もそう若くない声だけは確認できた。


「人間……」


「そうだ、俺が人間。初めて見るな、荒張アラハリだ」


「知ったことか」


 男の人間、クレアはグッと顔を歪ませてダガーを構えた。彼女の獲物はこの荒張という男性に絞られる。他種族の男が苦手な彼女にとって同じ亜人の仲間にもなんらかの嫌気がさしているのに人間となると尚更、彼女の思い出が脳裏をよぎる。


 そんな荒張は着ている白衣の中からトンファーを取り出してブンブンと回した後に構えを取った。クレアはジッと観察する。暗闇の中での静寂は長い。クレアは「ッシ!」と声を漏らしながら荒張に切りにかかった。向かってくるクレアに対して荒張はフッと笑った後拳を突き出すように構えを取る。


空撃大猿ブラスターコング


 トンファーの先端から発射されたのは衝撃波だった。クレアは空気中の波が大きく揺れた事を察知して迂回する。また彼女の後方の壁が音を立てて凹んだ。これが人間の力、魔装……。魔石を自由自在に扱われてはたまったものではない。クレアはベイルやビャクヤから聞いた人間の叡智の結晶、魔装を理解する。魔獣の力を我が物とする装備。ただ、その魔石の正体までもはしっかりと理解していないようでクレアはフッと笑った。一気に荒張に距離を詰めたクレアはダガーで斬りかかる。そこをすかさず迎撃する荒張のトンファーと擦れ合って火花を散らした。暗闇の中で一瞬だけ光るトンファーとダガー。攻防一体の接戦をクレアは行う。相手の実力は凄まじい。クレアはダガーで斬りかかっている時に無防備となっていた心臓部めがけて蹴りを放った。


 トンファーの衝撃波以上の衝撃を与えることに成功したクレアは心臓部を抑えてのけぞる荒張めがけて空中で体を捻りながらの回し蹴りを3発炸裂させる。コマのように回転を加えながら行う蹴りは全て命中し、クレアは華麗に着地した。そんなクレアめがけて荒張はトンファーを回転させながら地面に叩きつける。地面に広がった衝撃波は小刻みに揺らしていき、彼女の足場を奪った。クレアは一旦、天井にめがけて飛び上がる。逆さまになった世界の中で天井に足をついたクレアであったが天井吹き抜けの二階階段に銃を構える部隊がいることに気がついた。


 ハッとした頃には機関銃の嵐がクレアに四方八方から襲い掛かる。天井目掛けて撃たれるので壁が削れ、辺りに埃のようなものを吹き散らしていく。荒張は壁際に移動して小谷松や通信した。


「所長、こちら荒張。どうやら目論見通りの展開になってくれたそうです」


「そうか、荒張君。やはり……少数勢力で襲いかかってきたか……。それも2人。ここもいずれ攻め込まれると思っていたが今とはな」


「所長はご無事ですか?」


「安心したまえ。非常用のシェルターに隠れている。このご時世だから君に魔装を作ってよかったよ。撃破なりなんなりしたのなら戻ってこい」


「了解」


 荒張が使うこのトンファーはかつて東島班が討伐した魔獣、空撃大猿の魔石を使用して作った代物だ。この魔石は通常の魔石よりも強化されており、使用勝手もいい。現在、荒張は上位魔獣適合者と同等の身体能力を誇っており亜人との戦闘も行えてる状態だ。戦闘経験の薄い荒張でも強化される身体能力とその能力によって戦うことができている。上位適合さながらの魔石の上乗せに高揚感を感じていた。


 通信を終えて辺りを確認すると連射された弾丸の影響で窓が割れ、外の光がスポットライトのようにロビーの真ん中に差し込む。荒張が天井を見ると亜人に対して発射された弾丸が全て亜人のダガーによって弾かれ、逆方向に凄まじい速度で飛んでいく様子が写っていた。ダガーによって弾き落とされるはずなのに一瞬だけ空中で停止してから銀色のオーラのようなもので覆われて急激に加速し、研究員に襲い掛かった。銃を構えていた研究員は床に散らばる薬莢と飛んでくる弾丸を見て信じられないような顔をして逃げ惑う。


 その弾丸の殆どが研究員達に命中し、動きを封じることに成功した。彼らはクレアの中で獲物として見ていない。ただ面倒なので足を狙い、動きを封じた。それだけのことだ。スポットライト地点に着地したクレアはゆっくりと荒張に向き直る。クレアの全身には銀色のオーラが歪めいており、特徴的な前髪は逆立つようにはだけ、左側を写し出した。ちょうど、日光が当たる部分が顔の左側となっているので荒張の目にはしっかりと乱暴に引き裂かれて歯茎が剥き出し状態となったクレアを目視してしまう。そのあまりの異常性を感知した荒張は尻餅をついてしまった。


「なんだ……、なんなんだそれは……!」


 クレアは答えない。歯茎の間から生温かい息が漏れでるだけである。荒張は何も答えない目の前の亜人に対して恐怖を振り払うように声を上げた。


「何者なんだ、貴様は……目的はなんだ!!」


人喰い狼ブギーマン、復讐」


 淡々と答えたクレアは荒張を観察する。思った以上に軟弱な人間だ。さっきの跳ね返しで邪魔者は動けなくしたからこれでしっかりと戦えると思ったのに残念である。クレアは銀色のオーラをフッと消した。前髪が自動で戻り左側をフワリと隠す。クレアがご主人様から頂いた力、それは運動を加速させる力。その名も「加速世界アクセルワールド」。方向さえ決めてしまえばその運動をゼロから加速させることが可能でこれを利用すれば高速移動はもちろん、物体の跳ね返しや停止している物を強制的に運動させることも可能なのだ。


「人間、貴様はその武器を扱えていると思っているようだが大きな間違いだということは気づいているか?」


「な、何を言って……」


 ダガーを構え、一歩づつ近づいていくクレア。荒張は血眼になって衝撃波を放ち、亜人を撃退しようとするが衝撃波は抵抗虚しく彼女の目の前で消えていく。


「血が薄い貴様如きが扱える柔なものではないさ。いつか魔石は貴様を喰らうと思うが……それも先取りすることになるだろう」


「ふ、ふざけたことを抜かすんじゃあない! 何が亜人だ! な、何がブギーマンだ! 笑わせる。貴様如きの力に、人間の叡智が負けるものか!」


「叡智……か。知恵の実を食ったとしても、その知恵を欲望のために消化する。これでも私はまだ亜人の中でも冷静な方。さぁ、逃げろ? 人食い狼ブギーマンに喰われるぞ?」


 銀色のオーラが彼女を覆う。現れた左側の口元、剥き出しの歯茎は歪に上がる。荒張は彼女の笑顔を初めて認識した。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート