戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

東島稲田合同会議

公開日時: 2021年5月10日(月) 19:08
文字数:4,017

 通信機をマルスが開くと悠人から班員全員に送られた内容だった。「十時半から稲田班と合同会議を事務局内の会議室で行う」という内容。随分と後日の埋め合わせが早い。レイシェルも少し焦っているのだろう。今になれば自分も暴力で解決する亜人のような行動をしてしまったと後悔はしているが流石にレイシェルには早く動いてもらわないと困る。そう思っていると香織が肩越しで覗き込むようにマルスの通信機を見る。エプロンで手を拭いたのか、まだ湿っている。マルスの首筋に少し冷たいものが当たった感触がした。


「合同会議……か。服は私服でもいいって書いてるけど逆に困っちゃうよ」


「服は関係ないだろ。これからの対策か さすがにレイシェルも危機感を持っている。安心した」


「そうね……。着替えてくるから待ってて。あ、そうそう。洗い物はこう乾かしてるから後で直しておいて」


 香織はフリフリっと小さく手を振って部屋から出て行った。彼女が消えたマルスの部屋の中はテレビの音以外は静かである。なんだか寂しい気分になったのでテレビはつけっぱなしにしながらマルスは着替え始めた。無機質なニュースキャスターの綺麗事をBGMにクローゼットから適当な服、今日は黒基調少し緑の半袖シャツに長ズボンを履く。あまり心地の良いものではない。せっかく洗濯をしてフカフカになった服を着ているのにどこかイライラする。マルスはテレビを消して大きく背伸びをした。


 そのまま顔を洗って眠気を完全に覚まし、壁に立てかけている自分の剣を見る。幾千の戦いで自分を守ってくれたこの剣。この前のビャクヤ戦で新たな能力を覚醒した剣。なんだか変に愛着が生まれてこの剣を部屋に置いていこうとするとむず痒くなる感じがする。結局、マルスは魔装を持っていくかどうかをうんうんと悩んだ挙句、大きさをナイフ程度にしてベルトにかけることにする。小さくなるのは都合のいいことだとマルスは思った。


 ある程度の準備が終わるとソファに座ってボォっと座る。考えるのはこれからで良い。今は無になる。考えすぎると自分を責めるだけだ。それだけは避けたい。この体は人間のような物なのであまりに思考が負になりすぎると正直になってしまう。今は何も考えないでおく。そうやって何かを乗り越えた人間も多いはずだ。その時、コンコンとノックの音が。ガチャリとマルスがドアを開けると香織がいた。今日はスカートではなくスキニージーンズを履いており、上は黒っぽい半袖シャツで無難コーデを選んだそうだ。自由な服装とはたしかに困った文句である。


「行こっか」


「あぁ」


 マルスは靴を履いて部屋を出る。ガチャリと鍵を締めると「うぃーっす」と言った声が奥から聞こえた。振り返ると隼人と蓮が手を振って近づいてきた。緑の半袖シャツに半ズボンを履いた隼人と青黒い薄手の長袖シャツに長ズボンを履いた蓮。


「ちょうどだな、一緒に行こうぜ」


「そういえば隼人、朝のニュースは見たか?」


「ニュース? 俺、朝は録画したアニメ見るからなぁ……。おかずに美少女を見る……ドゥフフフ……」


 気持ちの悪い笑い方で何かを思い出している隼人を無視してマルス達は蓮と一緒に居住区を抜け出した。後ろから隼人が「あ!? 待てよ!」と声を上げて追いかけてくる。蓮が少しうんざりした顔で隼人をゴツく。


「朝からうるさい。それに時期も考えろ」


「でもよぉ〜……逆になんともないって思わせといた方がレイシェルさんも安心するんじゃないか? それとも、もう悲しいことは考えたくないって思ってるのは俺だけか?」


「……わっかんねぇ」


 ため息混じりに隼人の頭から拳を離した蓮はポケットに手を突っ込んでそっぽを向いた。隼人の言葉にも蓮の言葉にも一理あるとマルスは思えたがなんともいえずにただ歩き続ける。事務局内に入って会議室まで長い廊下を歩く。


「あ、ここだよ」


 香織が指差した先には重苦しい二対の扉がマルス達を待っていた。ここを開ければ目的地だが何故か蓮達は緊張した表情だったのでマルスが扉を開ける。ギィイイ……と音を立てて開けられた先には余裕じみた顔をする戦闘員、福井柔美がいた。柔美は桃色の髪を手ぐしで整えながら反応する。


「初めましてもいるのかなぁ? 福井柔美です〜」


「福井か、なるほどな」


「君は……新人のマルス君だね〜? 噂には聞いてたけど〜強そう」


 伸ばし口調でマルスの周りをぐるぐる回りながら話す柔美。マルスはしかめ面をしてしまった。この戦闘員事務局にやってきてから、個性が強い人間と沢山出会ってきたマルス。初対面はいつになってもよく分からないものだ。それに対して福井は何にも動揺することがなく「緊張しちゃった〜?」と呑気にクスクス笑っていた。マルスは少し尋ねてみる。その表情はどこか歪んでいた。


「あの悲劇の後なのに呑気なんだな」


「死んじゃったことには変わりないから。メソメソしちゃぁダメでしょ〜?」


「それもそうか」


 マルスはドカッと椅子に座る。そんな彼につられるように香織達も席についた。次々と稲田班生存組と悠人達が部屋に入ってくる。どうやらマルス達は少し早かったそうだ。マルスは頬杖をつくようにして待っているとガチャリと開かれたドアからグスタフとレイシェルが入ってきた。


「時間通りだな。急に集めてすまない。これより、東島稲田班合同会議を始める」


 生存組と呼んでやれよ……とマルスは内心で舌打ちをした。生存組には柔美、咲、張、直樹が出席しており、ルイスと泰雅はまだ治療中らしいとのこと。よほどあの二人は怪我が重かったそうでまだミイラ状態だと聞いて東島班に犠牲がなかったのは奇跡だったか……と安心したマルスだった。


「まず……この悲劇は全て亜人への対策を怠った私が悪い。申し訳ない、これは全て私の責任だ」


 そういいながら深々と頭を下げるレイシェル。土下座じゃあないのかとマルスはフンと鼻息を吹いたがレイシェルもグスタフも特に反応しなかった。レイシェルの言葉にかなり複雑そうな顔をする直樹。彼は大事な幼馴染である小次郎をビャクヤに目の前で殺されている。心ここにあらずといった状態の直樹はずっと俯いてガクガクと震えていた。


「直樹君……直樹君……!」


「あ……ごめんなさい……」


 咲が肩をポンポンと叩いて名前を呼ぶが会話が成立しそうにもなかったので流石の彼女も顔をグッと堪えるようにしてソワソワした様子でレイシェルの方を向いた。レイシェルは静かにうなづいた。


「レグノス班は極東支部で葬儀をする予定だ。死体も綺麗に残っていたのはほとんどなかったからな……。それに親族の方とも連絡がつかなかった人物がほとんどだったので私たちで墓を作ることにした」


 あの狐の大群によって食い殺された班員がほとんどだったので処理に向かった警備班曰く、ただの肉の塊が地面や木にへばりついていただけといった報告が来たらしい。殉職の報告を事務局側も親族に行ったそうだが殆どが連絡が通じず、出ても「好きにしろ」と言った冷酷な返事しかなかったので葬儀はこちらでやるとのこと。そう考えるとこの戦闘員は本当に野蛮な集団とも言えるのかもしれない……とマルスは考えた。この班では蓮や優吾がそれにあたる、絶縁を行なっている人がほとんどということだろうか? 悲しいものである。


「稲田班の犠牲者はエリーと黒川、反田以外の死体は保護できた。親族にも送ってある」


 黒川は上半身の死体は見つかっても下半身は不明。反田とエリーは狐に群がられて血だらけに染まった魔装だけが取り残されていた。後に血液検査をしたところ、本人の物だと断定している。親族の方々は始めから殉職を覚悟していて泣き崩れる者もいれば我を忘れて怒鳴りつける者とある意味人間らしい反応が多かったようである。


「うぅ……ぐ……」


 そのことを聞いたときに直樹が苦しそうにうめき出したので咲が背中をさすると「いいから……」と直樹が咲を突き飛ばすように押した。咲は「ごめん……」と呟いて気まずそうにする。これをみるに直樹のダメージは相当であることが見て取れた。マルス達東島班はグッとこみ上げるものを押し止めながら話を聞く。


 早速、レイシェルが今日の議題でもある新体制の稲田班の話に移ろうとするとノックもなしに会議室のドアが開かれた。何事だ? と思うとそこには「遅れちゃいましたね」とニッコリ笑う一人の研究員が立っていた。日本的な細い顔立ちの派遣の研究員、佐藤である。


「佐藤……? 何故、お前がここにいる」


「いやぁ、本部と魔研からの命令ですよ。今回の犠牲で痛いのは魔研もそうですから」


 佐藤はいつもマルス達に見せる人のいい笑顔ではなく、どこが馬鹿にしたような顔でニヤリと笑った。レイシェルはグッと身構えて魔装を起動させようとした。すると「おや?」と佐藤が反応。


「嘘発見器を起動しましたよね? 端末に反応が出てますよ。僕は命令されたと言ったまでです」


「なんの命令だ」


「今日からあなたの仕事ぶりを監視して上に送るという仕事をすることになりました。もし、私が報告した内容が上が納得しない……あるいはまた犠牲者を生むようなことがあれば……」


「私はクビということか」


 佐藤の考えを読んでレイシェルが先回りに答えると佐藤はフッと鼻で笑って満更でもない表情で言い放つ。


「えぇ、地獄行きでしょうね」


 その一言にグッときたグスタフが何か言おうと一歩踏み込むとレイシェルが止める。長く佐藤をこの事務局で雇っていたレイシェルならわかっていた。こうなっている佐藤には何か裏があると。今は様子見で行く。その意思を察したグスタフも一歩後戻ってコホンと咳をした。白々しい咳こみに少しだけ笑った佐藤は端末を見ながら変わらないトーンで声を上げる。


「会議の邪魔をしてすみません。では続きをどうぞ」


 一つの椅子を引いて離れたところに座る佐藤。彼の変貌についていけなく唖然とする東島班。少し警戒する生存組。それぞれの思考が交差する会議が今始まろうとしていた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート