「そう……アナタは頑張ったね。エリスも頑張るわ。……うん、うん……」
地下の一室、その部屋だけが明るく整備された部屋で室内の温度も湿気も一定に保たれている。長い年月の果てに朽ちかけた地下シェルターの中で運良く生きていたボイラー室だった。この部屋が死んでいたら地下を利用することはできなかったはずだ。エリスは地下全体につながるパイプだらけのボイラー室の真ん中で植えた植物に話しかけていた。
血管のように張り巡らされた蔦や天井で大きく開ける花弁、シャワーのように降ってくる花粉を浴びたエリスは麗しそうに微笑んでいる。ほのかに大人びて満足そうな表情をしたエリス。髪は薄く緑に光り、指先に光が集まっていったかと思えば産み落とすように新しい種が出た。
「ありがとう。でももうお家がないわ。姫姉様に聞いてみるね」
エリスが笑顔で見るその先には縦に裂けるようにして開いている血の色をした花が。裂け目の中には球体状に固められた液体の中に尻尾を抱えるように眠っている魔獣がいた。この花だけじゃない。ボイラー室にある植物は全てエリスが産んだ花たちだ。彼らの中には成長期になろうとしている魔獣の命が眠っている。
「エリスや、エリス」
「あっ、姫姉様……! おかえりなさい!」
蔦でできたカーテンをくぐって入ってきたのはエリーだった。白いローブに身を包んだエリーは走ってくるエリスを優しく受け止めた。そのまま頭を撫でながら植物の栄養源ともなる水をばら撒く。乱暴に撒かれた水を求めて蔦は一点の水溜まりに集まり、ひたすらに蠢いていた。それを見てからエリーはエリスに視線を移す。
「もうじき中から新しいお友達が出てくるわ。その時はお世話、任せましたよ?」
「うん! あのね、今日もこんなにいっぱいエリスにくれたの。あの子たちのためにお家をもっと増やしてあげたいの」
「……エリス、お家は増やせないわ。外で増えたらこうやって伸び伸びとはお世話できないの。それに……この地下だと飼育に向いているのはこの部屋だけ。わかってちょうだい」
「……そんな」
「これも人間のせいよ。人間が私たちの住む場所を奪ったの。いい子だからわかってちょうだい。アナタはエリスよ。私が名付けたんですもの。きっといい子だわ」
エリーは目の前の幼女の頭を撫でながら乾いた目で眠る魔獣たちを見ていた。今度の襲撃では間に合うだろうか。ベイルが大量の魔獣たちを引き連れたのは少し不味かった気がしないでもない。自分の存在を露わにした今、相手は自分を必死に探してくるだろう。もしこのシェルターが彼らに見つかっても次なる戦場の用意はもうできていた。あとは戦ノ神が立ち直るまでの時間だけが残されているようなものだ。今頃、思い出したが故の己の罪の重さや挙動に苦しんでいるに違いない。周りの人間もきっと彼に疑心暗鬼をかけている。
それでいい。人間はそうできている。数ある歯車の一つが狂えばそれを捨てるのが人間だ。マルスが捨てられるのも時間の問題かもしれない。そうなれば好都合。戦ノ神は神々の世界から追放されてきた価値がある。
「朕に手が出せぬからマルスをここに送り込んだか……。あの爺の考えそうなこと。身勝手に創造していただけのことはあるな」
エリスはまだ部屋に残るそうで、そんなエリスを見送りながらエリーは戦ノ神への説得をどうしようか巡りに巡って考えていた。仄暗い廊下の中で青とも白ともいえない光が充満していた。それもエリーの体から出ているもの。惹かれ合うが戦ノ神との運命。共に生まれてきた神との運命だ。戦闘員としてのエリーはもう死んでいる。半永久的に生きるエリーにとって一時の立場などどうでもよかった。
地上の恨み、全てを抱えた讐ノ神エリーニュス。目指す場所は原初の世界。まだ空と大地が繋がっていた頃の世界だ。
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