「大和田、小谷松はどこにいる?」
「まずは倉庫から確認しよう。彼は地下にいるに違いないんだ」
大和田の研究室をでたマルス達。マルスを先頭に後ろを大和田と香織が歩くような隊形で進んでいく。あまり手入れがされていないのかパチリパチリと蛍光電灯が点滅している。地下となると閉じ込められているかのような感覚があるのか、先ほどよりも息苦しい。
空気を貪るように吸うマルスを見て大和田は首を垂れた。
「すまない、君たちをここまで巻き込んでしまって……」
「謝るな。地上では俺の仲間達とその援軍が改造魔獣と戦っているはずだ。俺たちは地下で小谷松を叩く。それが任務だろ?」
「それはそうだが……。君は新人にしては肝が据わっているね。悲劇を経験したからか……東島班は立ち止まることがない」
マルスは喉をクッとならせて顎をしゃくるようにする。「案内を続けろ」という合図を読み取った小谷松は迷路のような地下通路を指を指しながら案内する。この中で魔装が使えるのはマルスだけ。それも神である自分の魔石が宿っているからであり、マルスの魔装が普通じゃないことを表してるようなものだ。自分の正体を勘ぐられそうで少々焦ることになるが汗を拭って切り替える。
「マルス、大丈夫?」
マルスの冷や汗を見て香織が声をかけた。肩越しでまた振り返る。
「気にするな、香織」
「いつもとはなんか違うよ? 怖いの?」
「俺にだって香織や大和田を守って小谷松を捉える責任があるからな」
「あの黒いモヤ使ったからとかじゃない?」
「それはない」
そうなのだろうか? あの灰を使うと更に身体能力を上昇させることが可能かつ、相手が引き起こす現象を切り裂くことができるようになる。エレベーターに突っ込んだ時に呼吸が荒くなったのは緊張していたからではなく代償があるということだろうか? よく見ると剣に埋め込まれた魔石や剣の色がさっきよりも赤黒くなっていることに気がついた。
「マルス……?」
「あ、いやなんでもない。大和田、そろそろじゃないか?」
「そ、そうだね」
明らかに少し動揺しているマルス。大和田はマルスのモヤを始めてみたがそう簡単に出せるような代物ではないということは分かっていた。エレベーターに突っ込んだ時も彼の荒い呼吸やどこか怯えている様子も全て観察している。研究者を長年やっているとそういう細かい点に嫌でも考えてしまうのだ。隣で移動する一瀬香織という女性戦闘員もかなり心配していそうである。
目的地の倉庫に着くと大和田がキーカードを差し込んでゆっくりと扉が開かれる。冷気のような冷たい風が一気に吹き荒れ、マルスと香織はブルルと震える。霜のような水滴が剣に付いてしまった。
「魔獣の死骸は冷凍保存しているんだ。どうしても……魔石や素材の強度を守るにはこうしないといけないからね」
マルス先頭、大和田が白衣からライトを取り出して点灯する。明かりの灯っていない倉庫の中は毛皮や甲皮、角や器官がそれぞれの区間に分けて保存されており、魔石を入れ込んだカプセルのような容器が棚に密集している。どことなく不気味だ。香織は一瞬だけ学生時代の理科実験室のような雰囲気かと思ったがそれ以上に生々しいので目線だけをギョロギョロと変えて「あぁ……」とだけ喉からの声を漏らす。それが気分を変えるためかタンか何かが詰まっていたのかはわからないが落ち着ける空気ではないことをマルスと大和田は知った。
「候補として行ってみたが……冷凍保存されてる空間に隠れれるわけはないか……」
「一応……防寒スーツはあるからねぇ……。ここはなしか」
マルスと大和田は頷いて倉庫を出るためにキュッと右足を出口の方に向けたのだがその時に香織が逆方向を振り返る。
「ま、マルス! ちょっとあそこおかしくない!?」
「どうした?」
香織が指さす先は冷気を送る地点だ。そこには開かれた出口から入ってくる温かい空気と混ざって霧のようなモヤができている。どことなく不気味だがなんともない。
「香織大丈夫か?」
「大丈夫だよ。でも……ここはもういたくない……」
様子がおかしい。その時だ。足音がする。エレベーターに乗る時とはまた違う足音。今度は吸盤か何かで吸い付いてからゆっくり離しているかのようなキュポッとした音だ。閉鎖された倉庫にはこの音がよく響く。粘着質な不気味な音がゆっくりと移動しているのだ。目線だけ動かして確認すると大和田が肩でマルスの脇腹をゴツく。
「これは……走った方がいいね」
マルスが大和田のライトが示す先を見ると一直線に伸びるライトの先にギョロリとした緑色の目が二つ、フワフワと宙を浮いている。その目の周辺は辺りの霧を反射して一定の輝きを見せており、うっすらと四足歩行のトカゲが壁に張り付いてこちらを見ている様子が聞こえた。
「おやおや、これは大和田君と東島班のお二人様ではありませんか!」
様子を伺う四足歩行の口から発せられたのはあの忌々しい研究員、小谷松の声だったのだ。スピーカーかなんらかの方法で声を送っているのか分からないがマルスはあまり聞きたくない声だった。
「小谷松!!」
「病み上がりの君にしては元気があるようだ。ンックフフフフ……」
引き笑いのような独特な笑い声をあげる小谷松。その間、四足歩行の改造魔獣はジッとしている。完全に小谷松によって制御がされているようだ。小谷松の声は続く。
「そろそろ地上にも私が開発した改造魔獣たちが向かっている頃だと思うよ。魔装はマルス君以外使えないことを私は把握済みだ。いや、私がそうしたのだからな」
マルスと香織の脳内には悠人の姿が一瞬だけ映される。彼らは魔装を支えていない。中央部に行ったパイセン達もそうだ。唯一魔装を使用できるマルスが地下にいるという最悪の状況。早く小谷松を叩いて仲間を助けにいかないといけないのだ。歯軋りをするマルスに対して「オヤオヤ」という声がかかる。
「服をあげた時もそうだが私は君が怖くて仕方がなかったよ。突発的に生まれた君の魔装。該当する魔獣も全くの謎だ。そんな存在が戦闘員をしているものだからレイシェルも面白いことをしたなぁと思っていた。私も研究者として生きてきてそれなりに長い。君を見ているとどうも、未知なる何かを感じるのだ」
勘付かれてはいないはずだ。マルスはそれだけを希望にゆっくりと剣を四足歩行に向ける。そうするとまた引き笑いが。まるで四足歩行が不気味に笑っているようだ。マルスは大和田と香織を背にしてゆっくりと後退を始めた。それに気がついた香織達も後退する。徐々に出口へと近づいて一気に走り、四足歩行を閉じ込める。
後退はしているが相手も小狡い研究員だ。マルスの考えをすぐに読み取ってまた話し出す。
「いいだろう。少し話をする場を作ろうか……。君たちが生き残っていればね」
それだけ言うとスピーカーはブチッと音を立てて切れ、四足歩行の目が赤色に染まる。攻撃色かのような雰囲気を醸し出す四足歩行はマルス達を見て舌なめずりのように口からモリを取り出した。うねるように襲いかかるモリをマルスは剣を使って弾き返す。うねるモリは一旦四足歩行の口に収納された。
「大和田、香織! 逃げるぞ!! 次の候補はどこだ!!」
「もうここ以外なら地下シェルターしかないんだ!」
「ならそこへ向かう!」
マルスがそう言って出口を一瞬見る。それから出口目掛けて走る出した。それを見逃すはすがない四足歩行は尻尾のカッターと口内のモリを巧みに使ってマルスに襲いかかる。
「もう一度だ……黒鎧灰」
マルスは剣をいつもの蛇腹剣に変化させ、そのワイヤー状になった部分からモヤを発生させる。暗闇に赤黒く光るマルスの表情は決死の覚悟と闘志を映し出しているようで美しい。その状態のマルスはやってくるモリやカッターをモヤで包むかのように静止させ、そのまま蛇腹剣で切り刻んだ。いかなる武装もこのモヤの前では力を平伏すかのように静まり返る。
怯んだ四足歩行目掛けて蛇腹剣を振るい、四方八方から斬撃を加えるマルス。彼を中心としてリボンのようにうねる剣とモヤは不規則な動きを生み、四足歩行の目を狂わせる。そのまま蛇腹剣で包み込んだマルスは最後のトドメとして巻きついた剣から勢いよく針を伸ばすかのように形状を変えて串刺しにした。
機械音声のような断末魔を上げて四足歩行の目が赤色から無色透明へと変わる。シュルシュルとマルスの元に戻ってくる剣。元通りの一本のロングソードになった時に返り血がついており、放射状に振ることで忌々しい血を拭って行った。
「行こう」
振り返ったマルスの顔にも四足歩行の緑色に近い血がついており、一瞬だけ言葉に詰まった香織だったがマルスを心配させないようにすぐに頷いたのであった。
マルスはマルスで顔についた血の存在を知ってゆっくりと拭う。手が真緑色になったのを見て呆然とするがそれもあまり気にしない方向で考えを進めて移動を開始した。
剣の色が更に濃くなっていることには気づかず……。
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