戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

侵食する樹木

公開日時: 2020年10月12日(月) 21:38
文字数:3,332

「ピロロロロロロロロ」


 それは鳴き声かどうかはわからない。しかし目の前に現れた存在は明らかに自分たちに対して音を発した。カーネーションのような赤い花の真ん中にトカゲのような長い口吻を持つ顔、無数のツタで覆われた茎と根。それらが入り混じり、ナメクジのようになっている下半身。植物と何かの動物を合体させるとこのような見た目になるのだろう。


「なんだこいつ……?」


「新種の魔獣だ! 撤退するぞ!」


「ダメだ悠人……、囲まれてる……」


 隼人の一言で周りを確認すると地面から生えた口のついた無数の蠢くツタが自分たちのいる広場のような空間を覆っていた。どうやら閉じ込められたようである。


(柵……、いやこれは策だ……)


 マルスはこの植物が周りの魔獣と違って桁違いの知能を持っていると予想した。待ち伏せ戦法か……、マルスは武器を取り出したのを筆頭に全員がそれぞれの武器を構える。起動を開始した魔装の光を合図に戦闘は始まった。


 周りのツタが襲いかかってきたので全員バラバラの方角に飛び散っていく。その時にマルスめがけて一本の口のついたツタが襲いかかってきた。そのツタをマルスは剣を振るって切り落とす。グショッと地面に落ちたきり動かなくなった。


 大して力を加えなくてもスパンと切れたことから植物であることを察知するマルス。切り落とされたツタはそれっきり動かなくなった。切り落とせば問題ない、そう判断したマルスは声を荒げる。


「こいつは草だ! 切り落とせば何ともない!」


 マルスがそのことを発した瞬間、信じられない事態へと発展する。地面にバサリと倒れた一本のツタが独立して動き出し、近くにいた蓮に食らいつきにいったのだ。ツタに生えた針が牙の役割を成しており背後から蓮を噛み砕きにいった。


「気ぃとられんじゃねぇよ!」


「隼人!?」


 蓮の背後に姿を現した隼人が結界を展開する。危機一髪、蓮は助かった。しかし隼人が迎撃をしている隙にツタは隼人と蓮、そして近くにいた東島を本体と共に囲い込んでいたのだ。ハッとした頃にはツタが何層にも重なって出来上がった円形状の壁の中に閉じ込められる。そんな3人を面白がるように本体の植物は根とツタを動かして這いずってくる。


 東島は外にいるであろうサーシャを呼びかける。サーシャはすぐに反応した。


「サーシャ、残りの班員と共に時間を稼げ! 出来るだけツタを少なくしろ!」


「ッ……わかった」


 サーシャの声は聞こえなくなった。残りの班員はこのツタで覆われた壁本体をキッと睨む東島、蓮、隼人。ここは分断された班員を信じて抗うしかない。


「隼人、動けるか?」


「当たり前だ、時間稼いでくれてる間にサッサとぶっ潰すぞ」


「それが聞きたかった」


 東島と隼人の会話を聞き終わり、蓮は隼人に「さっきはありがとな」とでも言わんばかりに力強くナイフを投げつける。


〜ーーーーーーー〜


 マルスは自分の判断ミスを悔しく思う。あそこで違った情報を伝えてしまったことでことが悪く進んだ……。ツタで作られた壁の中で何が起きているかはわからない。今のマルス達に出来ることは死なないこと。ツタの相手をして時間を稼ぐことだ。


 地面から凄まじい勢いで生えてくるツタは間髪入れずにマルスに襲い掛かる。マルスは蛇腹に変形させ、周囲のツタを切り刻んでいく。細かく切れば再生はしなかった。追い討ちのような猛攻が続く。これが魔獣の活性化……、これが役割を怠った神が作った運命……、歯痒い思いでいっぱいだった。


「あ、暗い表情してるね? 終わったら……」


 マルスの悔しそうな顔を見て何かに気が付いたのか香織はハンマーを掲げた。ハンマーは太鼓のバチのような見た目からとてつもなく柄が長い立派な大槌へと変形している。その大槌をフルスイングでツタの顔面にお見舞いする。ツタはあまりの力に弾け散っていった。


「お姉さんが膝枕してあげるぞ?」


「いえ、結構です」


 マルスはツタの体液が頰についた笑顔の香織に対して生まれて初めて敬語を使ってそそくさと違うツタをミンチにしていった。あんなにパワーアタッカーだとは思わなかった……。もしも買い物の帰りで彼女を怒らせていたら……、恐ろしくてその先を想像することができなくなっていた。


 目の前の姉御に怯えながら戦うマルスの隣はいかにも冷静に弾を打ち込む優吾がいた。彼は装備をすると知覚速度を上昇させることができる幻弾鷹バレットホークの適合だ。脳に情報が行きついて体に命令を下す速度が速くなる。つまりは体を流れる信号の抵抗を減らすことができる。これにより、彼の視界に映るツタはスローカメラで撮影したかのようなゆっくりとした速度で襲い掛かるのだ。


 引き延ばされた時間の中で彼は自由自在に動き回りツタの眉間狙って引き金を引く。まるで違う時間軸を独立して移動するかのように。精神エネルギーを弾にして打ち込んでいるため、リロードの必要がない。実弾も込めることができるがエネルギー弾を作ることが出来るというのがこの銃の魅力である。


 左の引き金を引くと逆の方向で右を引く。誰から教わったという代物ではない。優吾には優吾の流派がある。マイペースな優吾は基本的に誰かから教わるということを嫌う。自分の技量は自分で極めたいのが優吾だった。故に彼は独学で銃と知覚速度上昇を組み合わせた戦闘スタイルを確約していき、引き金を引いてきた。それはある意味で一種の極みである。


 気配を感じればすぐに打つ。無駄のない動きで優吾はツタを打ち落としていった。その隣では慎也が針を飛ばして軸からツタを腐らせていく。毒に対する耐性はあまりなく、一本でも刺さればすぐに腐る。慎也は戦闘服のゆったりとした服の隙間に隠してある針を器用に指にはめて投げ飛ばす。


 正確に刺さる針はツタをすぐに枯れさせていき、慎也に牙を向ける前に消えていった。


「優吾さん、数が多すぎます。時間を稼ぐと言われても針がもたない……」


「泣き言を漏らすな、中で戦ってる悠人達のことを思い出せばそんな感情は湧かないはずだ」


「まぁ……」


 慎也の背後にいたツタを打ち落としてから「わかったら抗え、死ぬぞ」だけ言い残して優吾はゆっくりとした世界へと旅立っていく。ヴォッという音を立てて見えなくなった優吾を見ながら慎也は「あぁ……」とため息をつきながら針を投げて腐らせる。


「僕、これでも中距離サポートですよぉ?」


「泣き言を漏らすな!」


 何倍もの速さのゲンコツを優吾からくらい頭を押さえながら慎也は「ズミマゼン……」といい逃げるように優吾から離れていった。


 そんな慎也を見ながら「ご苦労なこった……」と同情だけをするパイセン。あれでも優吾は慎也のことを実の弟のように可愛がっている。師弟関係でもある二人はああ見えて仲良しなのだ、うん、ああ見えて。完全にしょげてしまった慎也を見ながらパイセンは苦笑いをした。


 バットのギミックを作動させて蕾が開いた花のように開き、ミサイル砲の照準をスコープで合わせる。持ち手に現れた引き金を引くとボシューッと音を立てて連発されるミサイルは口を開けるツタを尽く爆破していく。火に弱いのは承知済みだがここは森林地帯だ、下手をすれば火事を起こしかねないので慎重に発射していく。


 近づいてきたツタにはバットへ戻しホームランを打つイメージでフルスイングを打ちかまして頭を飛ばしていた。


「ざっとツーベース……かな」


「何遊んでいるのよ」


 飛距離を確かめてニカっと笑うパイセンに明らかに場違いだろとツッコミを入れるサーシャ。そんなサーシャに面倒くさそうな表情をするパイセン。


「なんだよ、露出狂。これくらいの気分転換しないとやってらんねぇよ」


「これは任務なんだからね!」


「ハイハイ、わかってますよ副班長さん。……ん?」


 パイセンは地面を見た時にサーシャの足元が濡れていることがわかった。そしてそのことに気がついた瞬間にパイセンは恐ろしい事実を知ることになる。数が増える速度が急激増えて、ツタの動きが凶暴化していた。さっきとはまるで違う。


「お前……もしかして水使ったりしてない?」


「え? 今なんて言った?」


 三叉の槍から高圧の水流を噴射してツタを切断したサーシャを見てパイセンは「あ……」と心の中が真っ白になった。


「何、敵に餌をあげてるんだよ!!」


 時すでに遅し。

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