戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

映像

公開日時: 2021年5月29日(土) 20:35
文字数:2,677

 心がどこか落ち着かないクレアを連れてルルグは集合部屋に向かった。最近は時間があったのでルルグが蛍光灯などの設備の手入れを行い、少しでも地下暮らしが楽になるようにしたらしい。おかげで部屋の照明も幾分か明るくなっていた。集合部屋にはちょうど補給を終えて休息をとっているベイルがいる。


 ルルグはニタッと笑いながら彼に話しかけた。


「ご苦労様だね」


「リハビリも兼ねて久しぶりに外に行ったがなんとかバレずに食料と設備を手に入れたぞ。これで当分は持つはずだ」


 ベイルの義手、薄明るい緑色が蠢く左腕は妖しく光っている。実験段階でご主人様が偶然発見した方法で作った試作品なのであるが思った以上に体に馴染み、今は新たなベイルの腕になっていた。彼から補給した物を聞いてルルグはウンウンと頷く。予定通りの物は手に入ったらしい。


「余計なことはしてないだろうな?」


「当たり前だろ、クレア。この前は血走った俺が悪い。この腕の返事は機会が来れば行う」


 エリスが人間に囚われた時に我先にと戦闘員事務局に攻め込み、左腕を失ったがエリスを取り戻したあの時。1人の人間への怒りをぶつけすぎて背後の人間の動きに気を取られることがなかったのは反省だ。あれ以来、ベイルは自らの力をどう使えばいいかをひたすら模索していた。その間に人間は序列決めで仲間同士の争いをしていたことも知り、ビャクヤとケラムが大多数の人間を屠ることに成功したが致命傷を得て帰還した件については着々と力をつける人間に危機感を覚えたのも事実だ。


「ところでルルグ、一つ聞いていいか?」


「なんだい?」


「言われたとおりに盗んできたメモリーカードだ。一体何に使うんだ?」


 着ている服のポケットからゆっくり取り出した小さなカードケース。その中にはまだ何も保存されていないメモリーカードが入っていた。ルルグはベイルの長い爪の間に挟まれたケースをつまむようにして取り、先ほどと同じように笑う。


「どうやらね……僕達の研究と似たようなことを人間が成功させちゃったそうだよ」


「なんだって!?」


 あまりの驚きに声を上げるベイル。ルルグの背後にいるクレアもこの事実は初めて耳にする物だったので目を見開きながらルルグの肩を勢いよく掴む。


「貴様、それは本当か?」


「クレアちゃん、僕が嘘をついた時があった?」


「……それはないが人間が……」


「いや、僕らが作ろうとしてる物とは違う系統だけど……やろうとしてることは一緒なんだよ」


 ルルグは部屋の隅にある棚から今は古い世代のノートパソコンを取り出した。もうこの機種を取り扱うサーバーは存在しないの映像を再生する時や何か記録する時に愛用していた物だ。ルルグがどこからか準備していたディスクをパソコンの中に入れてある動画を画面に写す。


 再生ボタンが真ん中に位置されてる画像には寝台にて縛りつけられるルルグの魔獣、|邪虎《イビルタイガー》がもがいている最中だった。


「これは……?」


「あまりにも散歩に出かけたこの子達が帰ってこない時が多かったから。自立式の小型カメラを口の中にしかけてみたんだよ。この映像はカメラが壁際に移動して録画した物だね」


 ルルグが言った自立式小型カメラとはこの地下シェルターの倉庫にて発見された危険地帯索敵用のカメラである。普段は極小サイズの四角柱であるのだが遠隔で起動させることでクモ足のような物が出現し、移動しながら映像を録画する。あらかじめ接続されたコンピュータにのみデータを送信する優れものでこの映像はそのカメラが送信したものだった。


「解放戦線時代の腕が活かされる瞬間だったよ。ほら、見てごらん」


 ルルグが再生ボタンを起動させると凄まじい映像が映し出される。機械の腕がもがき苦しむ邪虎を解体していき、中央の寝台に寝かされる魔獣の体の一部として繋げられていく様子だったのだ。どこからか魔獣が鳴き叫ぶ声が聞こえてくる中で中央では解体された魔獣の体が機械を中継にしつつ繋ぎ合わされ、一つの新たな魔獣へとなろうとしている。


「嘘だろ……」


「嘘じゃないよ、ベイル。人間はね……改造してたんだよ。僕らの魔獣を拉致してさ」


 動画はまだ終わらない。最後の方で中央の魔獣に格が投与されるわけだがその核をよく観察するとツタが巻かれた核、エリスの失敗作の核だったのだ。このことに衝撃を受けてルルグを見るベイルとクレア。ルルグはパソコンの画面を落としてうなづく。


「こいつら……エリスちゃんの核で成功させたんだよ。あの研究を……異なる魔獣同士の優れた部位を掛け合わせる実験をね」


「正気か……!? 私達がいくら考えてもうまくいかなかった実験を人間が先に成功させたというわけか!?」


「正気だね。まぁ……機械で補強をするところを見るにまだ安定した物を作ることができないとも見える……」


「カードを俺にとらせたこと……ルルグ、お前……」


 ベイルがハッとした表情でルルグを見ると彼は気分が良さそうに「その通り」と指を鳴らして答えた。


「コイツらのデータを奪い……人間側の研究を止める。手伝ってくれるよね? クレアちゃん、ベイル」


 クレアはあのビャクヤとケラムが致命傷で帰ってきた時に言っていた「敵はまだいるよ……」の意味をここで知ることになったことに気がついた。あの時は人間でも魔獣でもない者がいるのか? と思っていたが違う。今回のターゲットは戦闘員ではない、こういうことだったんだと。


「ちょっと待て、ルルグ。この事実は前から知っていたということか?」


「朧気ながら勘づいてたけど……確証がなかったからね。時間をとっちゃったよ」


「私は何をすれば良い」


「奪還は僕がやる。君は周りの鬱陶しい人間の相手をすれば良いよ。ベイル、目的地まで送ってよ」


「いいが……どこだ? 場所を教えてくれないと移動はできない」


 ルルグは久しぶりに体を動かせることを知って言葉にできないような高揚感が芽生えてくるのを悟った。ドクンドクンと血が動くのを感じる、少し体も熱くなってきた。彼はゆっくりと両手を合わせて指だけを同じような速度で広げ、拍手のような動きを取る。これが彼の癖だった。


「極東支部直属魔獣研究所……。今日……亜人と魔獣の歴史が大きく変わる日になりそうだね……。ッゥウククク……」


 不気味に笑うルルグの隣にクレアが立つ。時間稼ぎ要員として自分が採用されたが自分の怨念を晴らす場としては都合が良かった。人魔大戦の時に感じた恐怖、絶望。自分が受けた分以上の物を人間に与える場として……出向くことにする。剥き出しの犬歯の間から生温かい吐息が漏れ出た。


 研究所のサイレンが鳴ったのはこのすぐ後だった。

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